書くことをもう一度始めたいと思う。軽やかに、奏でるように。

たとえば「生涯もう文章は書かないで生きていく」と決めたとして、私の人生はそのまま何事もなかったかのように進むのだろう。

けれどそんな人生は歩みたくないと知っていて。それは「別れてしまったらきっとすぐに違うひとと付き合うのね、私たち」と強がってみせた10代のあの頃の捨て台詞にとても似ていた。まだ捨てられないから、捨てられたくないから、しがみついていたいという。あの、くだらなくて綺麗な。

頬をなでる風が春から梅雨に変わって、いつの間にか気づいたら夏になっていた。そして私の年齢はまたひとつ上がる。知っていたから、別に驚きもしない。ひとはみんな、365日経ったら前の私ではなくなっていく。ひとつ、またひとつ。そうやって平等だと嘘をつきながら、ときの川は流れて。

31歳になるとわかったとき、私はいくつか自分と大きな決め事を交わした。それはきっと、これからしばらくの人生で、私を支え続けていくだろうと夏風は言う。

そのために捨てなければいけないものが、またいくつか出てきそうだった。ためらいなく捨てる覚悟があった。覚悟というか、手放す準備は、この数ヶ月でもうできていた。ここから先また数ヶ月で、私は数枚、脱ぎ捨てる。脱ぎ捨てられたらいいなと、思っていた。

そのためには、もう少し思っていることをきちんと言った方がいいのだろうと、そろそろ私は心底思い始めていた。黙って実行するからいけないのだ。と分かっていた。

行動力がありすぎるのは時に問題である。「ひとは分かり合えない」と諦めてはいけないのだ。たとえ最終的には決して分かり合えないとしても。

書くことを愛せてよかった、とまだ思っている。ことばを、写真を、人を愛することを、旅を、その先にある毎日を。どこかに届けたいと思った。軽やかに、音を奏でるように。

海の向こうがまた私を呼ぶような気がした。まだ、呼ばれているような感覚で、生きていたいと思っていた。そのために「とどまる」選択をする時期も必要だと私は知って。ならば、「全部はやめよう」。もう大人だ、と思った。

もう一度、書くことを始めようと思う。3年半前に、私がゼロから何かを始めたように。無理なことはないのだ。「そうやってしか生きられない」と彼女は笑った。それが私には、とても美しくて強いことに見えた。「こうやって生きたい」を捨てて、「こうやってしか生きられない」に舵を切ったら、もしかしたらもう少し楽になるのかもしれないとさえ。

清算と生産が等しくなる時期がくる。だとしたら、きっと2017年の後半は、すごくいい季節になるだろう。

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伊佐 知美

世界一周の旅とことば。旅と写真と文章を愛してる。2016年4月から地球を放浪しています。

ともみの部屋 #2

伊佐知美の、世界一周の旅とエッセイ。2016年10月〜
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