トラバヘッダー最新15

TORABARD 第2話「やさしさのうた」

読者のお悩み相談と商品アイデアを基に創る小説『TORABARD』

 第2話「やさしさのうた」


〜お悩み相談〜

愛知県在住 年齢非公開 主婦 さゆりんさん

学生時代のいじめが原因で引きこもるようになった息子がいる主婦です。 

このようなニートの息子に社会活動(仕事)をさせるにはどうしたらよろしいのでしょうか?


〜商品アイデア〜

神奈川県 19歳 大学生 のりぴょんさん

フォークスプーンをEHEエボリューションしてみました。


※〜EHEエボリューションとは〜
・Emotional(エモーショナル)「情緒的」
・Hybrid(ハイブリッド)「多様性」
・Exciting(エキサイティング)「わくわくする」
以上3つの要素、TORABARD三大原則〝EHE(エヘ)〟を兼ね備えたうえで物事を進化させるという意味。


◆今回採用されたさゆりんさん、のりぴょんさんには、オリジナルステッカーをプレゼント!


TORABARDは皆さまから投稿いただいたお悩み相談と商品アイデアを基にストーリーを制作しております。

皆さまからの投稿がこの作品を創ります。 

お悩み相談、商品アイデアがある方はコチラまでご応募ください!

採用者にはTORABARDオリジナルグッズをプレゼントいたします!


今回は、以上の投稿を元に書きました。




ロータリーのモニュメントに雨が滴り落ちる名古屋駅前で、ニトロはストリートライブをしている。

ボディにハチドリが描かれたチェリーサンバースト色のギターを奏でながらラブバラードを唄う。

唄いながら観覧客に目配りをしていると、その中に1人、憔悴(しょうすい)しきった顔をしているOLが目に入った。

見たところ、まだ新卒入社の初々しさや仇気(あどけ)なさが感じられる。

鳥の囀(さえず)りを終えると、ニトロはその新人OLに声をかけた。


「お姉ちゃん、どないしたんや? 暗い顔して」

新人OLは目を潤ませながら答える。

「明日…… 会社行きたくないです…… もぅ我慢の限界です……」

「行きたくなかったら、べつに行かんかったらええやんか」

「そういうわけにもいかないんです…… せっかく決まった就職なので親も心配しますし……」

「なんで会社行きたくないの?」

「人間関係です……」

「ふーーん。 そうか……」

といいながらニトロは後ろに折りたたんで置いていた直径2メートルほどの台を拡げて観覧客の前に置き、その上に品物を並べたあと着ているパーカーのフードを被った。


「それでは本日の品物を紹介するぜーー!  ヘイッ、プチャヘンザッ!」


ニトロは新人OLにライムする。


「不景気さながら打つ手は絶えず前進

 ブレーキしながら進めば焼けるエンジン

 ステージ嫌々上がれば冷めるエナジー

 不定期モヤモヤ積もれば絶えずセラピー

 アクセル精一杯踏みこめるまで

 なるべくBe healed無事終えるまで

 飛べなくなったら逃げてもいい

 燃えなくなったらRest wings

 少し羽休めよう 一度羽伸ばそう

 ゆとりあればgood寝坊 良いそのまま遊ぼう

 ゆっくり休んで力溜めよう

 ぐっすり眠って気まま食べよう

 ハート結果 愉快確定

 また飛べるさ Fry away!」


ニトロは虎の咆吼(ほうこう)を一旦止め、新人OLに普通に話しかけた。


「まぁ、とりあえずこれでも食べて行きぃや」

といいながら台の下から何かを取り出し手渡した。

「これは…… カップラーメン? しかも愛知県民のソウルフードの…… あの有名店の」

「今からこのカップラーメンにお湯を注ぐから、これをちょっと脇に挟んでくれるかい?」

ニトロは更に何かを手渡す。

「えっ…… これってあのお店のフォークスプーンじゃないですか」

「ええから、ええから」


そしてニトロは再びライムする。


「命がけで燃え尽きる3分間

 気持ちだけで折れずに向かう瞬間 

 胸に制限を課した有限ヒーロー

 故に経験を増したパーリーピーポー

 どの戦いにもフラットは無ぇ

 Soお互いにかっとばせ

 勝負完結後 味見Want to eatカップラーメン

 和風とんこつのダシにテンションUP俄然

 食べるのはこのフォークスプーンで

 晴れるのは心 Warm充分で

 手元のカバー外すと体温計

 手頃どなたでも挟むとハイOK!」

ラップが終わると、新人OLが脇に挟んでいるフォークスプーンから音が鳴った。

「よし、三分経ったから、もうラーメン食べれるで」

「もしかして…… これって体温計?」

「正解! まぁ正確には〝三分で熱が計れるフォークスプーン〟やな。 あっ、ちなみにそれ使ってラーメン食べる時は手元の先端にこのカバーをはめてや」

「なるほど…… このカバーを外すと手元の先端が体温計になるのね……」

新人OLはカップラーメンを啜(すす)りながらニトロの話を聞く。



「最近の我が国では、エコを考慮し、マイ箸がブームとなってますが、これからは〝マイフォークスプーン〟の時代です」

「まっ、マイフォークスプーン!……」

「これは、単なる食器ではなく、体温計の機能…… そして……」

「そして?……」

「セキュリティの機能もあります……」

「せっ、セキュリティ!……」

「ほら、あそこのロータリーに、アブドーラ・ザ・ブッチャーのような巨漢な野郎が立ってるでしょ? もし、あぁいう大男に襲われたとき…… デコをこのフォークでブッ刺せば、一発KO! オールオッケー!」

「はぁ…… おデコを……」

「つまり、エコ+体調管理+セキュリティ=女性の味方なのです! ちなみにこの公式はくもんでも教えられています」

「はぁ…… あの、くもんでも……」

「ちなみに、こうして体温計の先端を擦ると温度調節もできるでぇ」

不気味な笑みを浮かべながらいう。

「温度調節……」

「まぁ、お姉ちゃんはちょっと頑張りすぎや。 この体温計で仮病でも使ってしばらくゆっくり休んだほうがいい」

「いえ、仮病ではなく、一度親にきちんと相談をしたいと思います。 そして体調を見ながらまた頑張りたいです。 なんだか久しぶりに美味しいカップラーメン食べたら少し元気になりました。 あの…… その体温計を一ついただけますか?」

「サンキュー、オフィスレディー! あっ、お金はこの募金箱に入れてや! 参考価格はここに書いてるからね」

そして新人OLは清爽な表情で露店を後にした。

「只今、この体温計をお持ち帰りいただいた方には、でらうまなカップラーメンもプレゼントしているだがやーー」

ニトロが声高らかに呼び込みをしていると、

「あの…… それ一つください」

手に大量のカップラーメンが入っているビニール袋を下げ、スウェットジャージで眼鏡をかけた肥満の中年男性が話しかけてきた。

「おっさん…… カップラーメン、えらいぎょーさん買ったなぁ。 俺にも一つ分けてぇや」

「えっ、別にいいですよ。 なんでも好きなだけとってください」

「マジで! ほんじゃ、ちょっとその袋かしてくれる?」

ニトロは中年男性からビニール袋を受け取った。

そして中年男性を無視して再度呼び込みをはじめた。

数分後──

「あの…… 好きなラーメン…… もぅ選び終わったかな?」

「えっ!? もうとっくに選んでるやん! コレ全部やんか! っていうかおっさん、まだおったん?」

「全部って…… それじゃあ、まるでカツアゲじゃないかぁ」

「カツアゲなんて人聞きの悪い! だって、なんでも好きなだけって言ったやんかぁ!」

「それはそうだけど…… 限度ってものがあるでしょ!」

「もぅ、わかったわ。 ほんじゃあ、この中から、なんか好きなん持って帰りぃや」

ニトロはビニール袋を中年男性の前に広げた。

「うぅ…… どうして僕がこんな目に……」

「あっ、やっべ! カップラーメン用のお湯がもう無いや。 なぁ、おっさんの家ってこの近所?」

「まぁ、そうだけど」

「ちょっと、お湯分けてくれへん?」

「いやっ、その…… 僕の家にはお湯が無いんだ」

「お湯が無いって、ほんじゃあおっさんが買ってきたこのカップラーメンは、どうやって食べるつもりやったん?」

「ゲッ… あっ、あの…… 本当は、お湯あります……」

「ほないこか! おっさん家へレッツゴー!」

「でも、僕、実家ですよ?」

「実家で結構、ケッコー、名古屋コー! チン!」

「はっ、はい。 では、タクシーで行きますのでギターを積めるよう運転手さんにトランク開けてもらいますね」

ニトロは品物を片付けながら、客衆に向かって閉店アナウンスをする。

「えぇ、本日のMCニトロ店SHOWはこれにて終了でございます。 またのお越しをお待ちしております」

片付けが終わりタクシーに乗ると、ニトロは中年男性に話しかけた。

「おっさん、名前は?」

「細川学(ホソカワマナブ)といいます」

「OK、マナやんやな。 俺は巷では〝天然パーマ界の最上もが〟と呼ばれている! だから、天パ組incのニトロって呼んでくれ!」

「……は、はい」

「どうした、おっさん! もうちょっとリアクションしなさいよ! 今のは髪の毛がうねるこの時期やからこそできる梅雨ボケでしょうが!」

その二十分後──

二人は広大な敷地の屋敷に到着した。

「まっ、マジか…… ここがマナやん家?……」

「はい…… まぁ……」

「なんてワンダホーな、お宅なんだ…… ちょっと…… マナブ君…… 一体キミの親は何のお仕事をされてるのかね?」

「えっ、医者ですけど……」

「ふーーん。 ドクターねぇ」

「とりあえず、上がってください」 

玄関へ上がると、廊下を軋(きし)ませて小走りに歩く使用人の足音とは裏腹に足袋の足を擦るようにしてゆっくりと女性が歩いてきた。

「あら! まさか、マナブさんが…… お友達を…… 連れてきたの!?……」

「ただいま母さん。 この方はニトロさん」

「マイネームイズ ニトロ レペゼン大阪

 お好み焼きは マヨネーズwithソースPaint a lot ええねん あおさがyeah!」

「よくいらっしゃいました。 どうぞごゆっくりなさってください」

「とりあえず、僕の部屋に案内するよ」

長い廊下を歩き、二十時を打つ柱時計を通り越し大広間を抜けた先に学の部屋はあった。

「ここが僕の部屋です」

学の部屋にはアニメキャラのポスターが壁一面に貼られ、模型ショップ並のショーケースには数十体のフィギュアが並べられている。

「おぉ、なかなかハードコアな部屋やなぁ」

「まぁ、その辺に座ってください」

ニトロは本棚にある数百冊の漫画の中から一冊取り出し、床に座った。

「しかし、マナやんは何の仕事してんの?」

「仕事はしてないです」

「えっ、じゃあニートってやつ?」

「はい。 そうです」

「うわ、めっちゃええやん! 仕事せんでも生きていけるなんて超うらやますぃーー!」

「でも…… 毎日がヒマでヒマで仕方ありませんよ……」

「なんか腹立つ悩みやなぁ…… なぁマナやん……」

「はっ、はい?」

「一発だけデコピンしてもいい?」

「そんな! だめですよーー! 痛いじゃないですか!」

「俺…… なんか、マナやんみたいな奴嫌いやわぁ……」

「ぼっ、僕だってニトロさんのように人からカツアゲをするような不良は嫌いですよ!」

「あの、壁に貼ってあるポスターのアニメって何なん? おもろいん?」

「あんな面白いものはないです! 僕の生き甲斐です!」

「うわぁ。 なんか引くわぁ。 やっぱ俺…… マナやん嫌いやわぁ」

「もぅ何なんですか! 馬鹿にするんだったら帰ってくださいよ!」

「でも、なんでマナやんはこんなハイパー金持ちやのにカップラーメンなんて食ってんの?」

「今までずっと専属コックの料理を食べてたんですけど、飽きちゃって。 そして結局これが一番美味しいということに気がついたんです」

「ふーーん。 なぁ、ちょっと台所かりてもいい?」

「はい、どうぞ。 厨房がありますので案内します」

数分後──

「ジャーン! 出来上がりー!」

「お好み焼きですね! もう何年も食べてないや」

「そんなカップラーメンばっか食ってんと、この栄養価抜群のお好み焼きを食べなさい!」

「いただきます」

「一応、お手伝いさんの分とマナやんママの分も作っておいたからな」

「ありがとうございます」

学は踊る鰹節に息を吹きかけながら口へ運ぶ。

「どう? でらうま?」

「はい! でらうまです!」

「そらよかった。 でもさぁ、マナやんはなんでニートやってんの? なんかやりたいこととか無かったん?」

学は箸を止め、真剣な面持ちで話す。

「実は…… 医者を目指していたんですけど…… あることが原因で…… 諦めました」

「なんで医者になるの諦めたん?」

「学生時代のいじめです…… あの頃のいじめが原因で、社会活動をするのが嫌になり、こうしてずっとニート生活をしています」

「ふーーん。 そのいじめた奴の名前はなんていうん?」

「つねよし…… です」

「そうか…… はるひでか……」

「いえっ、つ・ね・よ・しです!」

「その、はるひでは今何してんの?」

「医者をしています……」

「そうなんや。 まぁ、そうひがむな」

「別に僻んでなんかないですよ」

「なんか飯食ったら、眠たくなってきたわ。 ちょっと横になっていってもいい?」

「食べたあとすぐに寝たら牛になりますよ」

「俺…… 牛になりたいから全然OK…… ほんじゃ、おやすみ」

こうして自由気ままな男はすぐに眠りについた。

数分後には鼾(いびき)をかいている。

学はニトロの隣に置かれてある本来は自身が購入してきたカップラーメンをビニール袋から1つ取り出し湯を沸かした。

普段は滅多に外出しないが、この日だけは月に一度のカップラーメン記念日であり自身が通っていた小学校の前の公園でカップラーメンを食べるのが決まりだった。

カップラーメン記念日とは学が小学生の頃に唯一できた友達と小学校前の公園でカップラーメンを食べてた時代が人生で一番の幸せのピークだったと悟り、その頃の気持ちに浸りたいがために設定されたものである。

しかし初対面の他人の家で爆睡するような無神経男に出会ってしまったが為にその予定が狂いこうして自宅で食すことになった。

極度の神経質である学は湯が沸くのを待つに従いニトロの鼾に耐えきれなくなり、小学校前の公園に向かおうと意を決しタクシーを自宅まで呼び出した。

公園に到着しベンチに座ると、持ってきたビニール袋から魔法瓶の水筒とカップラーメンを取り出し湯を注いだ。

そして左ポケットからフォークスプーン型体温計を取り出してそれを脇に挟んだ時、座っているベンチから七メートル程離れたところにあるブランコに小学校低学年くらいの少女が煢然(けいぜん)たる表情を浮べながら乗っていることに気がついた。

ブランコを振り切るたびに少女が掛けている眼鏡のレンズが公園の街灯に反射して光る。

(自分にもし娘がいたらあの子くらいの歳なのかなぁ)

そんなことを考えながら脇に挟んだフォークスプーン型体温計のメモリを見ては少女の方を見るという挙動を繰り返している学の眼鏡レンズも街灯に反射して光る。

その光に気がついた眼鏡少女は急にブランコから飛び降り、小走りでベンチの方へ近寄ってきた。

「おじさーーん! これできるーー?」

眼鏡少女はポケットから何かを取り出して学に語りかける。

「これは…… バルーンアートの風船だね。 僕にできるかなぁ……」

「やって、やってーー!」

この時、学の脇に挟んでいる体温計が鳴った。

「おじさん、それなに?」

「これはカップラーメンを食べるためのフォークスプーンだよ」

「へぇ、そうなんだ。 ねぇ、早く風船作ってーー」 

学は言われるがままに風船を膨らませてみた。

「うわぁ、口で膨らませるなんてすごーーい!」

「昔、吹奏楽部でトランペットをやっていたからかなぁ?……  で、何を作って欲しいの?」

「じゃあ、ワンちゃんを作ってーー!」

興奮する眼鏡少女の要望に応えるべく、風船を捻っては一定方向を見つめ勘考を繰り返すと、犬のバルーンが完成した。

「やったーー! ワンちゃんだーー! おじさん、ありがとーー!」

「どういたしまして」

「おじさん、すごいねーー」

「いやぁ、毎日プラモデルやフィギュアを作ってるから手先だけは器用でさ」

「そうなんだーー」

「あの…… どうしてこんな時間まで一人で公園で遊んでたの?」

「だってママがお仕事でいないから、お家に帰ってもつまんないんだもん」

「そうだったんだね。 でも、こんな時間まで女の子一人で遊んでいたら危ないよ!」

「うん……。 わかった。 もうおうちに帰る。 ねぇ、おじさん……」

「ん? どうしたの?」

「また、風船作ってくれる?」

「うん、いいよ。 でも、次はもう少し早い時間にね」

「やったーー! それじゃあ明日、学校終わったらまたこの公園にいるからね」

その後、学は公園まで呼び出したタクシーに少女の家まで送り届けるよう言い伝えてから、カップラーメンを完食し自宅へと戻った。

学の自宅──

(うわぁ…… ニトロさんまだ寝てる……)

「ご一緒にポテトはいかがですか?……  ムニャ…… ムニャ……」

(今…… 寝言いった?……)

他人の家でお構い無しにヨダレを垂らしながら寝ているニトロを余所に、パソコンのスイッチを入れる学。

「がっ、がうでーー…… ムニャ…… ムニャ……」

パソコンで調べものをしている学の後ろで万年怠惰男が摩訶不思議な寝言をいう。

(一体…… どんな夢をみてるんだろう……)

「はっ!!」

「ニトロさんやっと目が覚めましたね」

「なんや、がうでーと思ったらマナやんかぁ……」

「がうでー!? なんですかそれ? さっき、寝言いってましたよ。 一体どんな夢を見てたんですか?」

「なんか…… サグラダ・ファミリアの中で牛追い祭りがあって、そのときに追いかけてきた牛をマタドールで手懐けて、ハンバーガーにして販売するっていう夢をみた……」

「〝がうでー〟ってガウディのことだったんですね」

「食べたあとすぐに寝たら、牛にならずにマタドールになってもうたわ」

「本当ですね。 牛になれなかったのは残念ですね」

「しかしマナやん、パソコンで何を調べてんの? あっもしかして! また、ドール(人形)買おうと思ってんのとちゃうか? マタドールだけに! マタドールだけに!」

「違いますよ! しかもネタを強調して二回も言わなくてもいいですよ!」

「おっ、これってもしかしてバルーンアート?」

パソコンの画面を確認したニトロがいう。

「そうです」

「マナやんバルーンアートできるんや! すげぇやん!」

「まぁ、まだまだ修行中の身ですけど……」

「なぁなぁ、あれって何?」

ニトロは、部屋に置かれてあるスキューバダイビングで使用のするゴーグルのような物を指差していう。

「あぁ、あれはバーチャルリアリティ・ヘッドマウントディスプレイという、ゲーム機のアクセサリですよ」

「そんな長い横文字いわれてもなんのこっちゃさっぱりわからんわぁ」

「ようするに、仮想現実を体感できるゲームに使う道具です」

「仮想現実かぁ! おもろそうやん!」

「やってみます?」

「うん! やるやる!」

ニトロはヘッドマウントディスプレイを装着した。

「うーーわ! 何これ!? ちょ…… 押すなよ!? 押すなよ!?」

「なんか出川みたいになってますけど…… すごいリアルでしょ?」

「これはやばい!! なんか酔うわぁ…… オエッてなるわぁ…… もうええわ」

といい、少しエズきながら装着していたヘッドマウントディスプレイを外した。

「これはリアルを体感できる画期的なゲームなんですよ」

「時代は進んどるんやなぁ。 あと、マナやんが好きなアニメ、俺にも観せてぇや」

「おっ! ニトロさんも観てみますか? いいですよ! 今、準備しますね!」

学は少し興奮気味にDVDプレーヤーを操作する。

「では、アニメ始まりますよ!」

数十分後──

「まっ、まなぶくん……」

「はっ、はい?……」

「なんかよくわからんけど…… これ…… オモロイな」

「そうでしょ? このアニメ作品からは僕達アニメファンが充足したい欲をよく理解し、それを一番に考えて作られているという作り手の愛と情熱が伝わるんです! まさにこれは作り手の血と汗と涙の賜物なんです! だからハマるんですよ!」

「愛と情熱ねぇ。 ファンに〝生き甲斐〟とまで言わせるんやから、どんなもんなんか観てみたら…… 理屈じゃないところに魅力があったんやなぁ」

「そうです!」

「さて、今日ぼくは夜を徹するよ!」

「よっ、夜を徹する?」

「夜を徹してこのクールジャパンを全て制覇するよ!」

「えっ、今日泊まるんですか!?」

「俺が泊まるのではない…… この素晴らしいエンターテイメントが俺を留めたんだ……」

「なるほど。 やっぱりこのアニメは面白いからなぁ。 では今夜はアニメ祭りといきましょうか」

「よーーし! そうと決まれば、マナやん! アニメのわからん部分は全て解説してくれ! あとスナック菓子的なものとビールもしくはウイスキー的なものを準備してくれ!」

「イエッサー! お任せください!」

そして翌日の夕方──

「とりあえず…… このタイトルは全て制覇やな……」

「そうですね…… 本当に夜を徹しましたね…… というかもう夕方ですよ……」

学は服を着替えながらいう。

「あれっ、マナやんどっか行くん? オシャレなんかして」

「ちょっと、用事がありまして」

「ふーーん。 いってらっしゃい! 信号見なはれや!」

公園──

「おじさーーん! きてくれたんだねーー!」

「遅れてゴメンね」

「今日も、風船作ってくれるのーー?」

「勿論だよ! 今日は何を作って欲しい?」

「今日はねぇ……」

学の自宅──

「ただいま帰りました」

「マナやん、おかえり! 今日の晩御飯はチキン南蛮やで!」

「なんか…… すっかりこの家の住人になってますね」

「だって、マナやんママがしばらくこの家に居てもいいよってしつこくいうんだもの!」

「父さんが仕事関係でしばらく家に帰らないからかな…… まぁ気の済むまでゆっくりしていってください! まだまだご紹介したいアニメや漫画、ライトノベルが沢山ありますので」

「そこまでいうなら仕方ないなぁ…… もぉ、ホンマは俺だって色々と忙しいのにぃ…… かなんわぁ……」

「晩御飯食べ終わったら、今日は漫画祭りですよ!」

「もぉ、ほんならフォーメーションBのスタンバイもちゃんとしてやぁ」

「えっ、そのフォーメーションBってなんでしょうか?」

「フォーメーションBって言ったら、スナック菓子的なもの(盛り付けは華やかに)+ビールorウイスキーやろがぃ!」

「あっ、そういうことだったんですね! 了解しました!」

この日は夜通し漫画祭りが開催された。

その翌日の夕方──

「マナやん、今日もオシャレしてどっか出掛けんの?」

「はい…… まぁ」

公園──

「おじさーーん! 今日も風船作ってねーー!」

「今日は、何を作って欲しい?」

「おじさん……」

「ん? どうしたの?」

「あのね、せっかく風船作るの上手なんだから、ピエロの格好とかしてみたらどうかな?」

「ピエロか…… そのほうが雰囲気出るかなぁ?」

「うんっ! 絶対にそのほうがいいよ! だっておじさん…… ピエロがすごく似合う体型だもんっ!」

「そうかなぁ……」

それから一週間、アニメ、漫画、ライトノベル祭りが夜通しで行われ、夕方になれば学は公園に出掛けるという日々が続いた頃、急に少女が公園に姿を見せなくなった。

学の自宅──

「ま…… マナやん…… 今日も…… お出掛け…かい? なんか… 昨日はボストンバックを持って出掛けてたけど…… 仕事でも…… 始めたん…かい?……」

「いえ、そんなことではないですけど。 しかしニトロさん、なんか体調悪そうですね」

「そうやねん…… ここ一週間…… 夜通しでクールジャパン祭りをして…… ロクに働きもせず、外にも出ずという生活をしてたら…… なんか体調悪くなってもうて……。 これからちょっと病院にでも行こうかしら…… と思ってるとこ」

「大丈夫ですか? まぁ一度病院で診てもらっといたほうが安心ですね」



病院にやってきたニトロ。

内科の待合室で診察を待っていると、隣にドレスを着た水商売風の女性が座ってきた。

「あれ、おかしいなぁ。 この体温計、電源入らないけど壊れてるのかな?」

ドレスレディが呟いた言葉を聞いたニトロは、 

「お姉さん、コレ…… あちらのお客様からです」

さっきまでの悄然(しょうぜん)とした様子が嘘かのように軽快な語り口でフォークスプーン型体温計を手渡す。

「えっ…… コレなんですか?」

「コレは体温計です。 手元の先端を外してみてください」

「あら、本当だ! ありがとうございます」

「いえ、いえ」

ニトロがいつもより一オクターブ低い声で会話をしていると、小学校低学年くらいの眼鏡少女が待合室に顔を覗かせた。

「こっちよーー」

ドレスレディは手を挙げてその女の子を誘導する。


(今…… ほっ、星が見えた……)


「ほら、この体温計で熱を計って」

「ママ! これアタシ見たことあるよ!」

「そうなの? とりあえず、脇に挟んでみなさい」

「うんっ」

眼鏡少女がフォークスプーン型体温計を脇に挟むと、診察室の方から声がした。

「西本太郎さーーん、診察室へお入りくださーーい」

ニトロが診察室へ入ると、

「今日は、どうされましたか?」

「あの…… 昨日からゲリと頭痛が続いていて…… あと最近…… なんだか枝毛が増えたような気が……」

「うーーん。 それはただの風邪じゃないのかなぁ?」

「本当にただの風邪ですか? もしかして今流行りの…… 〝おたふく水ぼうそう〟だったりしないですか? ほら見てください! この手のブツブツのあたりとか!」

「これは、ただの鳥肌じゃないのかな? それに、おたふく水ぼうそうなんて流行ってないし、そもそもそんな病気ないし……」

「そんな…… では、もっと重い病気か何かですか!?」

「キミは、あれじゃないかな? 内科ではなくてもっとこう…… 精神的なところで診てもらったほうがよいのではないかな?」

「結局…… わたくしの病名はなんなのですか?」

「鳥肌です」

「なんやねん! 鳥肌って! このヤブ医者! もうええわ!」

医者の対応に激怒したニトロは診察室から出ていった。

再び待合室の椅子に座り、右ポケットから取り出したスキットルの蓋を開けたとき、隣の診察室からドレスレディ親子が出てきた。

「ちょっと聞いてよ、お姉さーーん! 俺を診察した医者が、病名は鳥肌とかいうねんで! ホンマあのヤブ医者! 診察せんとただバードスキンウォッチングしただけやないか!」

「そう…… ですか……」

診察前とは違う蚊の鳴くような声に何かを察したニトロは子供に気づかれないように、

「お嬢ちゃん…… どっか悪いの?」

と囁くように問うと、

「今日から入院と言われました……」

その言葉を聞いてニトロは神妙な面持ちでいう。

「そうか。 お姉さんはこれから夜のお仕事?」

「はい。 昨年末に旦那を亡くしてから…… あの子を食べさせていく為に、昼と夜とで働いています」

「それは大変やね。 お姉さんも体調崩さないように気をつけてね」

「ありがとう。 あっ、この体温計お返しします」

ニトロは受け取った体温計をマイクにし、そのドレスレディにライムする。

「リアルにCatchする性(さが)のネガティブ

 EarにTouchする不協和音ハウリング

 しかし愛する人の為に右往左往アクティブ

 シンパシー感じる人には言おう貰おうポジティブ」 

ラップを終えると、看護師がやってきた。

「小山さん、ちょっとアチラのお部屋でお話よろしいですか?」

「はい……」

こうしてドレスレディ親子はニトロの元から去っていった。

学の自宅──

「ただいまーー」

「ニトロさん、おかえりなさい。 病院の結果どうでした?」

「うん……。 鳥肌やって……」

「とっ、鳥肌!?」

「うん……」

「なんか元気ないですね。 本当に何もなかったんですか?」

「あったといえばあったかな……」

「えっ、何ですか?」

「なんかさぁ、病院の待合室で診察を待ってたらドレスを着た水商売風のべっぴんなお姉さんと小学校低学年くらいの眼鏡娘が隣に座ってきてさぁ、その親子が診察室から出てきたら、〝娘が今日から入院することになりました〟って……」

「そんなことがあったんですね」

「しかもそのお姉さんは、昨年末に旦那さんを亡くして…… 娘を養う為に昼も夜も一生懸命に働いているらしいねん。 なんであんな健気でべっぴんなお姉さんが苦労をしないとアカンのかなぁ。 大丈夫なんかな……  小山さん」

「もっ、もしかして!!……」

「ん? マナやん、急にどないしたんや?」

「ニトロさん!! 今日行った病院ってどこですか!?」

「えっ、〇〇病院やけど」

病院名を聞いた学はボストンバックを持って即座に家を飛び出していった。

病院──

学は受付に尋ねる。

「あの…… 小山さんという、眼鏡の女の子が入院されているお部屋はどちらでしょうか?」

「あぁ、その子でしたら◯階の大部屋の◯◯◯号室になります」

学は案内を受けた大部屋へ行き、窓際のベッドに眼鏡少女が居ることを確認した。

「やぁ」

「えっ、どうしておじさんがいるのーー!!」

「急に公園に来なくなったと思ったら…… 体調を崩していたんだね」

「どうしてアタシがこの病院で入院してるってわかったの?」

学はポケットからフォークスプーン型体温計を取り出した。

「さっき、この体温計を持ったお兄さんと話さなかった?」

「うん。 そのヘンテコりんな体温計をかしてくれたお兄さんと話したよ」

「実は、そのお兄さんと僕は友達でね。 眼鏡を掛けた女の子がこの病院にいるっていう話を聞いたから、もしかして!?と思ってきてみたんだ」

「そうだったんだぁ! 来てくれて嬉しい! ありがとーー!」

「ちょっと、トイレに行って来るね」

数分後──

「お待たせ」

「わぁ! おじさん、ピエロの格好だーー!」

大部屋にいる他の入院患者は学の姿を見て驚いている。

「どうかな? 似合う?」

「うんっ! とっても似合ってるよ! メガネピエロさんだね!」

「今日は、何の風船を作って欲しい?」

「うーーん、そうだなぁ……」

眼鏡少女は目の前の入院患者のベット横に花が飾られているのを見てからいう。

「お花がいい!」

「お花だね? よーーし、任せておくれ!」

学の自宅──

「ニトロさん、ただいま」

「ただいまって…… マナやん、なんやそのファンタスティックな格好は!?」

「ちょっと…… 色々とありまして」

「色々ってアンタ……。 なんでこの数時間でピエロになって帰ってくるんだい?」

学は少女との出会いから病院へ行った経緯まで全てニトロに話した。

「ふーーん。 なるほどねぇ。 あの、メガネ嬢とマナやんは友達やったってことかぁ。 だから、ピエロの衣装が入ったボストンバックを持っていったということね」

「そうです」

「あっ! そういえば俺、明日から定期的に病院に通わないとアカンねや! 鳥肌が悪化したら、フェニックスキン(不死鳥肌)という謎の奇病になるかも!って先生にいわれてるから……」

「なんだか、カッチョいいネーミンングの奇病ですね」

「鳥肌からの、フェニックスキン(不死鳥肌)はガチやばらしいで……」

「では、明日一緒に病院へ行きますか? 僕はメガネ嬢のお見舞いに行きたいので」

翌日の病院──

「あーー! 昨日のヘンテコりんのお兄さんだーー!」

「誰がヘンテコりんじゃ! あっ、これはこれはお姉さん! 今日もドレスが良くお似合いで」

ニトロはベット横の椅子に座っている眼鏡少女の母に満面の笑みで会釈する。

「わざわざ、来てくださったんですか? ありがとうございます」

「いやぁ、実は僕もこの病院に通うことになりましてねぇ。 今流行りの、フェニックスキン(不死鳥肌)という謎の奇病になりかけておりまして」 

「はぁ、そうですか。 あの…… 隣の方は、もしかして前々からこの子に風船をプレゼントしてくれていたピエロさん?」

「はっ、初めまして、ほ、細川と申します」

「この子が凄く喜んでいたので、いつかお礼を言いたいと思ってたんです。 一緒に遊んでくれてありがとう」

「い、いえ。 すみません…… なんか勝手なことをしまして……」

「ピエロのおじさんも来てくれたんだねーー!」

「今日も風船作りにやって来たよ!」

病室にギターケースを担いだ関西弁男とメガネピエロが現れ、少し騒つく周りの入院患者。

「おっ、コレもしかしてマナやんが作ったやつ?」

眼鏡少女のベッド横に置かれた花のバルーンアートを見ていう。

「はい。 そうです」

「マナやん、なかなかやるなぁ。 この風船のねじり方が…… 噂の〝名古屋巻き〟というやつか……」

「えっ、名古屋巻き?」

「違いますよ! これが名古屋巻きですよ」

ドレスレディはアッシュブラウンのカールさせた髪の毛を右手で靡(なび)かせながらいう。

「なんて素敵なヘアスタイルなんだ! さすが、〝夜のばたふりゃーー〟ですね!」

「ニトロさん…… そんな、〝えびふりゃー〟みたいにいわなくても……」

「ねぇ、おじさん風船つくってーー」

眼鏡少女が要望を伝えると、学はポケットから取り出したバルーンを口で膨らませる。

それを捻りだしたとき、ニトロは抱えていたケースからギターを取り出して弾き始めた。

病室でギター演奏とバルーンアートのセッションをする奇異めいた二人の様子を、不可解な面持ちで見ていた周りの入院患者の表情もいつ間にか緩み、中には手拍子をする者もいる。

そしてバルーンが完成したころに、病室に白衣を纏った医師がやってきた。

「あの、ここは病院ですので、そういったことはご遠慮いただけますか? あと、これから検査がありますので、今日はもうお引き取り願えます?」

冷酷で無慈悲な医師の語り口に、少女親子や周りの入院患者の緩んでいた表情が一気に強張る。

「騒がしくしてすみません! ほな帰らせてもらいまーーす! メガネ嬢とドレスお姉さんまたねーー!」

そして飛び出すように病院を出た二人。

その帰り道で覚束無い足取りの学にニトロはいう。

「マナやん、ちょっとドクターメンに怒られたくらいでそんなに落ち込むなよ」

「違うんです……」

「違うって…… 何が?」

「実は、アイツなんです……。 僕を学生時代にいじめてた奴……」

「えっ! マジ! さっきのがあの〝はるひで〟!?」

「そうです…… 〝つねよし〟です」

「そうかぁ。 なんか陰湿でドライな感じやったし、あれは絶対、学生時代に人の上履きに画びょうを入れまくってたタイプやなぁ……」

「まさか…… あの子の担当医が、アイツだったなんて……」

「多分あの陰湿ドクターはマナやんのこと気づいてないやろ? だってピエロの格好してたんやし」

「そうですね。 ピエロの格好はそういうときに役に立ちますね」

「まぁ、気にせずにこれからもお見舞いに行ってあげたらええやん」

「は、はい」

翌日の病院──

学が病室へ行くとベットに眼鏡少女の姿はなかった。

すると、目の前のベッドに居る高齢入院患者が学に、

「あの子なら今、検査に行っとるよ。 それよりも、アンタこれに参加してみたらどうだい? さっき、見舞いに来てくれたワシの息子が主催のイベントなんだが、参加者が一人足りなくて困ってるらしんだ」

といい、チラシを渡す。

「〝競ピエロ〟…… これは、どういったイベントですか?」

「まぁ、簡単に言えば、競馬のピエロ版みたいなものだよ。 ピエロが大玉に乗り、それを転がしてレースをするんだ。 そしてその順位をお客が予想するんだよ。 3位までの入賞者には賞金も出るよ」

「でも…… 僕、大玉になんて乗ったことないしなぁ」

「そうかい。 ならまた別をあたってみるよ」

「お役に立てなくて、すみません」

すると眼鏡少女が病室に帰ってきた。

「やぁ。 今日も風船作りにやってきたよ」

学が話しかけても少女は、虚ろな表情をして一言も話さない。

「どうしたの? 今日は具合悪いかい? 僕、こないほうがよかった?」

「おじさん…… アタシ、手術しなくちゃいけないんだって……」

「手術?」

「うん。 心臓が悪いみたいなの……」

「そうだったんだね……」

「アタシ、手術…… 怖い…… 怖いよぅ」

「そうだよね。 怖いよね」

しばらく沈黙が続いた後、学は先ほどの高齢入院患者の方へ行った。

「あの…… やっぱり、さっきのイベント…… 僕、参加します!」

「本当かい! それは助かるよ! ではイベントは一週間後なので、それまでに頑張って訓練をしておいておくれ」

「はい! ちゃんと出来るかわかりませんが…… 精一杯やってみます!」

学は再び眼鏡少女のベットへと戻り、

「僕も怖いけど…… このイベントに挑戦するよ! だから一緒に頑張ろうよ!」

「おじさん……。 うんっ! アタシも頑張るっ!」

学が眼鏡少女の清爽とした表情と決意に安堵したとき、

「まいどーー! 今日もドレスお姉さんいるかなーー?」

ニトロがスケベな顔をしてやってきた。

「ママなら、まだ先生とお話してるよ」

「マジかよ。 なぁなぁ、それよりもママ、俺んことなんか言ってなかった? 例えば、〝ニトロさんのことを思い出すために、お寿司屋さんに行ってトロを二貫食べた〟とかさぁ。 

「お兄さんのことなんて、なぁーーんにも言ってなかったよっ」

「あら、そう」

場は静まり返り、隣で入院している患者の点滴が滴り落ちる音が聞こえた。

「その、マナやんが持ってるチラシは?」

「これは、競ピエロというイベントのチラシで、僕このイベントに参加することにしたんです」

「へぇ、おもろそうやん。 てか、なんか最近のマナやん、めっちゃアクティブやなぁ」

「はい。 なんだか最近、毎日がすごく楽しいんです」

「なぁなぁ、暇やから枕投げせえへん?」

不気味な笑みを浮かべながら学にいう。

「えっ、ダメですよ! 病院でそんなことしちゃあ」

ニトロは空きベットに置かれてある枕を手に取ったとき、その枕の裏に何かが貼られてあるのに気がついた。

(ん? なんやこれ?)

そして、枕が投げられそうになったとき、病室に担当医が入ってきた。

「また、貴方たちですか。 お見舞いに来ていただくのは結構ですが、服装や振る舞いを少しは考えていただきたい。 今から、手術に関しての大事なお話がご家族とありますので、今日はもうお引き取り願えますか?」

「毎度すみません。 もう帰りまーーす」

二人が飛び出すように病室を出ると、

「マナやん、俺ちょっと用事あるから、今日は先に帰っといて」

「はい。 わかりました」

その六日後の病院──

「まいどーー! 今日もマナやんはイベントの練習で来られへんから俺がソロで来たよーー!」

「なぁんだ。 またうるさいお兄さんきたのかぁ」

「なんやねん! そのあからさまなテンションの下がりかたは!」  

「おじさん、練習頑張ってるかなぁ」

「あぁ、頑張ってるで! もう今、転びすぎて膝なんか田舎のJKくらい傷だらけやで! だから昨日、ソックタッチをプレゼントしといたわ!」

「なにそれぇ。 わけわかんない」

ニトロは急に神妙な面持ちになり、

「マナやんもそうやけど、メガネ嬢も…… 明日、本番やな」

「うん……。 おじさんも頑張るんだから、アタシも頑張るんだもん」

「なぁなぁ、そこに飾ってあるマナやんが作ったお花の風船あるやろ? あれってアジサイっていう花やねんけど、この花の花言葉ってなぁ、〝寛容〟っていう意味やねん」

「かんよう? それってどういうこと?」

「〝何事も受け入れる広い心を持っている〟という意味やで」

「広いこころ…… かぁ」

「そう。 つらいことを真正面から受け止めた分だけ…… その痛みを知っている分だけ…… 心は広く大きくなっていく。だから、つらいことを乗り越えたら、誰よりも優しくなれるし強くなれる。 まさにママのような魅力的な〝でら素敵れでい〟になれるんやで」 

「うん! アタシも、〝でらすてきれでぃ〟になれるよう頑張るっ!」

「頑張るんやで! ほな、もう行くわな」

学の家──

「マナやん…… とうとう明日やな」

「はい。 この数日間で精一杯練習しましたが…… 正直、まだ完璧には乗りこなせてないので不安です……」

「そんなマナやんにプレゼントがあるで。 はい、コレ」

「これは…… 〝必勝祈願〟のお守り……」

「実はさぁ、マナやんが最後にお見舞いに行った日あるやん? そんときに、俺が枕投げをしようとしたん覚えてる?」

「はい。 あの時は驚きましたよ」

「その時に枕を持ち上げたら、枕の裏にお守りが貼り付けてあってん。 ほんであの日、マナやんが先に帰った後、気になって病室の枕の裏を全部見てみたら…… どれも同じ〝病気平癒〟のお守りが貼られてあったわ。 勿論、メガネ嬢の枕にもな」

「枕の裏にお守りですか…… でもそれと、この必勝祈願のお守りとどういう関係があるんですか?」

「その次の日、お見舞いに行こうと思って病院に向かってたら、病院近くの神社で、はるひでが手を合わせて拝んでるのを見かけてん。 はるひでは長い時間ずっと拝んでた。 ほんで神社から出る前にお守りを一つ購入して行って、その後、それをメガネ嬢のベット横にあるお花風船の中に入れてたわ」

「まさかアイツが…… お守りを、全ての患者さんの枕に貼ってたってことですか?」

「そういうこと。 でも、その時は枕の裏に貼るんじゃなくてお花風船の中に入れたから、取り出して見てみたら……」

「えっ、なんだったんですか?」

「そのお守りが今、俺がマナやんに渡したヤツや」

「そうだったんですね…… 僕だとバレてないからだとは思いますけど、なんだか複雑な気持ちです」

「まぁ、やれるだけ頑張りなはれや」

翌日の病院──

学は早朝から病室へ行った。

眼鏡少女はまだ眠っている。

すると、病室に担当医がやってきた。

「こんな朝早くから来られてたんですね」

「はい…… 少し顔だけでも見たくて。 実は、僕も今日とあるイベントに参加する予定なんですけど…… 昨日も全然眠れなくて、不安で仕方ないんです」

「そうだったんですね」

「この間、お花のバルーンアートの中にお守りを入れてくださいましたよね? ありがとうございます」

「はい? なんのことでしょう?」

学はポケットからお守りを取り出した。

「このお守りです」

「いえ? 私ではないですが。 この子のお母様ではないですか?」

「この子のお母さんは、喪中なので神社へは行けないはずです」

「では、他の入院患者さんではないですか?」

「僕の勘違いだったようですね。 すみません。 あの…… 先生」

「はい? まだ何か?」

学は深々と頭を下げ、

「どうか…… この子を救ってやってください! 宜しくお願いします!」

とだけいい残し病室を出ようとしたとき、

「お前も頑張ってこいよ。 マナブ」

「え?」

学は担当医の方へ振り向いた。

「もし入賞したら…… またあの頃のように一緒に公園でカップラーメン食べて乾杯しような」

その言葉を聞いた後、黙って走り去って行った時のピエロのメイクは少し滲んでいた。

その翌日──

「メガネジョーー! 生きてるかぁーー!」

ニトロが慌てて病室に入ってきた。

「もぅ、うるさいなぁ。 今、ピエロのおじさんが風船を作ってくれてるのにっ!」

「はぁ……。 無事でよかったぁ……」

「お久しぶりです」

「あら! ドレスお姉さん! 今日も相変わらずキーラ・ナイトレイに似ていますね! いやっ! キーラ・ナイトレイがドレスお姉さんに似ている! いやっ! もう、ドレス・ナイトレイ!」

「ニトロさん…… なにまた訳のわからないことを言ってるんですか」

「おっ、これはこれは、競ピエロ入賞者のマナブさんではないか」

「もう! あまり自慢みたいに言わないでくださいよ」

「別にええやんか! 一生懸命、努力して勝ち取った賞なんやから」

「ピエロのおじさんカッコいいーー!」

「あの、急ですみませんが、これからちょっと用事がありますので僕はこれで失礼しますね」

「そうか。 気をつけてな」

学が病室を去った後、ベッド横に置いてある花のバルーンアートの中に何かが入ってるのに気がついたニトロがそれを取り出した。

「なんか、お花風船の中に封筒が入ってたけど……」

といい、眼鏡少女の母に渡した。

「なんでしょう、この封筒。  えっ、お金が入ってる。 あと手紙も…… 〝手術代の足しにしてください〟って書いてあります。 この金額ということはまさか……」

「マナやんのヤツ…… なかなか男前なことするやん」

公園──

「マナブと、この公園に来るの…… 何年ぶりだろうな」

「もう、かれこれ30年以上になるね」

「怒ってるだろ? 大学時代のこと……」

「うん。 怒ってるよ。 だって…… 小学校からの親友と思っていた人が僕に嫌がらせをしてたんだから…… おかげで医者という夢も希望も全て無くなった」

「まぁ、言い訳はしない。 ただ…… 俺は謝らないぞ」

「別に謝罪なんか求めてないよ。 でも、あれでよかったんだと思う。嫌がらせを受けたくらいで諦めてしまう夢なんて所詮その程度さ。 おかげで今は新たな夢と希望も出来たし」

「俺…… 正直、マナブに嫉妬してたんだ。 あの頃、学力もスキルも何もかもが俺よりも上だったし」

「僕は今回の競ピエロのレースで、学んだことがあるんだ。それは他人に嫉妬することはとても大事なことだということ。 他人と比べることを辞めてしまったら、競争することを辞めてしまったら、これまでの僕のようになってしまうんだ。 だから同じフィールドでライバルがいるということはとても幸せなことなんだ」 

「まぁ、とりあえず乾杯するか」

「そうだね。 もう過去のことなんてどうでもいいよ。 美味しいカップラーメンとお酒で今を精一杯楽しもう」

学の自宅──

「ニトロさーーん! ただいまーー!」

「うわ、マナやん、ベロンベロンに酔っ払っとるやないか!」

「それは飲みますよーー! だって、今日は僕とつねよしの祝勝会だったんですから」

「おっ、はるひでと飲んでたんや! ほんで、仲直りはできたん?」

「まぁ、今がよければ、過去なんてもうどうでもいいんですよ」

「なんか、マナやんってお好み焼きの生地みたいやなぁ」

「生地?」

「お好み焼きの生地って具材を何でも上から受け止めるやん? はるひでが豚肉やとしたら、マナやんはこれまで、はるひでから嫌なことをされてきてそれを全て受け止めてきて、その結果、今回はメガネ嬢が豚玉を食べて喜んでくれたっていう感じ」

「豚玉を食べてくれたお客さんに出会えたことに感謝ですよ」

「病院って英語でホスピタルやろ? これってホスピタリティ(おもてなしの心)という意味からきてるらしいねんけど、マナやんは医者としてではなく、メガネピエロとしてそれを発揮してたから食べてくれたんとちゃう?」

「でも、やっぱり、つねよしが頑張ってくれたおかげです」

「俄然、はるひでリスペクトやなぁ」 

「アイツ…… 過去に手術を失敗したことがあったらしくて…… その苦悩を乗り越えるために、病院のバーチャルリアリティ(仮想現実)システムで何回も何回もロールプレイングを重ねたそうです」

「まぁ、似たもの同士やったってことちゃう?」


それから一ヶ月後──


この日は退院してすっかり体調回復した眼鏡少女の授業参観日。

学は慌てて眼鏡少女の教室へ駈けていく。

「すみません! 遅れました!」

「もぅ遅いですよっ! ちょうど、次はあの子の番です!」

「それでは、次、小山さんの将来の夢を教えてくれますか?」

「はい。 アタシの将来の夢はバルーンアーティストになることです。 アタシは最近まで心臓の病気で入院していました。 はじめは手術をするのがとても怖かったです。 でも、とあるピエロのバルーンアーティストがアタシに勇気をくれたおかげで手術を受けることができました。アタシも大人になったら、人に勇気を与えることができる、でらすてきれでぃーになりたいです」 

「はいありがとう。 あの、小山さん…… 最後の、〝でらすてきれでぃー〟って一体何なのかな?」


「アタシのママのような人のことです」


名古屋駅前──


「はぁ、世間ではもう夏が始まっているというのに、また彼女をGETし損ねたなぁ」

ニトロは千切った段ボールを掲げて失恋をぼやきながら沿道に立っている。

すると、一台の車が止まった。

「お兄さん、それに書いてある〝乗せてくれたら無料でういろう差し上げます〟って本当?」

「ほんとうだがや」

「どこまで行きたいの?」

「お兄さんのノリでよろしく」

「ノリ? まぁ、乗って行きなよ」

「おおきにーー」

ニトロは後部座席に座るとバルーンアート用の小豆色をした風船を膨らませてそのまま運転手に渡した。

「はい、お兄さんコレ、乗せてもらったお礼」

「コレは一体なんなの?」

「ういろうやんか」



第2話テーマソング「HANE × HANE」



TORABARD 第3話「勇気のうた」へ続く

©NITRO 2016


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