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「ここではないどこかへ」という私の病と原動力

「いまの自分を認めることもしてあげたら」

大学生の頃、就職活動を始めようかと、重い……いや軽かったな、軽い腰を上げてエントリーシートを書きはじめた私に、友達が言ったことば。きっとあなたは覚えてないと思うけど、そのあとずっと、あなたの言葉は私の心を支えている。その友人をPちゃんと呼ぼう。ちなみにこれは、よく使われる「友人Aさん」とかではなくて、まじで私が「ぴぃちゃん」と呼んでいたことに由来する。

「佐野さんの枯渇力、やばいです」

社会人になって、3つ目に所属した会社で出会った5つ下の男の子。最初は別になんとも思っていなかった(?)んだけど、気が付いたらいつも一緒に出張に行くようになっていた。ふたりで。周りから見たらきっと常にいっぱいいっぱい、両手にいっぱい何かを持っている私。「それでもまだ足りないの」と伝える私に、「いやまじなんで?」と問いかけた男の子。負けず嫌いとか、向上心とか、夢を持つとかそういうことばじゃなくて、なるほどそうだな、私の場合は「つねに枯渇」しているんだなと、そのとき思う。

人生を通してずっと、「ここではないどこかへ」と思って生きてきた。そうじゃない、これじゃない、あれでもない、それでもない。あなたでもない君でもない、あのひとでもない、そしていまの私でもない。

「いまの私ではない私が在るはず」

いつもそう思っていたんだと思う。いまの私を認められずに、「まだ私は本気だしてない」みたいな心持ちで、それこそ青春時代のずっと。12歳、15歳、18歳、22歳。25歳になっても、「なんかちがう」って心のどこかで思ってた。

いつか遠い海の向こうで、青い空を眺めながら、年中暑い国の窓辺で、肩を出したワンピースを着て、毎日サンダルを履いて、汗をかいたグラスと風になびくハンモックを横目に、日本に送るための原稿を書くのだと、心のどこかで思っていた。

「ここではないどこかへ」と思って生きてきたのに、いつ何がどう進んできたのか、「いま私はそれに辿り着いたのだ、ある形においては」といま思う。

書くことで生きていきたかった。写真を撮ることを趣味ではなくもう少し先のところでしたかった。ほかの言語を口から吐いて、知らない誰かと目が合い笑って、気が向いたときに気が向いた街へ、心地よさと爽やかさを追求して、自由を享受していたかった。


***


それでもなぜ、まだ満たされないんだろう。なぜまだ「これ以上のなにかが」と思ってしまうんだろう。「ここではないどこかへ」と思い続けても、思うだけではもうどこにも辿りつけない。

わかっている。わかっているけど、なぜ何かを焦るんだろう。焦りたくない、比べたくない、知りたくない聞きたくない。引き込もれれば楽なのに、誰かと一定の距離を保って暮らしたい。

「あなたなんかのことは嫌いよ」と言ってみたところで、それは「あなたにも愛してほしいの」という心の奥底の気持ちの裏返しにほかならない。なにかを批判するのは簡単だけど、批判は心の鏡だから。愛しているよと伝えたところで誰も振り返ってはくれないけれど、あなたのことを嫌いよと伝えるよりは随分あたたかい響きを持つ。

異国の地において一般の暮らしを営めるというのは、よくもあり悪くもある。離れたい離れたい切り離したいと思っても、切り離したところで戻るのはそこだし、「ここではないどこかへ」ときれいな言葉で言ったとしても、私がどこかへ行くためには「いまの場所から」行くしかない。

私はいったい、何に負けたくないというのだろう。「自分」と言えば聞こえはいいけど、「嘲笑される自分」を避けたいだけなのだろう。

編集長、雑誌ライター、旅ガイドブックの連載、書籍執筆。ほしかった肩書は並んでいるはず。

私はこれ以上何がほしいと言うんだろう。(母?)

いまは塗り絵をしている気分。昔描いた白黒の夢を、色鮮やかに塗りつぶしてなぞっていく。色はきれいに、いくらでも上から塗れるけど、絵は足されないし広がらない。けれどいまはこれが必要なのだと思う。

私は人生をどこかでRPGのようだと思ってしまう節があるけど、ドラクエでいえばまだ私は船や竜を手に入れていないのだ。海は渡れなくて、空は飛べなくて、陸の上を行って地図を白黒からカラフルに変えていく作業中。

この旅が終わったら私は竜に乗れるだろうか。目線を変えて、「ここから遠くへ」と思えるだろうか。それともまた、30歳になってなお、「ここではないどこかへ」と思い続けてしまうのだろうか。

20代の間にくすぶっていたもはや腐りそうな私のなにかを、精算して帰国できたらいちばんいい。というか、私はそれをするために日本を離れたのだから、いまの私を認めてあげて、「ここにきたよ」と言ってあげたい。ちゃんと目の前を見て、なにを見たのか忘れてしまわない日々を過ごしてね、今日の私へ。

いつも遊びにきてくださって、ありがとうございます。サポート、とても励まされます。