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「IN HER THIRTIES 2021」と創作の不思議②

先日の続き。

②自分事にしなかったこと

通常、プロジェクト成功の必要条件として、できるだけ多くの構成員が「自分事」として取り組むこと、があるし、
個人のマインドとしても「やらされてる」と思えばストレスばかりが増える一方、「自分事」として捉え直す所から本当の仕事が始まる、みたいなことも正しいと思います(この論法を悪用すると労働搾取まっしぐらだけど)。

自分も常日頃、どうやって俳優・スタッフに前のめりになって貰うか、ということはよく考えます。
そして「IN HER 〜」シリーズは、作品の前提からして俳優が作品を「自分事」として捉えざるを得ない、そういう意味では狡い企画でもあります。

ただ「30代女性をこう描きたい!」というビジョンを持たず、この作品の作家という気もしないとなると、当の自分が一番「自分事」にできてない、という状態になっていました。

どうしたものかと思いつつ、このシリーズはいつも、稽古序盤は俳優自身のことを話して貰うので、今回も下記のようなメニューを進めていきました。

A お互いのキャリアや、30代の一年ずつの出来事を聴き合って、発表して貰う

B 誰か自分以外の女性の30代(自分が演じる年齢)のある一日のスケジュールを想像し、その人を演じて貰う

C 宣伝動画用のロングインタビュー

など。

「流石にそろそろ何か書かなきゃ」という時期はちょうど、Cの音声データをラジオのように聴いている時期でした(インタビューには立ち会ってなくて、映像データは送って貰うには重過ぎたので)。

一人一人のインタビューを聴く内に、「この人たちに素のままで話して貰う方が面白いのでは」という気持ちがムクムクと湧いてきて、半ば本気で、全編エチュードでやって貰おうか、と考えた時期もありました。

しかしある瞬間、
「作品のテーマとかストーリーは固まらなくても、とりあえず、全員が面白い状態でいて貰えば、その時間帯が長いほど舞台空間も魅力的になるし、少なくとも出演者は良かった、ということになるのでは」
と、ある意味で開き直り、思いつく台詞のやり取りを書き始めました。
主に、31〜38歳の自分同士が脳内会議を繰り広げるパートです。ここは、一人芝居がリンクする本編パートとは違い、会話なのですぐに書けるから。

で、ようやく登場した、20分弱も無い第一稿……の前のメモのような脚本は、脳内会議の会話と、いくつかの一人芝居パートから成り立っていました。
全然使えない可能性も考慮しつつ読んで貰ったら、なかなか面白い。何より本人たちも面白いと言ってくれる(残された時間を考えるとそう言うしか無かった説)。

というわけで自分としては、俳優のキャラクターに合わせ、その場が盛り上がりそうな会話を、後先を考えずに書き始めてみた、という感覚が強い。

例えば、32歳役の三浦真由さんは、わざとかどうか急に語尾を口ごもる時がありそれが魅力だったので、そこに他の誰かがツッコむと面白いだろうな、とか。
なので、結果的にクライマックスを担うことになったSさんという登場人物も、最初は三浦さんへのツッコミを発生させる為の装置にしか過ぎませんでした。

皆のインタビューの中では、いいこと言ってるなあ、という言葉も多かったので、そのまま摘み食いして台本に使わせて貰った台詞も多いです。具体的な経験の部分より、物事の考え方や過去の捉え方についての言葉。

また、10名は当然、キャリアも思考もバラバラでそこが良いのですが、一方でやはり、共通する部分や、集合的無意識とまでは言わないまでも通奏低音のように浮かび上がってくる物もありました。
例えばBのメニューでは、自分のお母様を演じられる人が何名かいて、「お母さんが自分たちを育ててくれた時、早起きして何時にこれをして何時にこれをして、と大変そうだった」という視点のエピソードが、かなり具体的でした。
恐らくは男性が同じことを思い出してもここまで細かく言えないのではないかと思い、女性の方が同性としてよく見えていた部分ではないかと、印象に残りました(ジェンダーロールの問題でもあると思います)。
脚本の台詞に反映されたのは一行だけですが、そういう細部は大事でした。

だから10人のインタビューを全て聴けば、誰でも「IN HER THRTIES 2021」を半分くらいは書ける気もします。せっかく10人のインタビューフルver. を販売してたので、終了する前にこの記事を書けば良かった。

こうして何となくの方針が決まり、毎日ちびちびと脚本を追加していく日々が始まりました。
午後帯に稽古が始まり、最初は自主練や衣装合せなどしていて貰い、こちらは続きの台本を考える。
日も暮れてきて、時間切れで無理やり書き出した脚本を持って行って読んで貰うと、見事にその場で血肉化してくれる。
台本上で迷っていることは稽古場で話して意見を提案して貰う(結婚についてのエピソードなど)。

一人芝居パートも、何となく頭にあったイメージ(疲れてタクシーで夢を見る、子供から質問攻めに合う、など)を、それぞれ誰に演じて貰うのが良いか、まずは組み合わせを先に考える。

更にこの時期になるとスタッフワークの準備も始まります。
手がかり(台本)がほぼ無い中で進めて貰ったのに、音楽にしろ美術プランにしろ衣装(これはby出演者)にしろ、素敵やん、という物が揃っていきます。
特に森さんの音楽は、最初に届いたラフ音源を流した瞬間に「あ、今回はこういうことで良いんだ」と、音楽に作品を提示というか肯定して貰った感があって、驚きました。
そして台本の代わりにほぼ全てのスタッフワークの参考になったのが、宣伝美術のビジュアルデザイン。
つくづく、スタッフィングは非常に大切だと思います。

こういう感じで、一度作品を手放した上で、改めて作家としての自分の役割を考えて、委ねられる部分は人に委ねて(甘えて)、徐々に作品の全貌が見えてきました。

しかしここで、ふと気づくわけです。
ではこの作品を、一番「自分事」として捉えていたのは誰か。
それはやはり何と言っても、企画者である榊菜津美さんだったのではないか……。

ということで、次回は我らが偉大なる榊なっちゃんについて考えてみたいと思います。

たぶん続く(ここで終わったらウケるな)。

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