針間克己『性別違和・性別不合へ』紹介・雑感等1

とある縁でこの本がうちに来たので、紹介(というか宣伝)がてら書評のような雑感のような代物を書いてみます。

著者は長年にわたって性同一性障害の治療・診断に関わってきた針間克己先生。私も含めたトランス当事者、特に東日本の当事者にとっては結構な割合で馴染みのある方です(逆に言えばそれくらい治療・診断をしてくれる医者が居ないわけですが……)。

なお、定価1600円+税ですがアマゾンではかなり高騰しているので別ルートで手に入れる事をお勧めします。

紀伊國屋さんでは定価で売っていますが、お取り寄せになっています。

DSM-5、ICD-11でなにがどう変わるのか?

この目次は、本の帯からいただいたものです。本の主眼は極めて明瞭で、この帯の文句でほぼ完全に説明できてしまいます。
つまり、日本において従来「性同一性障害」という診断名がついていた代物が、2020年代に本格的に使われる事になる診断マニュアルや疾病分類でどう変わるのか?それによって日本の治療はどう変わるのか?を、そもそもDSMとは何ぞや?ICDとはどんな代物か、等々の前提知識や、性別違和と隣接する症例も含めてを丁寧に紹介しながら、説明しています。
大まかには、前半部分でそれら知識部分の説明、後半部分で日本のガイドラインや治療はどうなるのか?という筆者の意見も交えた解説、となっています。

全体として文章は平易になるように心掛けて作られており、『シンデレラさん、お大事に。』(メディアファクトリー、2002年)で見られたような軽い語り口に加えて、所々で脇道にそれながらも要所要所を押さえていくという具合。
最初に書かれているように、この本は「インターネットなどでの、書き込みや議論」において、2020年代に日本でも導入されるであろう性別違和、性別不合に対する理解が十分になされていない、ということから執筆されたもので、医学に明るくない人はもちろん、論文のような硬い文章になじみの無い人―例えば当事者の人―が手にとっても理解できるように工夫されています。
診断基準変更の前提知識として、そもそも現代の精神科の診療・診断とは原因を追うものではない、というところから整理されているため「実際に診療は受けているけど精神科というものはよくわからない」という人でも、最終的には「DSM-5、ICD-11でなにがどう変わるのか?」という事が理解できるよう、丁寧に一歩ずつ組み立てられています。

ネット上における議論

私は主にツイッターを主軸にあれこれやっている当事者ですが、当事者間のやりとりを見ても、ICDにおける「脱病理化」というフレーズが独り歩きしている事が、往々にあります。

また、現在、ネット上(特に匿名のSNS上)では、トランス性、特にトランス女性に対するフォビアが、広く表明される状態になっています。
この動きの主体を担っている主な層は、自身を「フェミニスト」であると規定する人達ですが、残念ながらこの動きの主体を担っている人達は、かなりの割合で、トランスジェンダーの事をほとんど知りません(この点については自信を持って断言できます。残念ながら)。
トランスジェンダーの人達が今現在どのような暮らしをしているか、はもちろん、ガイドライン上の診断要件の一つであるリアルライフエクスペリエンスの存在さえ共有できない事がほとんどです。
そのため、まして診断基準の改定や「脱病理化」の話ができるか?と言えば完全にノーである、というのが現実です。

こういったネット上での無理解に関しては、三橋先生や他の方が、説明や解説を試みています。

本書は、この記事で出てくる「宗教犯罪」だった時代から「病理化」そして現在の「脱病理化」まで詳しく説明しています。
雑な事を言えば、上記の記事を100倍に引き延ばしてより詳しく説明したもの、であると言えます。

こういった説明(および無理解に対する反論)が、保存性や検証可能性に難があるウェブ上の記事ではなく、より形が残る紙媒体で出された事は、大きな意義があると考えます。
ですので、「脱病理化」について不安がある、なのでもっとよく知りたいという当事者はもちろん、この手の精神医学について通った知識が欲しい、あるいは何らかの理由で必要である、という人にもお勧めできます。

さて、ちょうどこのnoteを書いている最中にも、こんなツイートがありました。
ツイートをしている人は、トランス女性に対して差別的な言動を繰り返している方ですので、当事者の方におきましては発言者のタイムラインを閲覧する等の時はご注意ください。

この手の発言はツイッターではまったく珍しくありませんが、これは前述した「そもそも現代の精神科の診療・診断とは原因を追うものではない」というのを理解していない、無知からくるものであると言えます。
今日ではアメリカ以外の精神科医療でも用いられるDSMの成り立ちに関する部分から、この辺りを説明している個所を引用します。

そこでスピッツアーは、また妙案というより革命的アイデアをひねり出します。「診断基準に原因は考慮しない」という案です。(中略)
また原因の代わりに、精神疾患であることの新たな基準を設けます。「本人に苦痛を与えている、あるいは日常生活を送る能力を損なっている」というものです。(P22-23)

この姿勢は、精神科医療だけで見られるものではありませんが、精神科医療ではこれが特に顕著です。
精神科医療に限らず、こういった「原因は~~です」と断言できない症状を持つ当事者は、往々にして気のせいだの勘違いだの嘘をついているだのといった、心無い言葉に苦しめられます。当たり前なのですが、原因不明であることは、その症状・苦痛が存在しない事を意味しません

上記のツイートは、トランスパーソンを否定したいがために、そのような、過去に何度も繰り返された差別的言動を再生産しているにすぎません。
端的に言って恥ずべき言動である、と言わなければなりません。

公衆の場で自信満々で無知をさらけ出して恥ずかしい思いをするよりも、是非1728円を投資して、本を読みましょう。
というかこの辺をいちいち説明するのもめんどいので、この辺の話がしたいなら、是非読んでから来てください。当事者は一人一人に説明するほど暇ではありません
そろそろ1760円に投資額が上がりますので、お急ぎくださいネ(もっとも、税率は発送時に決まるので、即日発送をしないアマゾンで高騰している以上は手遅れ感がありますが……)。


少し長くなってしまったので、今回は宣伝だけにとどめて、次回以降、雑感やこの件に対する私なりの考えも交えて、少し書きたいと思います。

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