トラバヘッダー最新15_のコピー

TORABARD 第5話「想い出のうた」


読者のお悩み相談と商品アイデアを基に創る小説 『TORABARD』

第5話「想い出のうた」


〜お悩み相談〜

東京都 22歳 男性 飲食店アルバイト ヒデキさん

興味のない人と接するのが得意じゃないので、ほぼ強制参加の会社の飲み会がウザいです。 

〜商品アイデア投稿〜

石川県 20歳 男性 デザイン専門学生 美少年さん

「ソースボトルをEHEエボリューションしました」


※〜EHEエボリューションとは〜
・Emotional(エモーショナル)「情緒的」
・Hybrid(ハイブリッド)「多様性」
・Exciting(エキサイティング)「わくわくする」
以上3つの要素、TORABARD三大原則〝EHE(エヘ)〟を兼ね備えたうえで物事を進化させるという意味。


◆今回採用されたヒデキさんと美少年さんには、ポーチをプレゼント!

TORABARDは皆さまから投稿いただいたお悩み相談と商品アイデアを基にストーリーを制作しております。

皆さまからの投稿がこの作品を創ります。 

お悩み相談、商品アイデアがある方はコチラまでドシドシご応募ください!

採用者にはTORABARDオリジナルグッズをプレゼントいたします!

今回は、以上の投稿を基に小説を書きました。


画像1


白い帽子を被った禄剛埼灯台の下でニトロはストリートライブをしている。

ボディにハチドリが描かれたチェリーサンバースト色のギターを奏でながらラブバラードを唄う。

能登半島の最北端で日本海を眺め終わった観覧客たちは灯台とお揃いの帽子を被りながらそれを聴いている。

唄いながら観覧客に目配りをしていると、虚ろな表情をしたバックパッカーがいた。

鳥の囀(さえず)りを終えると、ニトロはそのバックパッカーに声をかけた。

「兄ちゃん、どないしたんや? 暗い顔して」

「実は、今日そこのゲストハウスに宿泊することになったんですけど、部屋が相部屋しか空いてなくて困ってるんです。 本当は個室が良かったんですけど」

色白で痩せ形の将棋棋士を彷彿させる勤勉そうなバックパッカーは答える。

「なんで、相部屋やったらアカンの?」

「宿泊者が外国人ばかりなんですよ。 それに相部屋だったら自分が興味のない人とも仲良くしなきゃいけないでしょ? その無駄なコミュニケーションとか人付き合いが煩わしくて嫌なんです。 

 静かな一人旅をしたい僕にとってはコスパが悪すぎます」

「コスパってなに?  コールドスノーパラダイスの略? 寒いのかい? カイロあげようか?」

ニトロは左ポケットから取り出した物を見せながらいう。

「違いますよ! 費用対効果のことですよ! それに、それよく見たら、カイロじゃくて麦茶のティーパックじゃないですか」

「だって、真冬に食べるアイスクリームって寒いけどウマイやん? そんなノリで喜んでくれると思ったんやけどなぁ」

「アイスは美味しいですけど、こんなのいらないですよ! コスパ以前の問題ですよ」

「ふーーん」

ニトロは着ているパーカーのフードを被りバックパッカーにライムする。

「コスパが優先の損得勘定

 他人の足元見るポンコツ参上

 自分の足元見ず貪欲環境

 それじゃあわかんねぇ本物の感動

 セレンディピティ発揮せずdon’t shock heart

 ペテンメロディは響かねぇが本当の感想

 薪背負う偉大なひとりが報徳誕生

 マジ積小為大な二宮尊徳も爆笑 yeah!」

虎の咆哮が終わるとバックパッカーが口を開いた。

「取捨選択をコスパで判断するのは、効率よく生きていくための最善策だと思いますけど? それにゲストハウスの相部屋ってネットでもあまり良い噂聞かないし」

「OK、ならまずコレをソースも何も付けんと食べてみて」

ニトロは台の下から何かを取り出しそれを手渡す。

「おっ、これはお好み焼きですね。 うん。 何もつけなくても十分に美味しいですね」

そしてニトロは再びライムする。

「本来の生地の味を歪曲するソース

 論外の記事を足し対極するSource(情報元)

 信じろよ創業以来継ぎ足しのMy Soul

 重ねずに感じたらEssence hear Sound 

 基準を決める独りよがりの重いデータ

 自由を締める単なる過去の想い出だ

 利害という先入カラコンの被い目が

 観てるのは消えゆく可能性の灯火(ともしび)だ」

終わったのを見計らうとバックパッカーは即座に反論する。

「僕は自分にとってメリットのない人とコミュニケーションを取る必要は一切ないと思います」

「そんなお兄ちゃんにいい商品があるよん」

といいながら後ろに折りたたんで置いていた直径2メートルほどの台を拡げて観覧客の前に置いた。

「それでは本日の品物を紹介するぜーー!  ヘイッ、プチャヘンザッ!」

ニトロは商品をマイクにしながらライムする。

「テッパンの黒と白のソースは一先ず

 今回は紅と白で年末を匂わす

 生地に描いてみるぜ紅白の日の丸

 混ざり合えば綺麗なオーロラが拡がる

 空に輝く多彩なGradation(グラデーション)

 永遠に続くダサいはGraduation(グラデュエーション)

 ダイバーシティが増す多才なVariation(バリエーション)

 Color 少ねぇとboo 繊細な自然現象」

ラップが終わるとバックパッカーは問いかける。

「これは、ケチャップとマヨネーズが同時に出せるソースボトルですか!?」

「そうや! しかも、用途に合わせてケチャップとマヨネーズ個別に出すことも可能やで!」

「つまり三パターンで使えるのか。 これは便利ですね。 でもこれと相部屋に何の関係が?」

ニトロは更にライムする。

「Pushが育む隷属なSoul

 他燃で不自由なフワフワ野郎

 残念でウイルスな増える付和雷同

 不完全燃焼でFrontierは無いぞ

 自然の炎を鎮める消化器

 足元の灯消されたらもう終わり

 それがパリピのBaseを脆くするNo happy

 たたき台壊されると振る手はどこかに

 Pullで工夫 know-how 原因は tact choice

 多様を結ぶのは理念 Say in a loud voice

 それで繋がるアイデアとリアル

 そのバランスを担う相部屋とリベラル」

「なるほど。 でも僕は科学的根拠のないことは一切信用しないです。 なのでその商品はいりません」

「なぁなぁ、そこで一つ聞きたいんやけど、ゲストハウスってあれかい? 見知らぬ男女たちが同じ屋根の下でパヤパヤする感じのトコロかい?」

「パヤパヤってなんですか?」

「その、今流行りの、シェアハウス的なヤツ?」

「まぁ、そうですね。 そういえば隣の部屋に外国人女子大生3人組が泊まってたなぁ。 それに今夜はルームメイト全員で飲み会をやるらしいです」

その言葉を聞いた瞬間ニトロの顔つきが変わり、

「オッケーー! わかった! なら、今回は延長戦といきましょーー!」

いつものようにスムーズに売れなかったニトロはバックパッカーにいう。

「えっ延長戦!?」

「そうや! 今回は〝突撃訪問ゲリラプレゼント〟スタイルに変更や! 俺が兄ちゃんと一緒にゲストハウスまで行って、この商品の効果を検証してやるわぃ!」

「そんなことできるの?」

「超カッタリーナジョリーやけど、ここで引いたら全国に二百万人はおる気がするファンが黙っちゃいないぜ。 それに客商売は信用と信頼が一番の商品やからな」

「それは面白いですね。 わかりました」

ニトロは早速品物を片付け、客衆に向かって閉店アナウンスをする。

「えぇ、本日のMCニトロ店SHOWはこれにて終了でございます。 尚、次回もゲリラライブとなっておりますで、次いつ来るかは神のみぞ知る。 皆様またのお越しをお待ちしております」

片付けをしていると、観覧客の中の一人がニトロに話しかけてきた。

「キミ、なかなかユニークだね。 もしよかったら次、ゲリラライブやるとき連絡ちょうだいよ」

といいながら名刺を手渡した。

「へぇ、製紙会社を経営ねぇ」

「まぁ小さな会社だけどね。 じゃあ、また楽しみにしてるよ」

「オッケー! わかったよ」

ニトロは受け取った名刺を握りつぶしながらズボンの右ポケットへと突っ込んだ。

片付けが終わると、待っていたバックパッカーに話しかける。

「兄ちゃんは学生さんかい?」

「はいそうです。 大学生です」

「学部はドコなん?」

「理学部です」

「へぇ、サイエンスボーイかぁ。 名前は何ていうん?」

「水川秀人(ミズカワヒデト)です」

「OK、ヒデやな。 俺は運動会のリレーのとき、バトンと間違えてメスシリンダーを渡したことがある。だから、ニトロって呼んでくれ」

「なんですかそれ」

「もぉ、ちゃんとリアクションしなさいよーー! 今のはオチャメサイエンスジョークでしょうが!」

「はぁ。 そうですか」

「そんなことよりも、おいっ、ヒデっ! 何をモタモタと歩いている! 北陸新幹線並みにもっとターボで行くぞ!」


その十分後──


画像2

二人は看板に〝ゲストハウス からんこえ〟と書かれた民家ゲストハウスに到着した。


「おっ、なんか田舎のおばあちゃん家って感じやなぁ」

「この建物、築百二十年を越すらしいですよ。でも部屋は広いですし改装してあるから割と綺麗ですよ」

秀人が玄関の扉を開けると、玄関横のカウンターに座った少し恰幅のいい中高年女性が話しかけてきた。

「いらっしゃい。 あら、さっきのお客さん。 お連れさんがいたのね」

ダミ声の質問に秀人が応える。

「はい。 相部屋に一名追加でお願いします」

「マイネームイズ ニトロ レペゼン大阪

 お好み焼きは マヨネーズwithソースPaint a lot ええねん あおさがyeah!」

「あら賑やかな人だねぇ。 それじゃあお連れさんにもシステムだけ説明しとくわね。 このゲストハウスはお風呂やトイレは共用のものになってるのと、

 食事や布団の準備も宿泊者自身で行うことになってるので宜しくね」

それを聞いたニトロはいう。

「オッケー! なぁなぁ食料ってどこで調達したらええの?」

「今朝の朝市で売れ残った野菜と漁師さんから頂いた能登名物の寒ブリなら冷蔵庫に入ってるから好きに使っていいわよ。 あと台所にある調理器具や食器、調味料も自由に使ってね。 調味料の中には日本三大魚醤の〝いしり〟もあるよ」

「いしりってなんなん?」

「イカの内臓を原料とした醤油だよ」

「へぇ、うまそーー! 女将さん、今日からよろしくねーー!」

「もう少ししたら、交流を深めるための飲み会が共用の居間スペースで始まるからできれば参加してね」

女将から説明を受けたニトロは秀人に連れられて部屋まで歩いていく。

十二畳程の和室の相部屋に着くと、既に二名の外国人宿泊客が居た。

「マイネームイズ ニトロ メイドインジャパン

  愛がBaseイズム 地元 によく貼ってるポスター チカンアカンyeah!」

ニトロの自己紹介ラップを聴いた黒髪グランジマッシュの海外ボーイが口を開く。

「やぁ、ヒップホッパー。 ボクはドイツ出身の大学生デス。 今はバックパッカーで日本を周っテマス。 理学部なのでこのハウスのルームメイトからはドイツ出身の物理学者アイン・シュタインを略してシュタ夫ト呼ばレテルヨ」

引き続き、茶髪トラッドリーゼントの海外ボーイも口を開いた。

「会えてウレシイヨ。 ボクはイギリス出身の大学生デス。 シュタ夫と同じく理系のバックパッカーさ。 ルームメイトからはイギリスの物理学者ニュートンを略してトンちゃんと呼ばレテマス」

「おっ、二人ともサイエンスボーイなんや! ヒデと一緒やん! なぁヒデ」

ニトロが秀人にいうと、

「はっ、初めまして! 僕も大学生で理学部です。 ヒデって呼んでください」

「ヨロシク、ヒデ! あっ、ちなみにボクもシュタ夫も日本語はチョー得意だから安心してクダサイ」

自己紹介が終わると、部屋の扉の前で立つ女将がいう。

「そろそろ飲み会パーティーが始まるわよー! 居間にいらっしゃーい」


居間──


囲炉裏がある十八畳程度の和室の居間には既に海外ガール三名と日本レディが一名座っていた。

「マイネームイズ ニトロ メイドインジャパン

  愛がBaseイズム 地元 ではお好み焼きとご飯一緒に食べるけど俺はそうでもないぜyeah!」

ニトロは自己紹介ラップをしてから座卓に座る。

「キャーー、ラッパーーよーー! アタシたちも自己紹介スルネーー」

黒髪ボブの海外ガールがいう。

「アタシはニーナです、スペインからキマシタ大学生デス」

続いてブラウンショートの海外ガール、

「サラです、フランスからキマシタ大学生デス」

最後は金髪ロングの海外ガール、

「ソフィアです、ロシアからキマシタ大学生デス」

自己紹介が終わると、女将がいう。

「この子たちにヒデちゃんだけ自己紹介まだだったわね」

そういわれた秀人は緊張した面持ちで口を開く。

「あっ、ヒデです。 大学生です。 よろしくです」

タートルネックを着た黒髪セミディの日本レディを見ながら女将がニトロと秀人にいう。

「あの子は私が主人と別れてからずっとこのゲストハウスを手伝ってくれてる娘なの。 娘は二人いてあの子は次女なんだけどね」

「へぇ、女将の娘さんか。 しかし今日は鍋かぁーー! えぇなぁーー!」

次女は本日のメインメニューである鍋をよそった器を一人ずつに配っている。

「はい、これどうぞ」

次女がニトロに器を渡した瞬間。

(今、ほっ…… ほしが見えた……)

「ニトロさんは、ミュージシャンをやってるの?」

「はいっ! ストリートで心のたゆたみを歌ってますっ! お客さんによく、〝ニトロさんの歌動画の見過ぎで月初めに速度制限になっちゃうよ〟と言われてるので、巷では〝ナニワのパケット泣かせ〟と呼ばれていますっ」

「何だか、ユニークな人ね」

「あれっ、お姉さんドコーー? 声は聞こえるのに姿が見えない」

ニトロは四十五度にした右手を額に当てながらいう。

「娘ならそこに座ってるじゃないの」

女将がいうと、

「あっ、ほんまや! お姉さんの透明感が凄すぎて一瞬姿が見えへんかった! お姉さんはアレですか? 前世はプレパラートか何かですか?」

「もぉーー、なにそれーー」

次女が鍋の灰汁を取りながらいうと、ニトロは立ち上がり、

「女将、ちょっと台所かりるで」

「あいよ」

数分後──

「ジャーン! 出来上がりー!」

「あら、ニトロちゃん、何を作ってくれたの?」

女将がいうと、

「これは、おしり、おっと失礼! いしりの照り焼きソースで作ったブリの照り焼きが中に入ってるブリトーのオーロラソースがけですっ! 略して、〝ブリブリトー〟ですっ!」

「なんだかそれ、お尻のイメージしか残らないよ」

秀人が顔をしかめていると女将が、

「ブリトーの生地なんてどうやって作ったの? 食材あったかしら?」

「たまたま自分で持ち歩いてたお好み焼きの生地で作ったよ。 さぁ皆さん召し上がってやぁ」

「ワオ! オイシイデス」

黒髪ボブでスペイン人のニーナがいう。

「おナベのブリとチガッテ、これもまたイイワネ」

ブラウンショートでフランス人のサラからも好反応だ。

「このオーロラソースがいいワ」

金髪ロングでロシア人のソフィアがそういうと、

「オーロラはどうやって発生するか知ってますか?」

秀人が食卓を囲う人たちに問いかける。

「いえ、オーロラってどう仕組みになってるの?」

次女がそういうと、

「太陽から地球へと運ばれてきた太陽風(プラズマ粒子)が、地球の地域に含まれる酸素原子や窒素分子と衝突したときに、その原子や分子が発光した現象がオーロラだよ」

「へぇ、そうなんだぁ。 でも、どうしてあんなカラフルな色になるの?」

それにシュタ夫が応える。

「オーロラの色は酸素や窒素等の衝突する分子の種類によって決まるんデス」

「なるほど。 でもどうしてオーロラって北極と南極でよく発生するの?」

次はトンちゃんが説明する。

「地球って大きな磁石ナンダヨ。 太陽風から地球を守るのが地球という磁石の周りの磁力ナンダ。 磁石でもS極とN極ってアルだろ? そして同じ極どうしは反発し合うだろ? あれが磁力ダ。 

 そこで受け流された電磁力(太陽風のプラズマ)は地球の磁力線に沿って極地方に集まるようになってルンダ。 だから北極や南極でよく発生スルンダヨ」

「へぇ、地球って磁石なんだぁ。 知らなかった。  勉強になるわぁ」

(くそぅ…… 俺もなんか知的なことを言わないと……) 

「お姉さん、コレ見て」

ニトロはいつもラップのときにやっているチェケラのポーズをした。

「えっ、なにかしら?」

「フレミングの法則」

「えっ…… それがどうかしたの?」

「いや…… 特に…… なんもないっす」

ニトロのプレパラートのような心に少しヒビが入った。

「それじゃあ、この狼煙町の由来は知ってる?」

女将がダミ声でいうと、

「どんな由来があんの?」

「この狼煙町の由来は、日本海を渡る船を難破させないように灯台から狼煙を上げて合図を送っていたからだと言われていてね、 

 沖合の海域が難所で、一歩間違えれば佐渡島に流されてしまうのよ。 だから灯台を最後の合図にしていたの。 ここは石川県の最北端〝さいはての地〟だからね。本当になぁんにもないところよ」

「そうやったんやぁ。 でも、なんでこのゲストハウスの名前って〝からんこえ〟なん?」

「寒い冬に明るい花を咲かせるカランコエが好きだからよ」  

「それってなんかオーロラみたいやなぁ」

「オーロラといえば、長女のことを思い出すわ。 あの子、小さい頃からオーロラを見るのが夢だったの。 まだ叶ってないけどね」

「長女さんは今どこにおるん?」

「長女は東京で頑張ってるわよ」

「へぇ、何のお仕事してんの?」

「アパレルブランドでプロモーションのお仕事をしてるわ」

「アパプロの仕事かぁ。 なかなかクールやなぁ」

「毎月仕送りまでしてくれてるのよ。 本当に親孝行な娘で感謝してるよ」

「長女さんは、キングオブ長女グランプリ、確実に優勝やな」

「毎年年末年始は家族で過ごすことになってるから明日にはこっちに帰ってくるわよ」 

それを聞いた次女が口を開く。

「でも、北陸新幹線が開通してから、このゲストハウスの需要も年々少なくなっていて、特に年末年始は閑古鳥が泣いてる状態だから、ゆっくりもしてられないわよね。 何か対策を取らないと」 

「へぇ、正月はこの辺でなんかイベント的なことはやってないの?」

「小正月に行う、どんど焼きくらいかなぁ」

〜どんど焼きとは〜

小正月(こしょうがつ=一月十五日)の行事で、正月の松飾り、しめ縄、書き初めなどを家々から持ち寄り、一箇所に積み上げて燃やすという、日本全国に伝わるお正月の火祭り行事。

「どんど焼きかぁ。 なんか地味やなぁ」

鍋が無くなり、片付けをはじめる次女は台所へ行く。

そして飲み会パーティは終わり


宿泊部屋──


「なぁなぁ、ビデ」

「ビデって…… 誰が女性用ウォシュレットですか!」

「あぁ、ゴメンゴメン、ついうっかり」

「ビ、ビデ……」

「あっ! また言ったな!」

「バビデブゥ! 今のは違いましたーー! ざんねーーん!」

「もう…… こんな人、相手してらんないや」

「ビ……」

「おいっ! シュタ夫! ニトロさんの真似するな!」

「ビールはドイツがイチバン!」

「コイツ! いっぺんジャーマンスープレックスしたろか!」

「おいおい、ヒデ夫、俺の関西弁がうつってもうてるぞ」

「シュタ夫とヒュージョンさせるな! アホーー! あーー! もうやだーー!」

「マァマァ、オチツキナハレ」

「トンちゃんもうつってるよ……」

「ちなみにヒデはさっきのユーロガールズの中やったら誰がタイプなん?」

「ひとりに絞るのが難しいですね。 三人とも可愛いし」 

「でも、もし、ひとりに絞らないとアカンってなったら?」

「はぁ、悩むなぁ」

「サッと決めろよ! 誰とラブラブになりたいか考えたらええねん」

「ラブラブかぁ。 僕なんかと付き合ってくれるのかなぁ」

「がんばればイケるって」

「すぐには無理だろうなぁ」

「きかへんかったら良かったわ…… 決めんの遅すぎ」

さて、ここで一旦、ストーリーを中断して、TORABARD読者の皆さんに問題です!

実はヒデはある人に一目惚れしているのですが、それを他の皆にバレないように隠しています。

ヒデは一体誰に一目惚れをしたでしょう?

ヒント:ここから十一行戻ってセリフの頭文字だけ読んでみて

では、ストーリーを再開します。

「ちなみに、シュタ夫は誰がタイプなん?」

「ニーナとスペインでサッカーをミタイ」

「トンちゃんは?」

「ソフィアとロシアでフォカッチャをタベタイ」

「ちなみにニトロさんは誰がタイプなの?」

「次女とジャパンで歌舞伎をミタイ」

「へぇ、そうなんですね」

「こうなったら、みんなで協力し合ってそれぞれの恋を実らせようぜ」

「ソウダネ! 何かイイ方法アルカイ?」

シュタ夫がいうと、

「とりあえず、絆を深めるためにみんなで何か面白いことやりたいなぁ」

トンちゃんも口を開く。

「ソレはイイ考えデスネ」

「でもまずは、恋の対策として、みんなにお願いがあるんやけど……」

「お願いって何?」

「妹さんには俺以外みんな彼女おることにしてもイイ? その代わり、ユーロガールたちには俺は彼女おるということにしてイイいから」

「別にいいですよ」

「オッケーデス」

「モンダイアリマセン」

「みんな、おおきに」

食事を終えお酒も良い感じに回り眠たくなってきた恋するボーイズたちは各々で敷いた布団に入った。

そしてヒデの隣に布団を敷いたニトロがいう。

「なぁヒデ、ちょっと、電話かりてもいい?」

「いいですよ。 どこかに電話でもするんですか?」

「うん。 まぁな」

スマホを借りたニトロは左ポケットから取り出したシワくちゃになった名刺をひろげ、それを見ながら人差し指でボタンを押した。

「あっ、もしもしーー、あの、ジャスティン・ビーバーと申しますが」

「えっ!? なに!? 誰?」

「あっ、あの、この間、灯台の下でゲリラライブをしていた者ですが」

「あーー! 君かーー! 連絡くれたんだねーー! それで、次回のゲリラライブの日程はもう決まったの?」

「はい! 明日のお昼頃にやりまーーす」


翌日灯台前──


ニトロは灯台前で唄いながら観覧客に目配りをしていると、虚ろな表情をしたノーカラーコート女性がいた。

鳥の囀(さえず)りを終えると、ニトロはそのノーカラーコート女性に声をかけた。

「お姉ちゃん、どないしたんや? 暗い顔して」

「実は、今アパレルブランドでプロモーションのお仕事をしてるんですけど、新商品のいいプロモーション企画が思いつかなくて困ってるんです」

「あれっ! お姉ちゃんの実家ってもしかして、ゲストハウスやってない?」

「えっ!? どうしてわかったんですか!?」

「実は俺、今この近所のゲストハウスに泊まっててさぁ、そこの女将から長女が東京のアパレルブランドで頑張ってるという話を聞いたから。 それに毎年、年末年始は帰ってくるということも」

「そうだったんですね。 うちのお客さんでしたか」

「新商品って何なん?」

「来年春夏モデルのパンプスです」

「パンプスかぁ… なんかようわからん世界やなぁ」

「ですよね。 もうお先真っ暗だわ。 私の灯台はずっと灯らない」

女将の長女は目の前にある灯台のライトを見ながらいう。

「パンプス…… パンプス」

ニトロが頭をひねっていると、誰かが肩を叩いてきた。

「やぁ! 今日もやってるかい?」

「あっ、ペーパー会社のシャチョさん! 来てくれたんやぁ! 忙しくなかった?」

「昨日は電話ありがとうね。 いやぁ実は今、新製品の研究開発をしてるんだけど、なかなか上手くいかなくてねぇ。 まぁそんな時は外に出てリフレッシュするに限るよ」

「研究開発…かぁ……」

「それにこの狼煙町の灯台は船が難破しないように建てられたものだから、なんだか縁起もいいでしょ」

「狼煙…… あっ…… いいこと思いついたっ」

「えっ、どうかしたの?」

「あの…… ペーパー関係の会社をしてるシャチョさんにちょっとお願いが二つほどあるんやけど」

「お願いってなんだい?」


その二日後灯台前──


日本&ユーロボーイズの四人は灯台前に来ていた。

「しかしニトロさん、知り合いの人にイベントのチラシを作ってもらったのはいいですけど、本当にこんなところで配れるんですか?」

「ビラ配り? そんなかったりぃこと俺がすると思うかい? ちょっと見てなさい」

ニトロは持っている数十枚のチラシを上に放り上げた。

「うわぁぁああーー! 誰かーー! 助けてーー! チラシがーー!」

慌てふためいて叫ぶ声に反応した観光客は次々と落ちているチラシを拾っていく。

数十人の人たちがニトロに拾ったチラシを渡しにいくと、

「皆さん、ありがとうございます! でも、よかったらそのままチラシを持って帰ってください」

チラシの内容を見た観光客の一人がいう、

「〝どんとこい!! 次世代どんど焼きフェス(パンチラあり)〟って一体どんなイベントなんですか?」

「このイベントは、従来のどんど焼きをさらに進化させた次世代イベントです! 参加費はお正月で使用した、松飾り、しめ縄、書き初めのどれかでオッケーです」

「へぇ、いつものどんど焼きとは違うんだぁ。面白そう。 どんど焼きは一度も行ったことないけど、このイベントなら行ってみようかな」

話を聞いていた他の数十名の観光客はそのままチラシを貰って帰って行った。

それを見たシュタ夫が口を開く。

「人が困ってるときにタスケアウ日本人ってヤッパリ素晴ラシイデスネ」

トンちゃんも応える。

「ソウダネ。 ヤサシイネ」


その後宿泊部屋──


「チラシは全部配り終えたし、イベントの準備も整ったし、後は本番を成功させるのみやな」

ニトロが秀人にいう。

「そうですね。 みんなで協力して成功させたいですね」

「縁あってこのゲストハウスで出会った旅人皆んなで頑張ろうぜ」

「でも、ニトロさんってどうして全国を放浪してるんですか?」

「俺は〝ワキの大三角〟を探してるんや」

窓から覗くオリオン座を指差しながらいう。

「なんですか!? その冬の大三角みたいなのは!?」

「まぁ、俺の〝やる気スイッチ〟みたいなもんかなぁ? それはなんか人に宿るものやねん。特に女性にな」

「へぇ、やる気スイッチかぁ。 それってつまり恋人を探しているということですか?」

「うん。 まぁそんな感じなんかなぁ。 自分とバイブスの相性がバッチリな人? もの? なんかようわからんけどカタチじゃないねんなぁ」

「バイブス? なんですかそれ?」

「えっ、ノリやんかノリ」

「ノリ?  ノリって可視化できない科学的根拠がないものですよね」

「知るかそんなん。 でも、いつもそのやる気スイッチを持ってる人に出会った後にだけ、自分が納得のいくイケてる曲が完成すんねん」

「なんだか…… そのやる気スイッチって、波動方程式の〝作用素〟みたいですね。 そしてその人と出会った後に完成したニトロさんの曲が〝固有状態〟」

「それはシュウイツなタトエデスネ」

「ホントウダネ」

理系大学生のシュタ夫とトンちゃんが口を挟むと、ゲリ系二日酔いのニトロはあっけらかんとした表情で秀夫に問う。

「えっ、その作用素と固有状態ってなんなん?」

「量子力学の波動方程式で使うんです」

※波動方程式:Hψ=eψ

H =演算子

E =ポテンシャルエネルギー

Ψ =波動関数

「まず、量子力学ってなんやねん?」

「量子力学というのは、〝もの〟ではなく〝こと〟、〝部品〟ではなく〝状態〟を表せる数理のことです。

 例えば、ニトロさんが持ってるギターだって、弦、ネック、ボディ、ピックガードといった具合に分解することができるでしょ? これが、〝ものや部品〟の世界。 

 そしてお好み焼き屋というのは、お店になる物件、従業員、鉄板、テコ、テーブル、椅子、生地や豚、イカ、エビ、かつお節、青のり、ビールだったり、色んな要素で構成されてますよね? その全体がお好み焼き屋という〝ことや概念〟の世界になるんです」

「ほう。 部品…… 概念…… かぁ」

「例えば、豚という概念で考えてみると、お好み焼き屋の他に、とんかつ屋もあれば、焼肉屋、ラーメン屋、動物園にだっているので、色んな要素が浮かびあがってきます。 でもこの時、お好み焼き屋から見ると、

豚肉は部品なのに、豚肉から見るとお好み焼き屋が部品になっています。 ギターを分解すると弦が出てくるのに、弦を分解してもギターは出てこない。これが〝もの〟と〝こと〟の違いです。

つまり、ことや概念は、部品ではなく状態として捉えるんです。 そして、この部品と状態の違いが、物質の世界と量子の世界との違いなんです」

「なるほどね。 なんかようわからんけど、弦からギターは出てこえへんということはわかった」

「人間もギターも原子の中をみると、単なる電子の差でしかなくなってしまうんですよね。

 この原因は、原子の内側と外側の世界とでは全く違う法則が働いているからなんです。

 そして、この原子の内側の世界のことを量子力学といいます。量子の世界における〝状態〟を知るためには、電子の動き方を捉える必要があるんです。

 そのために生まれたのが、波動関数のψ(プサイ)です」

「ぷっ、プサイ?」

「このΨ(プサイ)を固有状態というんです」

「あぁ…… なんか眠たくなってきた……」

「例えば、お好み焼きでいうと、豚玉の場合、豚肉とお好み焼きの生地で構成されているでしょ? 豚バラ肉があったら豚の生姜焼きも作れるし豚バラ大根だって作れる。でもお好み焼きの生地にのせて焼くから豚玉になる。この場合、作用素は〝お好み焼きの生地〟になるんです」

「へぇ、つまり、豚肉のやる気スイッチ(作用素)がお好み焼きの生地というノリやな?」

「まぁそんな感じです。 そこでひとつ質問ですけど、お好み焼きの生地と全く同じ性質を持ったものって何かわかりますか?」

「それは、お好み焼きの生地やんか。 全く同じなんやから」

「そのとうりです。 つまり、簡潔に言うと、この固有状態というのは、入力と出力が同じになったときのことをといい、お好み焼きの生地にお好み焼きの生地を乗せたものということになるんです」

「つまり、〝玉玉〟ってことやな?」

「まぁ、はい。 そういうことです」

「そうかぁ、俺の曲はタマタマなんかぁ」

「確かに、ワキの大三角に出会った後、いつもイケてる曲ができるけど、あれって恋したお姉さんが作用素やったから?」

「僕はそうだと思いますね」

「俺はただ、いいバイブスしててフィーリングがマッチしたお姉さんに恋してただけやのに?」 

「そのバイブスやフィーリングのマッチって非局所的で可視化できないでしょ?」

「まぁなぁ、自分とバイブスの相性が良いソウルメイトというのはノリやからなぁ。 そんなんなんも考えてへんわ。 シンプルに一緒におったらハッピーやもん」

「この無意識で可視化できない、ことや概念の世界だからこそ、みんな自分探しというプサイ(固有状態)を探す旅をするんじゃないですかね?」

「はぁ、もう寝よ。 なんかアタマ痛なってきた……」


イベント当日灯台前──


「皆サマ、受付はコチラでお願いシマス」

ぞろぞろと集まりだした客が各々で持ってきた松飾り、しめ縄、書き初めを受付のユーロガールズたちに渡す。

その様子を客として見ていた女将は次女にいう。

「今日、お姉ちゃんの会社の新商品プロモーションもここでやるって言ってたけど本当に大丈夫なのかしらぁ?」

「さぁ、〝次世代どんど焼きって〟一体どんなイベントになるのかしらね」

野外ステージでは、ニトロがラブバラードを唄う。 

そして鳥の囀りが終わると、

「次は皆さんお待ちかねのパンチラタイムでーーす」

といった後にステージのライトアップが全消灯して緞帳(どんちょう)が下された。

ステージ前では観客がざわついている。

「おーーい、パンチラだってよーー!」

「マジで見れんの!? ラッキーー! でも、客の割合、男よりも女の方が多くね?」

「本当だな。 それになんかいつものどんど焼きと客層が違う気がする」

観客の男たちが談笑していると、急にステージがライトアップされ、クラブミュージックの音楽が流れた。

そして音楽のリズムに乗っている観客が温まったころ、緞帳が少し上がった。

「おっ、緞帳が上がったぞ! ってあれ?」

緞帳が少し上がったステージにはパンプスを履いた女性の足が十本並んでいる。

五秒程度経つと緞帳がまた下がる。

それが何度か繰り返された。

「おい! パンチラって、〝パンプスチラチラ〟のことかよ! ふざけんなよ!」

怒りを露わにする男性客の隣で見ていた女性客は、

「ファンションアプリで宣伝してたから来てみたら、結構シュールで良かったね」

「うん。 なんかよく見えなかったけど可愛い感じのあったから、後でフリーペーパーできちんと確認しよっと」

ステージを一番後ろで立って観ていた秀人と長女の元にニトロが小走りで走って来ていう。

「どうやった? パンチラ、イケてた?」

秀人が応える。

「なんだかよくわからなかったですけど、女性客の反応が良かったですね。 でもプロモーションといっても、このステージは一体なんの意味があったんですか?」

「さっきのは長女さんが働くアパレルブランドの新商品のプロモーションや」

「えぇ、さっきのがプロモーション!? どういうことですか!?」

「これからの時代…… プロモーションのスタンダートは〝チラリズム × 夢〟や!」

「チラリズムと夢!? どうしてですか!?」

「学生時代、スカートの中がチラッと見えただけでその女の子のこと好きになったりせえへんかった?」

「はい。 確かに気になったことありますね」

「そうやろ? ルックスは中の下でもパンチラ見ただけで五割り増しくらいになったやろ?」

「そうですね、もう一日中その子のことばかり気になってました。 でも、女性は男のパンチラなんか見ても喜ばないですよ」

「重要なのはチラリズムで断片的ということ、つまり、〝全部見せない×継続的に見せない〟というノリやな」

「でも夢というのは?」

「これもいたってシンプルで、よく特に興味のなかった人でも夢に出てきただけでちょっと意識するようになるやろ?」

「確かに! ありますね」

「要するに、この二つの要素を合わせたのが、〝チラリズ夢〟や」

「ちっ、チラリズ夢!! それは一体!?」

「チラッと見せた商品の情報をフリーペーパーに袋とじするんや! ほんでそれを枕の下に入れて寝てもらうだけ」

「枕の下に?」

「よく、好きなアイドルの夢を見るために枕の下にそのアイドルの雑誌を入れたりしてる人おったやろ? そういうノリ」

「でも、そんな簡単に枕の下に入れてくれますかね?」

秀人がそう質問すると、ニトロは右ポケットに丸めて入れていたフリーペーパーを取り出しそれを開いて見せた。

「そこで、この次世代袋とじ〝枕の冊子(まくらのそうし)〟の登場や!! この袋とじは特殊な技術を使ってて日本人の平均睡眠時間である六時間、一定の人肌の温度で温めないと、ページの絵が映らないようになってる。 だからあらゆる家電を使ってズルしようとしても映らない。 知り合いのシャチョさんにチラシと一緒に創ってもらったんや」

「なるほど! それなら嫌でも枕の下に入れますね!」

「これからのスタンダートは、チラリズ夢や! ヒデ、これ次の学校の試験に出るから覚えとけよ」

「なんか…… 無茶苦茶な理論ですけど…… 一理あるような。 まぁ、僕はこれからちょっとやることあるので行ってきます」

といい、秀人は灯台の方へ走って行った。

それを見届けた長女が不安そうな顔で口を開いた。

「本当にあれだけで大丈夫なのかしら……」

「長女さん、本番はこれからやで! まぁ観てなさい」

二人が会話を交わしていると、急に会場全体を照らしていたライトと灯台の灯りが消灯した。

真っ暗闇になった会場の客は、

「え? 急にどうしたんだろ? 停電か?」

客が動揺していると、ユーロボーイズが松飾り、しめ縄、書き初めで作られたやぐら小屋(どんどや)に火を灯し、それが瞬く間に燃えていく。

高く燃え上がる炎から立ち上がる煙はまるで町名の狼煙を彷彿とさせる。

狼煙の勢いが増すと、会場のスピーカーから幻想的なアロマミュージックが流れた。

「なんだ? なにかはじまるのか?……」


その瞬間……


画像3


灯台から放たれた青、緑、赤のレーザー光が立ち上がる煙に投影し色とりどりのオーロラが現れた。

「うわぁ…… 綺麗」

長女は光のカーテンに見惚れている。

息を呑んでいる長女を他所に、ニトロは灯台の上でレーザー光を操作する秀人と受付のユーロガールズ、やぐら小屋前のユーロボーイズの順に顔を合わせ安堵の表情で親指を立てる。

いつの間にか長女の目には涙が溢れていた。

それを見ていた女将と次女の目も滲む。

そしてイベントは大盛況で幕を閉じた……


ゲストハウス──


イベントが終わり、その打ち上げで居間で盛りがあるゲストハウスのルームメイトと女将家族たち。

「いやぁ、初めはどうなるかと思ったけど、無事成功してよかったわぁ、マジで」

ニトロが秀人にいう。

「海上の三十四キロ先まで照らすあの灯台の光を、カラフルなレーザー光に変えろなんて…… ニトロさんの無茶な要望だったんですけど…… まぁたまたま大学で電子工学を学んでたことが功を奏しました」

「マサカ、日本でオーロラが観れるナンテオモワナカッタデス」

シュタ夫がいうと、

「ニトロさんのグッドアイデアですネ」

トンちゃんも口を開く。

「ミンナデ、デキテ楽しカッタヨネ」

スペインのニーナがフランスのサラにいうと、

「ウケツケなんてハジメテやったワ。 ソフィアもそうよネェ」

「イイ経験にナッタワ」

ロシアのソフィアが手に持ったフリーペーパーを見ながらいう。

「フリーペーパーも発行分は全て配ることができたので良かったわ。 ニトロさんありがとう」

長女がニトロにいうと、

「あのイベントで俺がやったことは、アイデアを出しただけやで。 それをカタチにしてくれたのは他の人たちや」

「でも、アイデアが無ければ、カタチにだってできないわ」

「長女さん、このゲストハウスの名前である〝カランコエ〟の花言葉って知ってる?」

「いいえ」

「花言葉は、〝たくさんの小さな思い出〟」

「たくさんの小さな思い出?」

「そう。 今回だって、このゲストハウスに来てから色んな人と出会って、そこで共有した小さな思い出の積み重ねが、あのオーロラに変わった」

長女は真剣な眼差しで聞いている

「生まれた場所や育った場所も違うけど、〝人にハッピーになってもらうこと〟という共通の目的を達成するために、みんなで一生懸命協力しあった結果やで」

そこで女将も口を開いた。

「ここはね、ゲストハウスだから、私はこれまで数々のバックパッカーや放人の人たちと交流してきたけどね、その中には目的があって旅をしている人、目的もなく旅をしている人、色んな人がいたの。

 でもみんなに共通して言えることは〝何かを探している〟ということ。 でもその何かってきっと自分の足元にあると思うわ。 きっと他人の足元には落ちてない。 生まれてからこれまで歩いてきた自分の足に小さな思い出が沢山詰まってるじゃない。 その中にきっと探し物はある。 旅人はみぃんな〝灯台下暗し〟ね」

「今いるこの場所に〝しあわせの種〟は落ちてるってことやな」

ニトロがいうと長女が目を潤ませながら口を開く。

「私は、誰にも相談できないし、したくない、変なプライドと意地があった。 これまでずっと一人で抱え込んでた。 このままだったら本当に壊れていたかもしれない」

「お姉ちゃん、あんたには家族がいるのよ。 それだけは忘れないで。 だから、都会での暮らしがつらくなったら、いつでも帰ってらっしゃい」

「お母さん…… ありがとう」


翌朝──


「ニトロちゃん、起きなさーーい! もう他の皆んなはチェックアウトしたわよ」

「もぅ…… ダルぃダルぃ……」

「今日は露店の仕事があるんでしょ?」

「ちゃうねん…… 今日は予定が変わって、接待ピンポンダッシュがあるから、それまで寝なアカンねん」

「そんなのないない。 ほら、頑張って行ってらっしゃい」

「そんなことより、妹さん、俺のことなんか言ってなかった? 例えば、ニトロさんのことを忘れないために最近パスワードを〝二十六三〟に変更したとかさぁ」

「なーーんにも言ってないよ。 それより、ヒデちゃんと海外ボーイズアンドガールズたちで今度トリプルデートするんだって」

「マジで!! ヒデの奴…… サラのことが好きやったんかぁ。 くそぅ。 あの…… 俺も妹さんとデートしたいんやけど、女将からなんとか言ってくれへんかな?」

「えぇ!? だって、ニトロちゃん彼女いるんでしょ? 海外ガールたちから聞いたわよ」

「あっ、そっそれは…… 嘘というか……その」

「えーー嘘ついてたのかい!? どっちみち嘘つく男なんて最低だね! そんな男にうちの娘は任せられないよ!」

「うぅ」

ニトロの心のプレパラートは割れた。

「それより、宿代の延長料金払わないとアカンなぁ」

「あぁ、それならヒデちゃんが払っていったよ」

「えっ、なんで!?」

「ニトロちゃんが売ってた商品あれなんだっけ?…… オーロラソースボトル? あの代金だって言ってね」

「ふーーん」


灯台前──


「はぁ。 おかしいなぁ…… 今日星占い一位やってんけどなぁ」

ニトロは千切った段ボールを掲げて失恋をぼやきながら沿道に立っている。

すると、一台の車が止まった。

「お兄さん、それに書いてある〝ふくわらいできます(鏡もちもあるよ)〟って何?」

「何って、そのままやんか、車に乗せてくれた人にこれをサービスするんやんか」

「どこまで行きたいの?」

「ノリでよろしく」

「ノリ? まぁ、面白そうだし乗って行きなよ」

「おおきにーー」

ニトロは運転手の隣の座席に座ると左手でバックミラーの位置を運転手側に向けると、急に爆笑しながら、

「はっはっはーー! 何その服ダッさーー!」

「ちょっと! 急になんだよ!?」

「なんやって…… バックミラーを持ちながらお兄さんが着てる服を笑ってんねやんか」

「そういうことだったのかよーー」


第5話テーマソング「IROTRIDORI」



TORABARD 最終話「キモチのうた」へ続く

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