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さよなら日本、また同じ空の下で【成田→アメリカ・ロサンゼルス】

フライト時刻は、19:15。6月に入ったばかりの成田空港はまだ少しだけ明るくて、こいつはいわゆるマジックアワーというやつだな、と私はひとりで楽しくなる。

夕暮れ時の美しさが好きだった。以前港区のオフィスビルの中で、営業として3年ほど働かせてもらったことがある。その時はいつも夕方から夜にかけてが忙しくて、私は東京都内のJRやメトロやバスを乗りこなしながら、マジックアワーの時間帯は、室内で打合せをしていることが多かった。

「世界はこんなにキレイなのに、どうして私はいつも夕暮れが見られないんだろう?」

幸せの条件に、まるで「何度完璧に美しい夕暮れを眺めることができたか」が入っているかのように、私はそれを毎日心の中で唱えていた。

とくに夏。少し涼しくなって、思わずビールを飲みながら風に当たりたくなってしまうような、あの時間。黒やグレーや、ときおりベージュのスーツにヒールを合わせながら、私は「どうしてだろう?」「これが、人生のすべてなのかしら……?」と考えていた。

今振り返れば、すごく雇いづらい人材である。

私なら、絶対に私なんて雇いたくない。そして事実、私は3年と経たずに(さっきは3年ほど、と申し上げたけれど、真実は2年と9ヶ月だ)「次が決まっているわけではないのですけれど、もっとやりたいと思うことがあるので、辞めたいと思います」と言って、人事部をすごく困らせる。

あの3年があったから、私は今の私になれたと思っている。まぁそれは、私に限らずすべての人がそうなはずなんだけれど。

大きな金融機関。事務処理も大人の礼儀も、営業の真髄も、会社の看板を背負うということも。自分より優秀な先輩方のすべての一挙一投足に、私は育ててもらった。

***

……さて。そう、そして今、出版社のアシスタント勤務を経て、独立して、Waseiにお世話になっている私は、金曜日の夜に、成田空港からアメリカ・ロサンゼルス空港へ向かう飛行機に乗っている。

そうそう、そのフライトの出発時刻が、私が愛して止まないマジックアワー。見た瞬間に、こんなに思い出話が浮かんでしまうなんて。私の記憶も指も、おしゃべりね、なんてムダなことを言っても、誰も突っ込んでくれる人はもういない。

ひとり。旅に出ることを、選んだ私。

美しさに、窓の外をじっと見る。「まだ、通路側の席が空いていますが、変更なさいますか?」そう提案してくれるカウンターのCAさんの意見を振り切り、にっこり答える。「窓側で、お願いします」。

フライト中は、空を、見ていたかった。満月を過ぎたばかりの今夜の空には、きっとマルに近い美しい月も見えるはずだった。進行方向に向かって、右側の窓際。朝になれば朝焼けが、夜になる前には夕焼けが。今まで何度、雲の上でそれを見つめてきただろう。

出発間際に秋葉原のヨドバシカメラで迷いつつも直感で買ってしまった、新しいレンズを装着したカメラを、つい手に取る。カメラを持たない人には分かりづらいかもしれないのだけれど、単焦点、というレンズをしばらく持つと、「世界がその画角に見える」という現象が起こりうる。

とすると、私の眼はいま「55mm」になっていた。それが、新しいレンズだと突然「16mm」に変わるのだ(数字は、小さくなればなるほど広く見える)。

「広い」

広くて、思わず笑ってしまう。なんで、窓枠まで写っちゃったりするんだろう?

iPhoneXも新調したから、なんか広角は、それだけで十分なんじゃないか、という気もしたのだ(スマホは大体28mmくらいで見えている)。でも、55mmより広い世界を私はカメラを通して見てみたかったし、切り取ってみたかったし、持った私が写す世界を、私自身も見てみたかった(なんだそれ)。

買ってよかった、と素直に想う。この子と一緒に、今回は旅をするのだ。世界を描く、その軌跡を。文章とカメラと旅。好きになれて、よかったと想う。そのおかげで手放したものも、欠けてよしと自分に甘くなってしまったところも、もちろん当然、あるのだけれど。

眼に飛ぶこむ景色は、肌に触れる風は、街角の匂いは、口にはこぶ食べ物の味は。次の国は街は、一体どんな面影を私に寄こしてくれるだろう?

ロサンゼルスに着いたら、一度はサンタモニカとベニスビーチへ行こうと想う。そしてまた街と海を変えるのだ。ひとところには、しばらく留まらない。ただいま旅人の私。おまたせしたな。

できればマチュピチュへたどり着けた時点で、「もう旅、満足!」って想えていたらいいのだけれど。空を飛びながらだんだん自信がなくなってきた。やっぱり旅は、素晴らしそう。

右肩越しに、新月に向かう月が見える。いつもより近づいた分、ちょっぴり近くに見えてくれている気が、した。

(そして、このnoteを公開する今はもう、ロサンゼルスに着いている)

いつも遊びにきてくださって、ありがとうございます。サポート、とても励まされます。