私は彼女になりたかった

憧れ。
それはなんとも甘美で、苦しく。
いつだって私の真ん中に佇んでいた。

7年前、その人は偶然私の前に現れた。
とても軽やかで、ゆっくりと言葉を紡ぐ人。
裸足で草の上をどこまでも歩き、寝転がって空を仰ぐ姿を見て
18歳だった私は初めて憧れを抱いた。
ただただ直感的に「この人になりたい」と思ったのだ。

この人のように、裸足で歩き
この人のように、ゆっくりと笑い
この人のように、芯のある優しい言葉を発したいと
心から願った。羨望した。

私は彼女になりたかった。

何がそんなにも心を掴んだのか、今となってはわからない。
ただその景色はあまりにもくっきりとした輪郭を保ち、今もなお感情を伴って焼き付いている。

その人が去り際に渡してくれた手紙は、読みすぎてもう切れそうだ。
何度読んでも、泣いてしまう。
そこには18歳の私には勿体無いぐらいの言葉が綴られ、いつからか救いになった。
どんなに辛いことがあっても、それを読むだけでなんとか頑張れた。

それからの私は歩き方をまね、
話し方をまね、
同じように草はらで空をあおいだ。
けれど、記憶の中の彼女になれなかった。
何が足りないのだろう、どうすればいいのだろう。
そんな自問自答ばかりしているうちに自分を見失い、心で考えることを忘れてしまった。

デザイナーの修行を始めたのは、そんな頃。
師匠に怒られながらもかじりつく毎日は学びの多すぎる地獄で、人間的に叩き直された。
修行前と後で性格がだいぶ変わったが、あの日々がなければバットを振り切れない人間のままだったんだろうと思う。

そうして自信を手に入れた私は、気づくと憧れの姿に近づいていた。
借り物の言葉やまねではない。自分の言葉と間がもうあって。
記憶の中のあの人と歩き方も、服装も、話すテンポも違うけれど、確かに近づいた感覚があった。

もう大丈夫だ、と思った。
私は彼女になれない。
でも、何処へだって行ける。

中学生の頃、帰国子女の友人が「ベネチアに行こうよ!」と言った。
とても驚いたけれど、今思えばあの子は私よりも何年も前から、歩き出せばどこへだって行けることを知っていたのだ。
私は、視界に映る小さな範囲を世界だと勘違いしていた。


7年が過ぎ、私は25歳になった。
記憶と同じ場所に、あの人がいた。
偶然だ。
姿を見たとき、喉の奥が震えた。

交わしたのは一言、二言だけ。
それで十分だった。
なんだか泣けてきて、これで私の7年が終わったのだと悟った。

次の章へ進む日がきたらしい。
愛おしき偶然に、感謝を込めて。
この苦しくも笑顔に満ちた日々を、これからも好奇心とともに生きていきたい。


さて、今日中にデザインひとつ作らなきゃ。


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ありがたき!良き1日を!
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moyo

映画館と本屋が好きなデザイナー。Monoxer Inc.所属。UI / UX / グラフィック中心にやってます。SFC→Goodpatch→現職
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