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教育のCovid Children

新型Covidパンデミックで、国によっては非常に厳しいロックダウン体制が敷かれ、政府決定で多くの子供達が通学を禁止されました。

バンコクでもほとんどのインターナショナルスクールはオンラインスクールに切り替わり、公立学校はオンライン体制もなく自宅での学習を余儀なくされ
断続的な休校が2年続いてから2022年8月にほぼ全てのエリアで厳しい制限が解かれて
通学が再開しました。

我が家は、オンラインスクールの弊害を回避するために、ローカルエリアにある小規模インターナショナルスクールに中心部の休校期間中は通わせていて、
通学解禁とともに徒歩圏内の名門校インターナショナルスクールに戻しました。(渋滞も同時に戻ったので通えなくなったのもある)

コビッド中に通っていた学校は
アメリカンカリキュラムの学校で、娘はちょうど幼稚園の最高学年に通いました。

5-6歳児の就学児童のカリキュラムは各国で差があり、
ブリティッシュとアメリカンはちょうど一年就学年齢が違います。
つまり勉強の基礎となる小学校一年生を始める年齢が丸一年違います(オーストラリアは選択できる)

娘はちょうど一年生を飛ばした形でYear2に再入学し、1年が経ちました。
学校には学年を下げた方が良いのでは、と相談しましたが大丈夫、様子見ましょうと言われ、その後特に何も遅れなどを指摘されることもなかったです。

ところが。

経緯は長くなるので別コラムに書きますが、
子供の作文としてスクールブログに載っていた作文が子供の作文ではなかったことをきっかけとし、
通わせていた学校はさまざまな角度でアセスメント機能が破綻していることが判明し、
この夏休みで娘のアセスメントをしなおしたところ、
娘には深刻な学習の遅れが出ていることがわかりました。転校を考えていた似たような学校の試験はほとんど0点。複数の先生から(本来進学予定だった)Year3へ進級するにはあまりにいろいろ抜けすぎていると指摘されました。

娘は全然わからない授業にすわっていただけで、
先生に質問しても「Buddy(友達)に聞きなさい」と言われただけで何のフォローもしてもらえてなかったことも同時にわかりました。娘の成績表はほとんどの教科に2(普通)がついていて、いったい先生方は娘の何を1年間で見ていたのだろうと震えました。

6歳の子供に1年間の学習が抜けている子どもの学習をフォローできるはずがなく、
娘は常に友達に劣等感を感じながら一年を過ごして、
もともとの地頭は決して悪くはない子にも関わらず
すっかり自信を失って勉強への意欲を見せなくなってしまいました。

転校を考えるにあたってさまざまなことを考えました。

まずは抜けてしまっている土台を埋めないとこれから何を積んでも劣等生のままになってしまうだろうということが最大の懸念で、
年齢だけで振り分ける大きな学校は断念しました。
少なくとも一定の評価機構が機能しているという意味で文科省のカリキュラムも良いので、日本人学校も検討しましたが、日本語力がなさすぎるのと、編入の申し込みに間に合わず断念しました。
アメリカのホームスクーリングコースを取れる小規模インターも検討したし、兄妹同じ学校に行きたいという願いもあり、とにかく迷いに迷いついにインターの新学年の開始まで決め切ることが出来ませんでした。

行かせていたのはIBコースが取れる名門校、ふたを開けてみたらこれならタイローカルにでも入れていた方がマシだったのかもしれないようなありさまだったわけで、ここはやはりタイなんだと、名前や学費に惑わされず気を引き締めて学校を選ぶ必要があると強く思いました(とかく高くて有名なら良いと思ってしまう日本人を地で行ってしまった)

息子は同様に一年抜けていたのですが在籍していたのがG1で基礎は習っていたのと、チャレンジパッドを細々と続けていたことで文科省のカリキュラムをなんとなーくとはいえ学習していたことで、学習に大きな遅れはみせずになんなら時々Star of weekを取ってくる賢い感を発揮したのでどこでも良かったはよかったのですが、この経験から安易に決めるのはやめようと思い、彼の1番興味のあるプログラミングやコンピュータサイエンス分野への将来の就学に良い学校がよかろうと、とにかく調べまくり、とある小規模インターへの転校が決まりました。この辺りはまたおいおい別記事で書きますが、学校選びは、大学をどこに行かせたいか、からスタートするのがあまり間違えず良いのだろうと思いました。


娘はもうほんとうに迷いに迷った結果、
小学校2年生までの受け入れをしている超小規模プリスクールで特別カリキュラムを組んでいただくことにどうやら落ち着きそうです(現在学校側でアセスメント中)この学校が手に負えないと判断したら息子と同じ学校のG1からやり直すことになってます。

目標は1年で2年間を取り戻してさらに勉強を重ねて、本来の学年に来年から戻れること。

家庭教師も週一で来てもらうことになりました。

うちはたまたま気付きましたが何も考えてなければのほほんと進級して、テストも教科書もなく「のびのび」楽しんで学校行かせてたら中学校くらいで進級できないとか
母国語も英語も読み書きできないとかいう恐ろしい事態になりかねなかったんだと身震いし、
子供不在の身勝手な教育をする国語の先生にはいろいろ言いたいことはありますが、娘の人生は救ってもらった形になるのかなと。
ただ、国語力はその先生にものすごい下げられてしまったので、
ああいう方が日本の公立で10年も小学校の教員をやっていたということには戦慄するばかりです。

長くしんどい2ヶ月でしたがようやく来週からは落ち着けそうです。

インター校というよりバンコクでの学校選びに関してはまた改めて記事書きます。

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