松尾太稀君へ

松尾君、お疲れ様。
そちらの様子はどうですか?

君がいなくなってから、もうすぐ三ヶ月になる。
一瞬だったような、長かったような。

二年前にそちらに行った俺の親友とは会ったかな。
松尾君に出て貰って一緒に創った芝居は、二つとも彼の不在を考えて書いた話だった。
二人は面識は無かったはずだし、彼はなかなかの人見知りだけれど、
酒好き同士、「上野はすぐに人のことを芝居にするよな」などと話しながら、一緒に飲んでいてくれたら嬉しい。

こちらは先日、お友達の小田嶋さんと初めてお会いして、松尾君とよく行った焼き鳥屋にご案内した。
せっかくだから悪口でも言い合おうと思ったけど、改めて考えてみても、松尾君の悪口は、全く一つも思いつかなった。
つっこみたくなるエピソードはいくらでもあって、二人でたくさん笑わせて貰いました。

一人になるとまた悲しくて、でも思い出すのは楽しいことばかりで笑ってしまい、笑いながらまた涙が出てきて、何だかよく分からない。

これから検証されるべきことも、小劇場界の末端に身を置く演出家として俺が勉強していくべきことも様々あるが、
ここでは松尾太稀という存在に救われた一人の友人として、君とのことをいくつか書かせて欲しい。

松尾君と知り合ったのは、去年の劇団競泳水着「夜から夜まで」のオーディションだった。
そう考えると結構最近だね。

オーディションではあまりに面白くて一発で合格を決めた。
台詞を発するだけで面白いって、俳優として本当に得難い才能だよ。
本人はあんなに腰が低いのに、芝居になるとどこかふてぶてしい。

あの役だけは完全に当て書きで、君は期待以上の活躍で稽古場も劇場も沸かせてくれた。
本読みであんなにゆっくり読み出した時は笑ったなあ。話すスピードを変えるだけで面白い、そんなアプローチあるのかっていう。天才的だよ。

劇団としては五年ぶりの本公演で、俺は主宰としてコロナ禍の不安にキリキリしてはいたけれど、現場はいつも楽しく、関わってくれた人たち全員に特別な感謝の気持ちを持っている。
その中でも、松尾君はあの楽しさに最大限に貢献してくれた人だった。

後日、「あの公演の頃に戻りたい」と言ってくれてたと知り、嬉しく、やりきれない気持ちになった。

次に出てくれたのが今年の4月の「グレーな十人の娘」。
女性メインの話だったけど、内容も何も考えてない時点で、まずは松尾君にオファーした。
俳優としての面白さもそうだし、稽古場にいてくれたら楽しいだろうなという思惑もあった。演出助手もお願いすることになった。

ただ俺が連絡をした時点で、ハラスメント被害に遭った現場の後だったんだよね?
松尾君は何も言わず、1月に皆で飲んだ時も、前と変わらず楽しそうにしてくれていた。
(二軒目に行ったバーを、後日大事なデートで使ったと聞いた時は笑った。)

稽古が始まると俺は脚本がなかなか書けず、座組みにも、そして俳優兼演出助手の君にも、大変な迷惑を書けた。
それなのに松尾君は文句の一つも言わず、常に相談に乗ってくれた。

稽古をオフにして執筆に充てた日も来てくれたし、
いよいよ差し迫った4月の夜には、心配した君が家に泊まりに来て、一晩中付き合ってくれた。
おかげで近所の行きつけの店にもほとんど一緒に行った。

流石に迷惑をかけ過ぎたと反省していたけど、あの頃の話をお友達に笑って話していたと聞いて、正直ホッとした。

君に対してこんなことを軽々しく言うべきではないけれど、
もしも松尾君が側にいてくれなかったら、俺はあの時期、もっと精神的に不安定になっていたかもしれない。

何とか脚本は出来たけど、松尾君の場面はごく限られたものになってしまった。
君はただの一度も不平を言わなかったけれど、
俺は申し訳ないと思ったし、それ以上に、俳優・松尾太稀と一緒にやるのになんて勿体無いことを、とも悔やんだ。

だから次に出て貰う時はがっつりメインで、と思っていたけれど、もう取り返しがつかない。

一緒に過ごす中で、君は少しずつ、退団の経緯やハラスメントのことを話してくれるようになった。
Twitterで公表した後の推移についても、会って飲む度に教えてくれた。

「11月のムシラセの公演に出演決まったんですよ」と嬉しそうに報告してくれた頃には、君は元気に戻っていくように見えた。

一方の俺はこの夏、全く個人的な情けない理由で、寂しい気分が続いていた。
と言って複数人の予定を合わせて食事会をセッティングするほどの気力も無かった。 
松尾くんはバイトが朝だから夜は空いてることが多く、誘いやすかった。
それで何度か、飲みに付き合って貰った。 

松尾君も定期的にアプリの成果を報告してくれた。
「劇団競泳水着の集合写真を切り取ってアイコンにしたら、笑顔だからかマッチング成功しやすくて」
とか言ってて、笑ったなあ。
あ、アプリの話、最初は俺だけにしてるのかと思ったら、誰かと松尾君の話になる度に必ず出てくるのにも笑ったよ。

人手を探していた9月の公演も手伝ってくれることになった。
君のスケジュールの都合もあってベタ付きではなかったけれど、ここでも俺には、松尾君がいれば雰囲気が明るくなるだろう、という気持ちがあった。
はじめましての俳優さんが多くて、稽古場がシーンとしそうだったからね。

実際、君は合流直後から率先してエピソードトークをして盛り上げてくれた。
ちょっと代役をお願いする時は、いちいち面白かった。

そんな感じで、君はいつもの君に見えた。
今思えば、俺がどれだけいつもの松尾君を知っていたのかはわからない。

実に図々しいけれど、何かあれば俺には話してくれる、とも思っていた。

普通すぎて、最後の会話で何を言ったかも、よく覚えていない。
いつも通り「お疲れ様です」「お疲れ様」みたいな感じだったはずだけど。
先に帰る君に、俺が「気をつけて」「また明日」と言ったかすら覚えていない。

だから報せを聞いてから、ずっと呆然としている。

ただ、松尾君がいなくなってしまった今、君にはもっと休息が必要だったのではないか、と考えずにいられない。

そして最後になった夜、稽古場で松尾君を送り出さずにいたら、
4月の夜に君が一晩中付き合ってくれたように、俺が一緒に過ごしていたら、結果は違っていたのだろうか。

きっと周りの方々も同様の問いに苦しまれているのではないかと思う。
その中で俺がこんなことを言うのは傲慢かもしれないとも思う。
それでも、何度も何度も君に助けられた者として、ここでどうしても謝らせて欲しい。

松尾君。隣にいたのに何も気づかず、何もできず、本当に申し訳ない。

小田嶋さんをはじめとしてお友達が何人か、俺を心配してわざわざTwitter経由で連絡を下さった。
松尾くんが俺や稽古場のことを、どんな風に話してくれていたかも聞いて嬉しかった。

と同時に、松尾くん、こんなに良い友達たくさんいたんだ、とも思ったよ。
大学からの友達が近所に居ていつも行き来していて、旅行の計画も立てていたと聞いた。

友達からも先輩後輩からも共演者からも愛されて、未来の楽しい予定もあって、それなのにどうして、と問いたい気持ちもある。

でもあの夜に、君がどれほど苦しみ、どれほど暗く恐ろしいものに呑み込まれてしまったのか、俺は想像すら出来ない。
そちらとの境界線は、時にとても薄く曖昧になってしまうのだとも思う。
せめて今は、君が安らかであることを祈る。

特別に呼んで頂いた火葬場で、俺は最初絶句して体も固まってしまい、辛うじて棺をさすることしか出来なかった。
他の皆もショック状態だったように思う。

でも火葬の間に、御父様が皆に形見分けをして下さった。
「太稀のアパートから持ってきたんですよ。太稀、たくさん帽子持ってたでしょう?」
そして広げて見せてくれた、大量の帽子。
その場にいた全員のリアクション。
「松尾君……帽子かぶってるとこ見たことないよね……?」
からの爆笑。
今思い出しても笑っちゃうし、この話をすると、悲しんでた人も皆笑ってしまう。

最後まで見事に面白い。本当に凄い。

その後に撮った写真では、秋晴れの下で全員が帽子をかぶって笑っている。
松尾君が笑わせてくれたとしか思えない。
保坂さんが急遽持ってきて下さった写真の中で、松尾君もいつもと変わらず笑っていた。

なぜか親族みたいに俺がお骨を抱かせて貰った。
松尾君のお骨は結構重くて(あれは壺の重さ?)、骨壷袋を何度もすりすり触ってしまった。気持ち悪かったらごめん。
他にも面白エピソードが発覚したけど、それは皆に会った時に直接披露してまた笑って貰うよ。

松尾君はつくづく、面白くて楽しくて、そして優しい、本当にいい人間だった。
どんなに雑な冗談をふっても必ず拾ってつっこんでくれた。
優しいよなあ。

そして、唯一無二の、素晴らしい俳優だった。

元々俺は気を抜くと暗いことばかり考えてしまうので、何とか人生の明るい面に目を向けたいと日頃から考えてはいる。
そして俺には、君のような人間と出会い、君と過ごしたような時間を共に持てたこと、そのこと自体が、人生の最上級に明るい面だった。

だから今、途方に暮れている。

稽古前に寿司食いに行っちゃおう、とか言ってた約束も果たせないし、
行ってみたい店を見つけた時にLINEすることも出来ない。
今日荻窪の近くに行くから松尾くん飲みに誘ってみるか、と思うこともできないし(思っちゃうけど)、
何より、俺の舞台や映画に出て貰うこともできない。

君とはこれからもずっと、一緒に芝居を作り、飲みながら色んな話をたくさんするものと、当然のように思っていた。
松尾君を誘えなくなったから、これからは一人で飲みながらぶつぶつ呟くかもしれないけど、そっちで適当に聞き流していて下さい。

君のことは一生忘れないと思う。
というか、松尾君は俺にとってはずっといるから、忘れるも忘れないもない。
いつかいきなり、あの電動自転車に乗って颯爽と現れそうな気もしている。
そしたらまた笑っちゃうね。

長々と書いてしまったけど、結局しっくりこない。
松尾君は、上野さん俺のこと書くならもっと面白くして下さいよ、と言いそうな気もするし、
今もまだ混乱の中にいて俺のことなんか眼中にないのかもしれない。

願わくば、そちらでゆっくり休んでいて欲しい。

そして俺がそっちに行ったら、前から言ってた松尾君企画の芝居、一緒にやろうよ。
脚本も演出も松尾君がやるなら、今度は俺が小道具集めも通しの撮影も稽古場の場ミリもやるからさ。
松尾君よりずっと下手だろうけど。

じゃあ、とても寂しいけれど、その時まで暫くの間、さようなら。

思っていたよりはずっと短い、短すぎる時間しか一緒にいられなかった。
それでも俺は、君という人に出会えて、本当に本当に良かった。
心からありがとう。

またね。

上野友之


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