見出し画像

結局、円はこれから高くなるのか、それとも安くなるのか

株式運用の世界では知らない人のいないくらい著名なバークシャー・ハサウェイ社が円建ての債券を発行したことについて、「投資の天才が、中長期的に円が安くなってく(またはもうそれほどの円高にはならない)トレンドにはいったとみた」とみる向きがあるようです。

実際には外貨建てでデット調達を行ったり、大きな海外事業を持っている場合は、為替リスクをヘッジする取引を同時に行っていることも多いので、実は通貨エクスポージャーはほとんど負っていなかった、という可能性もあるのですが、この機会に今一度、円の中長期トレンドに影響を与える要素をおさらいしてみます。

実務ではもっと細かく見ているのですが、以下は基本的な論点をおさらいしています。細かい点に興味がある方は、為替レートのフェアバリューを勉強すると、結果的に為替レートを高くしたり安くしたりする要素を頭に叩き込めるので、こちら

の書籍やペーパーなどを読まれてみることをお薦めします。

対外純資産の増加は円高要因

こちらは現在の世界経済の減速から肌感でも想像しやすいところですが、日本は20世紀後半に製造業が世界を席巻した結果としての資本が国内に蓄積しており、これから対外投資が実業でも証券投資でもノウハウが国内に蓄積していくと、これは円高要因になります。

50年後の2070年とかになったら分かりませんが、2020年代、そして2030年代くらいはたぶん、日本ほどの規模で対外投資で稼ぐ力をどんどん増せる国というのは、世界にはまだほとんどありません。

なぜ日本の対外投資で稼ぐ力が数十年くらいはもつと思うかは、昔々1950年代にCrowtherという人が纏めた経常収支のライフサイクル論に基づいています。(このペーパー、原著は古すぎて手に入らないため、日本の経済産業省が纏めなおしたペーパーをこちらに添付しておきます(苦笑)。)

製造業の競争力低下は円安要因

30代以上の方は、まだ日本の製造業の競争力が世界最高峰で、そのためにひたすら円は1ドル=360円から円高になり続けていた頃を覚えているかと思います。

しかし韓国や台湾、そして近年は特に中国が製造業の拠点としての勢いを増す一方で、中国の後には東南アジア諸国、そして政治が混乱しなければたぶんインド、(さらにその後はアフリカとか?)が待ち構えており、日本の製造業は一般論としては没落はしなくても多くの国との競争にさらされたり、多くの製造業が強い国の中の1つ、に埋没していくのはある程度間違いなさそうです。これは円安要因となります。

実質為替レートのピークは1995年

業界の間ではもう常識になっていますが、実は各国のインフレ率の差を調整した「実質ベース」でみると、円は1995年にピークをうって、それ以降は既にもうかれこれ20年以上ずっと下落を続けています。

下のCEICのサイトで、レンジを「Max」にすると、1970年からの円の実質(実効)為替レートを見ることができます。

私たちが普段目にするし実際に取引を行う名目ベースの為替レートはリーマンショック後に円高になったりして、2019年9月初旬現在の1ドル=107円くらいというのはいつもくらいの為替レートじゃないか、と思われるかもしれませんが、欧米諸国との過去のインフレ率の差を考慮すると、円の価値はすでにこの24年間で実はすでにかなり下落しています。(再度になりますが、金融業界で為替に関わっている人にとっては既知のことかと思います。)

つまり、「過去24年間については」上記の対外資産が稼ぐ力よりも製造業の世界での地位の低下が勝っていた、ということになります。

円の下落を実感できなかった理由と「これから」は

それでも円が「既に」下落を続けているということを実感できなかったのは、理由が2つあります。

1つ目は、上でもご説明している通り、日本のインフレ率が欧米諸国よりも低かったため、名目ベースでは円高圧力がかかったことです。

ただし、インフレ率は世界的に低下傾向にあり、すでに欧州諸国はインフレ率が日本並みになるかもしれませんし、米国も中期的にはそうなってくるかもしれません。

この(主要国のインフレ率が日本に近づいてきているという)トレンドは、円安要因です。

2つ目は、現在の黒田総裁が着任するまでの日本銀行が、不況時に欧米の中央銀行よりもアグレッシブな金融緩和を行わなかったことです。

それによって結果的に円はフェアバリューよりも割高になることがあり、名目ベースでは1995年よりも高い値をドル円でつけるなどしており、最高値を更新しているのに下落トレンドと言われてもピンとこなかったと思います。

しかし2013年に黒田総裁が日本銀行の総裁に着任してからは、金融緩和のやり方を欧米の流派に合わせており、これも円安要因となります。

ただしこのポイントは短期的な話かもしれず、アベノミクスの張本人の安倍総理の任期は、もう2年後の2021年までです。

結局、円安になるのか円高になるのか

10年くらいのスパンでみると、個人的には2019年9月現在は、円は「今くらい水準に居続ける」という一番つまらないビューを持っています。

なぜなら、やろうと思えば日本は対外投資でガンガン稼ぐ量を増やすこともできると思うのですが、それを本気でやってしまうと上記の通り、円高が進行して製造業がガタガタになってしまうからです。

日本の雇用の多くを担っているのは(少なくとも2019年現在は)対外投資を行うような金融業ではなく製造業だと思いますが、日本のような民主主義の国では、政治も票になるセクターの意見を聞きがちです。

この点について、興味のある方は「Currency Politics」という書籍がお薦めです。

ということで2020年代や、たぶん2030年代あたりも、日本の製造業が緩やかに競争力を失っていくのではあっても、ショック死はしないよう、現在の為替レートの水準くらいを維持できるくらいに対外投資はコントロールされるのではないかなあと思っています。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?