螺旋の中で生きていけたら【福島県奥会津・昭和村】

螺旋の中で生きていけたら。連綿と続く何かに絡め取られて、もう動けない。そんな不自由と自由を抱き合わせながら、私もいつか。

それは願いのようで、叶わなかった夢への未練のようで。たくさんの国や街を旅しながら、心の中いつもどこかで引き止めてくれる何か誰かを探していた。それは今も、昔も、あのときも。

「けれどまだ」。きっと掴めない。わかっていたから、余計に憧れて。

小さなころから窓の外流れてゆく景色を見て、「あの灯りの中、暮らす人々と私は関わることなく」と思ってきた。

もしかしたら探し出せば、あの日あのときあの場所で。出会えたかもしれないあなたを探していますとSNS叫べば、もしかしたら。出会えるのかもしれない現代に生きる今も。

***

片道3時間、4時間。変わってゆく景色を見て、そんなことを考えていた。昨日の話。

閉ざされて、閉ざされて。螺旋の中生きる人。生きる村。生きようと、消えまいと、消えてほしくないと願う何か。

福島県奥会津・人口1,300名の昭和村へ、縁あって行ってきた。私には何ができるのだろうと、考えて、考えて。けれどわからない。「圧倒的な暮らしの答え」に、私はいつも立ちすくむ。

まだ言葉にできない。けれど流すこともできない。今しなければ、消えていってしまう微細。とにかく美しくて、大切で、薄い言葉で伝えていいのかどうかもわからない。

できれば螺旋に。入り込んで。継いでいけたらどんなにいいか。「私たちもまだ知らない」と美しい涙流すひと。その想い、見てきた世界、私も見たい。

あと数年したら消えてなくなってしまうかもしれないものを、残していきたいと口にしたことがあった。

「からむし」。

この言葉を存在を、その周辺にある暮らしを、それを継ぐ人を、継ぐための仕組みを、それを愛す人を。

何もないところから文章を紡ぎ、世界中を旅できるのは「魔法のようだ」と思ったりする。

けれど、それよりずっと。根や土や、光や雨、ひとの足音や想いや歴史が績んできた、「植物から糸をつくる」その行為は、尊い。気がして。


「世界には知らないことが多すぎる」。そう言ってしまうことは容易いけれど。「知ってしまったならば、もう戻れない」。愛媛県今治で、タオルを編む彼も同じことを言っていた。

気が遠くなるほどの時間をかけて。島根県石見銀山・群言堂でも私は思う。「圧倒的な正解が、ここにはある」と。

福島県奥会津・昭和村。きっとここも、そうなのだと。

連れて行ってくれて、引き合わせてくれてありがとうと私は思う。私たちは、思っている。ねぇだから一緒に。紡いで績んで。繊維の未来を超えて、村の未来を織り上げましょうと、言葉にしたら頼るには儚いけれど。

美しい時間だった。夜23時に眠る前、川辺いっぱいに飛ぶ蛍を見る。消えて光って、また灯る。星光り、あぜ道伸び。

屋根をたたく雨の音、うつらうつらと。夜明け前の静かな部屋、あれは現実か幻かと、目を閉じながら馳せる。

そんな夜と、週末だった。気がつけば月変わり。夏の気配色濃く。待ってた、ずっと。私もまた、ひとつ大人になるのだ。来月の今頃には、きっと。

■渡し舟 - わたしふね -|昭和村


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伊佐 知美

ともみの部屋 #2

伊佐知美の、世界一周の旅とエッセイ。2016年10月〜
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