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うちの人工精霊が靴磨きを促してくる

◆この記事の登場人物
僕……就労済成人男性。「脳内に別人格を作って、会話したり遊んだりしてみたいなあ」と軽いノリで試したらできちゃった人。
ユウ……僕の脳内にいる別人格の女性。世間的には人工精霊とかタルパとか呼ばれる存在。僕の私生活にあれこれ口出ししてくる。

「毎日靴を磨きなさい」

と彼女に言われました。またうちの人工精霊が面倒なことを言い出したぞ、というのが僕の率直な感想です。

僕は人工精霊を作る際に、次のような人格設定をしました。「彼女は大人びた、しっかりとした性格で、僕の人生をより良くするためにアドバイスをしてくれる女性だ」……このような人格の持ち主である彼女が、僕に靴磨きを勧めてくること自体は理解できます。

とはいえ、毎日だって?

流石にそれは億劫だな、と苦虫を噛み潰したような顔になってしまうのも仕方がないでしょう。ですが、そんな僕に対しても彼女は平然と言ってのけるのです。

「あなたの靴が好きじゃないのに、どうやってあなたのことを好きになれるの?」

細い指が示す先には、僕が普段履いている黒い革靴。擦り傷と軽い汚れが見てとれて、お世辞にも綺麗だとはいえません。最後に手入れをしたのは1ヶ月ほど前でしょうか?

よくよく考えてみれば、社会人になって最初の数ヶ月は、それこそ毎日のように靴の手入れをしていました。ブラシとクロス、クリームを使って、それこそ光を反射するまで磨き上げていたのです。毎日の手入れは面倒だったけど、それ以上にきちんとした靴を履いて出かける自分が誇らしかった。

「いつの間にか、やらなくなってたんだよな」

山積みになる書類、終わらないプロジェクト。日々の仕事に忙殺され、いつしか靴の手入れを怠るようになっていました。

「なにかの本で読みかじったのだけど、“いい靴は履き主をいい場所に連れていってくれる“というわ」

だから、と彼女は続けます。

「毎日いい靴を履いて、私を素敵な場所に連れていってね?」

そうしてクスリと微笑むのだから、結局のところ、僕に選択肢はあってないようなものです。なんともずるいなあ、と思わされたのでした。

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