暮らすこと、時が過ぎることの愛しさと切なさ【スペイン・バルセロナ】

朝、ベッドに注ぎ込むまぶしいくらいの光で目を覚ます。少しストライプの入った、真白いそれ。反射する光、今日もうつくしく。

いつもなら、まだ眠っていたいのになぁ……と思いながらもう一度目を閉じる。けれど、春はじまったばかりのスペイン・バルセロナでは、あまりにも日光が私を誘って、やまない。きれいな青空がちらり窓枠からはみ出すから、今朝の空気の手触りは、どんなものでしょうね?と思いながら、カチャ、とノブをひねって数センチだけ窓を開ける。まだたしか、朝、7時のこと。

起き上がって、深呼吸をして、右手に海、左手に山。そしてもう少し行った先に、アントニオ・ガウディのサグラダ・ファミリアが建設中であることをたしかめる。家の下のカフェから、少しだけ珈琲の香り、漂ってきそうな。

ここは5階。ベッド脇にテラス。家の中では、持ち主のアレックスと、トルコからここへ住むために短期滞在で訪れたという、もう一人の旅人が眠っていた。

顔を洗って、タオルで拭いて。モロッコで買ってきた格安のアルガンオイルを、手のひらに広げる。ジャスミンとローズの香りがついたアルガンオイルは、髪へ。ふわり、異国の香り。タオルは、愛媛県今治市のIKEUCHI ORGANIC、てぬぐいは、徳島県神山町の知人が手掛けた天然の草木染め。化粧ポーチはタイのチェンマイで買ったもの、足元は、オーストラリアのパースで買った、サンダル。

日本も世界も、ごちゃまぜの私の持ち物。歩けば歩くほど、飛行機に乗れば乗るほど、思い出の詰まったものたちだけが、凝縮されて、密度を高めて。

いつだって何かをみれば、どこか誰かを思い出す。モロッコのマラケシュからフェズに向かう電車は、スウェーデンのマルメからストックホルムへ向かうそれに似ている。モロッコのシャウエンで羊が草を食む様子は、ニュージーランドのクライストチャーチやテカポ湖に。空の青は、クロアチアやタイのピピ島に。思い出す、流れてゆく、どこへ向かうのか知らない、私の記憶と気持ちたち。

お湯を沸かして、マグカップを取り出して、今日はカモミールとミントティー、どちらにしようかと一瞬だけ悩む。昨日まるまる1本買って、そのまま手で持って帰ってきたフランスパンをざくっと切って、昨夜つくり置いたクラムチャウダーをボウルに移して、りんごを切って、テラスのテーブルに並べて。そうだ、サラダも少し、と思って冷蔵庫を開ける。

簡単なヨガをして、お気に入りの音楽をかけて、起き出してきた隣人たちと、おはよう、と目を交わす。オラ、ということばはとても便利だ。いつだって、誰とだって、心が少しだけ通わせられる。

別に特段、スペインである理由はなかったのだ。言ってしまえば、どこだってよかった。ただ、私は日本との往復便を予約してしまっていたから帰り道はモロッコへもう一度立ち寄らなければならない。そしてこれ以上、北へ行って気温が下がるのは耐えられない。できたら一度訪れたことがある場所。なぜなら私は、行ったことがない場所だとまた興奮して、朝から晩まで、町の中をくまなく歩いてシャッターを切ってしまうから。

モロッコ・シャウエンからそう遠くない、一度訪れたことのあるスペインは、「もしかしたらいつか住むかもしれない」街の候補としては十分だったし、4年前に多少なり旅をしたことがあったから、隣のフランスの南のニースやマルセイユ、イタリアのシチリア島やヴェネツィア、ポルトガルのリスボンよりも、少しだけ、ほんの少しだけ優勢だったような気がした。

歩いて、海がある。山がある。芸術がある。落ち着いた街並みと、穏やかな気候。美味しいごはん、耳慣れたスペイン語。これ以上、疲れた私は、何を望むのだろうと思ってここへ来て。そして今もいる。窓の外に広がるバルセロナの景色。

世界地図を広げて、どこへ行ってもいい、行かなくてもいい。そんな日々に疲れてしまったと言ったら、何を贅沢なことを言っているのだと未来の私も、過去の私も、やっぱりきっと、怒るかな。

昔、逃げ出したくなったことがあって、ひとりでハワイ・ワイキキを訪れたときのことを思い出していた。ねぇゆっくり、休んで。と思っても、休み方忘れてしまった私は、とにかく眠ることだったり、朝起きることだったり、食器を洗ったり、着ているものを洗ってそして干してみたり。この1年離れてしまったものたちと、少しずつ距離をまた縮めていくことしか、できずに。

また誰かと、一緒に暮らしたいなぁ、と心の底から思う。

真白な、太陽。その下で、真白な、気持ちに。やっぱり海が見たい、と思い立つ。海の青と、太陽の白。そしてオレンジ、ピンク、夕暮れ、夜景に星。おいしいごはんと、たっぷりの睡眠。適度な仕事と、一生懸命に打ち込むもの。ストレッチ、紅茶、本、音楽。

私が人生に求めていることはそう多くない、と思っているのだけれど、これは、誰かと比べたら、多いのかしら。いえでもね、もう私は、誰かと比べてどうこう、ということに意味があるとは思っていなくて。いえね、その中でいちばんになることが必要な時代も、人生の一部分には確実にあるのだけれど。


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伊佐 知美

ともみの部屋 #2

伊佐知美の、世界一周の旅とエッセイ。2016年10月〜
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