熱帯雨林の真ん中で、ファラフェル【オーストラリア・キュランダ】

空が抜けるように青い。抜けるように。この「抜ける」ってなんだっけ、と思いながら空を駆け抜けてゆく。ゴンドラに身をもう一度任せる。背もたれに寄りかかって、カメラを小脇に抱えて。

向かうは熱帯雨林の村・キュランダだ。「スカイレール」という名のケーブルカー乗り場は、ケアンズの街から車で15分ほど進んだ先にあった。

街中の海よりももう少し透き通った海が見えて来たころ、スキー場のリフトのようなゴンドラが、熱帯雨林に消えていく。今日はあれに乗って、海を離れて山へ行こう。

ケアンズに到着した昨日、さてこれから何をしよう?と考えた。はて。ざっくり「海と山へ行こう」ということしか考えていなかった。山とは、この場合、テレビ朝日の「世界の車窓から」のオープニングを飾った「キュランダ高原鉄道」への乗車を指していた。

では乗ろう、と思ってもう1つ、電車以外にケーブルカーのような乗り物も交通手段としてあると、ケアンズに到着してから気がついた。行きと帰りを別の交通手段にすればよいのだ、と思い立ち、前日の夜にオンラインでチケット予約をしてそのまま眠った。

宿で朝目覚めると、また今日も晴れ渡っていた。人懐こい宿の猫が、私を認めてすり寄ってくる。日本に帰ったら猫が飼いたい、と思うけれど、独身アラサーは猫を飼ったらしまいだぞ、と友だちに言われてすこし今ひるんでいる。そもそも旅に出られなくなってしまうしね。それはいやというものだ。

スミスフィールド駅からレッドピーク駅、バロンフォールズ駅を経て終点のキュランダ駅に到着する。途中、2回ケーブルカーを乗り継ぐ必要があるなんて知らなかった。乗り換えのついでに山を歩いて、村ゴリ押しの「バロンフォールズ」の近くに寄り、水の、滝の音を聞く。

滝を見たのは、クロアチアのプリトヴィツェ湖群国立公園ぶりだった。最後にケーブルカーに乗ったのも、そういえばクロアチアだった。あれはたしか、ドゥブロヴニク。私はあの国が、とてもすきだ。思い出して、また行きたくなる。

***

その昔アボリジニが住み、鉱山の街として発達したキュランダの小さな村は、今は人口1000人足らずのアートの村として活動を続けている。1960年代にヒッピーが多く移り住んだというこの土地は、なんだか不思議な絵や色、「ん?」と思うモノが多かった。

雑貨やワンピースを、何の気なしに見ていく。それでも無意識に手にとるのは、タイやバリのもののようだった。そうだ、ここからバリはとても近いんだ。5月にお世話になった、生島さんたちは、元気かな。パリやニューヨーク、最先端のおしゃれにももちろん関心はあるけれど、どうしてもアジアのモノや空気に反応する気質は、抜けないらしい。

タイのチェンマイでよく売られている、「モン族」という民族の刺繍や創作は独特だった。世界各地で、彼らの手仕事の品を見つけた。キュランダにも、当然あった。タイで80円で売られていたピアスが、オーストラリアでは1000円。日本に置いてきたけれど、私もこれ、持っている。

その値段設定でいいなら、私もお店がやりたい。そういえば世界一周しながらオンラインショップを開きたかったんだけど、しゃちょうに「個人事業主になりますか…?」と言われて断念したことを、久しぶりに思い出した。


ああ、あの時、あの場所で。聞いた音や触れた布、その時感じていたことや何やらを、オーストラリアで思い出す。

なんのために旅に出るの、と聞かれてももうよくわからないけれど、こうやってすこし前に起こった違う国の出来事を、ふと思い出しては引き出しにしまう作業というのは、悪くない。

何か思い出を抱いて、いつかそれを誰かと分け合えたら、これからのわたしはそれでいいんだと思う。

お腹が空いたな、とキュランダの小道で思う。サンドイッチにクレープ、ピザに焼き菓子、アイス、アイス。アイス多くないか? この街。

「日本人の方はよくアイスを食べにこられるようですよ」とふらり立ち寄ったナチュラルメイドの石鹸屋さんの店員が言う。こんにちは、と話しかけられてこんにちは、と返すとそこから会話が弾む。日本人は、今のところどの街でも出会う。彼女は英語を学ぶため、ケアンズに一年ほど滞在しているのだと言った。

コーヒー豆を焙煎しながら、忙しそうに接客するひと。キュランダの森で自家栽培したフルーツを練り込んだパンを作っていると、英語で観光客に売り込むひと。あなたも日本人ね、と思っても、会話をしないことも多い。男性の場合は、笑顔で、2人で口元を緩める。女性の場合は、なぜだかお互い知らないふりを決め込むことがよくある。この性別の差はなんなのだろう?どうでもよいのだけれど、すこし気になる。

「ヘイガール、これを食べていきなよ」と客引きされる。中身が緑色の、謎の揚げ物。…えっ、いやっ…と思ったけれど、「ヘイガールディップ!」とこれまた謎の白いソースも薦められ、うんじゃあ、と一口食べる。

結果、激しく美味しかった。でも、これあれっしょ、ファラフェルっしょ。お兄さんなんでキュランダでファラフェルなのよ。たしかこれ、中東料理でしょ。(オーストラリア料理とか、あんまりないけど)

キュランダマーケットを、くまなく歩く。近くにはコアラを抱っこできたり、カンガルーと戯れたり、この大陸独自の蝶々や鳥を見たりできる施設もあった。でもまだ、そうゆうのにはときめくことができなかった。きっと同じような場所は、この先も出会うだろう。(コアラだけは、抱っこできる州とできない州があるけれど)

わたしはとても暇そうに見えるらしい。道を歩いているとよく話しかけられる。すこし仲良くなったキュランダのひとに、この街のおすすめのランチを聞いたら、先ほどのファラフェルが登場した。ボリューミーだよエンジョイ、と言われて背中を押され、そんなに遠くない道を、戻っていく。

当たり前のように作られたテラス席。風が抜けて、空が青い。目の前は熱帯雨林、つまりジャングル。朝出てきた時に見ていた海は、もう今は見えなかったけれど、この村には海があるような気がした。雲はない。風は、さわさわと吹いていた。空も、緑も、鳥も、見たことがないくらい鮮やかだった。

夏だ、と思った。歩き回っても汗をかかない程度の、心地よい、夏。

サンダルとワンピースで生きていけたら。そう思って旅に出た。27歳の時、30歳までにワーホリでオーストラリアへ行って、働きながら記事が書けたら、と夢見たこともあった。そして、粛々と日本で記事を書いていた。ワーホリビザこそないけれど、そう、やっぱりこれがわたしが描いていた暮らしだったわ、と納得をして、キュランダを歩く。

ケアンズに戻ったら、スーパーに寄って買い物をして、夕暮れを海で過ごして、ごはんを作って仕事をしよう。

まだ、旅先のリズムに慣れてはいない。けれど、1回目に長く旅に出た時の2日目よりは、はるかに落ち着いていた。

タイから、インドに行くまでのフライトは5時間だった。シドニーから、パースに行くまでも同じく5時間かかるらしい。

なんて広いの、オーストラリア。ここは紛れもない、大陸だ。

見たいところが、たくさんある。頭上で、見たことのない南国の鳥が、聞いたことのない声で鳴いてた。


この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

note.user.nickname || note.user.urlname

いつも遊びにきてくださって、ありがとうございます。サポート、とても励まされます。

ありがとう。もっと気軽に、私もあなたにスキと言えたらいいのに。
20

伊佐 知美

ともみの部屋 #2

伊佐知美の、世界一周の旅とエッセイ。2016年10月〜
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。