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釣行記-37【アカハタ新聞その12】

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どうもこんにちわ。釣行記の第37回目です。またまたアカハタ新聞。いつもの真鶴です。一ヶ月ほどアカハタ断ちをしてました。

前回のスター誕生、マゴチぼうずで思ったのですが、ボトム(海底)は岩であるべきだと思うんですよね。ボトムには二つしかない、ロックかロックでないか、だ。と言い切りたい。根掛かりしないのにボトムを叩くって、LINEで既読スルーされているのがわかっているのに連絡しまくるようなものだと思っていて、「それ、なんか意味あるの?」と思ってしまいます。読まれているのならまだしも、既読にするだけのタップとか、あるいはブロックされていたりとか。。。まぁ、意味はあるんだろうとは思いますけども、何かの反応は欲しいですよね。

今回はより意味のあるというか、手応えのある、手触りもある、おまけに根掛かりまでもあるロックゲーム。またまた秘密兵器を実装しました。

投網。何をしたいんでしょうかね、ぼくは。でもこの投網導入の目標とか目的については、あまり深くは考えません。なぜ深く考えないのか?

論点は主に二つ。一つ目はそれが、ここで言えば投網の導入が、正しいことなのか間違っていることなのかは、この時点ではわからないため、仮に間違っていた場合、間違っていることを考え続けることは徒労であるから、です。

二つ目は、それが今考えるべきことなのか、これから考えるべきことなのか、あるいは過去に考えておくべきだったことなのか、一つ目の論点に暫定的結論を下せないと判断できないから、です。なので思考停止します。ただ、一つだけ、投網に託した希望は、いつも桟橋付近にいるルリススメダイを、文字通り「一網」打尽にしたい。

あおい。でも到着が遅く、そんなに居なかったため試すことなく。。。

出航っ!!途中、この時期特有のキャスティングゲームの機会を虎視眈々と狙います。虎視、どちらかというとぼくはイヌっぽい顔のようなので、犬視でしょうか。そして見つけます、シイラが跳ねているところを、ね。

キャッチ。よくよく写真見ると、左下にもチェイスありますね。

今回のキャスティングタックル。マングローブスタジオのBH722、ステラ5000、PE1.5。瞬殺。

カッコつけて「瞬殺」と言いましたけれども、シイラってチョロQみたいなスピード感で、あちらこちらそちらどちら、と泳いだり跳ねたりします。そのため、感覚値的には、針がかりさせた後で逃げられる可能性が4割くらいあると思います。バラしが多いんです。ホテルには一緒に行く機会は多いけれど、なぜか女性が生理になってしまう、みたいな。「これ、なんとかならんかなぁ」と思い、解決策として導入してみたのがこちら。

針がかりさせた後、「ありゃ、抜けたか、これは」と思うくらいに手応えがなくなりましたが、こちらに向かって泳いでいただけで、無事にキャッチ。どうせ逃すんですけどね、シイラなので。食べても美味しくはないし。仲間内でも軽く見られていて可哀想。「あー、シイラね。。」的に。

ただ、ここで思うのですが、「あの人、性格はいいんだけどねぇ」とか「お付き合いするぶんにはいいんだけどさ、結婚はちょっとねぇ。。」とか、偉そうに言う独身こじらせている男性諸君、己を知れ、と。もっと人に感謝をしなさい、と。

シイラだって釣られたくて釣られてるわけじゃないと思うのです。楽しく泳いでいたら、キラキラ光るルアーがあったので楽しそうだから頭突きしてみたら針があって引っかかっちゃった、そんな感じなんですよ、きっと。人間で言えば、飲み会に参加してみたらたまたま気があったから、また会ってみたら。。。的な。

そうは言っても何かを犠牲にしてくれているわけですよ、そういう人でも。もっと感謝した方がいいですよ、君達もぼくも。なので僕は感謝します、シイラに。全力で。

最近、なるほどな、と我が事とフラッシュバックして感じたことを書いている方が居ました。

社会性の言葉ではなく、心からの言葉や態度で接するのがいいです。そうすると相手は最初は頭だけで返答しますが次第に心で応えてくるようになります。時間がかかるかもしれませんが、音叉(おんさ)の法則で、頭の言葉には頭による反応が返ってきます。心の言葉には心が返ってきます。

そうだよね。そう思います。ぼくも心から言われた言葉には心で答える様に生きてきました。でも、人から言われたからそれに応じる、ってなんだか損して生きている様に思えます。なので、あらためて積極的に、チャレンジする生き方にしようかと思っています。だから言います。

シイラ、ありがとう!本当にありがとう!!

ていうかペンペンだけどなっ!!でも本当にありがとう、そしてごめんね、痛めつけちゃって。

その後、マグロっぽいライズなのかボイルなのかナブラなのかそんな何かがあったり、カツオっぽいライズなのかボイルなのかナブラなのかそんな何かがあったりしましたが、いつ出てくるかはわかりません。奴らは気まぐれなのです。いつ出てくる?返事はいつも「行けたら行くよ」。それに対するこっちの返事は「待ってるね」と。どんだけ従順なのだ、と。

優秀な魚探や連絡網があると別らしいですが、まぐろやかつおに遭遇するのは、基本は偶然だと思います。海流、気候等を読み、経験を積むことで偶然の可能性を上げることは出来るとは思うのですが、偶然を待ち続けることの是非について考えますと、非が優勢な感じがして、平常運転でアカハタに向かいます。

つります。タックルはディアモンスターMX6+、モアザンPETW、PE1.2、ゲーリーファットイカ。

モアザン、ゴリゴリ巻いていると筐体が軋むというか、「もしかしたら壊れるのかな。。。」と、ちょっと不安になります、カルコン比の意見ですけれども。。と思っていると、次のキャストで根掛かり。リーダーまでロストしちゃったので、カルコンDC201に選手交代します。

そしてイカでもう一投。いやに引くなぁ、と思ったら。。。

カンパチさんのとこのおこさんのショゴ。やったね。

そして、この後はゲーリーヤマモトの優位性確認作業に入ります。

まずはこちら。

4.4インチHUGGER。先日、カーペンターのγを買おうとしたら抱き合わせで買わねばならなくなったバーターの星。

釣れます。これがベターかも。他は問題あります。後述します。

次に6インチWテールフラグラブ。これに一番期待してました。

着底ヒット。が、テール部分が一撃でロスト。当たりどころが悪かったか。。。でも脆すぎな気が。

次、4インチZAKO。腹部から後ろがえぐれておりスイミングが得意っぽい。

釣れます。テール部分の剔れがポイントなのでしょうね。

そうして、アカハタにはボディが太めであればなんでもいい、という論拠がより強化されました。HUGGERがベターな気がします。

でもHUGGERとZAKOは載ってない感じが。。。海外直輸入品で変なの結構ありそうですね。なんやかんやで15匹くらいは短時間で釣り固めた感じ。

でもこの後、突風になり、危険と判断しまして、ゆっくり港方面へ戻り、近場でやることになりました。すると風が収まりまして。。。

頭突きしたら釣られちゃった方。まぐろはシイラに体当たりして気絶させてから食べるらしいですが、シイラは小魚に頭突きしてから食べるみたいですねぇ。

で、一通りやりまして納竿、と。釣れた魚のみなさん、遊んでくださってありがとうございました。本当にありがとうございます。

しかしあれだな、アカハタはもう何も考えなくても釣れる感じ。と、有頂天になっているとさっぱり釣れなくなるのが世の常ですけども。

帰り道、ちゅーばーといろいろ話しました。自分の人生において大切なことは何か、とか。習慣を絶ってみると何かが変わるのか、とか。

彼と知り合ったのはもう15年ちかくも前のこと。以来、欠かさずにしてきたことは飲酒と喫煙くらいしかすぐには思い浮かびません。いま、ぼくは、43歳ですが、彼と知り合った30歳の頃に思い描いていた、綺麗な色のはずの未来の中で生きているのか、ふとそんなことを考えました。どうなんだろう。

頭良くなりたい、収入をあげたい、異性にモテたい、世間に評価されたい、気の向くままに生活したい、そんなことを考えていたように思えます。「全然変わってないですね!!」とか言わないでくださいね、ぼくの過去を知る方々。

まぁ、野のケダモノとなんら変わらない気持ちですね、こんなのは。くだらん。オオカミの群れの中で出世を望むオス、みたいな。オオカミに生まれればよかったんだよ、きっと。

翻って今。お金はないと困るけれど、幸福の必要条件ではないのかな、と考えることは出来るくらいにはなりました。再三引用しているチャンドラーのロンググッドバイ、主人公はこう言います。

「ぼくは金持ちなんだぜ。その上幸福になる必要がどこにある」

最高じゃん、テリー。宵越しの銭に未練が無いあたり、無頼すぎるにもほどがある。

金と幸せを天秤にかけてみれば、最初は逡巡していたとしても、やがては大きくどちらかに傾くことを知ることができてよかったと思います。とはいえ、幸福にも、プリズムが放射する色の様に様々な形があることでしょう。ぼくはまだその一部分しか知らないと思うので、まだまだチャレンジし続けないとなぁ、と改めて思いました。

金のある幸せと、金の無い幸せ。金の無い不幸と、金のある不幸。か。悩まし。

で、なんだっけか、ほかの過去思っていたこと、か。つまるところ、己の欲求に対する自由が欲しかった、ということですね、まとめますと。その自由は手に入れた、では次に何を求めて、何をなしていくのか。

社会との関わり、という観点での仕事で言えば、やってみたい仕事は大抵やることができた、周囲のおかげでやらせてもらうことが出来た、そう感じています。成果があがったものもあれば、さっぱりだったものの、致命的なトラブルを抱えたものもありました。唯一、これは職業なのか?という話もありますが、やってみたいことと言うか、小説家になってみたい、というのは未達なので、今年中には一本仕上げてみます。

チューバーは個人コーチングなんかやってみるといいのでは、と言っていました。自分がどうしたいのか、どう生きていきたいのか、この辺をMECEに突き詰める作業に付き合ってくれる人がいるみたいですね。精神科医の仕事の一部な感じがしますけども。

ぼくは50歳になったらどうしていたいのか。何を感じて生きていたいのか。60歳になったら?その先は?

「これまでは、これでよかったのですか?」そう聞かれたら二つ返事で「ノー」と言うと思います。「これからどうしたいのですか?」そう聞かれたら、それには明確に答えることが出来るように、あらためて人生設計していこうと思いました。老い先短いけどね。

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