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離婚して学んだことは、世の中の約束はすべて覆せるという諦観だった

約束は守らねばならない、と母から学んだ。人を待たせるくらいなら、待った方がいい、とも何度も言われた。

信号は走って渡るくらいなら次を待った方が豊かだし、自分がしてほしいことがあるならまず人にしなさい、とも繰り返された。

そういった中のひとつに、ひときわ輝く「約束は守らねばならない」。一度音にして世の中に出したのならば、責任を持ってその行く末を見守れ、と小さな私は解釈する。

遠い異国の青い海と空のもと、誰なんだか知らない神父に「誓います」なんて言った場合は尚のこと。

ちゃらん、ぽらんと生きているように見えるであろう私も、25歳のときにそういった誓いを立てた、ことがある。

5年という歳月が長かったのか短かったのかはよく分からない。分かることは、あの時私は30歳の年を迎え、彼もまたそうだったということ。それが、20代という人生の輝かしい期間の後半、自由に生きられる切符を手にした最初の時代だったということだ。

悲しかった記憶はあまりない。辛く悲しかったのはきっと彼の方だろう。専業主婦として暮らした期間がたとえ少しだとしてもあった私が、ライターという肩書を持ち、以前よりも経済力と独立心を持ち、果ては地球の果てまで喜々として出かけてしまう女に育ったのだから。その過程は、愛する人からは一体どう見えていたんだろう。

……なんて、普段は全然考えない。あの離婚で(立場上)私は「悲しむ側」だったから。人生はいろいろだ。たった数度の過ちが、その人のその後の人生を左右する過ちになることがたしかにあるのだから。

怒りはそんなに沸かなかった。「ついにこのときが来たか」という気持ちでしかなかった。独りに戻る人生が始まるのだ、と予感した。だから周到に準備して打ち明けた。戦争勃発。分かっていた。それと並行して書籍『移住女子』の締切が迫っていた昨年の秋。その頃の記憶は正直ない。

校了の目処が立ち、新しい氏名のパスポートを手に入れた瞬間、次に向かう国のチケットを予約した。飛ぶんだ。飛んでしまえ。いただいたお金なんて、すべて使いつくしてしまえばいいと思っていた。海へ、空へ。世界は美しくて、カメラも文章も愛していた。

むしろ気持ちは、やっと鎖が外れたような気さえしていた。どこへ行ってもいい、行かなくてもいい。今日は20時までに買い物をして家に帰って、その前にクリーニング屋によってワイシャツを取って、夕食の支度をしてお風呂を沸かして合間にかわいくふふふと笑うなんて、そんなことを1日のスケジュールに入れなくてももういいのだ。私は私の道をゆけ。

その道中にまた愛する人を見つけた瞬間もあったから、なんかこの人生も悪くないぞと私はつねに思っていた。365日。嘘ではない。本当に、「しなきゃよかった」なんて一度も思わなかったのだ。離婚はもちろん、結婚というたくさんのひとを巻き込んだ、若気の至りの約束さえ。

***

どうしてこんなテキストたちがふと浮かんだんだろう?と朝から私は不思議に思っていた。ゆったりと進みそうな台風が降らせる雨を横目に、出かける準備をすすめる私。日付は9月17日ということだった。ゆっくり、ぐるりと考える。

ちょうど1年が経ったのだ、と思い当たる。昨年の今日、離婚届を家の近くの役所にふたりで出した。そこはたしか、入籍届を出しに行った場所でもあった。出した瞬間、「もう他人だ(たとえそれが大学の同級生で、共通の知人がたくさんいたとしても)」と思ったから、「じゃ」的な一言だけ交わして、逃げるように視界から消えた。消した。

それっきり。もう二度と会いたいとも思わない。悲しいかな、あの日青い空青い海の島の端で、「誓います」と言ったがふたり。私の大好きな夏の海。関係はなかった。形あるものはすべて崩れる、形なんかなくても一緒。

約束は守らねばならない、と彼女は言う。私もそう思う。反故にすべきではない。全部そうだ。世の中、車がきちんと走っているのだって、言ってしまえば大きな約束のひとつである。

私たちのまわりは約束でできている。信頼、愛情、それが表面上何の形をとったとしても。

***

人生で一番確固たるものだと思っていた土壌を失くした私が見てきたものは。この一年見てきたものは、なんだったのだろう?

覆せる。悲しいかな、覆せてしまうのだ。約束を反故にする。破る。失う。悲しませる。

世の中には別れたくないのに別れてしまう、不可抗力のものがこんなにもたくさんあるというのに。自分から手放すと決めた私の未来は、やはりこれからも自分で決めていくしかないのだろうと。

雨はよくない。雨の日は……よくない。しとしと流れる音を聞きながら、触れられない何かに想いを馳せたという人は、きっと今日、私以外にもたくさんいたはず。と思いながら、更けてゆく夜を見る。

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