嗾(けしか)け上手の初恋 上演台本

登場人物

ヒナノ  風俗嬢

隆    大学院生

長谷川  会社員

みずき  長谷川の婚約者

京子   ヒナノの元・同僚

店長


前説

俳優 (上演についての説明をしてから)……では、始めます

   暗転。

ヒナノの声 あの、すいません

   明転。

   路上。

隆 ……はい

ヒナノ あの……ちょっとお時間、宜しいですか?

隆 え……(警戒)

ヒナノ あの、怪しい者ではありません、先程、担当させて頂きました

隆 ええ、はい

ヒナノ ご来店、ありがとうございました

隆 いえ……あの、お金はちゃんとお支払したと思いますが

ヒナノ ええ、それはもう、はい、そういうお話ではなくて……

隆 ……なんですか?

ヒナノ あの……個人的な……お願いがありまして……

隆 え……?

ヒナノ あの、ここではなんですから、ちょっとお時間宜しいですか?

   ルノアール。

ヒナノ ……素敵な、眼鏡ですね

隆 ……ありがとうございます

   間。

隆 ……それで……

ヒナノ はい……その……単刀直入に言いますと……

隆 はい

ヒナノ 私と……性交渉、を、して頂けないでしょうか?

   間。

ヒナノ 勝手なお願いということは、重々承知しているのですが

隆 ……性交渉

ヒナノ はい

隆 性交渉

ヒナノ 性交渉

隆 それはつまり、性的な交渉

ヒナノ はい、性的な

隆 性交……

ヒナノ 渉……セックス

隆 セックス……

ヒナノ 単刀直入に言うと、本番、ですね……すみません

隆 ……あのですね

ヒナノ はい

隆 実はその、さっきも……先輩に誘われて、奢って貰って

ヒナノ はい

隆 だから僕は一円も払ってなくて

ヒナノ はい

隆 お恥ずかしい話、金銭的な余裕が無い状態でして、つまりとてもそんな……本番行為にお支払するようなお金は……

ヒナノ (遮って)あ、違うんです、これはそういう、仕事とかビジネス的なお話では一切なくて、私の、ごくごく個人的なお願いでして、なんなら私からお支払するくらいの

隆 いや、でも……

ヒナノ 怪しい、ですか?

隆 うーん

ヒナノ 怪しい、ですよね

隆 怪しいというか、疑問点が多過ぎて……

ヒナノ そうですよね……

隆 すみません……

   間。

ヒナノ ……疑問点、を教えて頂けますか?

隆 え?

ヒナノ 順番に。お答えしていきます

隆 いや、でも

ヒナノ お願いします

隆 ……どうして、僕なんですか?

ヒナノ それは……あの、ちょっと失礼かもしれませんけど、経緯を説明してもいいですか?

隆 はい

ヒナノ 私、処女なんですね、それで……

隆 え?

ヒナノ はい?

隆 え、え、ちょっと待って下さい。処女なんですか?

ヒナノ そうです

隆 え、でも……あのお仕事をしてて?

ヒナノ はい、本番は無しですから

隆 いや、そうですけど……それで?

ヒナノ はい。それで、私もうすぐ25なんですね

隆 はい

ヒナノ それでその、さすがにそろそろ経験しておかないと、なんだか一生、できないような気がしていて……ですから、その、私としてくれる方を、探していたんです

隆 ……はい

ヒナノ でもそうは言っても、これも生意気な話ですけど、私も、誰でも良いわけじゃなくて、ていうかそこは寧ろ初めてだしこだわりたいって言うかだって、もし失敗したら、それこそ一生、セックスを避けることにもなりかねないじゃないですか?

隆 うん……ん?うん……そうですね

ヒナノ そうなんです。それで、ずっと探していて、それで今日、出逢ったのが、貴方だったんです……あの、えーと、すみませんお名前……

隆 え、ああ……佐藤です

ヒナノ 佐藤さん、はじめまして、ヒナノです。そういうわけで、佐藤さん、だったんです

隆 ……すみません、結局よくわからないのですが、つまりその……何か感覚的なことで、僕を、選んで頂いた、ということなのでしょうか?

ヒナノ 感覚と言うか……そうですね、感覚です、もっと具体的に言うと、佐藤さんの彼が……

隆 ……僕の、彼?

ヒナノ はい、そうです、あ、すみません、お店では、お客様の……(股間)のことを「彼」と呼ぶことになっているんですね、「お客様の彼のお顔を、おしぼりで優しく拭きましょう」みたいに

隆 彼の、お顔……?

ヒナノ はい

隆 ……うん、まあそれはいいです、それで僕の……彼が……

ヒナノ 佐藤さんの、彼が、私に、ジャストフィットすると確信したんです……!

   間。

隆 ……つまり、僕の……彼が……理由だと

ヒナノ はい、そうなんです……すみません

隆 えーと、どこに謝っているんですか?

ヒナノ いえ、だって……身体が目当てどころか、身体の一部が目当てって言うか、佐藤さんの人格とか、そういうことを全く無視しているみたいで、あ、もちろん、佐藤さんのお顔とか話し方とかも素敵ですし、文化的な感じ、くるりが好きそうな所とかも、はい、だから、総合的に

隆 でも一番は、僕の、彼なんですね

ヒナノ ……はい。佐藤さんの、彼、です……すみません……

隆 ……余計にわからなくなったんですが

ヒナノ はい

隆 ……その……僕、さっき……全く……勃たなかったですよね?

ヒナノ ……はい、それは本当に申し訳ありません!

隆 いや謝らないで下さい、謝れると僕も辛いというか、あくまでも僕の方の問題なので

ヒナノ いえ、私の技術不足です

隆 そうじゃなくて、とにかく……あの、失礼ですけど、セックスというのはですね、男性の……彼を、女性の……すみません、女性の……(性器)のことは何て言うんですか?

ヒナノ それは特に決まっていません

隆 そうですか、男性の彼を、女性の、彼女に、挿入するんですね

ヒナノ (少しムッとして)それくらいわかります

隆 そうですか、それで、挿入する為には、彼は勃起していないといけないんですね

ヒナノ 当然じゃないですか

隆 ええ、ですからですね、百歩譲って、あなたが男性の彼を見ただけで、自分に合うかどうかを判別できるとしてもですね、それはあくまで、勃起状態で判別するべきで、つまり、さっきのような状態では、わかりようがないではないかと

ヒナノ 馬鹿にしないで下さい

隆 馬鹿に……ええ?

ヒナノ そりゃ私は処女ですけど、これまで担当した彼の数は、たぶん佐藤さんが温泉の男湯などで目にした数よりも多いんです、それは、「就寝状態」から「笑顔」まで、両方です

隆 ええと、「就寝状態」というのは普通の状態のことですか?

ヒナノ はい。「笑顔」は勃起状態です。そして私だって、就寝状態から笑顔までの、伸び率の予測くらい、できます

隆 伸び率……

ヒナノ だから、佐藤さんの彼を見てすぐに、ピン!ときたんです。これだ!って

隆 これ……

ヒナノ あ、ごめんなさい、「ピン!」て嫌味じゃないですよ

隆 うん、いやそこは謝らなくていいですよ。とにかく……納得はできませんが、仰ることはわかりました

ヒナノ ありがとうございます

   ヒナノ、急に自信を無くして、

ヒナノ ……すみません、そもそも、私じゃ駄目ですか?

隆 ……はい?

ヒナノ その、女として、そういう対象になりませんか?

隆 そういうわけではないですが、いきなり言われても、すぐには考えられないって言うか

ヒナノ でも、男性のそういう判別って、瞬間的な反応ですよね?どういう人がタイプなんですか?性的に

隆 タイプ……そうですね、正直に言うと、あなたはスタイルが良過ぎるというか、どちらかと言うともう少しぽっちゃりと言うか

ヒナノ ぽっちゃり?ぽっちゃりってなんですか?おっぱいが大きいってことですか?

隆 それだけじゃないですが、それも含みますが、あくまで好みの問題で、いえ、あなたは客観的に見れば何も問題ないと思いますが

ヒナノ 客観?客観て何ですか?性的嗜好の話に客観も何も無いんじゃないですか?

隆 ……すみません

ヒナノ (不安)処女は重いですか?

隆 いや、それは別に、誰しも通る道ですし

ヒナノ (期待して)処女好きですか?

隆 それは違いますけど

ヒナノ (落胆)そうですか……

   ヒナノ、改めて、

ヒナノ ……それで

隆 ……はい

ヒナノ 私と……したいと……しても良いと思いますか?

   間。

隆 ……思います

ヒナノ どっちですか?

隆 え?

ヒナノ したい、と、しても良い、のどっちですか?

隆 それはえーと……中間、ですかね

ヒナノ 中間

隆 はい

ヒナノ ……ありがとうございます。では、今すぐにお返事、とは言いませんから、ご検討下さい

隆 え……あ、今すぐじゃないんですね

ヒナノ はい。私もこの後仕事に戻りますし

隆 え、そうなんですか?

ヒナノ はい

隆 今日の話かと思っていました

ヒナノ それはすみません、私も色々予定があるので。また、ご連絡させて頂いても、いいですか?

隆 ……わかりました

ヒナノ では連絡先を……LINEでも良いですか?

隆 ええ、はい……

   二人、スマホを出す。

ヒナノ じゃあ……QRコードで、私が……

隆 あ、僕が……

ヒナノ え、はい、じゃあ私が撮りますね

隆 あ、はい、じゃあ僕が出せばいいですね

ヒナノ (隆のQRコードを撮って)あ……きました……あれ?

隆 はい?

ヒナノ あの……お名前……

隆 あ……

ヒナノ (画面を見て)田中、さん?

隆 はい……すみません、さっきはその……まだ、警戒していたと言いますか

ヒナノ 嘘をついたんですね

隆 嘘と言うか、佐藤、ってどう考えても偽名じゃないですか

ヒナノ うーん、寧ろ、田中、の方が偽名っぽいです

隆 おお、失礼ですね

ヒナノ (操作して)はい。今LINEしました

隆 (確認して)はい。きました……「夏みかん」?

ヒナノ はい、それです。ご登録お願いします

隆 あの……貴女のお名前は?夏みかん、じゃないですよね?

ヒナノ 当たり前じゃないですか。蜜柑が好きなだけです

隆 もちろん、ヒナノも源氏名ですよね?

ヒナノ そうですね

隆 じゃあ、本名は?

ヒナノ 必要ですか?

隆 え……?

ヒナノ セックスするのに、相手の名前って必要ですか?

隆 ……聞こえようによっては、メチャクチャいい女っぽい発言ですけど、それは言葉通りの純粋な疑問ですか?

ヒナノ はい

隆 ……絶対必要条件ではないですね

ヒナノ じゃあ言いません。駄目ですか?

隆 ……別にいいですけど

ヒナノ ありがとうございます、それでは今日はこれで

   ヒナノ、伝票を持って立ち上がる。

隆 あ、いいですよ

ヒナノ いえ、私が

隆 なんかそれだと、もうOKしたみたくなるんで

ヒナノ そんなことはありません。お時間ありがとうございました

   数日後。

   ヒナノと隆の電話。

隆 もしもし

ヒナノ もしもし、LINE拝見しました

隆 はい

ヒナノ お話ってなんですか……?

隆 具体的にどうというわけではなく、もう少し、お互いのことを知った方が良いのではないかと

ヒナノ お互いのこと

隆 はい。いえあの、もしもヒナノさんが望んでいるのが、何と言いますか野獣のようなセックスということなら、余計なことかもしれませんが

ヒナノ 野獣のようなセックス……エレベーターの中で、とかですか?

隆 うん、いやちょっと違いますが、たしかにそれはかなり野獣ですね

ヒナノ たぶん、私が求めているのは野獣のようなことではないです

隆 そうですよね、初めてだし、その方が良いと思います

ヒナノ はい

隆 そうするとこう、多少は会話を積み重ねて、仲良くなった方がお互いやりやすいかと

ヒナノ なるほど……ご考慮、ありがとうございます

隆 いえ……正直、その方が僕も都合が良いと言いますか

ヒナノ え?

隆 いきなりだと、緊張して、またお店の時のように、お役にたたない……たてない、可能性もあるので

ヒナノ 緊張していたんですか?

隆 まあ、そうですね

ヒナノ 緊張すると……笑顔にならないんですか?

隆 笑顔……(意味を思い出し)ああ、そう、笑顔にはならないですね

ヒナノ そうですか。お酒を飲むと笑顔になりにくい、と聴いたことはありますが

隆 うーん、と言うか、そういう時のお酒は、半分言い訳ですね

ヒナノ 言い訳?

隆 「あれ、ごめん……ちょっと飲み過ぎたかも……」とか言えば、お互い傷つかないじゃないですか

   間。

ヒナノ ……すみません、そういう状況になったことが一度も無いのでわかりません

隆 あ、そうか、すみません……でもほら、この間の僕が、「すみません、今日ちょっと飲み過ぎて」とか言ってれば、あんなに気まずくはならなかったでしょ?

ヒナノ え、あの時、気まずかったんですか?

隆 僕は……はい、かなり気まずかったですね

ヒナノ そうですか……本当にすみませんでした

隆 いえ、ですから謝らないで下さい

ヒナノ 私も、初めてのことで

隆 え?そうなんですか?

ヒナノ どんなお客様も、笑顔にしてきたので

隆 そうですか……余計に自信が無くなってきました

ヒナノ でもとにかく、お話すれば田中さんの緊張も溶けるんですよね?

隆 恐らく、多少は……

ヒナノ わかりました、お話しましょう

   ヒナノと京子の電話。

京子 お話って何?

ヒナノ いきなりするんじゃなくて、お互いのことを知ってからの方がいいんじゃないかって

京子 それでわざわざお茶しようって?

ヒナノ はい

京子 話なんか、ホテル入ってからちゃちゃっとすればいいじゃんね

ヒナノ そういうものですか

京子 怪しいな

ヒナノ え?

京子 ねえ、どんな男?

ヒナノ どんなって?

京子 顔はタイプ?

ヒナノ 全く違いますね

京子 じゃどこがいいの?

ヒナノ それはだから……

京子 あそうか、そうだった

ヒナノ 京子さんが言ったんですよ、大きさと形で選びなさいって

京子 あんたさ、私が男をあそこで選んでるみたいじゃないのさ

ヒナノ 違うんですか

京子 違うわよ。でも、あんたみたいに、気持ちゼロ、経験を済ませる為の相手、として考えるなら、大き過ぎず小さ過ぎず、自分で「これだ」と思うモノを基準にしたら、って話

ヒナノ はい

京子 で、他に良いところは?さすがに、そこだけで選んだわけじゃないでしょう?

ヒナノ ……正直、ほぼそこだけですね

京子 そうなの?

ヒナノ だって、お店は暗いし、会話もほとんど無かったし、あでも、最低限、殴ったりはしなそうとか、そういう安心感はありましたけど

京子 そんなのほとんどの奴にあるよ。実際、喋ってみたら、どうなの?

ヒナノ うーん……別にどうということもないですね、中途半端にオシャレと言うか

京子 ハンドドリップコーヒーとか好きそうなタイプ?

ヒナノ それはわからないですけど、ルノアールでは蜂蜜レモンスカッシュを飲んでました

京子 ルノアール行ったんだ、そしてルノアールに蜂蜜レモンスカッシュあるんだ

ヒナノ はい、「喉の調子が悪いから蜂蜜にします」とか言って、じゃあ炭酸駄目じゃんって思って

京子 そこは言ってあげなよ

ヒナノ あとはあれです、外国製の自転車に乗ってそうな感じです、知らないけど

京子 ママチャリのことをシティサイクルって呼ぶメンタリティね。仕事は?

ヒナノ わからないけど、ガテン系でないことはたしかです

京子 でもまあ、男としては平均点か

ヒナノ そうですね、私も偉そうなことは言えない立場だし

京子 いやあんたは本来、ガンガン選り好みしていい女なんだよ

ヒナノ めっそうもないですよ

京子 とにかく気をつけなよ。その男が勝手に盛り上がって、勘違いしないように

ヒナノ でも、最初に言ってるんですよ?したいだけだって

京子 ううん、そういう男はすぐ舞い上がるから、それでやり捨てしようものならストーカー一直線だよ

ヒナノ ええ?困ります……ていうか私、やり捨てなんかしません

京子 じゃあ何、継続的にするの?

ヒナノ それはしません

京子 そういうのをやり捨てって言うの。だからいい?ハッキリと、「お前とは身体の関係だ」と、「しかも一度だけの関係だ」と、「こうしてお茶に来たのも、あくまでもセックスを潤滑に行う為の半ば前戯だ」と、「間違ってもデートなどではない」と、言いなさいよ?

   数日後。

   待ち合わせしたヒナノと隆。

ヒナノ これはデートではありません

隆 ……え?

ヒナノ ……デートではない、ですよね?

隆 ……さあ

ヒナノ え、デートなんですか?

隆 いやまあ、違いますね

ヒナノ そうですよね

隆 でも定義によっては、広い意味でのデートかもしれませんね

ヒナノ え

隆 だって一応僕らは……そういうことの、前段階として、逢っているわけですから

ヒナノ ……お話しましょう。それが目的ですよね?

隆 そうですね

ヒナノ 喉の調子は大丈夫ですか?

隆 おかげさまで、ありがとうございます

ヒナノ 蜂蜜が効いたんですね

隆 はい、でも、蜂蜜レモンスカッシュって、炭酸飲んじゃ駄目ですよね。ははは……

ヒナノ ……どこに行きますか?

   ルノアール。

ヒナノ ……ルノアール、好きなんですか?

隆 好き……かどうか考えたことはないですね

ヒナノ そうですか

隆 ……あえて言えば、距離が適切ですね

ヒナノ 距離

隆 隣の席との

ヒナノ ああ

隆 近過ぎると、落ち着いて会話できないですから

ヒナノ ……でも、お店側は、たくさんのお客さんが入る方がいいですよね?

隆 だから、料金設定が安い店ほど、席の間隔は近くなるし、回転率もあげようとしますね

ヒナノ じゃあこのブレンド一杯610円は、適切な距離に対するお金ということですね

隆 それも含まれますね

ヒナノ なるほど……あの、お仕事は?

隆 働いてはいません

ヒナノ ああ、自宅警備員ですか?

隆 いえ、そうではなくて、まだ学生でして。大学院に通っています

ヒナノ 大学院。どんなお勉強をしているんですか?

隆 簡単に言うと空間デザインですね

ヒナノ 空間デザイン。あ、距離の適切さとか、そういうことを?

隆 まあ、簡単に言うと、そうですね

ヒナノ ふうん……あの、仕切りを作って、半個室みたくしたらどうでしょう、喫茶店を。そうしたら、どんどん詰めて入れていけますよね

隆 たしかに

ヒナノ あ、駄目だ

隆 え?

ヒナノ うちのお店も、仕切りがあるじゃないですか

隆 ……そうでしたね

ヒナノ でもあれって、本当は駄目みたいなんです

隆 どうしてですか?

ヒナノ うちのお店って、法律的には、飲食店として登録してあるんですね

隆 飲食店?

ヒナノ はい、それで、飲食店に仕切りがあるのは、違法だそうです

隆 なるほど……

ヒナノ だからきっと、喫茶店も、駄目ですね

隆 そうかもしれませんね……ただ、どちらにしても、僕は行かないですね

ヒナノ え?

隆 仕切りというのは、心理的な隔離なんですよ

ヒナノ 隔離

隆 喫茶店の良いところは、広い空間をゆるく共有することだと思うんですね。そこに仕切りがあると、何と言うか、就職説明会のブースのような、いらぬ緊張感をもたらすと言うか

ヒナノ うん、そうですね

隆 ええ

   間。

隆 ……お店は、長いんですか?

ヒナノ 二年目ですね

隆 そうですか……差し支えなければ

ヒナノ はい

隆 どうして、あのお仕事を?

ヒナノ 学費を稼ぐ為ですね

隆 学費?

ヒナノ 私も、学生なんです。大学を出た後に、専門学校に入り直して。その学費を

隆 なるほど……やはり、割が良いものですか?他の仕事よりも

ヒナノ うーん、多少は。でも凄く稼げるわけでもないです、うちのお店は

隆 ……じゃあ、他の仕事をしようとは思わないんですか?

ヒナノ 私、朝が苦手なんです。と言うより、二度寝が得意なんです

隆 はあ

ヒナノ あと目は覚めてても、なんかこう、起き上がりたくない日もあるじゃないですか

隆 気持ちはわかります

ヒナノ そういう日の為に、寝たままでも手が届く位置に本棚があるんですね

隆 本棚、はい

ヒナノ 本棚には基本、TSUTAYAで借りてきた漫画を並べておくんです、今はジャイアントキリングなんですけど

隆 ジャイアントキリング、はい

ヒナノ だから、起きたくない朝には、漫画を読むようにしてるんです。布団でスマホを見るのは、時間を浪費してる気持ちになるので嫌で

隆 うん、はい

ヒナノ そういう日はシフトが入っていても、できれば一区切りついてから行きたくて

隆 一区切り?

ヒナノ あ、漫画のです。ジャイキリで言えば、一試合終わったとことか

隆 なるほど、はい

ヒナノ でも、普通の仕事だと、行かないと駄目じゃないですか。社会ってそうやって成り立ってるじゃないですか

隆 まあ、そうですね

ヒナノ もちろんうちのお店だって、行かないと駄目なんですけど、でもこの業界は、売上さえ良ければ、そこは甘く見てくれて、特にうちは店長が優しいので。だからこの仕事を続けています

隆 ……なるほど。でも、ちゃんと仕事をしていると、融通をきかせて貰えるのは、他の仕事も同じですよ

ヒナノ え?

隆 コールセンターでバイトをしていた時に、クレーム対応が得意だったんですね

ヒナノ はい

隆 それでだんだん、難しいクレーム処理を任されるようになって。その代り、試験の前とかは二週間くらい休みを貰えて

ヒナノ 芸人が遅刻しても、面白ければ許されるのと同じこと?

隆 そうですね

ヒナノ でも……得意だからこそですよね?田中さんはクレーム処理が、芸人は芸が、私は、嗾けるのが

隆 ……はい?

   ヒナノ、時間を確認して、

ヒナノ あの、そろそろ出ないといけなくて

隆 あ、そうなんですか

ヒナノ ごめんなさい、この後、学校で

隆 わかりました

ヒナノ お話は、これくらいでいいですか?

隆 ……はい

ヒナノ では、次にお逢いする時は……

隆 ……はい

ヒナノ ご検討、よろしくお願いします

隆 ……わかりました。あの……本当に、したことないんですか?

ヒナノ ありません

隆 誰かと付き合ったことは?

ヒナノ ありません

隆 そうですか……

ヒナノ 変ですか?

隆 いや、そうじゃなくて、いくらでも機会がありそうなのに

ヒナノ ……田中さんは?

隆 え?

ヒナノ 彼女はいるんですか?

隆 いません

ヒナノ 今まで、付き合った人数は?

隆 三人、ですね

ヒナノ じゃあ、経験人数は?

隆 経験人数……六人くらいかな

ヒナノ 六人

隆 はい……誰かを、好きになったことはあるんですか?

ヒナノ ……一人だけ

隆 そうですか

ヒナノ (隆の目を見て)今、好きな人がいるんです

隆 え……

   間。

隆 ……僕、ですか?

ヒナノ 全く違います

隆 ……じゃあ、その人とすればいいんじゃないですか?

ヒナノ ……でも、私、処女ですよ?

隆 ……駄目なんですか?

ヒナノ 駄目じゃないですか?

隆 駄目って言われたんですか?

ヒナノ 処女とは言ってません。でも、そんな気がします

隆 ……詳しいことはよくわからないですけど、本当に好きなら、素直な自分のまま、ぶつかってみればいんじゃないですか?

ヒナノ でも、凄く遊んでる人なんです。だから私も、少しでも経験しておきたいって言うか……本当にすみません

隆 え?

ヒナノ 完全に、田中さんの身体を利用することになりますよね

隆 いや、それはまあ……僕だってそうでしたから

ヒナノ え?

隆 僕だって、お店に行って、ヒナノさんの身体を……身体と言うか口を、利用と言うか、お借りしたわけですから。お金が発生するしないの違いだけで

ヒナノ やっぱりお金、お支払した方がいいですか?

隆 いや、そういうことではなくて

ヒナノ ありがとうございます。改めてご検討、よろしくお願いします……決心がついたら、ご連絡下さい

隆 はい……

ヒナノ では、失礼します

   長谷川の部屋。

   料理を終えたみずきが入ってくる。

みずき ……

   長谷川が帰ってくる。   

みずき あ、おかえり

長谷川 ただいま、ごめん、遅くなって

みずき ううん

長谷川 てか、早いね。仕事は?

みずき 打合せが延期になったから、早上がりしちゃった

長谷川 そっか。あー疲れた

みずき お疲れ様

   みずき、長谷川の肩をもむ。

みずき カレー食べる?

長谷川 え、本当に作ってくれたの?

みずき うん。ごめん、勝手に冷蔵庫の中の物使った

長谷川 いいよ、ありがと。何カレー?

みずき ココナツ

長谷川 出た、え、この間の店で食べた奴?

みずき 見様見真似だから、あの味が出せたかはわからないけどね

長谷川 食べる。とりあえず、シャワー入ってもいい?

みずき うん

   長谷川、スマホを置いて出て行く。   

みずき ……

   みずき、少し考えてから、スマホのロックを解除して見る。

   長谷川とヒナノのLINEの会話。

長谷川 ヒナノちゃん、俺そろそろ我慢できないよ

ヒナノ わかりました、いつにします?

長谷川 明日の昼間は?

ヒナノ お店行く前なら

長谷川 オッケー

ヒナノ またお家行っていいですか?

長谷川 うーん、明日は他でもいいかな?

ヒナノ いいですけど、なんで?

長谷川 彼女に合鍵渡してさ、一応、いつ来てもいいことになってるから。ごめんね

ヒナノ いえ。じゃあどこにします?

長谷川 渋谷のカラオケは?

ヒナノ え、いいんですか?

長谷川 いいよ、一回行ったじゃん

ヒナノ そうですけど、集中できなくないですか?

長谷川 寧ろそれがいいの、「見つかったらヤバい」っていうスリルで興奮するんだよ

ヒナノ うわ、変態

長谷川 変態です!

ヒナノ わかりました、じゃあ明日……

   みずき、更にスクロールする。

長谷川 ヒナノちゃん、今日もありがと

ヒナノ いえ、こちらこそ

長谷川 やっぱカラオケ最高だわ、てか二回もいってごめん

ヒナノ 長谷川さん、タフですね

長谷川 いや、あんなの初めてだよ、マジで

ヒナノ 嘘だ

長谷川 本当だって。また行こうね

ヒナノ はい、また……

   みずき、気配に気づいてスマホを置く。

   長谷川が戻ってくる。

みずき ……どうしたの?

長谷川 ボディーソープきれてた……買い置きしてたっけなあ……無い

みずき ……買ってくる?

長谷川 いいよ。石鹸で

みずき ……あの石鹸も、いい匂いだしね

長谷川 うん……どした?

みずき え?

長谷川 なんかあった?

   間。

みずき ……あのね

長谷川 うん

みずき さっき、お母さんから電話あって

長谷川 おう

みずき 土曜日、ご飯食べに来ない?って

長谷川 あ、マジで?

みずき 行ける?

長谷川 うん。でも急だね

みずき ……たぶん……

長谷川 何?

みずき 昨日ね、結婚式のこと言ってみたの

長谷川 うん

みずき そしたら……東京でやった方が、集まりやすいんじゃないの、って

長谷川 うん……

みずき 別に、福岡が駄目って言うんじゃなくてね

長谷川 いや、わかるよ

みずき だからたぶん、その話を、されるんじゃないかなって

長谷川 そうか……

みずき ごめんね

長谷川 なんで謝るの

みずき だって、二人で話し合って決めたことなのに

長谷川 ……あのさ

みずき うん

長谷川 一応、俺の希望は言ったけど、無理してそれを通すつもりは無いからさ。みずきと、みずきの家族と友達とが、気持ちよくやれたらそれでいいよ

みずき ……ありがと

長谷川 ……一緒に入る?

みずき やだ

長谷川 あそう、じゃあ、入って来てもいい?

みずき はやくね

長谷川 うん

   長谷川、再びシャワーへ。

みずき ……

   風俗店。

   京子がやってくる。

京子 おはようございます

   店長が出てきて、

店長 おはよう京子ちゃん、相変わらず綺麗だね

京子 うっさい。ねえ、いい加減、私の写真はずせば?

店長 なんで、そんなことできないよ。今でもよく聴かれるよ、京子ちゃんはいないの?って

京子 それ何て答えてんの?

店長 「今、旅行中です」って

京子 は?私どんだけ長い旅に出てるのさ

店長 バックパッカーなら充分あり得る年月だよ。僕も旅人時代は「深夜急行」片手にマレーシアから……

京子 (遮って)だいたい、なんで打合せを店でするわけ?外でいいでしょ、外で

店長 いいじゃないか

京子 そうやって、接客させようとしてるでしょ

店長 わかってるなら話がはやい

京子 絶対、嫌です

店長 残念だなあ

京子 いいからはい、打合せ

   京子、ノートパソコンを開いて見せる。

店長 おお、凄いね、ありがとう

京子 直しがあるなら言ってよ、今やっちゃうから

店長 そうだな……とても素晴らしいんだけど……この、「5,000円ポッキリ」にビックリマークをつけて、「ポッキリ」の字体も、もう少し太くできないかな

京子 はいはい……

店長 あとはそうだね、トップページの写真、もっといいのは無いかな……

京子 貰ったデータの中ではこれがマシだったけど?

店長 そうじゃなくて、人を変えて

京子 は?

店長 あれだよ、あの子、地元の後輩と結婚した……

京子 え、誰?

店長 あれだよ、ゴマキだ、後藤真希

京子 うん、それ詐欺だし、絶対アウトだから

店長 ちょっとぼかりたりしてさ

京子 駄目だって

店長 検索だけでも、かけてみてよ

京子 え……「ゴマキ」

京子、画像検索をして、

京子 うわーゴマキ、くそ可愛い、くそエロい

店長 この子は女として常に全盛期だからね

京子 うーん、顔は駄目だけど、口元から胸元あたりを切り取る?

店長 それで一つ、お願いします

京子 はいはい

店長 本当に助かります

京子 その内、お金とるからね

店長 わかってるって

京子 ……どうなの?お店の調子は?

店長 裏通りにオープンした店、あるでしょ?

京子 なんだっけ、エンジェル学園?

店長 あそこが大人気みたいでね。そのおこぼれで、うちも繁盛しております

京子 良かったじゃん

店長 あとは何といっても、ヒナノちゃんだね

京子 ナンバーワンぶっちぎり?

店長 他を寄せつけない強さです

京子 じゃあ逃さないようにしないとね

店長 今辞められたら本当に困るよ。ただでさえ京子ちゃんというツートップの一角を失ったわけだからね

京子 だから、いつの話してるのって

店長 二人が揃っていた時が、黄金時代だったね。ヒナノちゃんは清楚、京子ちゃんはビッチ臭、なっちとゴマキ並の二大センターだったよ

京子 それ、私にもゴマキにも失礼だから

店長 ごめんごめん

京子 とにかく、ちゃんとケアしなよ、ってこと

店長 ケアはしてるよ。昨日だってヒナノちゃん、四時間遅刻したけど仏の笑顔で対応したよ

京子 うん、それは寧ろ注意しなきゃ駄目でしょ、そういうことじゃなくて

店長 どういう意味?

京子 自分で考えなよ。店長でしょ?

店長 雇われだけどね

京子 知るか

店長 ……男性関係?

京子 さあね

店長 こればっかりはなあ、もうしばらくはまっさらでいて欲しいなあ

京子 まっさらって

店長 実はこの間、ヒナノちゃんが勤務中に抜け出したんだよ、で、何かと思って尾行したら、お客とルノアールに入ったんだよ。連絡先も交換してて

京子 ……うん

店長 ヒナノちゃんが客と連絡先を交換なんて初めてだから、いや、二回目か、でも凄く久しぶりだから、気になってはいたんだよね

京子 連絡先の交換は禁止じゃないの?

店長 もちろん他の子ならアウトだけどね。そこはヒナノちゃんだし、強くは言えないからね。その客の名前と学校を、あ、大学院生なんだけどね、調べたに留めてるけど

京子 え、それ調べられるの?

店長 簡単だよ。探偵見習い時代のスキルを使えばね

京子 ……店長、探偵見習いだったの?

店長 ほんの数か月ね

京子 マジで経歴謎なんだけど。それってマグロ漁船に乗る前?

店長 だから、マグロ漁船には乗ってないって。僕が誰に売り飛ばされるって言うんだよ。ハハハ……カツオの、一本釣りの、見習い

京子 で、今はピンサロの店長

店長 雇われのね。正直、全部バイト感覚だからね。あくまでも僕の目標は司法書士です

京子 今でも勉強してるの?

店長 当たり前だよ。来週も模試だからね……京子ちゃん、なんだかんだ言っても世の中、資格は、強いよー

京子 じゃ、帰ります

店長 天ぷらでも食べに行こうか

京子 天ぷら嫌い

店長 (驚いて)えっ

京子 いい加減、覚えてよ

   店長と京子、去る。

   長谷川の部屋。

   長谷川とヒナノが入ってくる。

ヒナノ ……本当にいいんですか?

長谷川 大丈夫だって、大阪出張中だから。どうぞどうぞ

ヒナノ はい……じゃあ今日は、時間気にしなくていいんですか?

長谷川 え?

ヒナノ 夜までいてもいいの?

長谷川 いいけど……仕事じゃないの?

ヒナノ 大丈夫。じゃあ先に……映画観ません?

長谷川 映画?何?

ヒナノ なんでも。オススメの

長谷川 映画か……DVD整理して結構売っちゃったからなあ。どんなのが好きなの?

ヒナノ ……映画、あんまり詳しくないんだけど……「天使にラブソングを」とか

長谷川 天使にラブソングを……はいはい……ちょっと待って

   長谷川、DVDを選ぶ。

長谷川 はい

ヒナノ ……「ダークナイト」、「ノーカントリー」、「ブロークバック・マウンテン」……

長谷川 うん、正直、「天使にラブソング」とは全く共通点が無いんだけど、あえて180度違った方が面白いかなって

ヒナノ うん、ありがとう

長谷川 どれがいい?

ヒナノ え、わからない

長谷川 そうだね、そうだな……単純にどれも長いな。やっぱり、選び直してもいいかな?

ヒナノ うん……

   ヒナノ、何か言いたそう。

長谷川 ……どうかした?

ヒナノ ……長谷川さん

長谷川 何?

ヒナノ 今日は、セックスもして、って言ったらどうする?

   間。

長谷川 ……ヒナノちゃん、俺は……

ヒナノ ごめん、違った

長谷川 ……え?

ヒナノ もしも……

   そこに、みずきが入ってくる。

長谷川 ……あ……

ヒナノ あ……

みずき ……お邪魔します

長谷川 ……大阪は?

みずき 日帰りになったの

長谷川 ……あそう……(紹介)友達……ヒナノさん

ヒナノ ……こんにちは

みずき こんにちは

長谷川 ……(紹介)みずき……彼女

ヒナノ ……お邪魔してます

みずき 何してるの?

長谷川 映画、観ようかって

みずき 映画

   みずき、並べられたDVDを観る。

みずき どう考えても、二人で観るような映画じゃないよね

長谷川 それは偏見だよ、どれも……

みずき (遮って)本当は?何してたの?

ヒナノ あの……本当に、私が映画をって、全然詳しくないから教えて欲しい、ってそしたら……すいません

みずき 家で、二人で

長谷川 いや、それは普通に今までもあるから。友達と、二人で、映画とかは正直、今までも全然あったし。言ってなかっただけで

みずき あそう

長谷川 ダークナイトも、観たことあるし、他の子と。好きじゃん、俺、ヒース・レジャー

みずき 二人は、どこで知り合ったの?

長谷川 それはその、友達の

ヒナノ 共通の友達がいて、その紹介で

みずき 何それ、合コンてこと?

長谷川 いや、違うよ

みずき よく二人で逢ってるの?

長谷川 いや……そうでもないけど、たまに?今日も、久しぶりだしね?

ヒナノ そうですね、三か月とか

みずき 三か月。ごめんなさい、お名前、もう一度

ヒナノ あ、ヒナノです

みずき ヒナノさん。あれ、たしか、この間の土曜日、一緒にカラオケ行った人も、ヒナノさんていう名前じゃなかった?LINEの登録名は「渡辺専務」になってたけど

長谷川 ……なんで……

みずき そうでしょ?違う?

長谷川 ……見たの

みずき 見てないよ

長谷川 見たんだろ!それは反則だろ

みずき じゃあパスワード、自分の誕生日にするのやめなよ!

長谷川 それは論理のすり替えだろ!

みずき 今日もここでしてたんでしょ!

長谷川 してないよ

ヒナノ してません

みずき 私とはできないのに、この子とは散々したんでしょ!

長谷川 だからしてないって……

   間。

ヒナノ ……あの……散々した、って、セックスのことですか?

みずき ……

ヒナノ ……私も、本当にしてません

みずき ……もう嘘はいいよ

ヒナノ 本当です、だって私……処女なんです

   間。

長谷川 ……え?

ヒナノ はい

長谷川 ……そうなの?

ヒナノ そうなんです

長谷川 そうなんだ……ごめん、知らなくて

ヒナノ いえ、私が言ってなかったので

みずき ……でも……途中まではしたんでしょ……何回も

ヒナノ ……でも、本当に、最後まではしてません

みずき ……最低

   出て行こうとするみずきを止める長谷川。

長谷川 みずき、待てよ

みずき 触らないでよ

長谷川 なんでだよ

みずき なんでって、どの口が言えるの

長谷川 ちょっと待って、隠してたことは悪かったよ。でも……そんなに怒ること?

みずき は?

長谷川 だって俺たち……うまくいってるだろ?

みずき 何言ってるの?

長谷川 もっと広い視野で考えてよ。もし、もしも、浮気と借金さえ無ければ、俺たちは最高のパートナーだろ?

みずき それ、一番駄目な二つ

長谷川 でも、じゃあ他に俺の嫌なところあげられる?

みずき そういう問題じゃなくて……

長谷川 (遮って)俺、みずきの嫌なところ、三つでも四つでもあげられるよ

みずき はあ?

長谷川 イビキをかく、イビキを断続的にかく、ビニール袋をすぐ捨てる、外食する時に優柔不断、他にもいくらでもあるよ?でも、そんなの、総合的にみずきが好きなことに比べたら、俺には本当に些細な問題だよ?なんで数少ない欠点ばっかり責めるんだよ、愛ってもっと……大きく包み込むものじゃないの?

みずき ……本気で言ってるの?

長谷川 (ヒナノに)俺、変なこと言ってる?

ヒナノ ……さあ

みずき 違う……なんかもう……信仰してる宗教が違い過ぎる

   みずき、出て行く。

長谷川 みずき……

   取り残された二人。

ヒナノ ……ごめんなさい

長谷川 え?

ヒナノ 私が、映画とか言ったばっかりに

長谷川 いや……他のことしてるよりは、ずっと良かったよ

   間。

長谷川 ……本当なの?

ヒナノ え?

長谷川 処女って……

ヒナノ ……はい

長谷川 そうか……なんかごめん。何も知らずに

ヒナノ いいんです……さっきの続きなんですけど

長谷川 え、ああ、うん……えーと……

ヒナノ セックスを……

長谷川 ああ、はい、うん……セックスね、セックス……俺さ

ヒナノ はい

長谷川 俺は、性欲は強いんだけど、セックスは……苦手なんだ

ヒナノ ……苦手?

長谷川 苦手と言うか、具体的に言うと、挿入という作業がどうにも、好きになれないと言うか……駄目だよね

ヒナノ いえ、駄目ではないです

長谷川 だから……彼女とも、ずっとしてなくて、それもあって、あんなに怒ってるんだと思う、なんか本当にごめん

ヒナノ いえ……え?それは、どこに(謝ってるの)?

長谷川 これで俺が彼女とガンガンしてたら、あそこまでは怒らないじゃない?だから、ごめん

ヒナノ ……それはどうかわからないですけど

長谷川 でも、それはそれとして……一回整理して考えると、やっぱり最初は、好きな人とした方が良いと思うよ

ヒナノ ……はい

長谷川 ……うん、我ながら月並みなことを言ってるな、とは思うんだけど……

ヒナノ (遮って)だから

長谷川 ん?

ヒナノ 好きです……長谷川さんが

長谷川 え……

   間。

ヒナノ 告白のタイミングが下手過ぎてごめんなさい。したこと無くて

長谷川 ……それはいいんだけど……ありがとう

ヒナノ いえ

長谷川 えーと……いつから?

ヒナノ いつ……好きって、どこを基準にすればいいんですかね?

長谷川 それは人によるんじゃないかな

ヒナノ ……恋の歌を聴いたら、自動的に顔が浮かんでくるとか?

長谷川 そういうこともあるだろうね

ヒナノ じゃあ、お店に来てくれた日から

長谷川 マジか

ヒナノ はい。有線で○○(曲名)を聴いてたら……

長谷川 ……確認なんだけど、付き合って、ってこと?

ヒナノ 付き合う……付き合う、そうですね、ちょっとそこまで考えてなかったですね

長谷川 普通、そういうことだと思うんだよ

ヒナノ 一緒にルノアールに行きたいとか、は、付き合いたいってことですか?

長谷川 ルノアール……

ヒナノ 喫茶店の

長谷川 うん、まあそうだね

ヒナノ じゃあ、はい、付き合って欲しいです

長谷川 そうか……

ヒナノ はい……処女は嫌ですか?

長谷川 え……いや、それは別に……

ヒナノ 処女好きですか?

長谷川 それは違うけど

ヒナノ そうですか……

長谷川 どっちでもいんじゃない?そこは気にしないよ

ヒナノ ……はい

長谷川 ちょっとごめん……顔洗ってきてもいい?

ヒナノ はい……

   長谷川、洗面所へ行く。

   ヒナノに隆からの電話。

ヒナノ ……もしもし

隆 もしもし……こんにちは

ヒナノ こんにちは

隆 あれから、考えまして

ヒナノ はい

隆 ……今回、僕で良ければ、お引き受けしようかと……

ヒナノ (遮って)ごめんなさい、やっぱりお断りします

隆 おことわ……ええ?

ヒナノ 本当にごめんなさい

隆 いえ……そうですか……

ヒナノ 反省しています

隆 でも、どうして……

ヒナノ 必要ないってわかったんです。田中さんのおかげです

隆 はあ……

ヒナノ あの、何か、お詫びを形にすべきでしょうか?

隆 お詫び……別に……大丈夫ですよ

ヒナノ そうですか。では、もうお逢いすることも無いと思いますが、田中さんとお話できて良かったです。空間デザインの勉強、頑張って下さいね

隆 はい、ありがとうございます……

ヒナノ それでは、失礼します(切る)

   顔を洗った長谷川、戻ってきて座る。

長谷川 ……俺なりに、考えてみたんだけど

ヒナノ はい

長谷川 結論から言うと……ヒナノちゃんの気持ちに応えることは、できない

ヒナノ ……はい

長谷川 ごめん

ヒナノ ……どうしてですか?

長谷川 ……

ヒナノ 処女だから?

長谷川 だから、全然関係ないよ。そうじゃなくて……正直、ヒナノちゃんが彼女って言うのは想像がつかないって言うか

ヒナノ ……長谷川さんの基準では、好きではない、ってことですよね?

長谷川 好きか……好き。好きって何だろうね

ヒナノ ……彼女のことは、好きなんですか?

長谷川 よくわからないけど、たぶん、そうなんだろうね

ヒナノ これから、どうするんですか?

長谷川 どうしたらいいかもわからないけど、でも俺は……やり直したい、とは思ってる

ヒナノ そうですか

長谷川 ……ごめん

ヒナノ いえ……今まで、ありがとうございました

長谷川 うん……一つだけ、いい?

ヒナノ はい

長谷川 今の仕事は、早めに辞めた方が良いと思うよ

ヒナノ え?

長谷川 もしも、他の誰かと付き合うことになったとして、気にする奴は気にするだろうから。だから、働いていたことも、言わない方が良い

ヒナノ ……私が、お店で働いてなかったら、違ったってこと?

長谷川 うーん、俺はあんまり気にしないけど、でも、全く関係ないって言ったら嘘かもしれない

ヒナノ ……でも、お店にいなかったら、長谷川さんとも出逢わなかったですよね

長谷川 ……うん

ヒナノ 後悔した方がいいの?

長谷川 え?

ヒナノ お店で働いたこと

長谷川 ……ごめん、余計なお世話だね

ヒナノ ……お邪魔しました

   ヒナノ、出て行く。

   登場人物たち、音楽に合わせて順番にダンスを踊る。

   一週間後。

   路上。

店長 あの、すいません

隆 ……はい

店長 ちょっとお時間、宜しいですか?

隆 え……(警戒)

店長 怪しい者ではありません……いえ、考えようによっては怪しいですかね、でも、私は私にとっては全く怪しくありませんし、それは貴方にとってもそうではないかと思うのですが

隆 ……どなたですか?

店長 失礼、私、この店舗に関わる者でして(店の名刺を差し出す)

隆 ……!

店長 何か、お心当たりはありますか?

隆 あの、僕は何も……

店長 (遮って)危ない。動かないで下さい

隆 え?

店長 ライフルが狙っています

隆 ……ええ?

店長 貴方があと30センチ、顔を動かせば、ジョン・F・ケネディと同じ気分を味わえますよ

隆 ……

店長 冗談ですよ

隆 ……あの、ごめんなさい……(逃げようとする)

   店長、その腕を掴む。

店長 悪いようにはしません。ここではなんですから、ちょっとお時間宜しいですか?

隆 僕は、本当に、何も……

店長 そうですね、宜しければ……ルノアールでも

   ルノアール。

店長 脅かして、すみません

隆 いえ……

   間。

隆 それで……

店長 詩が好きで

隆 ……はい?

店長 詩。ポエトリー、の詩、です。谷川俊太郎、の詩、です

隆 ああ、詩

店長 ですからね、本当は店の名前も「二十億光年の恍惚」、にしたかったんですよ。オーナーに秒殺で却下されましたけどね。雇われなんてそんなものです

隆 はあ……

店長 ですけどね、美しい言葉を使いたい、その気持ちは変わりません。例えばね、スタッフの間では、お客様のことを、子羊、と呼ばせて頂いております

隆 子羊?

店長 ええ。子羊一匹、いらっしゃいました、とね

隆 ……それ、美しいですかね?

店長 (心外)……え?

隆 (慌てて)すみません

店長 (気にせず続けて)子羊一匹いらっしゃいました、まずは子羊の彼の、彼と言うのは……

隆 あ、わかります

店長 ほう。子羊の、彼の、症状を確認しましょう、就寝状態です、或いは笑顔です、就寝状態というのは……

隆 ……普通の状態ですね

店長 では笑顔は

隆 ……勃起状態

店長 よくできました。就寝状態の彼を嗾けて笑顔にしましょう、更に嗾けて、風にしましょう

隆 ……嗾ける?

店長 アルファベットで言うとF、ですね。或いはF1で有名なカーメーカーの最初の二文字ですね

隆 ああ、はい……

店長 では、風にする、は?

隆 ……射精、ですか?

店長 エクセレント。よくわかってきましたね

隆 ありがとうございます……

店長 でも全て、欺瞞です

隆 欺瞞……?

店長 聞こえの良い言葉を並べているだけで、風俗は風俗です。実態は何も変わらない。ブラック企業が使い捨てるだけの社畜のことを「パートナー」と呼ぶのと同じですよ。お恥ずかしい……

隆 はあ……

店長 言葉たちに申し訳ない……(つくづく)詩人に、なりたかった……

隆 ……あの、それで?

店長 失礼。私もこれを一生の仕事にするつもりもありません。貴方も、風俗の店長で一生を終えたいとは思わないでしょう?

隆 はい……

店長 しかし、やるからには力の限りは尽くしたい。売上だってキープしたい。そこで、ヒナノ、です。ご存知ですね?

隆 ……一度、ついて貰って

店長 ええ、ええ、ご来店ありがとうございました。残念ながら、笑顔にも、風にも、ならなかったようですが。実にもったいない

隆 どうして、知ってるんですか?

店長 彼女は店の、ナンバーワンなんですよ。そのヒナノが、店を辞める、と言い出しましてね

隆 ……え?

店長 と言うより、既に出勤拒否状態でして

隆 そうなんですか?

店長 ……ご存じない?

隆 はい

店長 本当に?

隆 本当です

店長 そうですか……私はてっきり、貴方が、辞めろと言ったのかと

隆 え、どうして僕が……そんなこと、一言も言ってませんよ

店長 彼氏ができて、店を辞めるのは、この業界ではよくあることですから

隆 彼氏じゃないです!

店長 では、ヒナノはどうして辞めるなどと?

隆 知りませんよ!僕は全く関係ありません。失礼します……

   隆、行こうとする。

店長 危ない、動かないで。本当ですか?

隆 本当です

店長 ……では、ここからはあくまでも仮定の話ですが。ヒナノと会う機会があるとしても、肉体関係は持たないで頂きたい

隆 ……はい?

店長 (小声で)処女にしか出せないオーラというものがあるんです……もう、持ってしまいましたか?

隆 だから何もしてません

店長 そうですか

隆 ……それだけですか?

店長 そうですね

隆 ……どうするつもりなんですか?

店長 どうするって?

隆 ヒナノさんを……

店長 別に、どうもしません。無理強いするつもりもないですから

隆 ……もし、もしも、違いますけど、僕がヒナノさんと付き合っていたら、どうするつもりだったんですか?

店長 さあ。まずは事情を知りたかった。その上で、お願いしたかもしれませんね

隆 お願い?

店長 ……本気じゃないなら、別れて欲しい、と

隆 それって……脅迫ですよね?

店長 脅迫?貴方おかしなことを仰いますね。脅迫と言うのは、要求に従わない場合に、貴方の不利益をもたらしますよ、と脅すことです。私が何か脅しましたか?貴方の通う、産業通信大学・大学院、空間・建築コース、デザイン科、林田ゼミのメーリングリストに、貴方が来店時の写真を流すとでも、言いましたか?

隆 なんで、そこまで……脅迫ですよね

店長 だから違いますよ。しかしね、生半可な気持ちで付き合うのは、ヒナノ本人にとっても好ましくない。或いは、彼女と付き合うにしても、店で働き続けることを認めて欲しい。でもそれは、嫌でしょう?

隆 ……嫌かどうかはわかりませんけど……

店長 駄目ですよ

隆 はい?

店長 本当に好きなら、即刻、店は辞めさせるべきです

隆 ……え?

店長 大変な仕事です。ほとんどの客に、本番をせがまれて、それを邪険にもせず上手くかわして、一日に何人もの客の棒を咥える

隆 美しい言葉はどこに行ったんですか?

店長 好きな子に、そんなことさせたいですか?

隆 ……たぶん、嫌ですね

店長 好きなんですか?

   間。

隆 ……わかりません……彼女のこともよく知らないし

店長 この一週間で、美しいと思った風景は?

隆 ……はい?

店長 何でもいいんです。一人で東京に暮らす日々の中でふと、胸に沁みてきた景色です

隆 ……東京と言うか、一昨日、横浜に行くのに副都心線に乗って……途中から東横線になって……

店長 世界で一番お洒落な路線ですね?

隆 は?

店長 続けて下さい

隆 ……多摩川を越えた辺りから、自然も増えてきて……ちょうど陽が沈む時間帯で、夕陽に照らされる風景を電車から見ていると……美しいと言うか、切ないと言うか、一瞬、いつどこにいるかもわからないような気持ちになって……

店長 その時、誰のことを思い浮かべましたか?

隆 え?

店長 ヒナノですか?

隆 ……

店長 それはもう貴方……(好きでしょう)。それに貴方は既に知っている。彼女が毎日、何匹もの子羊の彼を嗾けて風にしてきた、その事実を。それで充分じゃないですか?

隆 ……知った所で、僕はどうすればいいんですか?

店長 どうにもできないでしょうね

隆 ……貴方、結局、何が言いたいんですか?目的は何なんですか?

店長 私の目的は司法書士になることだけです。話し過ぎましたね、失礼します

隆 ……

   店長、伝票をとって出て行く。

   ヒナノの部屋。

   ヒナノが仰向けに寝転がっている。

ヒナノ ……

   京子からの電話。

ヒナノ ……もしもし

京子 もしもし、どうしたの?

ヒナノ はい……

京子 お店、辞める気?

ヒナノ ……さあ

京子 うん、正直それはどっちでもいんだけど、店長が「心配だから生存確認してくれ」って

ヒナノ はい、すいません……

京子 生きてる?

ヒナノ 生きてますね

京子 失恋でもした?

ヒナノ ……

京子 とりあえず、相手は例の蜂蜜レモンスカッシュじゃないよね?

ヒナノ 違います

京子 じゃあどんな男か知らないけど、そういう時は好きな物食べるくらいしかないよ

ヒナノ はい……

京子 あと、人肌恋しいからって、無駄打ちはしないように。ってそれは大丈夫か

ヒナノ そうですね……

京子 お見舞いでも行ってあげたいとこだけど、今日は東京にいないんだわ

ヒナノ いえ、ありがとうございます

京子 ま、一年後にはいい思い出だよ。SMAPも歌ってるでしょ?「悲しみっていつかは消えてしまうものなのかな」って

ヒナノ あれってそういう歌詞なんですか

京子 知らないけど、私はそう解釈してる

ヒナノ はい……

京子 誰か、話せる友達はいる?

ヒナノ 友達ですか……

京子 いなきゃいないでいいけど。立ち直るのが何日か遅れるだけだから。じゃあね(切る)

ヒナノ はい……

   ヒナノ、しばらく携帯の電話帳をスクロール。

   と、隆からの電話。

ヒナノ ……もしもし

隆 もしもし……どうも、すいません

ヒナノ え、何がですか

隆 いや、電話しちゃって

ヒナノ いえ……

隆 今、大丈夫ですか?

ヒナノ ……さあ

隆 あの……余計なことかもしれませんけど

ヒナノ はい

隆 お店、辞めたんですか?

ヒナノ ……どうして(知ってるの)?お店、また行ったんですか?

隆 行ってません。とある人物から……

ヒナノ え、誰?

隆 辞めたんですか?

ヒナノ ……なんで聴くんですか?

隆 なんでって、それは……特に、理由は無いですけど

ヒナノ そうですか……田中さん、ふられたことはありますか?

隆 え……まあ、ありますよ

ヒナノ ふられた時、ちゃんとバイトとか行けました?

隆 行けませんよ

ヒナノ でしょ?

隆 ……ふられたんですか?

ヒナノ 私たち、今の時代に生まれて良かったですね

隆 え?

ヒナノ ふられたくらいでバイトに行けないようなヘタレが、万が一「キングダム」の時代に生まれてたら、一番最初に殺されてますね。違うか。これが平和ボケ?

隆 あの……大丈夫ですか?

ヒナノ あ、自殺とかはしないです

隆 そうじゃなくて

ヒナノ そうじゃなくて?

隆 なんと言うか……

ヒナノ 大丈夫じゃなかったら、どうするんですか?……話、聴いてくれるんですか?

   数十分後。

   隆がヒナノの部屋を訪れる。

隆 お邪魔します……

ヒナノ どうぞ

隆 本当にいいんですか?

ヒナノ だから何が?

隆 いや、部屋に上がって

ヒナノ 何ですか、襲うんですか?

隆 襲いませんけど

ヒナノ じゃあ、いいでしょう

隆 はあ

ヒナノ よく、一発で来れましたね

隆 グーグルマップがありますから

ヒナノ それでも、配達の人とかよく迷うんです。さすが、空間デザイナーですね

隆 あんまり関係ないですけどね。あの、これ……

   隆、コンビニの袋を差し出す。

   ポカリ、フルーツヨーグルト、お粥が出てくる。

ヒナノ ……これって、風邪ひいた人向けですよね?

隆 まあ、そうですね

ヒナノ え、私って風邪だったんですか?

隆 ……心のね

ヒナノ ……ありがとうございます。どうぞ(座って)

隆 失礼します……(隅に座る)

   間。

ヒナノ ……漫画、読みますか?

隆 いえ、大丈夫です……

ヒナノ じゃあAV?

隆 いえ、もっと大丈夫です……けど、持ってるんですか?

ヒナノ 勉強の為に

隆 ……ここは

ヒナノ はい

隆 築、何年ですか?

ヒナノ さあ……二十年くらい?

隆 二十年……にしては、綺麗ですね。家賃は?

ヒナノ 聴いてどうするんですか?

隆 すみません、癖で

ヒナノ 六万五千円

隆 六万五千円……1DK、二階、コンビニスーパー最寄り、駅徒歩五分……なかなかいい物件ですね

ヒナノ ありがとうございます

   間。

隆 それで……大丈夫ですか?

ヒナノ はい……なんかすみません。いざ、こうして人と話してると、別に大したこと無かった気もしてきます

隆 そう言って貰えるだけでも、来たかいはあります

ヒナノ お腹すきません?

隆 ……少し

ヒナノ 何か食べに行きませんか?

隆 え?

ヒナノ あ、ごめんなさい、お粥も好きなんですけど、もっとガッツリ食べたくて

隆 いや、それはいいんですけど、正直、そんなに時間も……終電が

ヒナノ 帰るんですか?

隆 ……帰りませんか?

ヒナノ 泊まるのかなって

隆 ああ、泊まりますか……泊まる……泊まれなくはないですけど

ヒナノ 布団、いいですよ。私はソファでいいので

隆 いや、それはもう、僕はソファで……え、でも……

ヒナノ とりあえず、何食べますか?麺かカレーか餃子

隆 ……麺、かな

ヒナノ 油そばかつけめんかラーメン家系か煮干しか

隆 つけめん……いや、ヒナノさんの好きなのでいいですよ

ヒナノ なんで?

隆 だって……主役、ですから

ヒナノ 失恋の?

隆 まあ、そうですね

ヒナノ つけめんがいいです。行きましょう

   二人、出て行く。

   一時間後。

   食事から戻って来たヒナノと隆。

隆 (腹をおさえて)苦しい……

ヒナノ だから、600グラムにするから

隆 だって値段変わらないって言うから

ヒナノ 大盛り無料はとりあえず頼む。若い証拠ですね

   二人、座る。

ヒナノ ……寝ますか?

隆 ……そうですね

ヒナノ いつも何時に寝てるんですか?

隆 二時とか三時とか

ヒナノ 私も、同じくらいです。まだちょっとありますね

隆 そうですね……

   間。

ヒナノ この間の電話

隆 え?

ヒナノ 僕で良ければお引き受けします、って

隆 ……はい

ヒナノ あれはまだ有効ですか?

隆 ……そう、ですね

ヒナノ ありがとうございます。じゃあ

   ヒナノ、身を乗り出す。

隆 え、あ、今からする感じですか?

ヒナノ はい

隆 ちょ、ちょっと待って下さい……もう少し、順序を踏んだ方が

ヒナノ ……処女みたいなこと言いますね。またお話?

隆 と言うか……

ヒナノ 私は充分聴いて貰ったし。失恋話

隆 ……本当にいいんですか?

ヒナノ はい

   隆、ヒナノを押し倒す。

ヒナノ あ……よろしくお願いします

隆 ……こちらこそ、よろしくお願いします

   暗転。

   長谷川の部屋。

   正座している長谷川と見下ろすみずき。

みずき ……何してるの?

長谷川 ……正座

みずき 膝悪いんじゃないの?

長谷川 それは昔の話

   みずきはソファに座る。

長谷川 ……仕事は終わったの?

みずき 終わらなきゃ来ないでしょ

長谷川 ……そうですね

みずき 自分こそいいの?一番忙しい時期でしょう

長谷川 それは、大丈夫

   間。

長谷川 (頭を下げて)……ごめん

   みずき、反応しない。

長谷川 (更に頭を下げて土下座)……本当に、申し訳ありませんでした

みずき (鼻で笑って)何それ、謝罪会見?

長谷川 ……(顔を上げる)

みずき ……随分短い会見だったね

長谷川 ……(再び土下座)……本当に、心から、申し訳ありませんでした

みずき ……心からじゃないでしょ

長谷川 (土下座したまま)はい?

みずき ごめん、と思ってないでしょ?そう言ってたじゃん

長谷川 (土下座したまま)いえ、あの時は、あまりのことに、心神喪失状態だったと言いますか

みずき ねえ、謝る時はちゃんと相手の目を見て話しなよ

長谷川 ……(身体を起こして)ですので、本当に、申し訳ありませんでした

みずき なんで謝ってるの?謝ってどうしたいの?

長谷川 ……許して……とは言えないけど、もう一度チャンスが欲しい……頂きたい

みずき チャンスって?

長谷川 今まで通り、二人の、関係を継続していきたい

みずき 必要なくない?

長谷川 ……え?

みずき 私、あなたの人生に、必要ないよね?

長谷川 必要あるよ

みずき どこが?

長谷川 どこがって……必要じゃなかったら、三年も付き合わないし、結婚もしないでしょ

みずき なんで結婚するの?

長谷川 ……ちょっと待って、下手に結婚論とかに持ち込むのはやめよう、これはあくまでも、俺とみずきの個人的な話だから

みずき だから個人的に聴いてるの。なんで私と一緒にいるの?なんで結婚したいの?

長谷川 ……(頭を抱えて)えー?

みずき めっちゃ困ってるじゃん

長谷川 そうじゃなくて、そんな当たり前のことを今更……

みずき 当たり前のことじゃないし

長谷川 それはだって、好きとか、愛とか、そういうことだろ?

みずき ……それを説明してよ

長谷川 ……ОB会の二次会抜け出して、結局二人で飲み明かした朝、じゃあ帰ります、って言うみずきを、本当に帰したくないと、思いました

みずき ……それ三年前の話じゃん

長谷川 でもあれが無かったら絶対付き合ってないし

みずき そうだけど

長谷川 ……最初の記憶は、大事だろ。どんな国だって、建国の伝説を大事に継承してるんだから

みずき ……でも建国の伝説って基本、創り話じゃん

   間。

みずき ……借金はいくら残ってるの?

長谷川 ……20万

みずき え?

長谷川 何?

みずき ……めちゃ減ってるじゃん

長谷川 そりゃそうだよ、さすがに借金抱えたまま入籍はできないでしょ

みずき (疑って)どうやって返したの?

長谷川 疑うなよ。普通に、月々の給料から返したよ。俺が出資した一部も、本当に一部だけど返ってきたし

みずき ……何人と、浮気したの?

長谷川 ……浮気って、どこから?

みずき ……(無表情)

長谷川 セックスなら、一回もしてない

みずき 嘘

長谷川 本当だって

みずき じゃあセックスの前まで

長谷川 ……一人

みずき 嘘

長谷川 本当

みずき 絶対嘘

長谷川 本当だって

みずき ……この間の子だけ?

長谷川 ……そうです

みずき どこで知り合ったの?

長谷川 ……店で

みずき よく行くの?

長谷川 いや、たまたま

みずき たまたま?

長谷川 ……取引先の人に誘われて、断れなくて

みずき 私が気づかなかったらどうしてたの?

長谷川 それは……

みずき 結婚しても、チャンスがあればまた浮気する?

長谷川 しない

みずき するでしょ

長谷川 しない

みずき する、しちゃ駄目だと思ってない

長谷川 ……なんだよ、みずきはどうしたいんだよ?ハッキリ言ってくれよ

みずき ……本当に、セックスはしてないの?

長谷川 してない

みずき 一回も?

長谷川 一回も。みずきと付き合ってから、誰ともしてない

みずき ……私とも、全然してないじゃん

長谷川 ごめん

みずき そこは謝らないでよ

長谷川 みずきのせいじゃない。俺の問題

みずき は?

長谷川 ……苦手なんだ……

みずき ……どうして?

長谷川 自分でもわからない。トラウマがあるわけでも、童貞のまま無修正(動画)見て衝撃を受けたわけでもないんだけど

   間。

長谷川 ……でも、しよう

みずき は?

長谷川 今から、しよう

みずき いや、そういうことじゃなくて

長谷川 嫌なの?

みずき 嫌じゃないけど……別に無理してして欲しくない

長谷川 無理してないし、そしたらきっと、みずきも落ち着くだろ?

みずき 何それ、私がしたがってるみたいじゃん

長谷川 違うの?

みずき 違うし

長谷川 じゃあ、いいけど……でも俺、だから人生で、セックスは、本当に好きな人としかしてない……これからも、みずきとしか、するつもりはない

   間。

みずき ……ちょっと待って、違う、なんか違う。なんか、仲直りっぽくなってる

長谷川 え、ごめん(土下座に戻る)

みずき いやそういうことじゃなくて……この、なし崩しの感じ?日本人が得意な奴

長谷川 ……は?

みずき 駄目、違う、私はもっと、ハッキリさせたかったの

長谷川 何を?

みずき だから……私にとっては……浮気は、些細な一部じゃないし……

長谷川 詳細を話せばいい?

みずき それは嫌、でも……このまま一緒にいたら、私きっと、80歳くらいで貴方が要介護になった時まで覚えてて、急に首絞めて殺すかもしれない

長谷川 ……いいよ、殺してよ

みずき 絶対嫌、一生を、目の前の人恨んで無駄に過ごしたくない

長谷川 ……これ、別れ話?

みずき ……(困る)

長谷川 ……とりあえず

みずき だから、「とりあえず」とか、無い

長谷川 とりあえず……(立ち上がって)シャワー入ってもいい?

みずき ……は?

長谷川 駄目?

みずき 今?

長谷川 脇汗が凄いんだよ

みずき ……わきあせ?

長谷川 ……一緒に入る?

   みずき、長谷川を見る。

   暗転。

   暗転中。

   隆とヒナノの声。

隆 ……あれ……すいません……ちょっと……あの……

ヒナノ ……手伝いましょうか?

隆 いや、大丈夫です、たぶん、ちょっと飲んだから……

ヒナノ 出た。言い訳

隆 そうじゃなくて、本当に、すきっ腹だったから……

ヒナノ どうします?あ、AV見ます?

隆 いや、それはちょっと……

ヒナノ ……休憩しましょっか

隆 はい……本当にすいません

ヒナノ ……あ、ツタヤ今日までだ

隆 え?

ヒナノ 映画、観ません?

   翌朝。店。

   店長が掃除をしている。

   京子、入ってくる。

店長 おはよう、京子ちゃん。旅はどうだった?

京子 だから旅じゃなくて仕事。はい(お土産を置く)

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