「本気出したら歩いて帰れる」距離感が重要。

旅において、そういえばひとつ大切だと思っているモノサシがある。

「本気出したら歩いて帰れるかどうか?」これが、私の旅のひとつの基準だ。遠いか、遠くないか、近いか、近くないか。

非常に個人的な話だが、私の家は神奈川県にある。ということは、大阪はまず近い。京都もOK。広島もOK。四国はちょっと危ういけれど、明石海峡大橋やしまなみ海道を通れば本州に通じるから、これもセーフ。同じ理由で、九州も大丈夫だ。

東北が話題に出ないのは、実家が新潟県だから(そもそも私にとって「近い」場所)。冬はさすがに辛いけれど、基本的には地理が頭に入っているから、歩いて帰れる。これもOK。

問題は北海道と沖縄だ。あとは、韓国や台湾なども含まれる。「近いようで、近くない」。

今日、今から本気出したら、歩いて帰れるかどうか。

そのことを鑑みると、今いるインドは、どう頑張っても歩いては帰れないし、インドだけで東西1000キロあるというから、基本的にはもうここは「遠い国」認定だ。

陸続き、地続きという概念は、やっぱり意外に重要である。物流しかり、言語しかり。徐々にグラデーションを織りなす陸地と違って、海を隔ててしまうとどうしても分断されてしまう何かがある。それこそが、私たちの生きる地球をこんなにも魅力的にしている理由のひとつだと、私は思っているのだけれど。

そして私は、もしかしたらそれは、人間関係も一緒かもしれない、と思うのです。

どういうことか?

こちらはきっと、物理的な「分断」ではなく、気持ち的な「分断」のことを指すと思う。いくら遠くても、近くても、気持ちの分断は起こりうる。

「本気出したら歩み寄れるか?」いくらインドと日本でも、ベースにある信頼関係がなければ、いくら私たちでも仕事はできない。

社員が海外を放浪しながら仕事をしているなんて、すごいですね。と言われることがそういえば増えたという。2年半、一緒に仕事をしてきたのだ。短いように感じる? そうね、短いかもしれない。けれどその分、きっと私たちは濃密に連絡をとってきたし(特に鳥井さん・立花さんとは連絡をとっていない日を数えた方が断然早いと思う)、「佐野さんが8ヶ月間日本を離れても大丈夫」と(おそらく)確信を持って送り出してくれたから、別に温度の通わないメッセンジャーやチャットツールでも、私たちは一緒に仕事ができているのだと思う。

……と、先日会社のひとと夜な夜な電話をして、思った。

私は今の暮らしが心地よすぎて、「あと3年は続けたい」と思っている。メディアをきちんと育てたいからもちろんそんなことはしないけれど、けれど今の8ヶ月は、メディアと会社を育てるために、「まず私が育たなければ」と思っている節が大きい。

……何の話でしたっけ。

そうそう、本気出したら歩いて帰れるかどうか、の話。

インドの3時間半の特急電車に揺られながら、そういえば来月末は一度日本に戻るんだ、と思ったんです。そしたら「成田からなら本気出したら歩けるな」って。それは、ものすごい安心感だろうなと思ってね。

地続き、陸続き。この道の先に、たどり着きたい場所がある。一歩一歩は小さいけれど、確実に進んで行ったら、たどり着ける保証がある。

うん、きっとこれ、いろいろなことに通じるんだ。だから私はいまは、地続きでない夢を、追っているんだと思う。

だからこそ、見たことがない場所に行けるのかもしれないけれど。

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伊佐 知美

ともみの部屋

伊佐知美の、世界一周の旅とエッセイ。2016年4月〜
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