見出し画像

劇団競泳水着「夜から夜まで」上演台本

脚本 上野友之

登場人物

三並 咲(さき)    【27】
田端 祐平     【35】 フリーライター

藤堂 陸              【25】 スポーツクラブのトレーナー
尾之上 朋子          【32】 アロマセラピスト
尾之上 尚也          【33】 朋子の夫・漫画家
有坂 寿々美(すずみ)  【24】 尚也のアシスタント 

清水 ゆい              【32】 咲、祐平、朋子の元バイト仲間

穂村 あかり                【30】 祐平の元恋人・既婚
長谷川 千春(ちはる) 【30】 ウェディングプランナー

朱里(じゅり)     【22】 デリヘル嬢
  
              店員など  


   2019年秋。レストラン前の路上。
   咲が一人、立っている。

咲 ……

   しばらくして、会計を終えた朋子・尚也夫妻が歩いてくる。
   朋子はほろ酔いの様子。

咲 あ、あの、ご馳走様でした
朋子 いいえ。お誕生日おめでとう。遅くなってごめんね
咲 いえいえ、本当、美味しかったです
朋子 良かった。(尚也に)ここ、また来たいね、って言ってたんだよね
尚也 うん。なかなか機会が無いと、なかなか来ないのでね、お付き合いありがとうございました
咲 とんでもないです
尚也 クセが無いのに、なかなか、濃厚と言いますか
咲 え?
尚也 肉です。羊の
咲 ああ、はい、本当に
尚也 私も、かくありたいな、と。クセが無く、濃厚に。ははは
朋子 ちょっと、もう(笑って尚也に身を寄せ、叩く)
咲 ……はは
朋子 変でしょ?
咲 え?
朋子 最近、自分のこと、「私」って言うの、流行ってるの
尚也 流行りじゃなくて、仕事で、言うから
朋子 だからって、友達にまで
尚也 それじゃあ、「私は」、ここで失礼して
朋子 もう

   朋子、笑い続けるが、咲は何が面白いのかわからず合わせる。

咲 一緒に帰らないんですか?
尚也 すいません、仕事場に忘れ物をして
咲 あ、そうなんですね
朋子 もう、ドジ
咲 (ドジ……?)
尚也 申し訳ない
朋子 何時に帰るの?
尚也 そんなに遅くならないよ
朋子 早くしないと、先に見ちゃうからね
尚也 それは勘弁してくれよ
朋子 ネタバレ見ないようにするのも限界だよ
尚也 とか言って、怖くて一人じゃ見れないくせに
朋子 もう
尚也 見てます?「ストレンジャー・シングス」
咲 あ、いえ……ネットフリックス、入ってなくて
朋子 面白いよ
尚也 今年の夏に、シーズン3が配信されて、僕らは出遅れて今、見てるんです
朋子 夏は忙しかったからね
尚也 うん。一日一話ずつ、一緒に
咲 へえ……いいですね
尚也 それじゃ、また
朋子 うん、ありがと
咲 ありがとうございました

   尚也、朋子と手の平を合わせてから、去る。
   朋子、尚也に手を振っている。

咲 ……
朋子 改めて、お付き合いありがとね
咲 いやだから、こちらがですよ。初めて食べました、あんな美味しい羊
朋子 だったら嬉しい。タクシー、乗っちゃう?
咲 ここ、来ますかね
朋子 ちょっと待ってね

   朋子、アプリでタクシーを呼ぶ。

咲 あ、ありがとうございます
朋子 (アプリを操作しながら)そうだ、清水、結婚するんだってね
咲 みたいですね
朋子 スピード結婚
咲 はい……ところで……
   
   咲、尚也が去った方を見つつ、

咲 ……ラブラブじゃないですか?
朋子 そう? 普通だよ
咲 いやいや、別れる疑惑はどこにいったんですか
朋子 その節はお騒がせしました
咲 レスも改善されたってことですか?
朋子 それは無いかな
咲 え?
朋子 寧ろ、レスどころか、ゼロ
咲 ゼロ
朋子 私たち、セックスゼロ夫婦です
咲 マジですか……全くそうは見えなかったんですけど
朋子 でも愛は深まったと思う。身体は繋がらなくても、この人はパートナーだな、と思うと、愛しい、と言うか
咲 はあ……私にはまだわからない境地ですね
朋子 身体が大事?
咲 うーん、正直、無いと、愛されてる実感わかないかも
朋子 でも祐平には愛されてる実感わかないでしょ?
咲 それはそうですけど、痛いとこつかないで貰えますか
朋子 でもわかるよ。身体は身体。心は心。同じようで別なようで……
咲 ……はい?
朋子 実はね
咲 なんですか
朋子 出逢っちゃった
咲 ……ん?
朋子 ……
咲 ……男?
朋子 内緒ね、内緒だよ?
咲 ……浮気ですか?
朋子 そう言われると、なんか味気ないけど
咲 不倫?
朋子 やめてよ
咲 マジですか、え、どこで?
朋子 まあ、アプリ的な
咲 えー……複数?
朋子 違うよ、一人だよ、一人だけ
咲 続いてるんですか?
朋子 うん
咲 なのに、夫婦円満……謎なんですけど
朋子 逆に、だからこそ、と言うか
咲 どういうことですか
朋子 尚也は、共に生きていくパートナーとして、愛してる。それを再認識したの。そうではない部分を、新しい……彼に、埋めて貰うことで、安定する? と言いますか
咲 安定
朋子 ずるいと思う?
咲 いや、ずるいと言うか……バレないんですか?
朋子 んー、尚也も気づいてるかも
咲 え?
朋子 でも、毎晩、手を握って寝るようになった
咲 いやいや、繋がりが全くわからないです
朋子 話し合って、愛し合っていることはお互いに確認したの
咲 ……はい
朋子 だからセックスはしなくても、手を繋いで眠るの。それが愛情確認
咲 ……はい
朋子 だからこそ、お互いに干渉しないことにしたの
咲 ん……はい
朋子 だから、家にいない時間のことは暗黙の了解と言うか
咲 ……(理解しようとするが)やっぱり、私には未知の境地ですね
朋子 ……見る?

   朋子、スマホで浮気相手の写真を見せる。

咲 (見て)……イケメン……これ、スポーツクラブですか?
朋子 そう。トレーナー。凄くいいよ。ダイエットだけじゃなくて、身体のこと意識するようになって
咲 え、トレーニングもしてるんですか
朋子 体験トレーニングもあるから、良かったら行ってあげて
咲 私が?
朋子 お客さん、もっと増やしたいんだって
咲 でも、私が何て言って行くんですか?
朋子 何も言わなくていいよ。普通に
咲 普通に……

   咲、自分のスマホに通知。

咲 (読んで)……朋子さん、家までですよね?
朋子 うん。いいよ、咲ちゃんの家、寄るよ?
咲 いや、私やっぱり、電車で
朋子 え、なんで?
咲 逆方向になるので
朋子 何、祐平のとこ行くの?
咲 ……違いますけど
朋子 そろそろやめときなよ。いい年して、フラフラしてる男は
咲 ……はい
朋子 付き合ってはないんでしょ?
咲 ……まあ、彼女もいますし
朋子 何やってんのよ、あいつは……あ、祐平には言わないでよ!
咲 え?
朋子 (スマホを示して)私の話
咲 ……まさか、言いませんよ。ご馳走様でした

   一人になった朋子、「Flavor Of Life」の鼻歌を歌う。

朋子 ♪ありがとう、と君に言われるとなんだかせつない~ 

   祐平の家。

祐平 不倫?
咲 うん。アプリで知り合ったんだって
祐平 マジか。あいつ、結婚したばっかだろ
咲 三年経ったけど
祐平 そんなに経つか
咲 結婚式行きましたよね?
祐平 行ってないよ
咲 そうでしたっけ
祐平 その時いなかったんだよ、東京に。行く気もなかったけど
咲 え、なんでですか
祐平 何年も前の、バイトの知り合いの結婚式、行くか?
咲 私、行きましたし。皆来てたし
祐平 あそう
咲 じゃあ清水さんのパーティーも行かないの?
祐平 ああ、結婚するらしいね
咲 はい
祐平 でも来年だよね
咲 4月
祐平 まだ予定がわからないよ
咲 じゃあ……行けたら、一緒に行きましょうよ 
祐平 俺と?
咲 うん
祐平 空いてたらね
咲 ……はい
祐平 結婚かあ
咲 したいんですか?
祐平 どうだろ。周りはだいたいしてるけど
咲 ……そういう話はしないんですか、彼女さんと
祐平 別れた
咲 ……え
祐平 うん
咲 なんで?
祐平 なんでだろうね
咲 ……そうなんだ
祐平 自分は?
咲 何が?
祐平 結婚
咲 ……私も、周りは結婚ラッシュだけど
祐平 26?
咲 7になった
祐平 まあそういう歳だね。アラサー
咲 はい
祐平 したいなら、ちゃんと探した方が良いよ
咲 え?
祐平 職場の社員とか?
咲 ……全然、いい人いませんよ
祐平 じゃあアプリ? 朋子に教えて貰えば?
咲 ……うん
祐平 俺もアプリで探すかなあ、彼女
咲 (わざと明るく)……じゃあプロフ用の写真、私が撮ってあげますよ。自撮りは駄目だって
祐平 なんで?
咲 なんか、寂しい人の感じがするんじゃないですか?
祐平 なるほどね……(咲に身体を寄せる)
咲 ……彼女探すんじゃないの?

× × ×

陸 (動画)こんにちは。トレーナーの藤堂陸です。簡単な格闘技のメソッドを取り入れたトレーニングを行っています。初心者の方、女性の方、どなたでも気軽に取り組めるメニューが中心です。是非、一緒に、楽しく、メリハリのついた体、心を作っていきましょう。体験トレーニングもやってますので、一度遊びに来て下さい。お申し込みはこちらのアドレスから、お気軽に。お待ちしてます!

   咲、祐平が寝た後、スマホで陸のスポーツクラブの動画を見ている。

咲 95年生まれ……年下か……

   尚也の仕事部屋。

寿々美 いいんですか、帰らなくて
尚也 うん、挿絵のラフだけ描いちゃうわ
寿々美 〆切、来月ですよね?
尚也 まあね
寿々美 偉いですけど、その意欲を、漫画にも向けられないんですか?
尚也 イラストだけ描くのと、ゼロからストーリーを創る作業とは、全く別物でしょ
寿々美 私、一応、漫画家のアシスタントということで来たんですけど
尚也 でも便利でしょ? ゲームも寝泊りも好きなだけできて
寿々美 それは有り難いですけど
尚也 プロジェクター、調べてくれた?
寿々美 はい。ポータブルでどこでも投影できる方が気軽かなって
尚也 いいね。お願いします
寿々美 はい……このまま、イラストレーターになるんですか
尚也 そこそこ俺のアイデンティティに関わる問題、サラッと掘ってこないでよ
寿々美 だって読者は待ちぼうけですよ
尚也 そんなことないよ
寿々美 ありますよ。先生の作品を待ち望む人がいることが、どれだけ有り難いか、わかってるんですか? 誰もが「俺の私の存在を見つけてくれ話を聴いてくれ」、って悲しくもがいてるのに
尚也 描いたって売れないよ
寿々美 固定ファンが確実に買いますよ
尚也 ……とにかく、買っておいてよ、プロジェクター。そしたら「ストレンジャー・シングス」祭りね

   尚也、仕事部屋へ行く。

寿々美 (呆れて)……もう何周も見たじゃないですか

   路上。信号待ちしている咲。
   陸がやってきて、少し離れた所に立つ。
   お互いに気づくが、しばしの間があって。

陸 ……あの
咲 あ
陸 先ほど、いらっしゃいましたよね
咲 あ、はい、ありがとうございました
陸 こちらこそ、来て頂いて、ありがとうございます
咲 いや、あの、素人なのに、すいません
陸 いえ、全然、どなたでも、受けて頂きたいので
咲 本当に、身体が硬くて
陸 普通です普通です
咲 ……お帰りなんですか?
陸 はい、今日はもう終わりで。シフトで動いてるんです
咲 そうなんですね

   間。

陸 ……お帰りですか

× × ×

   立ち飲みの居酒屋。

陸 なんで(トレーニング)やってみようと思ったんですか?
咲 ……普通に痩せたかったのと、あとは……環境の変化? 自分を変える為?
陸 変えたいことがあるんですか?
咲 変えたいことと言うか、断ち切りたいことと言うか
陸 断ち切りたい
咲 「こんな自分、もう嫌」、っていう
陸 どんな自分ですか
咲 わからないですよね、陸さんには
陸 え?
咲 自分の中に嫌な部分、無さそう
陸 何言ってるんですか、ありますよ。ありまくりですよ
咲 本当に?
陸 あ、馬鹿にしてるでしょ
咲 なんで
陸 筋肉馬鹿と思ってるでしょ
咲 それは思わないけど、イケメンで、強くて、悩みなさそう
陸 あーもう、偏見偏見。俺、超陰キャですから
咲 いやいや、ビジネス陰キャはいいですから
陸 違うし。そもそも俺、いじめられっ子ですからね
咲 そうなの?
陸 だから、少しでも強くなろう、と思って、それで格闘技習って
咲 偉いですね
陸 でも十代で培われた人格は、なかなか変わらないでしょ?
咲 はい
陸 基本的に、男の集団が苦手なので、だから今でも、無理してるとこはあります。男社会ですから
咲 そうか
陸 そういう、自分が世界にハマってない感じ? ありますよ
咲 世界にハマってない感じねえ
陸 一度バシッと、ハマってみたいですねえ
咲 (笑って)うん、ハマってみたい

   二人とも、飲む。

咲 ……男の人は苦手だけど、女の人は、得意なの?
陸 ……女の人ですか
咲 始めた動機はともかく、モテますよね?
陸 そうでもないですよ
咲 嘘だあ
陸 モテるってなんですか?
咲 女の人が、わーって(寄ってくる)
陸 (真顔)自分が好きな人に好かれないと、意味なくないですか?
咲 うん……好きな人、いるんですか?
陸 好きな人はいますけど……なかなか逢えないんですよね
咲 ……そうなんだ
陸 咲さんは?
咲 ……好きかどうかわからない人との関係を、断ち切りたい
陸 なるほど
咲 ……もう一杯、は、トレーナー的にはNGですか
陸 ……トレーナー的には、甘いものが食いたいですね
咲 (笑って)ええ?
陸 〆氷って知ってますか?
咲 かき氷?
陸 はい
咲 寒くない?
陸 寒い季節に食べるのがいいそうで
咲 行ったことないんですか
陸 はい
咲 キーンとしません?
陸 しないらしいです。氷が柔かいから
咲 ……じゃあ、行ってみましょうか

× × ×

   かき氷屋を出て、路上。

陸 うわー、まだ頭痛い
咲 (笑って)私、全然大丈夫なんですけど
陸 鍛えてるのになあ
咲 それ関係あるの?
陸 ありますよ
咲 でも美味しかったですね
陸 はい
咲 せっかく汗かいたのに、その後食べ過ぎだ
陸 氷は要するに水ですからね、オールオッケーです
咲 本当に?
陸 はい……(立ち止まる)じゃあ
咲 ……はい
陸 今日はありがとうございました
咲 こちらこそ
陸 宜しければ、今度はパーソナルトレーニングも、ご検討ください
咲 はい……そしたらまた、付き合って貰えるんですか?
陸 え?
咲 ……すみません、なんでもないです
陸 ……咲さん
咲 はい
陸 (手を差し出す)幸せになりましょう
咲 ……はい(手を握る)
陸 つめたっ
咲 あったかっ

   二人、笑って別れる。

   スタバ。咲と清水が話している。

清水 ありがとうね、連絡くれて
咲 ビックリしましたよ
清水 私もビックリしたよ
咲 本当に交際ゼロ日婚なんですか
清水 うーん、それまでが長かったけどね
咲 前から好きだったんですか
清水 そうでも無かったんだけどねえ
咲 わからないものですね
清水 咲ちゃんは? 彼氏は?
咲 いないですよ
清水 え、まさかまだ祐平と?
咲 ……知ってましたっけ
清水 ちょっと、やめときなって、あいつ仕事もしてないんでしょ?
咲 いや一応、してるみたいですよ
清水 でも彼女いるんでしょ?
咲 別れたらしいです
清水 え、じゃあ付き合ってるの?
咲 ……いえ
清水 え、意味わかんない。付き合えばいいじゃん
咲 ……なぜ、そうならないんですかね
清水 マジで意味わかんないんだけど、咲ちゃんは言ったの? 付き合いたいって
咲 ……言ってないですね
清水 言いなよ。セックスだけしてればいいわけじゃないでしょ?
咲 ……はい
清水 なんで言わないの
咲 清水さん、今、幸せ強者だからわからないと思うけど、「私たちはなぜその一言が言えないか」、で論文一本書けますよ?
清水 言わないのか、言わせないのか。よくわかんない
咲 なんか、すいません
清水 別に、はっきり言わなくなったてさ。あるでしょ、便利な言葉が
咲 なんですか
清水 「寂しい」
咲 寂しい?
清水 寂しい、ミーニング、エブリシング
咲 寂しい……
清水 でも他にもっといい人いないの
咲 ……
清水 お?
咲 ……いや、それは駄目です、駄目なんです
清水 なんで
咲 状況が、複雑で
清水 何、既婚者?
咲 違いますけど……友達の男的な
清水 またややこしいねえ……友達ってどんな人?

   朋子の家(アロマの接客スペース)。

朋子 終わりにしたの
咲 終わり……ですか
朋子 なんか、やっぱり無理してたんだと思う……最初はね、本当に、この形がうまくいく、と思ってたの。家庭には尚也がいて心で繋がってて、他の部分は外で埋めて、そのバランスが私たち夫婦にはいいんだ、って。でも自分にそう言い聞かせてただけなんだよね。それでいつも微笑んでよう、とか思って、必要以上にヨガに通ったりして……でも歪だった
咲 はあ……
朋子 それでバランスとれる人たちもいるかもしれない、割り切った夫婦もいるのかもしれない、でも私には無理。だからやめた
咲 そうですか
朋子 これからは尚也と二人で、生きてく。だって私たち、結婚してるんだもん。お騒がせしてごめんね
咲 いえ……尚也さんには、言ったんですか
朋子 何を?
咲 終わりにした、って
朋子 言ってない。でも私の態度で気づいてると思う
咲 なんか、凄いですね……じゃあ、夫婦の……営みも、復活ですか?
朋子 それは焦らず、これから、ゆっくり前進、的な
咲 そうですか……

   間。

咲 あの、実はですね……私も、体験トレーニング受けまして
朋子 知ってるよ
咲 え……言ってました?
朋子 ううん。二人、インスタで繋がったでしょ。それで
咲 ああ……すいません……フォローして貰ったの、断れなくて
朋子 なんで謝るの。喜んでたでしょ
咲 え?
朋子 なかなかお客さんが増えない、って悩んでたから
咲 ……まあ……
朋子 好きなの?
咲 は? え、いや、そういうことじゃなくて、本当に、体験で
朋子 いい子だと思うよ
咲 ……いい子
朋子 もういい加減、祐平ってわけでもないでしょ?
咲 それは……はい
朋子 おすすめだよ
咲 朋子さんは……いいんですか?
朋子 もう、私がどうこう言う権利ないし
咲 ……いやいやいや。無いでしょ、向こう的に
朋子 (微笑んで)わからないじゃん
咲 いや、無いですよ、他にいますよ絶対
朋子 遊ぶ相手はいるかもしれないけど。咲ちゃんは、遊び相手になりたいわけじゃないでしょ?
咲 ……

   陸のスポーツクラブの動画。

陸 (動画)こんにちは。トレーナーの藤堂陸です。今年ももうすぐ終わりますね。寒い季節に向けて、トレーニングはいかがでしょうか。免疫力アップ、そして心機一転、新しい自分になる為に、体、動かしていきましょう。年末年始・特別キャンペーンも実施中です。お申し込みはこちらのアドレスから、お気軽に。お待ちしてます!

   祐平の家。置いていた荷物を取りに来た咲。

祐平 え、本当に帰るの?
咲 帰りますよ
祐平 荷物とりに来ただけじゃん
咲 荷物とりに来ただけだもん
祐平 もう終電ないでしょ
咲 まだあるし、なくてもタクシーで帰ります
祐平 いくらかかるの? 5万くらい?
咲 4千円
祐平 よくわかるね
咲 わかります。何回か乗ったから。深夜に。呼ばれて。家から。ここまで
祐平 4千円あったら何ができる? もったいないよ
咲 ここから家まで帰れる
咲 もう用事は済んだので
祐平 夜はこれからでしょ
咲 何もしないから
祐平 え?
咲 もう、しない
祐平 ……あそうなんだ
咲 では
祐平 またね
咲 また、はないです
祐平 どうしたの。寂しいじゃん
咲 ……寂しい?
祐平 うん
咲 ……じゃあ聴きたいんですけど
祐平 何
咲 彼女とは、別れたんですよね?
祐平 ……うん
咲 いつ?
祐平 ……ちょっと前?
咲 二か月前でしょ?
祐平 よく覚えてるね
咲 二か月経ったけど、私を彼女にはしないんですよね?
祐平 彼女……とかそういう関係じゃなくて
咲 彼女とかそういう関係じゃないのがいいんでしょ?
祐平 そうね、別に無理に定義づける必要もないというか、自然に……
咲 定義づける必要もなくて、呼べば来て、自然にセックスできる関係、ってことでしょ?
祐平 そういう風に言うと、そういう風に聞こえるけどさ
咲 けど?
祐平 ……本当に行くの?
咲 行くよ
祐平 ……一つだけ、希望があります
咲 何よ
祐平 おっぱい触ってもいい?
咲 (冷めた目で)お邪魔しました

   咲、出て行こうとする。

祐平 誰か出来たの?
咲 ……違うよ
祐平 いいよ、それならそれで言ってよ。おめでとう
咲 違います

   路上。マスクをした陸が待っている。
   咲が来る。

咲 お待たせしました……マスク、どうしたんですか?
陸 あ、すいません、ちょっと風邪ひいて
咲 大丈夫ですか
陸 大丈夫、大丈夫
咲 すいません、そんな時に
陸 いや寧ろ、誰かと飲みたい気分だったんで
咲 そうですか
陸 行きましょう

× × ×

   立ち飲みの居酒屋。

陸 (ごくごくと飲む)
咲 大丈夫? 飲んで
陸 アルコール消毒です
咲 お休みなのに、付き合って貰ってありがとう
陸 こちらこそです。人と話すの、久しぶりなんで
咲 そうなんですか?
陸 最近、仕事行って家帰って、それだけで
咲 風邪ひくと、そうなりますよね
陸 はい。でもだんだんウズウズしてきません?
咲 え?
陸 一番きつい時は、家で寝てたいけど、ちょっと良くなると、寧ろ出かけたくなると言うか
咲 そうかな……そうかも
陸 そうです
咲 じゃあ出かけたかったんだ
陸 でも気使う人とは話す気にもならなくて
咲 ……うん

   間。

陸 どうですか、最近は
咲 最近は……断ち切りました
陸 そうですか
咲 うん
陸 ……俺も、断ち切りました……断ち切られました
咲 ……そうなんですか
陸 はい
咲 ……それで、辛いんですか
陸 辛くなくは、なかったですね
咲 過去形?
陸 前を向かないと
咲 うん……あの、私……言わないといけないことがあって
陸 なんですか
咲 本当は、ある人の、紹介で、申し込んだんです。トレーニング
陸 朋子さんですよね
咲 えっ、聴いてたの?
陸 いえ。でも二人、インスタで繋がってたから
咲 ああ……すいません
陸 なんで謝るんですか
咲 だって、何も言わずに
陸 別に、必要ないですよ
咲 でも……
陸 全部、聴いてるんですか
咲 全部かどうかは、わからないけど……
陸 ……そろそろ、行きましょうか
咲 え……はい

× × ×

   路上。陸、立ち止まる。

陸 ……じゃあ
咲 ……うん

   二人、動かない。
   咲、陸の額に手を当てる。

咲 あったかい
陸 (先の手の平に頭を委ねて)……冷たい

   二人、目を合わせる。
   咲、顔を寄せていく。

陸 (風邪)うつりますよ
咲 うつして

   二人、キスをする直前で、千春が電話で話しながら歩いてくる。

千春 (電話)それじゃ駄目だって
陸&咲 !
千春 だから、「いいと思います」じゃなくて、あなたの意見は? 私が全部アイディア出して、全部決めて、じゃ、一緒にやってる意味なくない? 別に、プランナーとアシスタントとか、関係ないと思うよ? 

   咲と陸、苦笑いして、手を繋いで去る。

千春 いや、「わかりました」じゃなくて、どう思ってるの、って……ああ、駄目だ、もう一回、式場に話通しにいかなきゃ……違う、これはこっちの話。とにかく……

   千春、歩きながら去る。

清水の声 (招待状)……つきましては 日頃お世話になっております皆様に感謝を込めて 二次会パーティーを開催いたします。皆様と楽しい時を過ごせればと思っておりますのでぜひご出席をいただきたく、ご案内申し上げます。日付・2020年4月11日(日)、開宴時間・16時、場所・表参道……

   2020年1月。
   バー。祐平とあかりがいる。
   店員の男がドリンクを置いていく。

男 ハイボールと、ジンジャーエールです
祐平 どうも
あかり ……
祐平 飲まないの?
あかり 飲まない
祐平 珍しいじゃん
あかり しばらく飲んでないよ
祐平 (旦那と)一緒に飲まないの? 
あかり そんなに飲む人じゃないの
祐平 あそう
あかり うん
祐平 ……どこで知り合ったんだっけ?
あかり まあ、合コン?
祐平 合コン?
あかり うん
祐平 合コンとか行ってたの?
あかり たまにね
祐平 え、俺と付き合ってた時も?
あかり 行ってないよ
祐平 本当に?
あかり 行ってないし……今更どっちでもいいでしょ
祐平 まあそうだけど……おめでとう
あかり 何が?
祐平 結婚
あかり 今更?
祐平 言ってなかったし
あかり ありがとう。だいぶ前だけどね
祐平 一年経った?
あかり もうすぐ二年だよ
祐平 そっか……でも、この間初めて見たよ、結婚式の写真
あかり は? なぜ?
祐平 ツイッターに、あげてたでしょ
あかり いやだからなんで今更?
祐平 ずっとミュートしてたからさ、あかりのこと
あかり なんでよ
祐平 ふっきりたくて
あかり ……あのさ、私たち別れたの何年前?
祐平 四年?
あかり 五年だよ。とっくにふっきれてるでしょ
祐平 そうでもないよ、あんなフラれ方してさ
あかり どんなフラれ方よ
祐平 他に男が出来ました、って隠しもしないで、何なら匂わせてきてさ
あかり そうだっけ?
祐平 そうだよ
あかり それはごめんだけど、先に浮気したのはそっちじゃん
祐平 そうかもしれないけど俺のは一瞬だったよ
あかり は?
祐平 一回、一晩、一晩どころか数時間
あかり 数時間って、なんか相手の子に失礼
祐平 でもあかりはさ、数か月にわたる、こう、並行期間? いや移行期間があった上で、その上で何も言いだせない俺をじわじわ傷つけた上で、去って行ったわけで
あかり だからごめんて
祐平 だから俺は、俺の生活から一度、あかりの痕跡を消さないことには立ち直れなかったわけで
あかり それでツイッターもミュートして
祐平 うん、ブロックするのも違うからね
あかり そのまま五年間、忘れてて
祐平 忘れてないよ
あかり それがどうして急にミュートを解除する気になったの?
祐平 それは……なんかこう、久しぶりに、話でもしたいな、って
あかり 話ね
祐平 うん
あかり (目を見る)話だけ?
祐平 それは……流れ次第
あかり 流れって?
祐平 とりあえず……飲まない?
あかり 飲まない
祐平 なんでだよ
あかり ……言ってなかったけどさ
祐平 何?
あかり 子供、できたんだよね

   間。

祐平 ……おめでとう
あかり ごめんね
祐平 何が?
あかり 今日できるかな、と思って来たんでしょ?
祐平 ……そうでもないけど
あかり なんで急に? セフレに逃げられた?
祐平 ……(飲む)
あかり 図星かよ
祐平 違うよ
あかり セックスの相手は他で探してね?
祐平 違う、本当に話もしたかったの
あかり も?
祐平 話が、したかったの
あかり あそう
祐平 いいだろ、話したって
あかり いいけど
祐平 なんだよ、特別な用事がないと会っちゃいけないの?
あかり そうは言ってないじゃん
祐平 人と、出逢って、他愛もない話をするのが、人生の、喜びだろ
あかり いきなり人生に広げるのやめてよ
祐平 ……(飲む)
あかり いいよ、じゃあしようよ、話

   祐平、改まって、

祐平 一つだけ、聴いてもいい?
あかり うん
祐平 ……もし、もしもさ
あかり うん
祐平 今日、子供ができてなかったら……?
あかり 一つだけ、大切なことを忘れてると思うけど
祐平 はい
あかり まず私、結婚してるからね
祐平 関係ないよ
あかり どんな世界観よ


10

   尚也の仕事部屋。
   寿々美が、尚也の描いたネームを読んでいる。

寿々美 ……はい。読みました
尚也 ……うん(どう?)
寿々美 お……もしろ……いと思います
尚也 いやいや。あからさまな間
寿々美 普通に面白いとは思います
尚也 普通ね
寿々美 まず……
尚也 いいの! ごめん。自分が一番わかってるんだ
寿々美 え?
尚也 無いの。ここには何も無い
寿々美 無いことは無いと思いますけど。才能の無い私が、全身全霊を込めて描いた漫画よりも、先生が小手先で描いたこれの方が面白いですよ。それが才能じゃないですか
尚也 いや、小手先のこれって言っちゃってるし
寿々美 でも……
尚也 いややめ! もうやめます。はい。頼まれてたZINEの表紙、描いちゃいます
寿々美 本当にイラストレーターになっちゃいますよ?
尚也 だからやめて? 私のアイデンティティーを規定しないで?
寿々美 前から聴きたかったんですけど
尚也 何
寿々美 新しい漫画を描くんじゃなくて、連載再開はしないんですか
尚也 ……もうジャハーンとの別れまで描いたし
寿々美 でも「第一章・完」ですよね?「第二章」は?
尚也 あれは編集者が言い出したの。俺は完結のつもりだったの
寿々美 そうなんだ
尚也 それに、描くべきことはもう描いたの
寿々美 描くべきこと?
尚也 ……あれは、俺と兄、なんだよ
寿々美 先生のお兄さん?
尚也 うん。今どこにいるかも、生きているかもわからない
寿々美 はい
尚也 その話はもう描ききったの
寿々美 そうですか……
尚也 (時計を見て)やっぱり帰らなきゃ
寿々美 え?
尚也 奥さんに、新しい韓国ドラマ、観ようって言われてるんだよ
寿々美 あ、なんだっけ、恋が、どこかに漂着、的な
尚也 たぶんそれ
寿々美 世界中でヒットしてるらしいですね
尚也 うん
寿々美 綺麗な方ですね
尚也 え?
寿々美 奥様。見ました。アロマのホームページ
尚也 そうでしょう
寿々美 大恋愛したんですよね
尚也 大恋愛というか……俺が、一方的にね
寿々美 好きだったんですか?
尚也 うん。相手にして貰えるとも思わなかった……けど
寿々美 けど
尚也 漫画、気に入ってくれて
寿々美 才能あって良かったですね
尚也 それはもう、感謝です
寿々美 じゃあ、描かないと
尚也 え?
寿々美 新しい漫画。奥さんも喜んでくれるんじゃないですか
尚也 ……そうだね

  朋子の自宅では、朋子がアロマの整理をしている。

朋子 ……

寿々美 私も、帰ります
尚也 そうなの?
寿々美 はい。彼氏に、怒られたんです。たまに朝までここにいること
尚也 え、なんで?
寿々美 一応、男性のいる、仕事場ですし
尚也 いやいや俺、結婚してますし
寿々美 そうですけど、彼氏の中では、クリエイターは皆、性欲モンスターなんです
尚也 性欲モンスター
寿々美 先生は違う、浮気もしたこと無い、って言ってるんですけど。そうですよね?
尚也 うん。だってそういうことは、愛する……恋人とか、奥さんとするものでしょう?
寿々美 (しみじみ)幸せですね
尚也 え?
寿々美 先生の、奥さんは

11

   2020年春。

清水の声 (延期連絡)……結婚式は、今般の感染症の状況を鑑みて、日程を延期させていただくことにいたしました。皆様には大変勝手なご案内ですが 何卒ご理解賜りますようお願い申し上げます。新たな日程が決まり次第、またご連絡いたしますので、その折には……

   ホテル。祐平、スマホを見て、何度か逡巡してから、電話をかける。

男 もしもし、お電話ありがとうございますー
祐平 あ、あの、すいません、初めてなんですけど
男 はい

   間。

祐平 ……えっと、今から、お願いできるでしょうか?
男 今からご希望ですね
祐平 はい
男 えーとですね、ちなみにどちらにお電話ですか?
祐平 え、はい?
男 何を見て、お電話されてますか?
祐平 えっと……普通に、ホームページを
男 この番号が、いくつかのお店で共同で使ってまして、どの店のホームページを、ご覧になってますか?
祐平 あ、えっと……癒しのおっぱい戦隊、に電話してるんですけど
男 え、なんですか?
祐平 ……「癒しのおっぱい戦隊」です
男 ああ、イヤセンね、えー、本日も癒して癒して! お電話ありがとうございます。場所はどちらへ?
祐平 三丁目ホテルなんですけど、大丈夫でしょうか?
男 ああ、三丁目さんは大丈夫ですよ、フロントがゆるゆるですからね。ご指名は?
祐平 あ、えーと……フリーで
男 フリー? 
祐平 はい
男 フリーでいいんですね?
祐平 ……駄目でしょうか?
男 全然全然。お客さん、運がいいですよ、今ならね……

   祐平、着信に気づく。

祐平 あ……すいません
男 (話を遮られ)はい、どうしました?
祐平 あの、すいません、またかけます
男 え?

   祐平、あかりからの着信に出る。

祐平 ……もしもし

   あかり、動揺した様子。

あかり 何してる?
祐平 え……仕事だけど
あかり どうしよう
祐平 どうしたの?
あかり 友達と連絡がとれないの
祐平 え?
あかり 一人暮らしだし、何かあったかもしれない。既読もつかなくて
祐平 ……えっと、誰か、ご家族とか
あかり 知らない
祐平 共通の知り合いとか
あかり いない
祐平 そうか……どこで知り合った友達?
あかり (遮って)家まで行ってみようと思うの。でも怖いの
祐平 怖いって……
あかり だって……もしかしたら……
祐平 うん……その可能性、あるの?
あかり そんなのわからないよ!
祐平 そうだよな、ごめん……
あかり ううん、ごめん……祐平
祐平 はい
あかり 今は家?
祐平 いや、レンタル……オフィス
あかり この後、予定ある?

12

   電車。マスクをした祐平とあかり。

祐平 ……京王線、久しぶりだ
あかり 私、電車も久しぶり
祐平 そうだな。聖蹟桜ヶ丘って初めて降りるかも
あかり (思いつめた表情)……急にごめんね
祐平 いや、ずっとリモートで自由だし……こうなる前からだいたいそうだけど……それで……その、友達は、どういう人なの?
あかり ……
祐平 どういう人というか、どういう関係というか
あかり ……私、漫画好きなの
祐平 え?
あかり 漫画
祐平 漫画、そうだっけ?
あかり うん
祐平 そういえば、魚喃キリコ、貸したっけ
あかり 借りたけど、そういうのじゃなくて
祐平 ん?
あかり 魚喃は天才だけど、もっと、少年漫画とか、青年漫画とか
祐平 それは、鬼滅とか?
あかり 例えばね。そういうコミュニティで知り合ったの
祐平 コミュニティ
あかり ミクシー
祐平 ミクシー……いつの話?
あかり 大学卒業する頃だから……8年くらい前?
祐平 ミクシーってまだあったんだ
あかり そこで、理想のカップリングの話とかしてて
祐平 カップリング?
あかり あるでしょ、ゴンとキルアとか
祐平 「ハンターハンター」?
あかり うん
祐平 その、カップルというのは、男と男の?
あかり そりゃそうでしょ、ゴンもキルアも男でしょ?
祐平 ……うん、まあそうだね
あかり そういう話をするのは、ミクシーだけで。ハンドルネームでね
祐平 うん……
あかり 最初は、何人かでやりとりしてて、だんだん、二人だけで連絡もするようになって。好きな漫画が同じだったから。知らないと思うけど、「蒼きマイルストン」。考古学者の探偵が主人公で、「マスターキートン」と「インディ・ジョーンズ」オマージュの漫画で

   あかりの回想。

千春 でも、教授は腕力が無いのがいいですよね
あかり ですよね、頭はいいし、運動神経もいいけど、肉弾戦は弱い
千春 細身の教授と、筋肉質の刑事のバディって、あんまり無いし
あかり うん。ルパンと銭形の関係とも違うし
千春 たしかに
あかり ジャハーン刑事は教授を見守る目線が優しいですよね
千春 (なりきって)「お前の研究意欲は認めるが、少しは身の安全も考えろ」
あかり 「今回は相手が悪かっただけですよ」
千春 「前もそう言ってたぞ」
あかり 「そうでしたっけ」
千春 「ちょっと、頭あげろ。これで冷やせ」
あかり 「……ありがとうございます」

祐平 え、ちょっと、ごめん
あかり 何よ
祐平 今のは、何?
あかり なりきり。私が、教授。むこうが、刑事ね
祐平 えっと、それは、キャラになりきってるってこと?
あかり ……そこから説明しないといけないの? あなた物書きだよね?
祐平 ……すみません
あかり お互い、キャラクターを演じながら、会話するの
祐平 うん
あかり 最初はチャットで。途中からはLINEで直接。それが、ある時

千春 明日、何してる?
あかり 「明日は、新しい依頼の調査。俺は気乗りしないんだけど」
千春 あ、ごめんなさい。これは本体が喋ってます
あかり え?
千春 千春が喋ってます
あかり ああ
千春 急にごめんなさい。ルール違反ですよね
あかり いえ。半なりでOKですよ。明日はお休みです
千春 私、劇場版まどマギ観に行こうと思ってるんですけど
あかり 前篇ですか? 後編ですか?
千春 あの、前篇から
あかり 最高ですよ
千春 もう観たんですか?
あかり はい。初日に
千春 そっか
あかり どうして?
千春 いや。良かったら、一緒にどうかな、と思いまして
あかり え、行きたい
千春 え、いいんですか?
あかり 全然、もう一回観たい
千春 え、嬉しい
あかり もしかして、前篇後編はしごのつもりですか?
千春 そうなんです

   待ち合わせ。

千春 あの……
あかり あ
千春 あかりさんですか?
あかり はい……千春さん?
千春 はい……はじめまして
あかり こんにちは
千春 なんか今日はすいません。お付き合い頂いて
あかり いえいえ。本当、観たかったから
千春 ……じゃあ、行きましょうか

あかり それで、同じ日に前篇後編観に行って。あ、まどマギはわかる?
祐平 まどマギはわかるよ

千春 (映画を観終わって感極まり)……尊い……尊いですね……
あかり はい……言葉が出てこない……
千春 はい……とりあえず……
あかり お腹、空きましたね
千春 うん……
あかり 涙で失った塩分を補給したい
千春 塩ラーメン?

あかり これが、初めて逢った日
祐平 逢ってる時は本人なの? キャラのまま?
あかり 本体ね
祐平 え?
あかり 本人のことは本体って言うの
祐平 本体
あかり 基本は、なりきりは文字だけ、逢う時は本体だけ。でもたまに混じったり。それからは、しょっちゅう逢うようになって

千春 ちゃんと寝てるの?
あかり 寝てるよ。納品前が忙しいだけ
千春 無理しないでね
あかり ありがとう……(本棚を見て)資格とるの?
千春 あ、うん……
あかり ブライダル?
千春 そう。プランナー。今の仕事とは全然違うんだけどね
あかり へえ。面白そう
千春 まだわからないけどね
あかり 前からなりたかったの?
千春 興味はあった
あかり いいじゃん。頑張って
千春 ありがとう
あかり 帰らなきゃ
千春 ごめんね、遠くて
あかり ううん。いいとこだね
千春 ……明日は早いの?
あかり そうでもない
千春 家から行った方が楽じゃない?
あかり え?
千春 新宿でしょ
あかり まあ、そうだけど……いいの?
千春 (なりきり)「今日は泊っていけよ」
あかり 「そういうわけにはいかないよ」
千春 「いいから、今日くらい、俺の言うこと聴けよ」
あかり 「別に、いつも……」

   千春、あかりを後ろから抱き締める。

千春 ……ずっと言いたかったんだけど……好きです
あかり それ、どっちで言ってる? ジャハーン? 千春?
千春 ……どっちも

   あかり、千春を受け入れる。

祐平 ……俺と付き合う前の恋人、京王線に住んでたって言ってたよね
あかり うん
祐平 それが、彼女?
あかり うん
祐平 そうか……連絡はとってたの?
あかり 連絡はずっととってた。それが、一か月くらい音信不通で
祐平 心当たりはあるの?
あかり わからない。でもこんな状況だから、誰だって落ち込む可能性あるでしょ?
祐平 うん……子供のことは、伝えてある?
あかり 旦那の次に伝えた
祐平 なるほど……今日、会えたとして……俺はどう名乗れば良い?

13

   千春の部屋の前。
   あかり、何度かインターフォンを鳴らすが応答はない。
   あかり、ドアポストを覗く。
   
あかり どうしよう
祐平 電話鳴らしてみたら?
あかり (電話をかけ)鳴ってはいるけど……

   あかり、電話を切り、ショートメールを打つ。

あかり こんにちは。今、部屋の前にいます。いたら教えて

   あかり、耐えきれず、叫ぶ。

あかり 千春? 千春? いないの? 千春

   泣きそうなあかり。

祐平 ……大家さんとか、調べて連絡した方が良いかも……

   そこに、ウーバーイーツの配達員がやってくる。

男 あの、ちょっと失礼します

   配達員の男、祐平とあかりをスルーして、インターフォンを鳴らす。

男 こんにちはー、ウーバーイーツでーす
あかり&祐平 ……
男 あれ。こんにちはー、ウーバーイーツでーす(スマホを確認して)あ、すいません、置き配ですね(玄関前に商品を置く)……ありがとうございましたー(去る)
あかり ……ごめん、今日はもう大丈夫かも
祐平 ……みたいだね……(去った男を見て首を捻る)
あかり どうしたの?
祐平 いや、どこかで聞いた声だと思って……どうする?
あかり 千春……(ドアの向こうに)生きてるなら、行くね?

   あかりと祐平、去ろうとする。と、ドアが開いて、千春が顔を出す。

千春 ……こればっかり、頼んじゃうの
あかり ……何?
千春 なか卯。親子丼

× × ×

   千春の部屋。

あかり よく頼むの? ウーバー
千春 うん
あかり 私、使ったことない
千春 便利だよ
あかり なか卯、好きだったの?
千春 最近、急にハマって。親子丼限定で
あかり そっか

   間。

千春 それで……(あなたは?)
あかり あ、あの、祐平くん
祐平 どうも、田端です
千春 こんにちは
祐平 どうも、よろしくお願いします
千春 お話は伺ってます
祐平 え?
千春 あれでしょ、どうやって別れようか悩んでた祐平くんでしょ?
あかり 今はその話は
千春 フリーターの
あかり 当時はね、今は違うよ、ねえ?
祐平 ……まあ、今も同じようなものですけど
あかり 雑誌で、記事書いたり、ね?
祐平 それもまあ、WEBですけど
千春 私なんて無職ですよ
あかり え? 辞めたの?
千春 会社が潰れたの
あかり そっか……
千春 仕事は?
あかり 今は完全リモート。ダラダラしてるよ
千春 ダラダラ?
あかり ネットフリックス観たり
千春 ネットフリックスか……
あかり ねえ?
祐平 うん。僕も、仕事しないでそういうのばかり観ちゃいますね
千春 私はそれすら出来ない
祐平 え?
千春 何にもしてない。ただただ時間を無駄にしてるの
あかり え、私も今更「Glee」見返してるだけだよ?
千春 お家時間を有効活用してるじゃん
あかり 有効活用なのかな
千春 私は、何にも、インプットもアウトプットもしてない

   間。

あかり でも思ったより綺麗
千春 え?
あかり 正直、もっとボサボサかと思った
千春 ギリギリ死守してる。毎日、シャワーだけは入ってる
あかり 偉いよ。ねえ?
祐平 はい
千春 あとは食べて寝てるだけ
あかり ……お金はあるの?
千春 そろそろ失業保険振り込まれる
あかり ちゃんとハローワーク行ってるんだ
千春 ううん。今、郵送でも良くなったから
あかり それでも偉いよ。ねえ?
祐平 はい
あかり 誰かと話したりしてる?
千春 仲里依紗だけ
あかり え?
千春 YouTube見て、相槌打ったりしてる
あかり ああ。私も見てる
千春 私はこうはなれない、って凹むから最近見てないけど
あかり わかる。仲里依紗は、ちゃんと積み重ねて、ああいう今があるんだもんね
千春 私も一回、撮ったんだ、動画。「こんにちは、千春でーす」って。でも、私は仲里依紗じゃないって気づいて辞めた
あかり ちょっと見たい
千春 無理。(祐平に)ご結婚されてるんですか?
祐平 いえ、まだ
千春 まだと言うことは、彼女はいるんですか?
祐平 いえ、それもいないですね
千春 じゃあ遊んでる感じですか?
祐平 今は、それも難しいですね……
あかり セフレにも逃げられたしね
千春 あれ、それで年明けに口説いてきたのもこの人?
あかり そうだよ
祐平 わりと色々話してるんだね……

   間。

あかり LINEとか、してもいい?
千春 うん。ごめん、ちゃんと返すね
あかり 無理しなくていいけど……既読だけでもつけてくれると嬉しい
千春 生存確認?
あかり うん
千春 わかった
あかり じゃあ、行くね?
千春 うん、ありがとう。(祐平にも)ありがとうございました
祐平 いえ、お邪魔しました

14

   陸、オンラインでマンツーマントレーニングをしている。

陸 今日はお疲れ様でした

女性客の声 やるまでは、オンラインで出来るの? って思ってましたけど、凄く良かったです
陸 ありがとうございます
女性客の声 陸先生のお顔も、画面越しに見ても、いや、画面越しだからこそ、よく見えて……ありがとうございました
陸 はい、どうも、ありがとうございました

   陸、一息つく。
   スマホに着信。かけているのは咲。

咲 ……

   陸、電話をとらず、そのまま次のトレーニングを始める。

陸 リクズエクササイズへようこそ! どうも、はじめまして、Tさん……Tさん、聞こえてますか? 見えてますか? 宜しければ、ビデオ開始して頂いて……?

15

   公園。
   景色を見ながら、コンビニで買った飲み物を飲む祐平とあかり。

あかり 今日はありがとね
祐平 うん
あかり ……春だね
祐平 うん
あかり 残念だね
祐平 何が?
あかり せっかく春なのに、今年は遊べなくて
祐平 ……どっちにしても同じかもよ
あかり え?
祐平 もともと出逢いも少ないし
あかり セフレにも逃げられたし?
祐平 セフレ……まあね 
あかり 好きだったの?
祐平 今更好きだったって言っても信じて貰えない扱いしてた
あかり いなくなって、後悔してる奴?
祐平 そうかも
あかり ダサいね
祐平 うん
あかり 付き合ってた時も、私が浮気したって気づいてから、急に優しくなったよね
祐平 成長しないね

   間。

祐平 受験で東京に来て、京王線に乗った時、東京は広いな、と思った。23区だけじゃなく、西にも広がってるんだ、って。多摩とか八王子とか
あかり 私も、全然馴染みなかったな
祐平 東京育ちだろ
あかり でも江東区だよ? 西の方、交わりないもん
祐平 今でも、この広い街並みを、自分の人生の可能性みたいに思っちゃうな
あかり え?
祐平 俺にもまだまだ、出逢いもチャンスもあるんじゃないかって。そうでもないのに
あかり 可能性がたくさんあり過ぎるのも辛くない? 私は、そんなに広がらなくていいから、それよりも今いる人たちがいなくならないで欲しい
祐平 ……うん
あかり ……今更、色々話してるね、私たち
祐平 うん……まどマギもさ、別れる前に観たんだった
あかり え?
祐平 何回も「面白いよ」って言われてて、でも観てなくて
あかり そうだっけ
祐平 もう別れる、ってなった時にやっと観たの。面白かった……っていう話を、一緒にしたくても、もう出来なかった
あかり 今してるじゃん
祐平 うん
あかり でも、一番近い人になると、また話せなくなるんだよね
祐平 ……
あかり ……今日さ、もしかして警察に連絡しないといけない、とか、考えてたから……良かった……

   あかり、涙ぐみ、祐平に寄り添う。

祐平 ……

   二人、少し見つめ合うが、あかりが身を離し、祐平を叩く。

祐平 いて
あかり (マスクをつけて)帰ろっか
祐平 うん

16

   咲と朋子がオンラインで話している。

咲 最近、逢ってないんです。落ち着くまで、自粛しようって
朋子 付き合って半年くらいだよね?
咲 はい
朋子 一番いちゃいちゃできる時期なのにね
咲 ……元々、いちゃいちゃはそんなに
朋子 え?
咲 淡泊な人なんですかね
朋子 陸くんが?
咲 はい
朋子 淡泊……ではないんじゃない? 回数は多いでしょ?
咲 回数……
朋子 ……そうでもない?
咲 ……緊急事態宣言出てからは一度も
朋子 え
咲 でもその前も……泊まってもしないこととか
朋子 えっ
咲 ……そういう人なのかなって
朋子 ……そっか
咲 ……違いました?
朋子 ……まあ、私は、コロナのコの字もない時だから。それにやっぱりいつでも逢えるわけじゃなかったから、だから逢うと、まあ、それなりにね
咲 一日にですか?
朋子 うん、一日というか、半日というか
咲 ……半日で、何回ですか?
朋子 ……二……三……四回くらい?
咲 四回……(ショック)
朋子 でもほら、今とは状況が違うから
咲 はい……
朋子 (笑って)私も、前にこういう相談、したね
咲 そうでしたね
朋子 シチュエーションを試してみたら?
咲 え?
朋子 色んな所でするの好きでしょ?
咲 陸くんがですか?
朋子 うん
咲 色んな所って……外ってことですか?
朋子 違うよ、家の中の色んな所
咲 ……
朋子 ……そうでもない?
咲 あの、例えば?
朋子 (慌てて)そんな、変なとこじゃないよ。例えばほら、机の上とか
咲 机の上……
朋子 ……まだ隠してるのかもね、そういうとこ。咲ちゃんからも仕掛けてみるとか
咲 はい……

   間。

朋子 あ、清水のパーティー、ようやく出来るみたいね
咲 そうですね
朋子 延期延期で、今年結婚する人は本当に大変みたい。感染対策も凄いんだって。行く?
咲 行くつもりです
朋子 じゃあその時に会えるね
咲 そうですね
朋子 祐平は行くのかな
咲 さあ
朋子 最近、どうなの
咲 何がですか?
朋子 祐平と。連絡とってるの?
咲 いえ全く
朋子 そうか……今はどう想ってるの? 祐平のこと
咲 え、全く何も思ってないですよ
朋子 そっか……
咲 え、祐平さんがどうかしたんですか?
朋子 ……ううん、別に

17

   ホテル。再びデリヘルに電話する祐平。

男 もしもし、お電話ありがとうございますー
祐平 もしもし……「癒しのおっぱい戦隊」を見て、電話してるんですけど
男 はい、えー、なんだっけ、本日も癒しまでの超特急! お電話ありがとうございます 
祐平 ……はい、今から、お願いできるでしょうか?
男 今から、どちらに?

   祐平、朋子からの着信に気づく。

祐平 あ……すいません、かけ直します

   祐平、朋子の電話に出る。

祐平 ……もしもし?
朋子 もしもし、今いい?
祐平 うん、どうしたんだよ、急に
朋子 何してたの?
祐平 ……仕事
朋子 そっか。久しぶりだね
祐平 ……何かあった?
朋子 どういう意味?
祐平 何か……悪いニュース?
朋子 逆でしょ、逆。清水の結婚パーティー、やっと出来るね、って
祐平 ああ
朋子 度重なる延期延期を乗り越えてさ、本当におめでたいよ
祐平 まあ、そうね
朋子 行くよね?
祐平 ……まだわからないけど
朋子 なんでよ。来なさいよ
祐平 なんで命令なんだよ
朋子 久しぶりに集まりたいじゃん。こんな機会でもないとさ
祐平 そうだけど
朋子 ……咲ちゃんも、行くってよ?
祐平 ……それがどうしたの
朋子 最近はどうなの?
祐平 どうもしないよ
朋子 誘ってみればいいじゃん
祐平 咲を?
朋子 一緒に行こう、って。喜ぶかもよ
祐平 ……何企んでるの?
朋子 何その言い方。結婚式なんて、めったにない出逢いのチャンスじゃん。今年はそういう機会もほとんど無いでしょ
祐平 ……咲とは既に出逢ってるし
朋子 ぐずぐずしてたじゃん
祐平 ……
朋子 だから、ちゃんと、出逢い直すチャンスじゃないの?
祐平 ……言ってる意味がわからないよ
朋子 とにかく来なさいよ、じゃあね

   朋子、電話を切る。

祐平 ……

   祐平、よくわからない気持ちのまま、しばらくスマホを弄び、やがて思いを決めて咲に電話をかける。

咲 (怪訝な顔をして)……もしもし
祐平 (緊張)お、どうも……
咲 どうしたんですか
祐平 あいや……どうも、久しぶり
咲 そうですね、どうしたんですか
祐平 ……えーと、パーティー
咲 はい?
祐平 清水の結婚パーティー
咲 ああ、はい
祐平 ようやくね、出来ることになったみたいね
咲 そうですね
祐平 ……おめでたいね
咲 ……はあ
祐平 行くの?
咲 たぶん
祐平 じゃあ……一緒に行く?
咲 は? 祐平さんとですか?
祐平 うん
咲 え、なぜ
祐平 ……前に、そんな話しなかった?
咲 (ため息)もう2020年も後半ですよ? いつの話してるんですか、行きませんよ
祐平 (ショック)……あそう
咲 それだけですか?
祐平 まあそうね……
咲 じゃあ、そういうことで。お疲れ様でした

   咲、電話を切る。

祐平 ……何だよ(すねる)

   再び、着信。

祐平 (覚えが無い番号)……もしもし?
男 ……お客様ー、かけ直す、って言ったのに
祐平 あ、すいません……
男 今から、三丁目ホテル?
祐平 ……できれば
男 フリーで、宜しいですか?
祐平 ……はい
男 (ニヤリ)お客様……本当に運がいいですよ

18

   ホテル。
   祐平が落ち着かない様子で待っている。
   ノックの音。

祐平 ! ……はい

   部屋の外に、男がいる。

祐平 あ……
男 お客様―、ようやく、お会い出来ましたね
祐平 ええ、はい、すいません
男 心待ちにしていましたよ、この時を
祐平 どうも、すいません
男 それではまず、お勘定を
祐平 はい、えーと
男 2万円、ちょうどで。各種クレジット、LINEペイ、楽天エディでもお支払可能です

   祐平、財布から2万円を渡す。

祐平 すいません、このままで
男 結構です結構です。それじゃ、女の子、すぐそこまで来てますから。少々お待ち下さい……(小声)ナンバーワン。可愛いですよ
祐平 はい……よろしくお願いします

   しばらくして、デリヘル嬢の朱里が笑顔で入ってくる。

朱里 こんにちは。あ、こんばんはですね、こんばんは。よろしくお願いします
祐平 どうも……(可愛い)
朱里 ん?
祐平 いや、本当に、可愛いなって
朱里 もう。ありがとうございます
祐平 はは
朱里 じゃあ、お邪魔します
祐平 はい……

   朱里、座る。

朱里 じゃ、おシャワー、いきましょうか
祐平 はい……あの、お名前は
朱里 あ、朱里です。よろしくお願いします
祐平 朱里ちゃん……良かったら

   祐平、飲み物をすすめるが、

朱里 (笑顔)優しい。でも、そのお気持ちだけで
祐平 あ、うん
朱里 じゃ、まず、おうがいから
祐平 うがい……
朱里 イソジンです
祐平 ああ、あれですか、大阪の
朱里 はい?
祐平 ほら、大阪の知事が、「コロナにはイソジン効きます」的な
朱里 (真顔)違いますね、ずっと前から、エチケットですね。それにあれ、完全なデマだし
祐平 あ、すいません……
朱里 (笑顔)じゃ、行きましょうか

19

   尚也の仕事部屋。

寿々美 どこまで観ました?
尚也 まだ、途中
寿々美 中隊長は、もう韓国には……
尚也 待って待って、ネタバレは勘弁して下さい
寿々美 どうしたんですか、なんでそんなに時間かかるんですか
尚也 でも一話が長いでしょ。90分くらいあるでしょ
寿々美 ありますけど、あっという間じゃないですか
尚也 ドラマは60分におさめて欲しいよ。時間を合わせるのも大変だよ
寿々美 え?
尚也 二人で観ようってなったら、まず90分、二人の予定を合わせないと
寿々美 一緒に住んでるんですよね? 今はいくらでも時間あるじゃないですか
尚也 ……それなりの覚悟がいるでしょ
寿々美 覚悟?
尚也 家で、二人で、同じものを90分
寿々美 映画はもっと長いですよ?
尚也 そうだけど……考えちゃうんだよ。隣で観てて、感想、何て言おうかな、とかさ……
寿々美 ……よくわかりません
尚也 さ、仕事仕事
寿々美 そうだ、見つけたんです。連載再開を待ち望む声

   寿々美、スマホを見せる。

尚也 いいよ。そういうのは
寿々美 思ったんですけど、第二章は、新しい登場人物を出すのはどうですか?
尚也 新しい
寿々美 お兄さんの他に、描きたい人はいないんですか?
尚也 どうだろうね……いたとしても、描いていいのか
寿々美 え?
尚也 ……兄の話を描くのも、怖かった
寿々美 怖い?
尚也 描くことは、「兄はもういないんだ、俺たちの関係はもう終わりなんだ」って   認めることだから
寿々美 はい
尚也 だけど奥さんが、描いてみたら、って言ってくれたの
寿々美 そうですか。描いてみて、お兄さんとの関係は終わったんですか
尚也 終わってはない。寧ろ、俺の中では、確かな形で残ってる
寿々美 じゃあいいじゃないですか
尚也 だけど勝手じゃないか?
寿々美 勝手?
尚也 それは、俺から見た、一方的な、兄との物語だよ?
寿々美 でもそういうものじゃないですか? だって人は絶対に、自分の視点からしか相手との関係は見えないんだから
尚也 ……
寿々美 それに人は、勝手に解釈していくものじゃないですか?
尚也 解釈
寿々美 「アオマイ」だって、腐女子がどんどん二次創作してるじゃないですか
尚也 ……それはまた別の話だと思うけど

20

   ホテル。

祐平 (落ち込んだ様子で)あの……本当にごめん……
朱里 ううん
祐平 なんていうか、本当に、タイプっていうか……本当に可愛いと思って
朱里 ありがとう
祐平 別に、酒も飲んでないし……
朱里 体調かな?
祐平 ごめん……
朱里 いいえ。でもそろそろお時間
祐平 うん、今日は、ここで
朱里 はい。お疲れ様でした
祐平 ……こんなこと、無いよね?
朱里 え、めちゃくちゃ有りますよ
祐平 え、そうなの
朱里 うん。お薬飲む人も多いし
祐平 お薬
朱里 お薬飲んでまでしたいんだ、って感じですけどね……そうだ、一つだけ
祐平 はい
朱里 ドリンクを出すのは、やめた方が良いです
祐平 え?
朱里 変なクスリ、入れられることもあるから、危なくて
祐平 ……ああ、すいません
朱里 そんなこと考えもしなかった?
祐平 うん
朱里 そうですよね。でも世の中、怖い人って、いるんです
祐平 はい
朱里 ……また、呼んで下さいね

21

   カフェ。清水と千春が対面している。

千春 改めて、この度は申し訳ありませんでした
清水 だから全然。長谷川さんのせいじゃないでしょ。会社が無くなったのは
千春 そうですけど……もっと、最後までフォローできなかったかと
清水 ありがとうございます。寧ろ、関係ないのに呼び出してごめんなさい
千春 いえ。ご連絡いただけて、良かったです
清水 おかげさまで、式も何とか出来そうです。長谷川さんが出してくれたアイディアも、使わせて貰っていいのかな
千春 もちろんです

   間。

千春 ……今日は、何か
清水 ……何か、というわけではないんですけど……本当に結婚するのかな、って
千春 ……喧嘩、されましたか?
清水 喧嘩?
千春 皆さん、式のことで、喧嘩されることが多いですからね。それが結構、大事になったりとか……でも、それを乗り越えて
清水 喧嘩は、そんなにしてないんですけど
千春 はい
清水 私たち、まだ別々に住んでるんです。こういう状況で、半年くらい延期になって……これはこれで、悪くないな、って
千春 ……なるほど
清水 だから別れたいとかそういうことじゃないんですけど
千春 ……わかります。あんな仕事しておいてなんですけど、一人も、楽しいですよね
清水 そうなんです。読めてなかった漫画、まとめて読んだりとか
千春 漫画
清水 はい。少年漫画とかも、好きで
千春 鬼滅とか
清水 もそうですし、もう少し昔の……蒼き……
千春 ……マイルストン?
清水 ……知ってます?
千春 大好きです
清水 私、作者と知り合いで
千春 えっ、先生と?
清水 はい。友達のご主人で……
千春 (遮って)ごめんなさい
清水 え?
千春 すみません、できるだけ、できるだけ、先生の個人情報は知らないでおきたくて
清水 あそうか、そうだよね、プロフィール非公開だもんね、ごめんなさい
千春 いえ……先生は……男性、なんですか?

22

   クリニック。医師(男)がいる。

男 次の方、どうぞ

   祐平が入ってくる。

男 こんにちは。さて、どういう状況でしょうか
祐平 え、あの……お会いしたこと……
男 どうしたんですか、そんな、古い口説き文句みたいな。うまいこと言って、安くはしませんよ
祐平 ……その、以前からですね、うまくいかないことはあったんですけど……何なら、初めての時から
男 お酒飲んだ時とか
祐平 それもありますし、そうじゃなくても、急に、あれ? みたいな
男 はいはい
祐平 恐らく、精神的なものと言いますか、緊張からくるものなんですけど
男 うむ
祐平 ……つい最近も、そういうことがありまして
男 新しいパートナーができて?
祐平 そういうわけではないんですけど……まだそういう年齢じゃないとは思うんですけど、一度、薬も試してみようかと……
男 えー、田端さんね、おいくつですかね
祐平 36になりました
男 そうですね、えー、これはもうね、そういう、年齢、です(断定)
祐平 え
男 これはもうちょうどね、症状が出てくるお年頃ですからね、もうハッキリ、年齢ですね
祐平 年齢ですか……
男 でも田端さん、運がいい!
祐平 え
男 飲み始めるなら、早い方がいいんですよ
祐平 そういうものですか……
男 元々は血管のお薬ですからね。体にもいい。うちはちゃんと、厚労省認可の正規品のお薬のみ、しかもジェネリックもありますから、ご予算に応じて、選び放題ですよ。種類は、わかりますか?
祐平 一応、ホームページは拝見したんですけど、詳しくは
男 いいですいいです、ご説明しましょう。まず代表的な三つ! 有名なバイアグラ、
それからレビトラ、シアリス。それぞれ何が違うか? 効き始めるまでの時間、そして効き始めてからの時間が違うんですね……

   男、薬の説明をする。音楽。

× × ×

   診察を終えて、薬を受け取った祐平、エレベーターに乗る。
   少し遅れて、尚也も乗り込んでくる。
   尚也も、クリニックの薬袋を持っている。

尚也 すみません、ありがとうございます

   エレベーターが下降を始めるが、すぐに音がして、停まってしまう。

尚也 ん、お……
祐平 ……故障、ですかね(いくつかボタンを押すが、動かない)

   尚也、無言でそわそわしだす。

祐平 ……大丈夫ですか?
尚也 子供の時、『ダイ・ハード』を観てから
祐平 はい?
尚也 ……エレベーターが落ちるのが、トラウマで……
祐平 ……落ちませんよ
尚也 申し訳ない、その、なかなか、閉所恐怖症の気が、なかなか、ありまして
祐平 大丈夫です。深呼吸して
尚也 ありがとうございます……
祐平 ただ、どうすればいいですかね……
尚也 ……初めてなんです
祐平 え?
尚也 こういう病院……こういう薬……
祐平 ああ、僕もです
尚也 でも、性欲を増進する効果は無いと。残念です
祐平 性欲、無いんですか
尚也 豊富には、ありませんね
祐平 そうですか
尚也 豊富に、あるんですか?
祐平 ……あるかもしれませんね
尚也 素晴らしいですね
祐平 邪魔な気もしますけどね
尚也 邪魔?
祐平 可能性を、求め過ぎてしまうというか
尚也 可能性
祐平 例えば……芸人が遊んでる話とか聴くと、いまだに羨ましくなりませんか?
尚也 ……そういう風に考えたことは無いですね。シンプルに、ネタを楽しんでいます
祐平 そうですか……僕はそういう雑念に惑わされて
尚也 愛をたくさんお持ちなんですね
祐平 愛……ではない気もしますが
尚也 考えてみれば、愛を薬で作りだすことは出来ないですよね。そんな都合の良いことは無い
祐平 愛
尚也 相手のことは説得できるかもしれない。でも、自分を説得することはできない
祐平 ……愛、無いんですか?
尚也 かつては、間違いなく、ありました
祐平 素敵なことじゃないですか?
尚也 え?
祐平 かつて、間違いなく、あったなら

  間。

祐平 ……『スピード』じゃないですかね
尚也 はい?
祐平 エレベーターが落ちるのは
尚也 そうかもしれません
祐平 あれはたしかに怖かったですね。最近だと『ホームカミング』とか
尚也 今、死んだら、私たちは、どう言われるでしょうか
祐平 大丈夫ですよ
尚也 こんなことしてる場合じゃないですね……描きます。生き延びたら、私は、描きますよ

   と、上の方から男の声。

男 大丈夫ですかー
祐平 お……
尚也 (大声で)生きてまーす! 助けて下さーい! メーデーメーデー!
男 はは、ちょっと待って下さいね、よく壊れるんですよ。なんせ古い雑居ビルですからね……あらよっと
   
   音がして、エレベーターが復旧する。

祐平 お
尚也 ありがとうございます……ありがとうございます……!
男 素敵なラブライフをー!

23

   咲、オンライン画面の前で、何度も化粧を直している。
   結婚パーティーの為に着飾った服装、ヘアメイク。

咲 ……

   やがて、陸が画面に入ってくる。

咲 あ……
陸 どうも
咲 こんな格好でごめん
陸 どうしたの?
咲 ほら、今日、結婚パーティー
陸 そうか
咲 ……変かな
陸 綺麗です
咲 ありがとう……

   陸は心ここにあらず。

咲 ……陸くん
陸 うん
咲 大丈夫?
陸 何が?
咲 いや……元気、ないから……
陸 ……ごめん

   間。

咲 ……やっぱり、逢いたいね
陸 ……
咲 逢いたいよ
陸 ごめん
咲 ……何を謝ってるの?
陸 ……話したい、ことがあります
咲 ……何
陸 ……俺……
咲 やっぱりちょっと待った!
陸 え?
咲 ちょっとアウトするね

   咲、画面オフ&ミュートにし、一人で部屋をグルグルと歩き回り、戻ってくる。

咲 お待たせ
陸 いや……うん
咲 それで?
陸 ……距離を、置きたい

ここから先は

7,311字

¥ 1,000

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?