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雨と土の匂いがする。紫陽花が咲く駅へ【北鎌倉・ADDress】

品川を越えて、横浜を通り過ぎて、たどり着いたその駅は、雨と土のにおいがした。紫陽花。ライターをはじめてまだ間もない頃、記事を書きに行こう、と一人でこの駅で降りたことを思い出す。

紫陽花。雨が降る季節に、どうしてだか喜んで咲く花。私は雨なんかキライ、と思っていたけれど、その花びら雨当たる姿、美しくて「雨もいいな」と現金に思った。今日もすこし気が早く、咲いてる。

北鎌倉。新橋駅から30分くらいだろうか、都営浅草線に乗って、横浜駅で乗り換えて、それから20分くらいで着いた場所。

電車に乗る時間が増えるたび、窓の外自然が増えてく。緑、薄い青、赤い電車から乗り換えて、戸塚を過ぎて大船を見ながら。

ふっと。肩の力が抜けて行くのを、また今日も感じる。人よりも、違う生き物たちがのびのびと暮らす土地の方が、私は豊かに生きられる。気がしている。

「どうして、道端に牛やロバや猿たちがいないのだろう? リスはどこへ?」と、田舎道を長く旅した後、私はいつも思っている。東京にも牛はいない。スクランブル交差点、歩いていたらすこし面白いのに。って思うのは、やっぱりちょっとおかしいのかな。

北鎌倉にも、もちろん牛は歩いていない。でも、もう少し。雨とか、風とか、朝露とか。海とか、海風とか、雲がすうっと、抜けるような色をしているとか。そういう「ほかの息吹たち」が、この土地には増えていくような気がした。

「この駅は、まっすぐと伸びていて、きれいでしょう。こんな駅は、日本全国みても、あまりないそうですよ」と、写真を撮っていたら、そういえばお年を召した駅員さんに話しかけられた。

なんだか、いいな、と私は想う。なんでもない人と人とのやりとりが、心を満たしていくこと。

線路沿いをゆっくりと歩く。小道を抜けて、小さな川を渡って、可愛らしい木工細工の工房で働く、なんだか愉快そうなお兄さんたちと戯れて。

人の手と自然素材のぬくもりを感じるプロダクトを作る、北鎌倉の工房「KIBACOWORKS」

そうして私は、今回の最後の日本滞在で過ごすことを選んだ、北鎌倉のADDressの一軒家のおうちを見つける。

1度目にドアを叩くときは「こんにちは」と「お邪魔します」を。暮らすためのお水や、ヨーグルトなんかを近所のスーパーで一緒に買ったそのあとは、同じ扉に「ただいま」を。

私は今、また東京に家がない。帰る家がない、というのは、想像以上に心もとない。たとえそれと引き換えに、世界を心向くまま、旅ができる自由を手に入れられるとしても。

「ただいま」が言えるのは、すごくいい。しばらく私は、このADDressという家々たちを、「帰る場所」と定義して暮らすのかもしれない。まずは最初の4泊を、ここで。北鎌倉。道を照らす新緑たちが、東京のそれとはまた違う瑞々しさをたずさえて。


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