見出し画像

マリーナ・アブラモヴィッチに押されて私は飛びおりた

今日で、初めてnoteを投稿した日から丸1ヶ月。マリナ油森、は本名ではない。今日はペンネームについてお話しよう。

マリーナ・アブラモヴィッチ。聞き慣れない名前だと思うが、現代美術に造詣の深い方ならご存知であろう。パフォーマンスアートの大御所だ。
私のペンネームは彼女の名前をもじったものである。私には彼女の力が必要だった。


1ヶ月前、私はnote投稿画面を前に固まっていた。文字を入力する指が重い。私はいつのまにか飛べなくなっていた。自分の想いを見ず知らずの人に伝えるやり方を、私は忘れてしまっていた。

学生時代の私は、自主制作映画を京都の繁華街ど真ん中で上映し、コンテストなどにも出品していたが、社会人になってからは仕事以外で何かを創造することがなくなっていた。また、タイミング悪く、私が創作活動から離れていた十年余りの間に急速にインターネットが大衆化、またたく間に人々の手の中にスマホが握られるようになり、一億総クリエイターという言葉がもてはやされ、毎日のようにどこかで誰かが炎上する時代になっていた。

怖い。怖すぎる。
無名のクリエイターが入れ替わり立ち替わりもてはやされて飽きられるさまも怖いし、それを叩き落とそうと群がってくる人たちも怖い。地獄かよ。

「発表すること」に怯えすぎて、ここならあまり怖くない感じがする、とアカウントを作ったはずのnoteにさえ何も書けない。
拙い自主制作映画を公開する図太さがあったはずなのに、どうしても、見ず知らずの人が待つインターネット上に自分をさらけ出すことの恐怖が拭えなかった。


ふと、あるパフォーマンスアートを思い出した。マリーナ・アブラモヴィッチの代表作、1974年発表の『Rhythm 0(リズムゼロ)』である。

『Rhythm 0』

パフォーマンス時間:6時間
指令:会場内のテーブルに72個の物が置いてある。マリーナに対し、観客は望むままそれらを使用して良い。マリーナ・アブラモヴィッチはパフォーマンス中、物体となる。上演中に起こることすべての責任はマリーナが負う。
72個の物:バラの花、ワイン、香水など快楽を与えるものから、ナイフ、ハサミ、弾を込めた銃など苦痛を与えるものまで、さまざま。

パフォーマンス開始後すぐの会場は、穏やかな雰囲気だった。初めは様子を伺っていた観客は、マリーナに水を飲ませ、バラの花や写真を渡し、キスをするなど彼女を優しく扱った。
そのうちに、彼女の服をハサミで切る男性が現れた。それを皮切りに、観客の自制心が崩れ、マリーナに暴力的な行為が加えられる。観客たちはマリーナを取り囲んでテーブルに置き、足の間にナイフを突き立てた。カミソリで服を切り裂いて裸にし、バラの棘を肌に刺し、首に傷をつけ、流れる血を飲んだ。ピストルをマリーナに向ける観客と止めようとした観客との間にいさかいが起こった。

6時間が過ぎて、マリーナ・アブラモヴィッチはアートの一部としての物体から、一人の人間に戻り、観客の方へ歩き出した。半裸で血まみれで涙を流す彼女を観客は直視できず、逃げ出した。

--

パフォーマンスはそのへんの路上で行われたのではない。パフォーマンスが行われたのはナポリの美術館である。マリーナ・アブラモヴィッチに対する暴力行為は、美術館に夫婦で訪れるような「普通の」人々によって行われたことだ。

たがが外れた人たちが、モノとなった人をおもちゃにする。
『Rhythm 0』が見せた光景は、ネットの炎上騒ぎと寸分違わない。

なぁんだ。人は元からそういうもの、暴力的な欲求を持った動物だったのだ。インターネットの普及で人間が狂わされたのではない。そのような諦観の念が沸いたら、ネットの炎上は特別怖いものではなくなり、noteを書く指がフッと軽くなった。
そもそも、炎上は発信力がないと起こらない。note一発目を書くにあたり炎上に怯えていただなんて、なんとも滑稽だ。

そして迫害を恐れるのではなく、友好関係を築ける人との出会いを楽しみにするようになった。マリーナにバラの花を握らせ、キスをしたような人々との出会い。
マリーナには、ウライという名の公私ともにパートナーだったパフォーマーがいた。マリーナとウライは、信頼をテーマにした2人で行うパフォーマンスアートを数点発表している。noteにもたくさんのパフォーマーがいる。パフォーマー同士の信頼の上に成り立つ作品、作れたら楽しいだろうな。(他の方の文章を引用するときなどに、ちょびっと協業気分を味わっています。)

私はマリーナ・アブラモヴィッチの名前を借りて、小さな島の切り立った崖から飛び降りた。落ちるつもりで陸地を離れたけど、どうやら、ちゃんと飛べたみたい。


マリーナ・アブラモヴィッチに興味を持った方は、TEDにて彼女自らパフォーマンスアートを語っているのを見られるのでどうぞ。

内容を日本語で文章化したものも同ページ(Transcriptタブ)で読めます。

この記事が参加している募集

名前の由来

♡を押すと小動物が出ます。