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顔が見えない、君に乾杯

真っ赤になった部長が吠えた。
「タッカセ!マジで俺の首が飛ぶかと思ったぞ!」

冷たい汗をかいた茶瓶が持ち上げられる。高瀬の飲み干したジョッキになみなみとビールを注ぐ部長はホクホク顔だ。
「ふっつうさぁ、言えねぇもん。あんな、バットマンの悪役みたいな取締役にさぁ、申し訳ありませんでしたぁ!つって背筋伸ばして言えるのすごくねぇ?タカセ、切腹でもするのかと思って、俺、横で見ててブルっちゃったよ。」

ギュッギュッギュッと三口ビールを飲み下し、高瀬はこともなげに部長を見やると吐き捨てるように言った。
「いや、うちのミスだから当然でしょ。納品直前にバグが出るとかありえないですから。」
高瀬の隣で小宮がきゅっと縮こまり、その微かな動きが個室の空気を震わせた。
「まぁまぁまぁ、大ごとにならずに納品できて良かったですよ。それはね、ちゃんと小宮くんが不具合報告を上げてくれたおかげだから。」
柔らかい声音で課長が会話に割り込む。ずっと正座を崩さない小宮が、苦笑いでカシスオレンジに口をつける。
「部長は隠し通そうとするタイプですもんね、小宮はその点エライ。」
タカセ、おまっ、マジ失礼だな、と目を剥く部長を無視して高瀬は居酒屋の店員に目配せし、すみませんハイボールください、と追加注文をした。

「コミヤも、な、タカセも、な、可愛いんだからさ、にこにこしてればいいと思うのよ。おまえらの最大の武器だと思うよ、俺は。」
首を傾げて睨みつける高瀬などおかまいなしに、部長は続けた。
「向こうの取締役さぁ、オールバック、黒づくめスーツで紫のネクタイみたいな、もう、ゴリゴリの悪役スタイルなわけだけどさぁ、そういう人に限って、少女好きっちゅうか、そう、タカセみたいな、30手前なのに女子高生のコスプレしてもいけそうな、可愛い系美女に弱いと思うんだよな。」
「はぁ、馬鹿にしてるんすか。」
「してねぇよ。タカセ、スッゲェ可愛いのに強みを活かせてないって話だよ。でも実際いまのままでも、取締役はタカセにゾッコンだよな。」
おしぼりを握った手を振り上げる高瀬を制止し、課長がわざとらしい大声を出した。
「まぁまぁまぁまぁ、高瀬さんが外見のこと言われるの嫌いなのは部長も知ってるじゃないですか。そのへんにしておきましょう。」
褒めてんのになぁ、と目を天井に泳がせた部長は小宮に向き直って言った。
「コミヤのことも向こうの女副社長が気に入ってると思うなぁ。コミヤの姉ちゃんが、ジャニーズだったっけ、」
「ジュノンボーイですね。」
「ジュノンボーイか、勝手に応募したっていうの分かるもん。っていうかなんでうちみたいなシステム会社にいるの。ただでさえ少ない女子社員の人気がコミヤに一極集中しちゃって、俺、困ってるんだけど。」
姉がっていうのはただの噂ですし、特に女性人気もないですし、部長も課長もやめてくださいよぉ、と小宮はヘラヘラ笑った。

食べないなら私が食べますよと言って皿に残った唐揚げを三つ一気に平らげると、高瀬は小宮に声をかけた。
「二軒目行こ、ふたりで。」
二軒目つって別のとこ行くんじゃないのぉ、と茶々を入れる部長の顔面めがけ、高瀬がおしぼりを叩きつける。飲み代です、余ったら週明けに返してください、と課長にそれぞれ五千円札を預け、高瀬と小宮は店を出た。


居酒屋すぐのコンビニを出て、自社方面に戻る。目的地はオフィス街の谷間にひっそりと存在する公園だ。冷たい、冷たいっすね、と言い合い、コンビニで買ったフラッペの、プラスチックカップを揉みつつ歩く。冷凍庫から取り出したときにはカチカチに凍っていたミルク氷が、公園に到着するころにはシャーベット状になり、カップを満たすコーヒーに溶けはじめていた。会社員たちが休憩に来る昼間と違い、夜の公園には誰もいない。蒸し暑さに虫の声が混じる空気を吸いながら、やたらと白い灯に照らされたベンチに高瀬と小宮は並んで座る。飲み頃になったフラッペのカップをペコッとぶつけあう。どちらかが合わせるわけでもなく、ふたりは動きをシンクロさせてストローの端を口に含んだ。

チュッと音を立てて高瀬がストローから唇を離す。
「私、いい仕事したと思うんだけどなぁ。」
小宮もフラッペを飲むのを止めて、虚空を見つめる高瀬の白い横顔に目をやった。
「高瀬さんは、いい仕事をしてましたよ。」
「小宮も。いいサブリーダーだと思う。」
「そうでしたっけ。」
「下請会社がバグを隠蔽しようとしたのをギリギリで気づいてくれたじゃん。まぁ、本当はテストの受け入れレビューで見つけなきゃダメなんだけど。次は気をつけよう、小宮は私の右腕なんだから。」
いたずらっぽく高瀬が投げかけ、すみません、反省してます、と目をつむった小宮が返す。
「リーダーは私だから、チームのミスは私のミスだけどね。」
そもそもテスト結果を誤魔化したやつが一番悪いだろ、と高瀬がケラケラ笑い、小宮もつられてヘラヘラ笑った。

「ほんとにさ、私、いい仕事したと思うんだけど。」
「僕もそう思います。」
「お客さんとの信頼関係を築く努力を日頃からしてさ、危なげなくプロジェクトを進めてさ。納品ギリギリになってミスをやらかしたわけだけど、誠実に謝ってさ、建設的な解決策を提案してさ。結果あのバットマンが、」
「バットマンじゃないです、バットマンの悪役みたいな取締役、」
「分かってるし。取締役がさ、私と固く握手をしながら『とても素晴らしい仕事ぶりでした。また次もよろしくお願いします。』って言ってくれたわけじゃん。」
「はい。」
「それを、私が、可愛い女だから成功した、みたいに言われるの、本当に納得がいかない。」
「はい。」
「いつも。いつも、そうなの。」
「はい。」
小宮がヘラヘラした笑顔を封じているのに気づき、口をへの字に結んだ高瀬はそっぽを向いた。
「小宮だけだ。そういうこと言われるうちが華ですよ、って言わないの。」
高瀬と小宮はフラッペをすすった。ズズッと鳴った音が、夜の公園に吸い込まれていった。



ビジネスカジュアルが基本だが、土日だけは暗黙の了解で私服勤務が許される。「隣の課のプロジェクトでトラブルが発生したためヘルプに入って欲しい」金曜の帰り際に休日出勤を言い渡された高瀬と小宮は、腹いせに、明日はバカみたいに派手な服で来よう、と示し合わせていた。


オフィスチェアに腰掛け、左右にくるんくるん揺れながら高瀬がからかう。
「小宮やっばいな、そのTシャツ。頭から水かけられたみたいな色。裾のほう乾いてるのに上のほうビシャビシャじゃん。」
「グラデーションって言ってください。濃い青からはじまって、下にかけて薄い青になるグラデーションです。高瀬さんこそ、そのワンピースやばいです、めっちゃ目がチカチカするんですけど。」
「幾何学模様って言ってください。」

「すまんね、急に出てきてもらっちゃって。」
ふたりの背後に、いつの間にか課長がかがみ込んでいた。
「私、恋人とデートの約束してたんですけど。」
「僕もです。彼女の機嫌が悪くなったんですが。」
「ごめんって。スタバおごるから。」
頭を掻いて、申し訳なさそうに課長が言う。
「君らがうちの課で一番バグ取るの上手いと思うんだよ、だから無理を言って出てもらったんだ、期待してる。始業時間になったらあっちのチームのリーダーが作業の説明をしてくれるから。」
口を尖らせる高瀬と小宮に、それにしても君たち朝から楽しそうだねぇ、と笑いかけ課長は自席に戻っていった。



小宮、小宮。

イヤホンを両耳に突っ込み、小刻みに上半身を揺らす小宮には声が届かないようだ。炎上チームのリーダーが置いていった、紙の仕様書をひらひらさせても気づかない。オフィスチェアを右に寄せ、高瀬はデスクに突っ伏して、モニタを見据える小宮の視界に割り込んだ。
「小宮。」
「うぇ!?」
キーボードに置いた左手、そのすぐ脇に顔を横たえた高瀬に見上げられ、小宮は奇声を上げた。隣の課からコホンと咳払いが聞こえる。高瀬はデスクに頭を預けたまま声をひそめて会話を続けた。
「何聴いてんの。」
「いま聴いてるのはBlasterjaxxの『Beautiful World』って曲です。」
「わからん。」
「EDMっす。エレクトリックダンスミュージック。『Beautiful World』はクラブで最近人気なんです。」
クラブ行くんだ、イメージなかった、と目を丸くする高瀬に、小宮はイヤホンを外しながら、ええ、まぁ、と曖昧に返した。

「違う、音楽の話じゃなくてだな、調子はどうよ。」
ちなみに私は絶好調、担当分はもうすぐ終わる。椅子にまっすぐ座りなおし挑発的に視線を送る高瀬に、小宮は渋い顔をしてみせる。
「詰まってます。」
どれー、見せてみ、と高瀬が画面を覗きこみ、小宮は現況を説明した。

「やる?ペアプロ。」
基本仕様書と詳細設計書のこまめな更新を怠った結果、正しい仕様がコードの中にしかない。炎上プロジェクトにありがちなドキュメントが役に立たない状態での問題解決に、高瀬はペアプログラミングを提案した。小宮も決して腕の悪いプログラマじゃない。何かを見落としているだけだろう。小宮が手を動かしながら、高瀬がコードを読み解く。仕様とプログラムの不整合を探るためペアプログラミングを行う、それはふたりの常套手段だった。


「うぉぉ、きたー!」
「きた!さっすが高瀬さん!」
バグ残り何個だ、あと少しですね、と盛り上がるふたりの背後に、再び課長がかがみ込んだ。
「すまん。」
「どうしたんですか。」
「あのな、隣の課から『うるさい』ってクレームが来た。」
「えー。いつもどおりですけど。それに、そんなに声デカくないと思うんですけど。」
「俺もね、君たちが伸び伸びやってパフォーマンスを発揮してくれる方が嬉しいんだけどね。なんか、あっちの課の人が集中できないらしいんだわ。ごめんよ。」
ミスをしたらしき新人に、再発防止策、再発防止策、と馬鹿の一つ覚えみたいに繰り返してる隣の課の方がうるさくねぇですか、と言いたいのをぐっとこらえて、高瀬は課長の背中を見送った。同じく課長の背中を目で追っていた小宮が小さく肩をすくめた。

小宮のキーボードを奪い、高瀬はコードの途中に書き込んだ。

やってらんねーわ

プログラムに関係のない文字列を打ち込んだ結果、開発画面がみるみるうちに警告まみれになる。警告にかまわず、高瀬の手元に腕を伸ばし、小宮も文字を打つ。

やってらんないっすね

キーボードを囲い込んだまま、高瀬が打つ。

あっちもデッカい声で話しながらやってんじゃん
むしろ向こうのパワハラ野郎の方が声デカいじゃん
私たちだけ注意されるの理不尽でしょ
ウェーイって感じだから?
服が目立つからイラつくんでしょうか

服も目立つだろうし、見た目もな、と打ちかけて高瀬は手を止めた。

やってらんね

むくれる高瀬をなだめるように、小宮が腕を伸ばしキーボードを叩く。

今日、課長にスタバおごってもらいましょ

んふ、と笑って高瀬がキーボードを叩き返す。

そうしますか笑
そうしましょwww

小宮って「w」使うんだな、イメージなかったと笑いだす高瀬に小宮が、ほら、また怒られますよ、と立てた人差し指を口元に寄せ、薄い唇をめいっぱい横に引く。音を出さずに「シー」と言い合って、思わずクスクス笑いが漏れるふたりに、また隣の課からンンッと咳払いが浴びせられた。

期待以上だ美男美女コンビ、助かるよ。疲れきった表情から笑顔を絞り出した炎上チームのリーダー、彼が置いていった追加作業により定時に帰れる見込みはなくなった。メシ買いに行きますかと小宮に誘われるがままに高瀬も席を立つ。

オフィスの扉を出て右手の角を曲がるとエレベータホールがある。ホールでは、エレベーターを待つ炎上チームのメンバーが談笑していた。
「美人が羨ましいわ。隣の、あの子、色仕掛けでプロジェクト成功させたらしいじゃん。」
「え、それマジで。」
「こないだ飲んだときに部長言ってたし。なんなら会社創立以来最速の昇進っていうのもあれでしょ、役員に色目使ったんじゃないの。」
「うっわー。」
「美人すぎるエンジニア、ってさ。人生楽勝だよな、人生舐めちゃうだろあんなの。」
人生交換してほしいよなぁと口々に言いながら、彼らはエレベーターに乗り込んでいった。


「高瀬さん。」
エレベーターホール手前の角で佇んで動かない高瀬に小宮は声をかけた。小刻みに震えるその肩に手を添わせようかと迷ったが、高瀬が他人に触れられるのを極度に嫌うことを知っている小宮はそれをとどまり、代わりにもう一度声をかけた。
「高瀬さん。あんなの、放っておきましょ。あいつら高瀬さんのこと全然知ら」
小宮は息をのんだ。
小宮を見上げる高瀬の顔は、ぐちゃぐちゃに歪んでいた。大きな目は左右異なる形にひしゃげていて、力一杯噛み締めた下唇は色を失っていた。高瀬はエレベーターホールに歩みを進めると、手の甲で涙をぬぐいながらエレベーターのボタンを叩いた。ほどなく到着した空のエレベーターに乗り込むと今度は「閉」ボタンを連打した。エレベーターのドアが閉まり、小宮はひとりホールに残された。



徐々に近づく、ジャッ、ジャッ、と砂を擦る音に、高瀬は薄目を開ける。
「いた。」
会社に残してきた高瀬のカバンを持って、小宮が立っている。
派手なワンピースだから遠目でもすぐ分かりました、そう言って小宮は、高瀬が寝そべるベンチの端、高瀬の頭の傍らに腰を下ろした。
「いつもの公園にいるんじゃないかなぁと思ってました。でも夜にひとりでベンチで寝るの、危ないです。女性は特に。」
「うるせ。」
元気そうですね、と声をかける小宮に、元気はないです、と返して高瀬は再び目をつむった。

フラッペで乾杯したあの日より、ずいぶん空気が涼しくなった。心地よい夜風に頬を撫でられるまま、ベンチの一部になったかのようにふたりはじっと動かなかった。

「小宮。」
「はい。」
「いっぱい努力して、スキルアップしたの、私は。」
「はい。」
「それで成果を上げても、ぜんぶ見た目がいいからで片付けられちゃうんだ。どんなに頑張っても、バカみたいだ。」
白く照らされた高瀬の下まぶたに、伏せたまつ毛の影が落ちる。
「俺は愛嬌だけですから。」
小宮の頬にも、まつ毛の影が伸びていた。
「仕事が飛び抜けてできるわけじゃないし、話も面白くない。ヘラヘラして場を切り抜けるばかりです。高瀬さんはすごいです。見た目に惹かれて寄ってきた人に、その期待に、ちゃんと応えてる。高瀬さんはエライ。」

「小宮。」
「はい。」
「ずっと言いたかったことがある。」
「はい。」
ゆっくりとまぶたを上げて高瀬が小宮の顔を見上げた。よく研がれた刃に似た鋭い視線を、小宮は受けとめるかのように見下ろした。

「私、会社やめる。」
夜風に吹かれた枯葉がベンチの下で音をたてる。ベンチの上のふたりは身じろぎもせず視線をぶつけあう。
「僕も、言いたいこと言っていいですか。」
長い空白のあとに小宮が、ふぅ、と深い息を吐く。

「高瀬さんがやめるなら、僕もやめます。」
高瀬はぴょこんと跳ね起きると、ベンチの上に正座した。
「おい、流されてんじゃねぇぞ。」
「流されてませんよ。」
射抜くような目をした高瀬に負けじと、小宮は畳みかける。
「流されてるかもしれない。流されてるかもしれないですけど、高瀬さんがいなければ、この会社やめてたな、っていうのはいつも考えてることです。高瀬さんがいないのなら俺がここで働きつづける意味はありません。」

はぁ、とため息をついて高瀬が拳を上げた。
「あれしよう。グーで、ほら、ウェーイ、ってするやつ。」
「オッケーです。」
「「ウェーイ。」」

拳をコツンと突き合わせ、いくぶん表情がほぐれた高瀬に小宮が言う。
「忘れてました。これ課長から。」
「あ、スタバカード。」
「ひとり1000円だそうです。」
一番カロリーが高そうなのを飲もう、一食分ぐらいあるやつ。にわかに生き生きとしはじめた高瀬はベンチから降り、小宮からカバンを受け取ると先陣を切って歩き出した。





夜の布団の中だった。


寝室の暗闇に光るスマホ画面。映しだされた動画に彼女の目は吸い寄せられた。

キャップを目深にかぶり顔の半分を覆い隠す大きなサングラスをかけた男が和室にDJ機材を並べクラブミュージックをかけている、この情勢下で一世を風靡した「おうちでやってみた動画」のひとつ。
ご機嫌なDJプレイの最中に、一歳になったばかりであろう幼児がヨチヨチ歩きで乱入し、DJが戸惑う。最終的に娘を抱っこしながら片手でプレイを続けるDJの姿に「癒される」と、数万人が反応してバズったものだ。

彼女はなんどもなんども動画を再生した。男の顔はよく分からないが、上から下にかけて深い青から淡い青になるグラデーションのTシャツに、見覚えがあった。


ゆっくりと、気配を殺して布団を抜け出す。小さな寝息の安らかなリズムが崩れないことを確認して、彼女はふぅと息を吐いた。

通勤カバンからワイヤレスイヤホンを取り出し、耳に突っ込む。「Connected」と音声が流れてほどなく、動画に音が添えられる。鼓膜を揺らす音楽が、あの日のEDMと同じかどうかは区別がつかない。でも彼が好みそうなリズムだと彼女はなんとなく思うのだった。

彼のSNSアカウントは動画の拡散にともないフォロワーが増えたようだが、インフルエンサーと呼ばれるものではなく、日常を気ままに垂れ流すのを基本としている様子だ。

彼女は投稿をさかのぼり、公開されているDJプレイをひとつひとつ見ていった。10個ほど上げられている動画の中に、はっきりと顔が見えるものはひとつもなく、それでもその男が彼であると、彼女は確信していた。
勤務時間中は意識的に封じ込めているかのように見えたが、ふたりで山場を乗り越えるときに一瞬だけ彼の輝きがあふれでたことがある。そのきらめきが、画面の向こうに満ちているように感じられるのだ。


ダイニングテーブルにスマホを置き、彼女は冷蔵庫へ向かった。キンキンに冷えた缶入りのハイボールを手にしてテーブルに戻る。結婚して以来、毎夏の楽しみとしてビールもしくはハイボールが冷蔵庫にストックされるのだが、彼女がそれを開けるのは三年ぶりだった。

DJが紡ぐ音を肴にハイボールを傾ける。
やるじゃん、小宮。

「私も何かやってみようかなぁ。」
自己実現には焦っていないはずだが、常に少しだけ欠けている感覚が彼女にはあった。

あぁ、そうだ。育児と仕事の両立に心血を注いでいたから。
夜にこうやって、音楽を聴きながら酒を飲むのも久しぶりなのだ。

近い将来に必ず得られる自分の時間。何をしようか思いを巡らすうちに、ハイボールが空になっていた。

創作するのもいいな。漫画とか小説とか書いちゃったりして。
完成したら小宮に見せよう。いいものを見せてくれたお礼だ。
ずっと連絡を取っていないのに、急に送りつけたら驚くかな。

傑作をながめながら甘い缶チューハイをちびちびやる小宮の姿を想像する。
きっと小宮は笑ってくれるだろう。


歯ぁ磨いて寝るか。
んんーっと伸びをして、彼女はダイニングをあとにした。

♡を押すと小動物が出ます。