期待することを、私はまだやめたくない。春、桜、舞う季節のはじまりに

赤坂見附の歩道橋を渡っている時、ふとそこにピンク色の存在が「咲いているよ」と主張するのを見た。青い空に、少しだけ白い雲。そしてそこに、ピンクの彩りを加える花が、今年も咲く季節がやってきた。開花予報の日を間近に迎え、今みんな、気付き始めている。

目黒川沿いを歩いている時、冬はまだ茶色だけの存在だった彼らが、「もうすぐで咲くからね」と、やはり大きく膨らむのを見ていた。その日はやっぱり寒い冬の日だったけど、「もうすぐ春」っていえるのは、冬のおわりの特権でもあるよねぇと歩きながら思っていた。

なにかがはじまるとき、だれかもおわる。季節はめぐる。時間の流れは止められない。あなたは国を超えるし、私は今まだ街を超えられない。

なんとなくだけど、12月28日のあの空気に、今日の空気は似ている。と思って口に出す。誰も聞いてくれなかったし、聞いてくれた人がいたとしても、たぶん理解はしてくれない。けれどそれでも私は思う。「今日は、年末のあの過ぎ去ってほしくない、独特のゆったりした日にとても似ている」と。

何につけても人生は、はじまってしまったら、おわってしまう。はじまらなければおわることなんてないのに、私たちはあのはじまりの高揚やこれからへの期待をいつまでも待ち望む。

変わっていくことを、すこし怖いと思う気持ちは、私の中にじつは本当は、あまりない。変わらないことの方が、怖かった。20代は、それこそずっと。現状維持は停滞だから。けれど、「見えているところだけで判断して」変わらないと決めつけたのは、子どもだったなぁってピンクの花の膨らみを見て思う。少しずつ成長するし、変わらない花をつけることに、どれだけの努力を私たちはしてただろう?

「全部私のものにしたい」だなんて、そんなことは不可能なのに、どうして私たちは思い通りにしたいなんて、望むんだろう? 期待しなければ傷つかないのに、「これからは依存先が増えれば増えるほど、安定性を増す世の中に向かうのだから」。期待と依存と失望と絶望の境目で、私はまだこれからも悩むのだろう。

止められない時間の流れ。3月ももう19日を過ぎて、日が変われば20日なって、そして気づけば25日とかになっちゃって。「明後日から4月」とかになれば、もうそこにはエイプリルとフールみたいな日があって。新しい洋服を身にまとい、肌寒い日だって「春がきたのよ」と言いながら、新しいヒールの底を削ったり、ぎこちない笑顔を見せたり、まだ慣れない私のひんやりしたその席に、怖がりながら座る日がくるのだろう。

止められないことはどうしようもなく、それだけはすべてのひとに与えられた平等で。はじまったらおわってしまう。大切なことは、いまこの瞬間をかみしめること。遠くから見ているだけではなくて、きちんとその手で触れること。握ってみること。たしかめて、愛して、失いたくないと、それでも伝えることが。「伝えたという事実」が私たちの人生を彩るのだ。

あんなに心を決めた新年も、決めた約束も、願ったなにかも、3ヶ月という月日の前に、どれくらい進んだだろう? 

時間の流れは、風の流れとともに。たしかにそこにあるはずなのに、触れられないことにこそ、真実があると言ったのは誰だっただろう。

桜、咲く季節。のはじまりの日に。吹く風、咲く花、膨らむ蕾、散ってゆくピンクに薄い青。花びらその足で踏む日の前に、満開のそれと心を、胸に刻んで、歩いていけたら、これから迎えるこの春は。いままでよりも特別な季節に、なってくれるだろうか。期待することを、私はまだやめたくない。

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伊佐 知美

世界一周の旅とことば。旅と写真と文章を愛してる。2016年4月から地球を放浪しています。

ともみの部屋 #2

伊佐知美の、世界一周の旅とエッセイ。2016年10月〜
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