駒場に来た。多分半年ぶりくらいに来たと思う。サークルの同期が駒場のテニスコートでテニスをすると言うから「今日行けばぼっちじゃないわ」という浅ましい計算もあった。

1時間くらいテニスをして、コートを出た。着替えていると、ぼんやりと「もう駒場に来ることなんかないんだろうな」という考えが浮かんで、せっかくなので少し散歩をすることにした。

一歩一歩、なんとなくゆっくり歩いた。真面目な学生ではなかった。学校には専らテニスをしに行き、出席の無い授業には出なかった。出席のある授業にさえ出ないことがあった。

それでも銀杏並木を歩いてくるとこみ上げてくるものがある。この感情をこみ上げてくるとしか言い表せない自分の語彙力が歯痒い。

必修だったスペイン語の授業のあった12号館、一年の時に落とした英語中級の教室がある10号館、流石に授業聞かないとヤバイかなと思って出席するも全然何を言っているかわからない政治学を聴いた900番講堂。

サークルの人とサイコロステーキを売りつけた駒場祭。確か2年の時にはたこ焼きを売ろうとしたら火力が弱すぎて全然焼けなかったんだっけな。

そういえばその時付き合っていた彼女は「人が多すぎる」って言って泣いていた。泣いてるのをなだめて、早めに家に戻って鍋を作って一緒に食べた。あれから2年、彼女は別の人と結婚するらしい。

生協では特にうまくもない弁当を売っていた。うまくはないけど、他に食べるものもないから食べていた。

書籍部ではフェアに乗っかって売っていた、名前を聞いたことがある岩波文庫を買ったこともある。結局難しすぎて内容がわからず、すぐに読むのをやめた。

初めて行ったのは確か5号館だ。東大の二次試験を受けた。なんだか足が冷えた記憶がある。合格発表まで不安だった。1年目は全落ち、2年目はセンターしか受けてなかったから、落ちたら早稲田に行っていたんだろう。そうなった時の自分はやはり兄のように、受かるまで東大を受けていたのだろうか。

学食は開いていなかった。なんかのパーティーでもやるんだろう。その準備をしているのが見える。そういえば新歓期に部活が学食の二階でパーティーをやっていて、入る気もないのに参加したあげく「あんま美味しくない」とぶつくさ文句を言ったりした。

学食の前ではダンスサークルの学生が今日も元気に踊っている。生協前ダンサーズだ。4月や5月の初めにはまだ恥ずかしそうに踊っている男女がちらほらといるが、3月にもなるとみんな堂々と踊っている。

近くのテラス席では3人組の男子が談笑している。会話の内容までは聞こえないけど、楽しそうだ。

授業に全然出ないから、1年の時も2年の時も留年しかけていた。クラスメイトに勉強を教えてもらったのは学食だった。あの時勉強を教えてくれたあいつは、成績は良かったけど履修ミスで留年したと聞いた。大学は成績よりも履修が大切だったりするから怖い。すっかり姿を見ないけど、元気だろうか。

このまま渋谷まで歩こうかとも思ったけど、正門を見たかったので電車に乗ることにした。正門を出てから渋谷まで歩くのは、なんとなく違う気がしたというのもある。

学食から正門に向かう道を歩いていると、数理化学研究所が見えた。そういえば入学したてのころは「数理化学病棟」とか言って喜んでいた。今思えば別に面白くもない。ただ何か話してはみんなで声をあげて笑った。

まばらに立っているサークルの立て看板はこれからやって来る新入生のために作られたもので、今から出て行く卒業生にはよそよそしい。

笑いながら歩いてくる3人組はインカレサークルの女子だろう。メイクやファッションからそんな感じがする。

右手に見える一号館は立派な建物だが、授業では意外と入る機会が無かった。駒場祭で少し回ったくらいだったと思う。 1年の春に遊んで疎遠になった子がいて、駒場祭で少し気まずい思いをしたこともあった。

少し離れた所に見える梅の花は盛りを過ぎて散りかけている。なんとなく「おつかれ」と言われているような気がした。

正門前の広場は駒場祭の時期になると踊る人たちが出てくるけど、普段は閑散としている。外部の人が大学の案内を見るくらいだ。

守衛室の横を通って正門を出る時、聞こえるか聞こえないかギリギリの声で「さようなら」とつぶやいた。

出て5秒くらい歩いてから振り返った正門はやっぱり入学前と同じくらい大きく、でもやっぱり慣れ親しんだ存在だった。大学に行ってから教室よりもテニスコートや学食にいる時間の方が長かったから、もしかしたら裏門の方がよく使っていたかもしれない。

それでも、正門はやっぱり正門だった。

なんとなく一回お辞儀をして、「ありがとうございました。」と言って、駅に向けて歩き出した。今度は振り返らなかった。

階段を上がりながら、時々行ったつけ麺屋を思い出した。どうも、この間潰れたらしい。そういえばもう一年くらい行ってないような気もする。そういうもんだよな。店は行かなければ潰れる。

「もう少し真面目に勉強してたら良かっただろうか」そう思うこともなくはない。

それでも良い大学生活だった。サークルに入って、テニスをして、ギリギリ留年しないくらいまで遊んだ。

1年生の時しか話さなかった人、もう全然会っていない、当時仲良かった人、なんとなくウチに住んだ人。 逆に、駒場では全然話さなかったけど、本郷ではたくさん話した人もいる。

2回しか休んでいないのに不可をつけやがった英語のあの教員、問題が全然わからないけど謝罪の言葉と知ってることを書いたら可をくれた法Ⅱの教員。生徒が4人しかおらず、そのうち2人は留学生で、しかも授業態度が悪すぎてブチギレられていたポルトガル語。優をくれた。

一つ一つ話すにはしょーもないくらいの、ポロポロとした小さな思い出が浮かんでは消えていく。

わざわざ誰かに時間を取ってもらって話すほどでもない、内容もロクにない、激しい感情に突き動かされたわけでもない。今日駒場に来なければ、きっと思い出すこともなく終わっていた思い出たち。

でもなんとなくポコポコと湧いてくる感情をここに供養させてほしい。

東大に入って、良かったと思う。

P.S.これでなんかの間違いで留年したらマジウケますね。

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