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レイモンド・チャンドラー『ザ・ロング・グッドバイ』を英語で読もう ~ Chapter 2 ~


  第2章は「彼を再び見かけたのはサンクスギビングの次の週だった」という出だしで始まる。彼とはもちろんテリー・レノックのことだ。

 It was the week after Thanksgiving when I saw him again. The stores along Hollywood Boulevard were already beginning to fill up with overpriced Christmas junk, and the daily papers were beginning to scream about how terrible- it would be if you didn't get your Christmas shopping done early. It would be terrible anyway; it always is.

ハリウッド・ブールヴァードの店は既にクリスマスの準備を始めている。マーロウはいつものようにクリスマスシーズンの大騒ぎに対して皮肉な感想を述べる。It would be terrible anyway; it always is. 短いセンテンスがシニカルな雰囲気を醸し出す。

 オフィスの近くの街角にパトカーが止まっており、中の警官は歩道の先の店先を見つめている。警官の視線の先にあるのは、店のファサードに寄りかかっているテリー・レノックスだ。

 He was leaning against a store front. He had to lean against something. His shirt was dirty and open at the neck and partly outside his jacket and partly not. He hadn't shaved for four or five days. His nose was pinched. His skin was so pale that the long thin scars hardly showed. And his eyes were like holes poked in a snowbank.

 積もった真っ白い雪に空いた黒い穴のようなくぼんだ目をした疲れ切ったレノックスの姿が目に浮かぶようだ。
 
 どうみても浮浪者にしか見えないレノックスをしょっぴこうしている警官に対してマーロウは"Your arrest record can't be that low," I said. "Not in Hollywood."と軽口をたたいて煙に巻き、抱きかかえながらタクシーに乗せる。

最初はチップが目当てで嫌々乗せたタクシーの運ちゃんも事情を察知してマーロウたちがタクシーを下りる段にこう言う。soptもbuckもスラングで1ドルのこと。

 I held out the five-spot to the hackie. He gave me a stiff look and shook his head.
"Just what's on the meter, Jack, or an even buck if you feel like it. I been down and out myself. In Frisco. Nobody picked me up in no taxi- either. There's one stony-hearted town."

 プアホワイトのタクシーの運ちゃんが一転して心意気を示すエピソード。都会の見知らぬ他人同士に生まれるささやかな共感。Friscoとはサンフランシスコのことを一時期こう呼んでいたのだそうだ。これに関しては興味深い解説が村上訳のあとがきで触れられている。

 マーロウはテリーにドライブ・インでハンバーガーを食べさせ家に連れてゆく。

 We went to a drive-in where they made hamburgers that didn't taste like something the dog wouldn't eat. I fed Terry Lennox a couple and a bottle of beer and drove him home.

「犬も食わないほど不味くはない」とは相変わらずのもって回ったひねくれた表現で嬉しくなってしまう。こういうどうでも良いような箇所が面白いのもチャンドラーならでは。

 ところで、この第2章にはこの他にも食にまつわるシーンが出てくる。1箇所はマーロウがレノックスにカナディアン・ベーコンとスクランブル・エッグを作ってやるシーン。

 I went out to my kitchen and cooked up some Canadian bacon and scrambled eggs and coffee and toast. We ate in the breakfast nook. The house belonged to the period that always had one.

 丁寧な描写がマーロウのまめな性格と手馴れた様子を窺わせる。ちなみにCanadian baconとはロース肉で作られたベーコンのこと。このシーンを読むといつもこの典型的なアメリカン・ブレファーストを食べたくなってしまう。カナディアン・ベーコンの作り方はこちら

 もう一箇所は2人でムッソの店で夕食を取ったと書かれているシーン。

 He changed his clothes and we ate dinner at Musso's about five-thirty.

 ムッソの店とはハリウッド・ブールヴァードにある1919年にオープンしたMusso & Frank Grill のこと。The oldest restaurant in Hollywoodと称されている。

 風呂に入り髭をそって「人間」に戻ったレノックスにマーロウは、何で連絡してこなかったのかと問い詰める。

 それに対してレノックは、"Why should I bother you?" あるいは "Asking for help doesn't come easy-especially when it's all your own fault." と彼は自分なりのプライドにこだわっている様子だ。

 探偵の勘からか、マーロウは"I've got a feeling about you. " 「君には何かしら気にかかるところがあるからだ(村上訳)」と言う。そのa feelingとは、以下のようにその後の物語の行方を暗示するかのようで恐ろしい。

 "A feeling that next lime I'll find you in worse trouble than I can get you out of. I don't know just why I have the feeling, but I have it."

 シルヴィアとは金目当てで結婚した、と告白するレノックス。嫌な顔をして席を立つマーロウにレノックスはあわててつけ加える。

 "Wait a minute, Marlowe. You're wondering why if I was down and out and Sylvia had plenty I couldn't ask her for a few bucks. Did you ever hear of pride?"
"You're killing me, Lennox."
"Am I? My kind of pride is different. It's the pride of a man who has nothing else. I'm sorry if I annoy you."

 「それ以外何も持ち合わせていない人間のプライド」を唯一の矜持として生きているのがテリー・レノックスという男なのだ。

 困っているのに連絡もしてこない、質草になる立派なスーツケースを持っているのに空腹で路上生活を続けている、大金持ちの前妻と遊び歩いているくせに金の無心はしない、マーロウ自身も不可解と言うテリー・レノックスの独特のプライド。しかしマーロウは Whatever his rules were he played by them とつぶやいて、「どんなルールであれ、テリー・レノックスは彼なりのルールを守って生きているのだ」とその生き方に共感を持ち始める。

 レノックスが自宅に戻り、ひとりチェス(マーロウの趣味はひとりチェスだ)をするマーロウのところにシルヴィから電話があり、彼のことが気にかかっていると言う。マーロウは皮肉たっぷりにこう言う。

 "I noticed how worried you were the night we met."

 knewではなくてnoticedを使うことでhow以下の反語的なニュアンスがより強まっている気がする。清水訳では「あの晩は気になさらなかったようですね」、村上訳では「先日お会いしたときには、さほど気にかけてはおられなかったようでしたが」となっている。

 その後いくつかの皮肉で辛らつなやりとりがあった後、マーロウとシルヴィアの最後のやりとりはこんな風だ。beanとはスラングで5ドル紙幣のこと。

 "The guy was down and out, starving, dirty, without a bean. You could have found him if it had been worth your time. He didn't want anything from you then and he probably doesn't want anything from you now."
 "That," she said coolly, "is something you couldn't possibly know anything about. Good night." And she hung up. She was dead right, of course, and I was dead wrong. But I didn't feel wrong. I just felt sore.

「あなたからは何も受け取るつもりはなかったし、今もたぶん同じだ」とレノックスを代弁するかのように言うマーロウ。「その辺のことはあなたにはわかりっこない」とクールに告げて電話を切るシルビア。

 テリーとシルヴィアのいわくありげな関係を強く暗示してマーロウとシルヴィアの最初で最後の会話は終わる。

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(*Photo by Grant Goad _Musso & Frank

to be continued

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