全部低気圧のせいにすればいいと思った

不思議なもので、人生というのは「あれはだめ」「これはだめ」と言われているうちは「それもしたい」「これもほしい」「あぁ時間がない」なんていうくせに、「さぁどうぞあなたはもう自由の身」といわれた途端、「なんかまぁ、今度でいっか」なんていう、どうしようもないものである。

人生、なんて大きく括ってももはや何の意味もないだろう。結局単なる自分の話である。「行かないで」という人がいたときは「えっ……」と思っていたのに、渡航することが「わたしのふつう」になった今となっては「なんだか飛行機に乗るのも空港に行くのもめんどうくさいなぁ」なんて、まるで旅人らしからぬ言葉が口をついて出る。

なんてことはない、今日の話。

あれほどまでに心ときめかせる「移動」もうちに秘めたる「多動力」も、「なんかまぁ、今度でいっか」にはかなわない。きっとまだ日本でやることがあるのだ。別に変わったところで、たかが数日の話である。いつ日本を経ったって構いやしない。

またはこの数日で、私は運命の出会いかなんかを、日本列島のふわり風が吹く海沿いなんかで、したりするのかしらん。

次に向かうのはベトナム・ホーチミンということだった。しばらく前から、「ホイアン(これはベトナム中部の街だ)」に行きたいなぁ、行きたいなぁと言っていた(行ったことあるのに)。でも先日の渡航では、隣国まで近づいたにも関わらず行くことを選ばなかった。

きっと10月にベトナム行きの話がくるから、今は行かないでいいよなんて、私の本能が教えてくれていたのかもしれない。なんて、人生はあとからどうとでも味付けも言い訳もできるらしい。

あら気付いたらまた人生の話をしている。主語が大きい時は、自分の内部をなにかどこかへ隠したいときと相場が決まっているというものだ。


不思議なもので、人生でなによりすべてより旅が好きだと思った私を、それを超えて沸かせるひとが、地球にはいるらしかった。くそうくやしい。おまえすごいな、とひとり空虚見て思う。

であればそれに従えばよいではないかと、もう一度空虚は言う。何の話をしているのかしら。私はいつも、別に何の話もしていない。ぜんぶ今日は、低気圧のせいにでもすればいいと思った。好きか嫌いかで動く人間は、そうねとても、操りやすい。エモとポエムは、いつも何かを隠して笑う。

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伊佐 知美

ともみの部屋 #2

伊佐知美の、世界一周の旅とエッセイ。2016年10月〜
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