世界一周バージン喪失の第一歩

ぼちぼち宣言していかなければいけないことがある。私は、いい年して自分探しの旅に出ることを決めたのだ。

言っておく。

自分なんて、世界のどこを探してもいないよ。

どこまで遠くに行っても、知らない世界を見ても、どんなに知らない踊りを踊っても、自分なんてものはみつからない。

私が探す私に会った、という人は、ぜひ学びたいので教えてほしい。

私が47都道府県、15カ国20都市ほど旅をした結果思うことは、探しているものはいつも自分の中にある、ということ。

それが種であれ、芽であれ、実であれすでに腐ったものであれ、セピアになっていたとしてももうなんでも、あなたはあなたを知っている。

私は私を知っている。
だからこそ、旅に出る。
そうしなければ、もう前に進めないと思うから。

私は旅に出て進化した自分を見たいんじゃない。(いやもちろん進化して戻ってきたいけど)

旅に出て自己満足して、立ち止まったあとに前を向いてこれからの人生を生きていくために、どうしても必要な「作業」なのだ。

それを淡々と説いてもただうざい。

勝手にいってこーい

って思う。うん。

だからいろいろと理由をつけて、会社を巻き込んで、なんだか意味ありげな感じに見せようと努力しているんじゃないか。(努力しているのは私ではなく主力はしゃちょうである)

それも嘘だ。

私はどうしても行きたい。
どうしても、行った私を意味のあるものにしたい。
それができないのが怖いから、今まで行けなかった。
行く決意が、できなかった。

今回は行くと決めた。
30歳までもう時間がないから。
年をとるのが怖いんじゃない。
20代という「女子大生」みたいな看板を背負っていく時期を、これ以上逃したくない。
きれいに言えば、20代の私という感性が捉える世界は、なにか人生にとって意味があるんじゃないか、やっぱりほら意味があったじゃないかと胸を張っていってみたい。

さようなら日本。
こんにちはジャパン。
さようなら世界に憧れるアタシ。
私は私を生きるために旅に出る。
世界一周なんて、言葉だけだからどうでもいい。

日常を離れて、移動を重ねて、「あぁそれはもう行ったよ(だから次はこれが目標なの)」といえる私になりたい。
いつまでも「これをやりたい」「やればよかった」「いつになったら」を続けたくない。
目の前の一生懸命に絡め取られて、数ミリ単位で進む方向が変わっていくのを指を咥えて、自分で加速させて離れていくような道はもうやめだ。

それが、今の船に乗り続けていくための私の唯一の武器になることを祈って。
祈るだけではおそらく私は成就しないことを知っているので、なにかをつかみとってくる。

ということで、私はすべてをひっくるめて「自分探しの旅」と呼ぼう。

「捨てたい自分」を捨てるために。
絡め取られていた過去の夢を脱ぎ去るために。
なのでこれは一種の世界一周バージン喪失なのである。
こないだ人生で初めて餃子の王将にいったときに「王将バージンや」とハコミドリの素敵女子・周防さんに言われたので、それをそのまま応用しよう。
さようなら私の世界一周バージン。
誰もが捨てられることではないのだ。

なに言ってんだ私。

とにかく私は、このまま日本では生きられないのだ。
ぐぢぐぢうだうだ悩んでいる自分は、きらいなのだ。

なんてことを出張先の島根県で言っている場合ではない。寝ねば。明日を生きねば。ということでもう寝るのだ。

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伊佐 知美

ともみの部屋

伊佐知美の、世界一周の旅とエッセイ。2016年4月〜

コメント2件

主にしゃちょうw
Moeちゃん うんw
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