きちんと帰ってくるために、もう一度私は旅に出る【日本→オーストラリア・ケアンズ】

やっと、やっとまた旅に出られる。ほっとしたような、特に何も思わないような、不思議な感覚で出発の当日を過ごす。

朝目が覚めたら、弟の家だった。となりで眠る、3つ下の男の子。お姉ちゃん、変でごめん(笑)と寝顔に言って、もう一度眠る。(私は弟がだいすきなのだ、あまり会わないけれど。だって兄弟ってすばらしいから)

さいごの日まで、やることは少し残っていた。大切なひとに会ってランチをして、東京に置いていく荷物をまとめて、必要ないくつかのものを買い足して。空港へ向かうまでの一連の流れ。

いちばん最初に旅に出た時の、わくわくはもうそこにはなかった。私はなにを思って旅に出るのだろう、と搭乗口のゲートをくぐって、パスポートをしまうまで思っていた。

上野駅のヨドバシカメラで、新しいカメラを入れるためのバッグや、ストラップや、iPad用のペンタブなんかを、見る。今日はすこし寒いから、もういいや、と思って旅用の紺色のウルトラライトダウンに、久しぶりに手を通す。

新潟を出てきた一週間ほど前は、東京はちょうど暖かかったのだ。ぎりぎりこの格好でもいけるかな、と思って持ってきていた秋服は、冬の気配を存分に含んだ今日みたいな日には、非力だった。

ポイントで買います、と伝えたレジで、ふとリップを探してポケットに手を入れる。私は、いつもリップをどこかにやってしまう。

代わりに手に当たったのは、なにか四角い、ゴムみたいな手触りの、なんだかあまり馴染みのない物体だった。

「?」

ハテナ?と思う。まだ会計が済んでいないのを確認して、ポケットからソレを取り出す。

オレンジ色の、直径4センチほどの、薄いビニールに少しだけ包まれた、ほぼむき出しの石鹸。

私はこれを知っている、と思ってまじまじと見つめる。

なぜ、これが。
どこかで、これを。
……1つ前の、旅の間に。

オレンジ色の石鹸を手渡された時の街並みが、さわさわと蘇ってくる。香り、気持ち、温度、笑顔。

あぁ、そうそう。そう、あそこは、たしか。イギリスの、ロンドン。

思い出した。ロンドンで、ふらりふらりと。せっかく久しぶりに文明のある街にいるのだから(私はその直前まで、インドの、牛やラクダが悠々と歩いている小さな片田舎に滞在していた)、舞台でも見ようかと迷いながら歩いていた、すこし曇った春の日の午後。

さっき降った雨が石畳をまだ濡らしていて、でも空は晴れそうに明るくなってきていて、私は舞台を見るか否か迷いながらおしゃれなコスメやアパレルが並ぶ通りを歩いていて。そこで、きれいなお姉さんに声をかけられて、良い香りのする石鹸を買いなさい、って。

あれは何のブランドだったかなぁ。
もう忘れちゃった。
そこまでは思い出せない……。

***

「レシートです」

と言われて、はっと顔を上げる。意識が上野に戻る。あぁそうだ、まだ私は日本にいるのでした、そうそう。

成田空港に向かうまでの間、私は電車の中でWi-Fiを拾って、カチャカチャといつも通り、また仕事をしていた。

空港に向かう時、私はなぜだかいつも仕事をしがちだ。「あぁ、しばらく通信ができない」と思うと、「あれもやっておかなきゃ」「これもやっておかなきゃ」と次々となんか不安を抱いたりするのだろう。

もっと早くやっておけばいいのに、弟と朝、コーヒーなんか優雅に飲んでるから。んもう。

成田空港から、オーストラリアのケアンズまでは、7時間半だった。夜20:00に出て、朝5:00前に着く。時差は1時間、ケアンズの方が早い。つまり……

まじか、日本時間でいうと、朝4:00に到着する計算か。やば、明日絶対、眠っ。

***

何時に着くとか、着いたらどうするかとか、プラグの形は何なのかとか、明日から何をどこでするのだとか、そういうことを私はもうあんまり考えていなかった。

一時帰国で日本にいるときは、とにかくいろんなことをしていた。3ヶ月前、日本に帰ってきた次の瞬間とかは、本当に色々あって忙しくて(時にヒマで)苦しくて(たまに何も考えたくなくてそれもできなくて本や漫画をめっちゃ読んだりして)、何が何なんだか、的な気持ちだった。

それでもやっぱり仕事をしていた。友だちにたくさん会っていた。文字を書いて、文字を追って。

全部落ち着いたな、と思った10月から、たぶん私はすこし恋をしていた。新しい恋がしたいなと思って、したんじゃないかしらと思って、いややっぱり違うわ、って思って。

いや、ある種やっぱりしたんだな

と結論付けて、成田空港に向かっていた。


できることなら旅は、極力陸路や海路でゆきたい。けれど飛行機も、とても好きだ。ふわりと飛行機が浮く瞬間。地面が斜めに見える時。街並みが小さくなって、家の灯りが遠くになって、月がきっと、近くなっていく。

後ろ髪を引かれるって、飛行機の重力を感じている時のことを言うんじゃないかと、今日は思った。

斜め後ろに、髪が流れて。気持ちも一緒に、たぶん全部、一度流れるのだ。


会いたいひとができたら、旅の出発はすこしだけ様子を変える。まっさらな気持ちで旅に行ったほうがいいと思うよ、ともうひとりの私が言うから、一度すべて、後方に流す。ヨガと同じように、始めるときは、荷物を全部一旦下ろして。もう一度歩き始める時に、必要なものを持っていくだけでいいのだ。

最初に旅に出る時のわくわくは、もうなかった、と私は言った。

けれど違った。ジェットスターの機内に乗り込むそのとき、久しぶりにCAさんの英語を聞いて、笑顔を見て、機体を見て、あの独特の空間に足を踏み入れようとする時

ざわりとした。久しぶりの、あの高揚感。

もう一度私は、旅に出るのだ。やっと。本当にやっと。そう思えた。

4月に旅に出た時とは、文字通り私は別人だった。

望むところだった。私、強がりでもなんでもなく、いま本当に、前の私と違う私になれて、よかったと思っているのだ。

今回の旅は、いま綴っているみたいな、こんなくだらない気持ちたちを、前回よりももっとたくさん、書き残してこられたらと思っている。

だって、どうしても、何をしても、文字が出てきてしまうのだ。であれば、私はきっとそれを、綴ったほうがいい。準備はできた、と私が言っている。ここまではラッキーで登ってきた。ここからは、ひとりで行かなきゃ。

30歳、30代、きっと楽しいことが起こると、なんだか強めの予感が言う。そうするのだ、と私自身が決めたのを、私はもう知っていた。

きちんと帰ってくるために、もう一度。眠って起きたら、人生で初めてのオーストラリアの大陸だ。

前回の旅よりも、荷物は全体的に軽めになっていた。いらないものは、日本に置いてきた。空いたスペースに何か新しいものを詰めて、2017年1月に、私はまた東京に戻ってくる。そのときは、あけましておめでとう、と大好きなひとたちに、きっと私は言いまくる。それまでしばし、さよならJAPAN。

真夏のケアンズ。夏が好きだったことを、夏を追いかけて旅をしていた時の気持ちを、飛行機の中で、思い出しつつあった。日本を経つ、秋と冬の間の夜。

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伊佐 知美

ともみの部屋 #2

伊佐知美の、世界一周の旅とエッセイ。2016年10月〜
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