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【小説】金魚の水換えはいつも私。それがいい。

「彼氏、大丈夫?ゆりちゃんのこと、全然大事にしてくれてないじゃん。」
昼休み、社内の空き会議室にて弁当をついばみながら恋愛評論家気取りの先輩が言う。まったくこの人は、他人の恋人をジャッジするのが好きだよな。 

恋愛の話になるとランチメンバーで唯一彼氏持ちの私に質問が集中する。別にみんな、私と彼氏に興味があるわけではない。私と彼氏のエピソードを雑談のための叩き台として使い、いじり倒したいのだ。彼女たちの恋愛感覚からすると私と彼氏の関係性は何かが変らしい。ランチタイムに行われるのは、彼女たちを裁判官にすえた恋愛法廷ごっこだ。被告は私と彼氏。

まぁ、どうでもいいことだ。減るものでもないし、他にしゃべることもない。こんな話題でいいならいくらでも提供する。

そのときの議題は、女の子に尽くしてくれる男がいいよね、だったか。まぁ、なんでもいいのだが、彼女たちによると私の彼氏はありえないらしい。

彼氏、ヨウタは、付き合い始める前から食事代は割り勘だ。デートのときに私の荷物を持たないし、車道側を歩いて車から私を守ってくれるわけでもない。

それは変なのだそうだ。彼女たちが言う一般的な恋愛感覚からすると、ゆりは大事にされてないよ、って。ふぅん、そうなのかな。

仕事を上がり、まっすぐに帰宅する。
土日に買いだめた食材がまだ冷蔵庫にたくさんある。あんまり凝った料理を作る気分ではないから、今晩はぶっかけうどんにしようか。レタスとミニトマトとゆがいた鶏胸肉を裂いてうどんにのせて、ポン酢を豆乳で割ったつゆをかければ、手をかけずにカフェ風のうどんになる。これでいこう。

鶏胸肉を茹でているうちにヨウタが帰ってきた。私たちは先月から同棲している。
「ただいま。なにこれ、美味そう。」
うどんどんどどん♪と歌いながら洗面所に消えていくヨウタを見送り、ぶっかけうどんを手早く盛り付けた。

ごちそうさまでした。ふたりほぼ同時に食べ終え、ふぅ、と満足のため息をつく。
ちらり、と視界の隅を赤がよぎった。金魚だ。
……しまった。今日こそは水換えをしなければ。
普段は日曜が水換えデーなのだが、この土日は音楽フェスを楽しみ、家をあけていたためできなかった。

金魚の水換えは私の役目である。
ちらり、と赤がよぎった。ヨウタは、私に尽くすことってあるんだろうか。

キッチンに立つヨウタの背中に声をかける。
「ねぇ、金魚の水槽って意外と重くて。汚れた水を捨てるのが大変だからヨウタ手伝ってよ。」
ヨウタは言った。
「重くて持ち上げられないの?じゃあ、半分くらい水を抜いてから持ったらどうかな。」
あ、手伝う気ないんだ。
「水抜き用のポンプAmazonで買おうか?明日届くよ。」
いつもそうだ。提案ばかりして手伝ってくれない。
なんだか無性に腹が立ってきた。イライラする。あぁ、イライラする。ダメだ、言ってしまう。
「もういいよ!手伝ってくれる気ないんだったら、ちょっと出てってよ!」
ヨウタは困ったような顔をして、静かに家を出ていった。

独りで水槽の掃除をしながら、1ヶ月前、金魚を飼う前の会話を思い出していた。
同棲開始直後の家を整えるために訪れたホームセンター、そのペットコーナーの前で私はつぶやいた。金魚、飼いたいな。ヨウタは言った。いいんじゃない?ゆりが世話するなら。

ため息が漏れた。自分でお世話をすると約束したのに、結局、飼い犬のゴハンも散歩も母親任せにする子どもとおんなじだ。
ヨウタごめん。あたりちらしてごめん。

自己嫌悪でげんなりしていたら、出ていったときと同じ静けさでヨウタが帰ってきた。手には中身が見えないように包まれた紙袋を持っている。
「ただいま。あのさ、これ、ストックなくなってた気がするから買ってきた。」
紙袋から私がいつも使っている銘柄の生理用ナプキンが出てきた。
「あれ、あの、ほら、近いのかと思って。ゆりが、わけわかんない怒り方するとき大抵そうだから。」

ああ、そういう奴だった。ヨウタはそういう奴だ。
私よりヨウタのほうが帰宅が早い日はヨウタが夕飯を作るし、今日みたいに私が夕飯を作った日はヨウタが食器を洗う。私がフェスに行っていた間、食材を買い込んでくれたのもヨウタだ。家事はそれぞれ、できる方ができることをやる。
ヨウタは、どこぞの恋愛アドバイザーがアピールテクとして勧める男らしさは持たないが、こちらに女らしさを求めてくることもない。
それぞれ、できる方ができることをやる。
できるのにやらないのは、特別な事情がなければナシだ。

ヨウタ。ちょっと涙が出そうになったが踏みとどまった。
そして、さっきから何度外そうと頑張っても、固く締まったままのフィルタカバーを指して言った。
「固くて外せなくて。ヨウタ手伝ってよ。」
どれ。かったーい!と言いながら力づくで部品を外す彼氏の姿を見ながら思った。

今すぐ結婚してくれよ。

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たけのこさん発案の『先に『写真』を決めて書いてみよう!』企画にのっかり、かつ、ちよこさんの『私なりの小説調理法』を参考にして小説を書いてみました。初めての完全フィクションです。(ゆりは私ではないし、ヨウタは夫ではない。)
せっかくフィクションなので、いつものnoteでは書かない毒吐き調の文も混ぜてみました。

小説、楽しいですね!たけのこさん、ちよこさん、ありがとうございました〜。また書こうっと。

#写真から書いてみよう

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追記
コメント欄にて幸野つみさんに教えていただいた、ムラサキさん主催『眠れぬ夜の奇妙なアンソロジー』に参加してみました。面白い企画ですね。
幸野つみさん、お誘いありがとうございました!

#ネムキリスペクト

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