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年中休業うつらうつら日記(2023年3月4日~3月10日)

もうすっかり風に春の気配を感じる頃になりましたね。まだ寒い日もあるけど、1日1日着実に気温が上がっていくようです。ただの不調に加えて春の不調にも悩まされ始めています。季節の変わり目は難しいですね。すべての始まりとしてとにかく眠い。「春眠暁を覚えず」を地で行っています。今日も大あくび。

23年3月4日

春が近づいてきたせいか何だか眠くて眠くてしょうがない。
毎年こういう状態に陥り、次には春の不調がやってくる。いわゆる「木の芽どき」。
前夜のZOOM飲み会も早々に落ちてしまった。
いつもならせいうちくんを寝かしつけたあと戻って楽しむんだが、そのまま一緒にばったり眠りに落ちた。
なんか楽しい話になっていたかなぁ。

土曜は朝からせいうちくんの「メモリークリニック」。
父方の家系がほぼ全員長寿で認知症なのでギリギリ50代の彼もおびえている。
「そんなら早くから病院に通ってたらいいじゃないの」
「いや、さすがにまだ還暦にもなってないし」
「早くから健康な時のデータがあった方が今後発症した時に役立つよ。認知症を治す薬はないけど発症を遅らせる薬や進行を抑える薬はあるんだから、早くから準備してし過ぎるってことはないよ」と説得してやっと取ってもらったクリニックの予約だ。

10時からだから私も一緒に行って面白い検査の数々を隣りで見ようと思ってたんだが、あいにく「春眠暁」の眠さがまさって起きられなかった。
せいうちくんは「いいよ、僕1人で行くよ。終わったら午後は役所でキミのマイナンバーカードの手続きをするから、それは本人必須なので来てね」と言い残して出かけていった。

1時間ぐらい経ったら完全に目が覚めた。
検査は2時間ぐらいかかるって言ってたなあぁ。
メモリークリニックの場所もググればわかる。近いじゃん。
自転車にまたがってさっそうとせいうちくんの不安を和らげてあげるつもりで出かけた。

受付で「せいうちの妻ですが」
「ああ、今、診療中です」
「入れませんか?」
「もうじき終わると思いますので、待合室でお待ちください」と問答をして、仕方なく待合室で待つ。
クリニックの性質上、かなり動作や言葉があやしい高齢の方々が家族に付き添われてきている様子。
15分ぐらい待ったらせいうちくんが診察室から出てきた。
ちょうど真正面に座っていた私を見て、口が「O」の形に開いていた。
あとで聞いたら「とても嬉しい驚きだった」って。

お会計まで、どんなテストだったかを微に入り細を穿って聞かされた。
机の上にカギやボールペンやフォーク、ナイフ、鉛筆などを並べ、「覚えてくださいね」と言ったと思ったら引き出しの中に隠してしまったんだって!
「机の上には何があったでしょう」
あたふたして何とか思い出したせいうちくんを次の試練が襲う。
6ケタぐらいの数字を言われて、「はい、今の数字を逆から言ってみてください」。
これは難度が高い。

一番笑ったのは、物語を聞かされるテスト。
「北九州の会社の食堂の厨房で働いているウエダヨシコさんは帰り道の大通りで襲われて、5万6千円入りの財布を奪われてしまいました。がっかりしたウエダヨシコさんが家に帰るとおなかをすかせた4人の子供が泣いていて、5人ともとても困りました」だよ?!
そういうのを2つ続けて聞かされて、両方とも復唱しろと言う。
さらにそのあとパズルのようなことをやらされ、そこでもう1回さっきの2つの話を復唱せよと。

「昔だったら楽に覚えられた気がするんだけど、もうすっかりダメだよ。それでも『平均よりは記憶力がいいですね』って言われたけどさ」と自信を無くしていいのか取り戻していいのかわからない状態のせいうちくん。
結果は4月に出るそうなので、その時こそ真面目に最初からついて行こう。

そこからかなり遠い市役所に向かうが、いくらなんでも時間が余る。
その時目に入ってきたのが「くら寿司」の看板。
「食べよう!」となって、昼時でけっこう並んで待ったが余裕を持って2人で20皿ぐらい食べた。
お皿を5枚入れるとゲームができて、1回当たりが出てチャームみたいなのをもらえた。
キーホルダーの札が壊れかけていたので、さっそく付け替えて喜ぶ。
それにしてもくら寿司は本当に寿司屋と呼んでいいんだろうか。
ハンバーグとかスイーツまで廻っていたぞ。



市役所に行ってね、マイナンバーカードの本人人別、これはめんどくさかったよ~。
正確に言うとそこまでにせいうちくんが準備していてくれた書類がめんどくさかったわけで、しかも予約を取って出かけなければならない。
土曜日の空きがなかなかなくて、2週間ぐらいは遅れたな。
私がやることは免許証を出して本人確認をして、暗証番号を決め、パスワードを決めることだけ。
せいうちくんが後ろから差し出してくれたクリアファイルの中身の書類の束、正体は知らんがたいそうありがたかった。

予約まで取るわりにはあっさり終わり、自由の身に。
せいうちくんから、
「大変なのはこれからだよ。マイナポイント2万円分を保険証やなんとかペイとかにもらうためには、キミが自分で努力してね」と言われた。
えー、ここまでやってくれて急に突き放すのー?!

まあそれでもその晩のうちにスマホで何度もカードを読み込みながらなんとか全額ゲットしたらしい。
「もっとお得にもらう方法」とやらに興味を持つにはあまりにくたびれた。2万円でいいや。

明日は特に予定がなかったので息子に、「Mちゃんが家にいないようなら泊まりに来る?」と聞いたところ、「いるけどさ、一緒に泊まりに行くといいと思うんだよね。相談してみる」と返事が。
あのねー、先々週の日曜に新宿で星乃珈琲店でたっぷりおしゃべりして、来週の土曜日には大宮で会う約束してるんだよ。
今週Mちゃんがうちに来たりしたら月に3度も週末を着父母のために無駄にさせちゃうじゃないか。
ただでさえ働き始めて疲れているだろうに、そんな無理させないであげて!

で、来た返事が「彼女はおうちにいるってさ。僕だけお邪魔してもいいかしらん?」。
Mちゃんが1人で寂しくないか、と確認したら、「そこは相談済み。問題なし」って。
息子の問題なしは問題大ありの場合が多いから、心配でしょうがないよ。

とにかく、土曜の深夜過ぎに終電で来た。
もう抗原検査もいいや、すっ飛ばそう。
作っておいたカレーを「ありがとう!いただきます!」と大盛りに頬張りながら、いろんな話をしてくれた。

まず「これからの世界のことを考えると暗澹たる気持ちになる。ネットやニュースを見ないで過ごすしかないね」と大きな話を始めた。
彼のやりたいことは今できている気がするけど、世の中はどんどんひどいことになっているのだそうで、この先を考えると気が滅入るんだって。
「それは、自分のやるべきことが充分にできてないのを転嫁してる面はない?」とせいうちくんが厳しめに聞くと、案外素直に、
「まあ、そういう側面もあるよね」と白状した。

やはり一番のネックは結婚生活も始まったというのに彼がしっかり稼げてない点らしい。
演劇のADやコントライブの準備に入るとどうしても常勤の仕事はできないんだって。
「だったら自分の時間をギュッと凝縮してさ、無駄を省いて、週に2日空けられそうとかここしばらくは演劇の仕事とかないって時に、日払いの仕事をがっつりやったらどう?『ああ、オレは1日一生懸命荷物を運んだら1万円稼げる男なんだ』って思えたら、自分に自信がつくし、いざという時にも役に立つよ。引っ越し業者とかジャンルを決めて、何回かやってたら、慣れてスキルも上がってくるだろうし」と意見する。
「日雇いだよね、やっぱり」と、彼も考えていなくはないらしい。

息子は、時々「天(夢)」を見上げながら足元もしっかり見て一歩ずつ進んでいけば、けっこういつの間にか高いところまで来られたな、ってタイプなんだよね。
高校入試の時も大学入試の時も、最初は到底無理と言われていた第一志望目指して地道に地道に頑張っているうち、まわりの山々をちょっと見下ろせる程度の高みまで来ていた。
誰でもそうだろうが、彼ほ特に「目標」と「努力」が必要なタイプの人間なんだと思う。

コントグループのメンバーが抜けることになるかもしれない、と言いつつ、決して悪い別れ方ではないととらえているようだ。
「それぞれが自分のやりたいことを見つけていく場所だから」はやや気障だが、彼の本当の想いでもあろう。
配信や機器設定の技に長けたそのメンバーは、自分のスキルを活かして専門にやっていくのかもしれない。
「公演の時、彼がいないと困るねぇ」と言うと、
「そういう時は彼に発注するんだよ」という答えだった。なるほど。

私が先週内視鏡検査を受けたのを心配してくれて、
「検査、大丈夫だった?」
「うん、どこも悪くなかった」って会話をしてくれるのは優しいね。
心療内科で「ダンナさんが3分の2、僕が3分の1を受け持ちますから」と言ってくれた話をしたら、
「いいお医者さんだね。僕もその3分の1のお手伝いをするからね。何か困ったら言って。飛んでくるよ」って。
実家の家族にこんなに心配してもらったことがないから、涙が出ちゃった。

あっという間に3時で、明日は何もないから早く帰って翌日の2人の休日も合わせて一緒にのんびりするよ、と言うので早々に寝た。
息子のいる家はみっしりと重みが増したようで、いつもにもましてよく眠れた気がする。

23年3月5日

たまたま観ていたヤクザ映画で銃を突きつけられるシーンがあったので、試みにせいうちくんに聞いてみた。
「こうなったら、死ぬの怖い?」
「そりゃいやだよ。怖いよ」と想像通りの答えが返ってきた。
「私はあんまりイヤじゃないんだよね。どうでもいいっていうか」
「キミは生きてることに執着がないからね」
「もちろんその場になったらオシッコちびって『撃たないでください、何でもします』とか言うのかもしれないけどさ、今想像してみて『イヤだな~』とは全然思わないんだよね。まあ、そういう人間に限っていざとなるとなりふり構わないのかもしれないけどね」

本当に、想像してみて、「死ぬのの何がイヤなのか」がわからないのだ。
この世の苦労とあっさりおさらばできる。
痛い目にあわされて死ぬのはイヤだが、一瞬なら何とも思わない気がする。

続けて借りてきたDVDで「トップガン」「トップガン:マーヴェリック」を2本通して観ることにし、せっかくだからプロジェクタを出してきてダイニングの壁に映して100インチの大画面で楽しんだ。
古い方はそれほど綺麗な映像ではなかったが、さすがに新しい方は迫力があり、画もたいそう綺麗だった。
ただ、敵要塞ってのは「スターウォーズ」以来、穴ぽこに爆弾を投げ込むと壊滅するのがお約束になっているようだ。
今度、帝国軍が軍事衛星を作るようなら「表面に溝をつけたり中心部まで届く穴を作っちゃいけませんよ」と忠告してあげたい。

「トップガン:マーヴェリック」に登場する敵国はいったいどこを想定してるんだろう。
少なくとも我々は敵戦闘機を勝手に「ミグ」と呼んでいたよ笑。

23年3月6日

マンガ友達のミセスAが遊びに来てくれた。
返却本と貸し出し本を両方コロコロトランクに詰め込んで、いさましく。
歓待しようと二度と行かないと誓った禁断のおいしいパン屋に朝イチで自転車を走らせ、ミセスAへの手土産にパンをたくさん買った。(もちろん自分たちの分もたくさん買ったよ)


11時頃にミセスAがコロコロとともに現れたので、意気揚々と、
「禁断のパンです!おみやげにどうぞ!」と袋を差し出すと、彼女はちょっと複雑な表情になっていた。
「こちらもパンなんです。うさこさんにはこれ、ってやつを」と差し出すのは駅前のパン屋のくるみパン。
この「パンかぶり」に2人とも大爆笑してしまった。
O・ヘンリーの「賢者の贈り物」を彷彿とさせるね!

往復3時間近くかけて来てくれて、彼女がうちにいられるのはたったの1時間。
朝の雑用を片づけて子供たちを送り出し、お迎えの時間までに帰らなければならないのだ。
なんて悲しいシンデレラ。
「こっちの方から訪ねましょうか?」と問うてみたが、彼女の家だとそれはそれで子供たちの面倒をみたり食事を作ったりしなければならず、バタバタになるので、短い時間でも我が家を訪問する方がたくさんしゃべれるのだそうだ。

実際、私たちはすごい勢いで情報交換した。
たぶん2人とも通常の3倍速ぐらいでしゃべってたと思う。
帰り道で彼女がまとめてくれたところによると、本日の議題は、
・某ブラック企業の家庭の話
・長老の昔の恋愛、そしてまんがくらぶの多角関係
・息子の家事スキル問題(両家とも頭を痛めている)
・森亘二はベルセルクを引き継いだ
・地方開業医の娘のオタク度
・ソロおたくの活動はどうやって深化するのか
・まんがくらぶはマンガよりもアニメファンとマンガを描く人が多い
・ICUは陽キャの巣窟でまんがくらぶのようなサークルはない

マンガの感想を飛ばしてもこれだけ話していたというのに、2人とも肝心の瀧波ユカリ「あさはかな夢みし」全3巻について語り合いたくて仕方なかったのをすっかり忘れていた!
いとくちおしけり~!(涙)

近所のケーキ屋で買ったザッハトルテをアテに途切れることなくしゃべり続け、1時間たったところでミセスAは予定の電車に乗るべく帰っていった。
幸い間に合ったそうで、ほっとした。
前みたいに渋谷とかで会った方が彼女の移動距離が少なくなって、その分おしゃべりができるんじゃないかしらん。
今度提案してみよう!

こないだTSUTAYAがつぶれないうちにとDVDとCDを借りてきたんだが、昨夜東野圭吾原作の「沈黙のパレード」観てる最中にすやすや寝ちゃったんだよね。
なぜベッドの中では眠れないのに映画観てるとこんなに寝ちゃうんだろう。
せいうちくんの忍耐強い親切で、もう一度最初から観ることになった。
福山雅治のガリレオ先生が老けなさ過ぎてコワイ、と思っていたが、エンドクレジットに過去の名場面が出ていたがさすがにその頃は「若い!」と思わせる美青年だった。
ストーリーは地味で、東野圭吾らしい派手な仕掛けに欠けていたかも。
ガリレオ先生も殺害方法よりはそのあとの推理の方で実力を発揮していたようだった。
新参者シリーズの阿部寛もマスカレードシリーズのキムタクもガリレオシリーズの福山雅治もみんないいなぁ。
今度一気観しようかしらん。

23年3月7日

息子が急に「木曜日に昼ご飯でも食べないかい」と聞いてきた。
私が具合が悪いので、ゆっくり話を聞いてくれようとのつもりなのだろう。
ありがたく11時に来てもらうことにした。

しかし、その日のうちに11時から1時間ほど家でZOOMするけど構わないかなと問い合わせがあった。
私は自分の時間を削られるのが嫌いだ。
約束や予定が変わるとパニックを起こしてしまう。
これは多分、実家にいた頃、「今日はデパートに行くから3時に玄関に集合ね」と言われた時でも、3時5分前にすっかり用意を済ませた私が玄関で待っていると、まだ母と姉は着替えたり、化粧したりしている。
おまけに2人して「あの子、もう待ってるよ。バカみたい」などとひどいことを言ってきたせいだと思う。
いったい何度言われたかわからない。
中学生の頃から「定刻5分前のうさこさん」とクラスメートに呼ばれていたのもこれと無関係ではあるまい。

急に予定が変わって苦悶してるのを見て、せいうちくんが息子にメッセージを送ってくれた。
「お母さんは予定が変わるのが苦手だから、せっかく慰問に来るなら、仕事の話は別にして欲しかったな」って感じで。
息子も、「配慮が足りなかった。決して軽んじたわけではない。すまなかった」と謝ってくれたうえ、ズームは時間をずらして、11時からは私と遊んでくれるようだ。

我ながらめんどくさい性格だが、まわりの家族や友人が理解してくれていて、大いに助かる。

23年3月8日

今日は2件の通院日。
まずは心臓の定期検診。ワーファリン値も2.3と落ち着いていて、調子もそう悪くない。
先日の内視鏡検査の結果がこちらに回されてきていて、今のところ困った点はないようだ。
また来月、と言われておしまい。

いったん家に帰り、午後からは心療内科。
来週、ちょっとタイミング悪く旅行に行くので、次の診療日は3週間後になる。
その間ちょっと薬をたくさんもらうことになるので、管理をしっかりしなきゃいけない。
でも先生は、「気晴らしに旅行に行ったりするのはすごくいいよ」と前向きだった。

帰りに買い物して帰ろうと思って、旧宅の近くのスーパーに行ったらあいかわらず「すがきやの味噌煮込みうどん袋めん5袋入り」を売っていたので2袋買い込む。
ふるさとの味だ。
冷凍庫が少し寂しくなっていたので、あふれるほどの箱アイスも。

しかし、先日残ったカレーの後始末のため、カレーうどんを作るつもりだったのに、ゆでうどんを買うのを忘れてしまった。
大急ぎで帰ってからアイスなどの冷凍品を冷凍庫にしまい、再び出かける。
何を血迷ったか、家からもっとも遠いスーパーに行ってしまった。

ちなみに私のカレーうどんは、カレー汁にうどんを入れたものではなく、ゆでうどんをいったんゆでて、それをネギと一緒にサラダ油で炒め、その上からカレーをかけると言う妙なものだ。
実家で食べていたのがそういうカレーうどんだったからかもしれない。
というか、通常の形態のカレーうどんを食べたことがまったくない。
私にとってのカレーうどんはあくまで、ライスの代わりにうどんを使うような代物だ。
小さい頃の習慣って怖いなぁ。

23年3月9日

というわけで、息子が会いに来る。
特に用事もなく、泊まり場所が欲しいわけでもないのに来るのはたいそう珍しい。
私を慰問してくれようと言うのだろうか。
なんか嬉しいね。

懸案だったZOOM会議も朝のうちに終えてしまってくれたようで、11時ちょうどにやって
来るなり「あっ、しまった!」と叫ぶのは、彼が持ってるいい寝袋を貸してくれと言って持ってきてもらったのに、駅前のカフェに忘れてきたらしい。
電話をしたら見つかったので、帰りに一緒に取りに行くことにした。
前夜せいうちくんが仕込んでおいてくれたカレーを食べながら、いろんな話をする。

ずっと気になっているのは、20歳過ぎの頃、
「子供の頃、お母さんと2人になるのが怖かった。夕方からお父さんが帰る時間まで2人きりになるのがイヤだった」と言っていたこと。
それに、
「夜中に台所の包丁入れがガシャガシャって言うんだよね。部屋の外にお母さんが立っている気配がした。小学生だからね、『殺される!』ってビビったよ。今はわかるよ、自分が死のうとしてたんだね」とまで言われている。
そんな恐ろしい、不快な目に合わせてしまっていたなんて気づかなかった。

今の息子に言わせると、
「よそのお母さんとは違ってたからね、言動が。ヘンな人なんだ、と思ってた」のだそうだ。
「その後、オトナになっていろんなことがわかって、お母さんが病気なこともなぜ病気になったかもわかって、理解が及ぶようになったら気にならなくなったよ」
「あなたの理解が増したのと、私が心臓の手術で心療内科の薬を断薬して以来、話し方や態度が普通に近づいたから、ってことはないの?」
「あー、それもあるかも。とにかく今は何とも思ってないよ。大変だなぁ、助けてあげたいなぁとは思うけど」だそうである。
30代40代の私は昔をよく知る人からも「脳梗塞でも起こしたかと思っていた。さすがに聞けなかった」と断薬後、「マシンガントークのうさちゃん」が戻ってきてから言われたほどで、常に薬でどんよりし、呂律も廻ってなかった。
子供には怖かっただろう。

「1人の人間の魂を、医者に言わせればDNAレベルまで破壊する実家って、どういうもんだと思う?」
「とにかく圧がすごかったよね。僕も苦しくなるほどだった。従兄も結局自分の母親を避けているようだし、そもそも彼自身まだまだ具合が悪そう。そういう連鎖を引き起こす家だったんだと思う」
「お母さんが、否定され、踏みにじられ、自尊心も何もかも失って自殺未遂を繰り返していた、って理由を分かってくれる?」
「うん、わかるよ。生きてるだけでしんどそうだもん。もう楽に生きていいんだよ。お父さんも僕も娘ちゃんもついてるからね」

「今日は慰問に来てくれたわけだけど、これからも折々に話を聞いてね」
「もちろんだよ。それは僕のとっても大事な仕事だと思ってる」
「母さんの子供時代の話も聞いてね」
「え、それは今日聞いたんじゃないの?」
「もっと聞いてほしいよ。だってあなたが知って伝えてくれなかったら誰も私を覚えてなくなっちゃうんだから」
「なるほどね」

今、彼は就活らしきことをしたりバイトに出ようかと思ったり、コントや演劇界以外での生活費の稼ぎ方を考えているようだ。
秋に結婚式が控えてるからなぁ。
「新婦のMちゃんがやりたいことは全部やらせてあげなさいよ。お金がかかるからってあきらめなくてもいいよ。手助けするよ」
「うーん、でも僕だけだったら沖縄のビーチを結婚式の格好で走りたいとは思わないんだよね。恥ずかしいじゃん。彼女もそれほどいろんなことをしたいわけじゃないと思うよ」

いーや、のりつけ雅春の「アフロ田中シリーズ」の中でも言っているではないか。
「結婚式はオンナの風俗」である。
ただでさえお金かけるところにあれこれオプションがついてくるとなったら試してみたいのが人情でしょ?
結婚式をやる時点でもうベタなんだから、思い切りやればいいんだよ。
リゾート婚も東京での披露宴も二次会も全部やってほしい。
真っ白なウェディングドレスに身を包んだMちゃんを何度も観られると思うと、感激で言葉にならないよ。

披露パーティーを息子が今企画・運営している店でやろうと思っているそうなので、
「あなたにはホームだけど、Mちゃんは日頃そっちにあんまり顔出さないんでしょ?アウェー感がないかな」
「うーん…スタンディングで50人ぐらいは入れると思うから彼女の友達もたくさん呼ぶと思うよ。そんなにアウェー感はないんじゃないかな…でも、確かにちょっとは『僕がつなぐ』格好になっちゃうかもね」
その店は二次会にしておいて、披露パーティーは別にやればいいのにぃ。
これが親の興奮というものか。

4月にMちゃん母娘と5人で温泉旅行に行くつもりだから、その時に話がまた進むだろう。
どうも息子が楽観的過ぎて気になる。
新郎なんてそんなもの?

彼がお風呂に入って、朝一番で自転車飛ばして買ってきたシュークリームも食べてしまって、さて、そろそろ寝袋を引き取りに行くか。
ついでにカフェでコーヒー飲もうと誘われた。
「いい陽気になってきたね」と話しながら息子と近所を歩くのも感慨ひとしおだ。


幸い寝袋はちゃんと取ってあって、2人ですみの席でアイス・ラテを飲む。
「結婚は、したら終わりじゃないんだよ。毎日結婚し続けるんだよ」と説教垂れると、
「考えてみたら大変なことだよね。家事のことなんかで最近よく話し合いをするから、会話の大事さがわかったよ」としみじみ言う。

「我々は、あなたが高校生になるぐらいまで毎晩少なくとも1時間ぐらい『ミーティング』をしてたよ。今日のあなたがどんな風だったか、何を考え、何を言っていたか、報告し合ってた。同じことをしても違う叱り方をしたりすると混乱するでしょ?『こういう息子にはこう接しよう』みたいなマニュアル作り的作業が延々と続いたよ」
「それはすごいね。大事なことだね」
「でも、反抗期の時に『親父とおふくろ、どっちと話しても同じ意見しか言わない。別の人間と話している気がしない!』って怒ってたじゃない」
「あれはね、よそのうちでお父さんお母さんを見るじゃない?それぞれに反応が違うんだよね、父親と母親では。うちはその辺がかなりシンクロしていたから、不思議だなぁって思ってたんだよ。今、腑に落ちた」
いいか悪いかわからんが、自分たちなりに手間をかけて育てたつもりだ。
しっかり頼む。

ただ、彼はいつか遠くに住むようになってしまうかもしれない。
東京は言うに及ばず埼玉ですら家賃が高すぎると感じるそうだ。
「僕のやりたいことがどこでもやれるようになったら、移住を考えてるよ。本当は、何もかも捨ててあそこへ行きたい、って強く憧れたNYに住むのが夢だけど、それにはMちゃんも同じ考えや生活観を持ってるってのが条件だからね。だから、今はまだ夢。先のことはわからない」
10年後、20年後の彼らがどう言ってどう考えてどういう生活をしているか楽しみだ。
見ることはかなわないかもしれないなぁと考え、また、今のようにしょっちゅう会えるゴールデンな日々を考えて、少し泣いてしまった。
「すぐじゃないよ。それまでまだまだ時間はたっぷりあるから、それまでこうして会って話そうね」と言ってくれたので十分としよう。

息子と駅前で別れ、寝袋を抱えて家に帰ってみて立ちすくんだ。
Mちゃんへのおみやげに買ったシュークリームとプリンの箱を出しておいたのに、忘れていってる!
あわてて「おみやげ忘れてるよ。もう電車乗っちゃった?」とメッセージを送ると、まだ駅前のマックでZOOM会議してるそうだ。
「ごめんね~!会議が17時半ごろ終わるから、取りに行くよ」
ああ、埼京線に乗ってしまわないで家の近所にいてくれてよかった!

そして17時40分頃、お菓子の箱を取りにやってきた。
上がってもらってお互いに一服し、さっき駅前で盛大にしたハグを、さらに熱烈にして別れを惜しむ。
「じゃあね、気をつけてね。Mちゃんによろしくね」とドアを閉めたとたんどんどんと叩く音がする。
「どうしたの?」と開けると、「スマホ忘れた」。
今日、3度目の忘れ物だよ。
「ちょっとボーっとしているかもしれないなぁ」と頭を振り振り帰っていったよ。
今日は直行で家に帰るそうだから、Mちゃんと甘いもの食べて。

とか言いつつ、週末はまた「鈴懸のいちご大福」を渡したい一心で新宿経由大宮まで会いに行って、昼ご飯を一緒に食べるのだ。
まったく子離れしてないな。
Mちゃんという娘ができて、拍車がかかっている。
いつかは息子と何年も会わないって生活が来るかもしれないんだなぁ。
「ZOOMはしようね」と約束しておいた。
どこに行っても何をしても、元気で幸せならそれでいい。

23年3月17日

本日は整形外科へ。
ひざが痛くてしょうがない。
支えるべき体重がじわじわと増えているんだから仕方ないのかもしれないが。

両手の腱鞘炎も良くなる気配がない。
今日はいつもの先生じゃないのでほぼシップをもらうためだけに行ったようなもの。
この腱鞘炎にかかってもう半年はたつと思うんだが、鎮痛ジェルを塗る以外の治療はない。
あと、お風呂の中で両手を「ぐー、ぱー、ぐー、ぱー」と握る体操は教わったな。
けっこう真面目にやっているのに一向に治らず、何もしてない時でも指側面にピリピリと痛みが走るのを感じるほどだ。

1日ひと仕事が終わったので、もう今日は何にもしない。
息子妻のMちゃんが大好きだという古谷実を読んで過ごしている。
「わにとかげぎす」とか読んでると頭がどうかしそうだ。
大人しく優しい顔をしたMちゃんの意外な側面を見たようで、人間の深さにしみじみ驚く。
これが終わったら「呪術廻戦」読むんだ。七海さ~ん!

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