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「IN HER THIRTIES 2021」と創作の不思議③

先日の続き。

③榊Pの存在


少し話は逸れるのですが、一時期あるWEBマガジンを購読していました。特にその中の人生相談の連載が好きで、毎週の更新が楽しみでした。
やがて連載は終わったのですが、担当していたライターの方が、ご自身の有料ブログに移行させてそのまま人生相談を続けました。自分はファンだったので、引き続きそのブログにも毎月お金を払って読んでいました。
が、暫くすると、前ほどには魅力を感じなくなっていることに気づき、ブログの購読を止めました。

人生相談の構成はWEBマガジン連載時と変わらず、文章の独特のトーンも変わりません。なので、書き手も中身も同じはずなのですが、何かが違う。
それは「編集者」という存在の有無ではないか。

読者からの相談が寄せられる→その中から編集者が相談をピックアップしてライターに伝える→ライターは原稿を書き編集者に送信する→編集者は原稿を確認・チェックをして掲載する

から

読者から相談が寄せられる→その中からライター自身が相談をピックアップして原稿を書き、ライター自身が推敲・チェックをして掲載する

に変更された時、無くなるのは、最初に原稿を読む編集者の目、そしてその目に対する書き手の意識。

またこれは自分自身の経験ですが、映像制作会社で「プロデュース部」として働いていた時、様々なタイプのプロデューサーに出会いました。自分もその一員として数々の現場の末席に身を置いていました。

文章における編集者、作品におけるプロデューサー、というのは何とも不思議な仕事で、一人一人、関わり方は全然違うし、仕事の定義も範囲も幅広い。
実質的にクリエイターとして振る舞う人もいれば、「ただ居るだけ」と思える人もいる。世間一般から見て「何の仕事をしているかわからない」という場合も多い。

でも、その存在が居るか居ないかで、プロジェクトの進行は全く違うものになります。と言うか多くの場合、居なければプロジェクト自体が発生しません。
(ちなみに劇団競泳水着を含め、作家・演出家が主宰も兼ねる小劇場の劇団は、クリエイターがプロデューサーも兼任する特殊なユニットで、これの良し悪しもありますね。)

さて「IN HER THIRTIES 2021」及び昨年の「IN HER TWENTIES 2020」のプロデューサーと言えば、クレジットは「企画・出演」である榊菜津美さんです。
この二作品は、彼女が居なければ、絶対に存在しませんでした。

十年前・2011年の「IN HER TWENTIES」初演の際は、これは上野が企画を思いつき、やりたい!と人を募り、脚本・構成・演出も担当した、完全に自分発信のプロデューサー兼任プロジェクトでした。2013年の再演も一応同じ体制で(劇場からお声がけは頂いた)、2014年の「IN HER THIRTIES」初演(@大阪)は、ライトアイの笠原さんが「やろう」と声をかけて下さり、ライトアイのプロデュースとして行われました。

以降、自分ではもう「IN HER 〜」をやるつもりはありませんでした。
ざっくり言うと、この時期・20代後半〜30代前半の自分が好きではなく、当時のことをあまり思い出したくなかった(自分の人生は主に慢心・油断・自滅・絶望の繰り返しで進行されてきたのですが、この時期はその綺麗な循環のピークでした)。

また、「一人の人物を複数の俳優で演じる」という作品のコンセプトに新鮮味も無いと感じていました。

なので「IN HER 〜」のことは自分引き出しの奥の方に封印したつもりでした。
しかし2019年春頃、突然に榊さんから
「やっぱりまたインハーやりたいです!涙」みたいなLINEを貰いました。
なっちゃん急に情緒どうした、と思ったのですが、曰く、
「20歳でインハーに出てからずっと、29歳になったらまたインハーに出たい、と思い続けていた」とのこと。それを定期的に上野にも訴えてきた、とも。(申し訳ないがあまり記憶に残っていなかった)

ただ上野はまだ会社員で、スケジュールも演劇がやれるのかもわからず、適当に誤魔化した気がします。
しかし年が明けて2020年、いよいよ榊さんが30歳になるイヤーに突入すると、なっちゃんは本気の本気で20代の内にインハーをやりたいらしい、ということがわかってきました。上野も会社を辞めることは決定していました。
ひとまずご飯でも食べようか、とかなり久しぶりに榊さんに会うことになり、そこでも上野は、インハーに対する後ろ向きな気持ちをモゴモゴと話したはずなのですが、俺の話に耳は傾けつつ真っ直ぐ前しか見ていない榊さんと対面していたら、いつの間にか話はやる方向に進んでいきました。

ここから未曾有のコロナ禍を乗り越え「IN HER TWENTIES 2020」を予定通りに執り行い、更に続けて30歳になった榊さんは今年「IN HER THIRTIES 2021」も企画し、終わらないコロナ禍の中で再び予定通りに上演にこぎつけ、無事にこの二つの公演を完了させたのでした。

とにかく後ろ向きな上野に対して、榊さんは本当に、常に、前しか見ていない(ように思える)。
「IN HER 〜」は巨大プロジェクトではないですが、それでもプロデューサーの仕事はたくさんある。寧ろ規模が大きければ仕事は細分化され人員が配置されるのに対して、小さな現場ほど一人が抱える仕事は多い。これは誰がやるの、という仕事はほとんど全て、自分がやることになります。
小劇場の、しかもコロナ禍の現場では、企画、劇場探し、各所への連絡、予算、交渉、助成金、スタッフィング、キャスティング、稽古場関連、感染対策&意識のすり合わせ、宣伝、SNS、物販、、、とプロデューサーの仕事は無限に拡大していきます。しかも出演も兼ねながら。

榊さんも、本当は「上野さんが企画・主催して、私は29歳役で出演だけ出来れば、と思ってた」と言っていました。
でも膨大な、しかもほとんど初めての業務をこなしつつ、マジで一度も弱音を吐かなかった。さすがにご家庭などでは泣き言も愚痴も言っていたのかもしれないけど、少なくとも現場でその姿は一度も見せなかった。

榊さんは恐らく、権利だけ主張する、ということはしない人で、権利とセットで付いてくる義務も責任も坦々と引き受けるし、伴う実務もどんどん執行していく。

……この子、実はなかなか凄いのではないか。

更にそういう前向き突撃型の人は、往々にしてキツめの人格だったり、「自分はこれくらい出来る、出来ない奴は駄目だ」という新自由主義マインド&ハラスメント臭蔓延型の人物だったりする。
しかしなっちゃんはそこが不思議で、意外と本人がとぼけてるし、正直どこまで真面目なのかもよくわからない。
「明日打ち合わせしましょう!」と自分で決めた打ち合わせを忘れたりするし、誰よりも企画者・榊の感想を肉声で聴きたい初本読みの日に喉を潰し、稽古場に居ながら会話はLINEグループという斬新な参加をしたりする。「コンビニ行くけど何かいる?」と聴くと「演技力!」などと、君は演劇サークルの新入生かという受け答えをするし、オーディションの合間にひたすら犬を飼うかどうかで悩んでたりもする。

そんな榊さんは気付けば、自分が最年長の去年の現場も、自分が最年少の今年の現場も、良い形で着地させている。

あらゆる創作の現場は、一人一人の参加者がどういう意識と態度で居るかが無限の関数となり作品の空気を形作るわけですが、やはり主催者がどういう佇まいなのかはデカい。
たとえ言い出しっぺの立場だとしても、「絶対に後ろ向きにならない人が現場に居続ける」ことの強みは計り知れず、気づけば上野も含め全員が榊菜津美の元、居心地良く、且つ真剣に現場に取り組んでいる。

……この子、実はかなり凄いのではないか。

そして何より、十年前・20歳での出演時から、インハーのあの特殊なインタビュー形式の芝居を、生まれた時からやってますけど?くらいナチュラルに演じてきた。今でも演出で一言オーダーすれば、次の瞬間にはその芝居を成立させる。

……いや君、既に結構な演技力持ってるやん。

「IN HER 〜」は、やっぱり最年長の29歳や39歳の役がメインの語り手、主役であり、今回のように30歳役を演じたなっちゃんが、俳優として「美味しい」かどうかと言えば、微妙だったとも思います。
でも、一俳優としてより、このシリーズを上演し続けること自体が彼女のライフワークとなりつつあり、去年今年のインハーは、半分以上は榊菜津美によるもので、まさに彼女の「想い一つ」。お見事でした。

十年前、「なんか元気な20歳の子がいる」というだけで榊さんにオファーした結果、「20歳でインハーに出た」という事実がなっちゃんの中で長期熟成され、ある意味では縛り、上野がほとんど忘れていたインハーを復活させてくれた。だけでなく演劇復帰もさせてくれた。そう考えると深く感謝し、焼肉とか奢った方が良いのか……という気持ちにもなります。

そんな感じで、とにかく去年今年のインハーは榊菜津美ありきではあったのですが、創作も終盤に差し掛かる頃、改めて気づくことになります。
初演以来、榊さんが20代の十年を過ごしたきたということは、当然ながら上野も30代の十年間を過ごしてきた。
この現場の最年少が30歳のなっちゃんであるのに対して、最年長は39歳(まもなく40歳)の上野である。
今更ながら、劇中の39歳の彼女の設定に一番近いのは、自分だ、と。
前を見て、これから30代を過ごすのは、なっちゃん。
では後ろを向いて、30代を振り返っているのは。

躊躇い続け、イカゲームを完走し、他人事にし続け、出演者の話を聴き続け、スタッフに甘え続けたこの現場、この作品は、実は誰よりもまず、俺の話なのではないか……と。

ということで、たぶん続く。

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