トラバヘッダー最新15_のコピー

TORABARD 最終話「キモチのうた」


読者のアイデア投稿を基に創る小説『TORABARD』

最終話「キモチのうた」


〜商品アイデア〜

JAPAN 寅年 男性 NITROさん

「これまでご応募下さった読者皆さんのキモチをEHEエボリューションしました」


※〜EHEエボリューションとは〜
・Emotional(エモーショナル)「情緒的」
・Hybrid(ハイブリッド)「多様性」
・Exciting(エキサイティング)「わくわくする」
以上3つの要素、TORABARD三大原則〝EHE(エヘ)〟を兼ね備えたうえで物事を進化させるという意味。


TORABARDは皆さまから投稿いただいた商品アイデアをモチーフにストーリーを制作しております。

皆さまからの投稿がこの作品を創ります。 

商品アイデアがある方はコチラまでドシドシご応募ください!

採用者にはTORABARDオリジナルグッズをプレゼントいたします!

今回は、以上の投稿を元に小説を書きました。


画像1


バレンタインデーフェアの装飾で彩られ、カップルたちが空に浮かぶ庭園を歩く梅田スカイビルの下でニトロはストリートライブをしている。

ボディにハチドリが描かれたチェリーサンバースト色のギターを奏でながらラブバラードを唄う。

唄いながら観覧客に目配りをしていると、虚ろな表情をした金髪少年がいた。

鳥の囀(さえず)りを終えると、ニトロはその金髪少年に声をかけた。

「兄ちゃん、どないしたんや? 暗い顔して」

見たところ中学から高校に上がったくらいのその金髪少年は一言も話さない。

「おいっ! 小僧! 聞いてるか?」

「うるさいな……」

「うるさいってなんやねん? このクソパツ金!」

「誰がクソパツ金やねん! このクソジジイ!」

「ジジイとちゃうわ! まだまだハートは中二の二学期じゃ! プレパラートじゃ!」

喧嘩になりそうな二人を見て他の観覧客はその場から離れていく。

「そんな、大人なんて…… おるわけないやろ……」

金髪少年は急に意気消沈し、悲しい顔をした。  

「まぁ、パツ金小僧、これでも飲んで落ち着け」

といいながら、ニトロは右ポケットから取り出したスキットルを投げた。

それを受け取った金髪少年はスキットルの蓋を空けてその匂いを嗅ぐ。

「おっさん、これ何なん? お茶?」

「うん麦茶や! 酒じゃないから安心して飲め」

金髪少年はスキットルの麦茶を一口流し込む。

「あれ? 冬に飲む麦茶も結構ウマイな!」

それを聞いたニトロは満面の笑みでいう。

「せやろ? お前なかなか良いセンスしてるなぁ! 高校生か?」

「いや…… 学校はずっと行ってない。 というか…… 今日、家出してきてん」

「え!? 家出!? また、なんで?」

「親父と喧嘩して。 というかずっと嫌いやったから早く家を出たかってん」

「ふーーん。 親父さんと喧嘩か。 というか泊まるところとか行く宛はちゃんと決まってんのか?」

「いや…… なんも決まってない…… そんなこと一切考えんと飛び出してきた」

「ノリで飛び出してきたんか! オモロイやっちゃな! ほんで金は持ってんのか?」

「うん。 お年玉の二万だけ。 これでバス乗って東京にでも行こかと思って。 だからバスターミナルがある梅田に来てん」

それを聞いたニトロは口を尖らせて少し勘考してからいう。

「ほんじゃあ、今日は俺ん家泊まっていけ」

「えっ、おっさん家この辺なん? ていうかおっさんって何者なん? ホームレス?」

「おっさん、おっさんいうな! 家あんねんからホームレスとちゃうわ」

「そうなんや。 じゃあ家連れてってや」

「おう。 一等地にあるマイホームに案内したるわ。 こっから歩いてすぐや」

ニトロはギターを丁寧にケースの中に閉まった後、金髪少年にいう。

「兄ちゃん、名前と年齢は?」

「西本太郎(にしもとたろう)、十五歳」

「オッケー! タロウやな!」

「俺は、巷では〝ナニワのエモイスト〟って呼ばれてる、だからニトロって呼んでくれ」

「えっ、それってなんか関係あるん?」

「うるさい! 黙れこの天パ! 細かいことはええねん! ノリやノリっ!」


その十分後──


画像2


二人は川沿いにある小屋へ到着した。

「おい、ジジイ! どこが一等地のマイホームやねん! ただの川沿いの小屋やんけ! サザエさん家かと思ったわ!」

太郎は白いパーカーを着た小太りで白髪混じりの無精髭を生やした男にいう。

「お前、ここはあのスカイビルが一番綺麗に見える場所やぞ? 見てみ! この角度! フランスの凱旋門よりイケてるやんけ」

「フランスの凱旋門?……」

「それと、このアイランドキッチンが一番の自慢や」

「アイランドキッチンって…… それ、どっかで拾ってきたバーベキューコンロを真ん中に置いてるだけやんけ」

「それに、見て! この……」

「もうええわ!」

「文句あるんやったら、帰ってや。 せっかくお好み焼きご馳走したろうと思ったのに。 ホンマ最近のガキはカタチばっかりに拘るからかなんわ」

「でも腹減ったから、お好み焼きは食べてくわ」


数分後──


「ジャーン! 出来上がりー!」

「うわ、思ってたのより十倍ウマそう」

「ごっつウマイで! さぁ食べよ食べよ!」

太郎は踊る鰹節に息を吹きかけながら口へ運ぶ。

「うわ! めっちゃウマい! おっちゃん、コレ…… 店出せんで!」

「マジで!? 今まで誰にも食べさしたことなかったからなぁ」

そう応える口には青海苔が付いている。

「おっさんは何でこんな暮らししてんの? 仕事はしてなかったん?」

「昔は、あれやで? 会社経営者やってんで? まぁ共同経営やけど」

「えっ元社長? まじで? スゲェ! でも何で? 会社倒産でもしたん?」

「いや、その会社は今でも続いてる。 まぁあれや、性格の不一致ってヤツ? 相方とウマが合わんかったんや」

「へぇ。 大人には色々な事情があるんやなぁ」

「大人にも色々な事情があるけど、子供にだってあるやろ? 大人は自分一人でどうにかできるけど、子供はそうはいかん。 大人がつくった環境の中で嫌でも生きていかなアカンねんから。だから子供のほうがしんどいやろ?」

「うーん。 まぁ、とりあえず今は早く大人になりたいと思う。 というか自由になりたい。 誰にも縛られんと自分のやりたいように生きたい」

「そうやな。 おっちゃんだってそうなりたいと思ってたから今この生き方を選んでる。 だからこの暮らしをしてて不幸なんて思ったこと一回もないわ」

「てかおっさんって何歳なん?」

「永遠の中二の二学期っていうたやろが。 まぁ寅年や」

「えっ俺も寅年やで?」

「ホンマかぁ。 ほな一緒やな」

「あそこに飾ってる花の絵は? あれっておっさんが書いたん?」

「うん、そうやで。 下手くそやけどな。 花が好きやから」

「おっさん、めっちゃ絵上手いやん」

「お前やっぱ、センスがええわ。 将来楽しみなやっちゃで」

「でも、この小屋って、勝手に住んでるんとちゃうん?」

「ここはお前あれやで? 元はボロ小屋やったんを、おっちゃんが自分で資材を集めてリフォームしたんやで? だからログハウスみたいで割と綺麗やろ?」

「なんか三匹の子ぶたみたいやなぁ。 まぁ、清潔感はあるけど…… 家主とか怒ってくるんとちゃう?」

「それがもうかれこれ3年ここに住んでるけど、全く問題なしやで」

「ホンマかよ」

お好み焼きを食べ終わるとニトロはギターを取り出した。

「おっ、なんか唄ってくれるん?」

「おう。 なんか今日は気分がええからなぁ。 家でアンコールや」

そして鳥の囀りが終わると、

「おっさん、やっぱ歌うまいわぁ」

「せやろ? まぁそうひがむな」

「そのギターもなんかカッチョいいなぁ」

「あぁこれな、このピックガードのハチドリはなぁ、ネイティブ・アメリカンの間で愛と美と幸せの象徴って言われててやなぁ、世界一小さくて美しい鳥って言われてんねん。 なんかおっちゃんに似てるなぁと思ってなぁ」

「似てるとこって言ったら、チビなとこくらいやん。 美しいどころか見た目はなんか小汚いし」

「黙れっ! この天パツ金」

「でもちゃんと意味があんねんなぁ。 見た目とかノリで選んでるんじゃないんや」

「あたりまえやんけ! お前なぁ、意味というのはなぁ気持ちなんやキモチ! キモチがこもってるから人の心に入っていくんや」         

「はぁ、キモチね」

 「そうや!  カタチじゃなくてキモチ! カタチじゃなくてキモチや! これ覚えとけよ!」

「なんで二回いうたんや」

「それ食ったらもう寝ろっ。 この天パツ金小僧っ」

「なんやねん、天パと金髪を混ぜんな」


そして翌日の昼──


「おーーい! おっさーーん! 起きろーー! もう昼やで! いつまで寝てんねん!」

「もぅダルぃダルぃ……」

「ちょ、いいことあるから起きろって」

それを聞いた瞬間ニトロは飛び起きながら、

「えっ、いいこと!? なになに?」

「まぁ、外に出てみ」

ニトロが外に出ると、

「うわ、なんやこれ! おっ、お前こんなもんどないしてん!?」

そこには、リヤカーに積まれた業務用の鉄板やテーブル、椅子が置かれてあった。

「お好み焼き屋やってるツレの親が店閉めることなって、処分するって言ってたから貰ってきた」

「貰ってきたって…… お前…… えぇぇぇ…… マジか……」

「おっちゃん、一緒にお好み焼き屋やろうや! 俺、行く宛ないし、これからも生きていかアカンし! なっ?」

「そんな急に…… 営業許可とかどないすんねん?」

「そんなもんどうにかなるよ! 絶対オモロイって! なっ?」

ニトロは顔をしかめながら小声で呟いた。

「ほな…… やっやってみよか?…… お好み焼き屋……」

それを聞いた瞬間、太郎は満面の笑みで飛び跳ねながら、

「やったーー! そうと決まったら、おっさん、早速店作りを始めるで!」


その翌日──


「なんとか形になってきたなぁ。 なぁ、おっさん、あそこの脇にある柱、潰した方がもうちょい広なるんちゃう?」

「あぁ、それはアカンアカン、おっちゃんその柱好きやから、そのままにしといてくれ」

「えぇ、何でなん? これめっちゃ邪魔やん?」

太郎はその柱の方へ行きながらいう。

「その柱、よう見てみ?」

「あっ、なんか線が引かれてある。 昔ここに住んでた子供の成長記録かなぁ?」

「なんかなぁ、それを見てるだけで幸せな気持ちになれんねん。 おっちゃん、一人じゃないって思えんねん。 それを支えに今まで生きてきたんや」

「まぁ、ならしゃあない。 置いとくか。 明日オープンやから、食材の準備とかもせな」


翌日オープン初日──

「おっさん、いよいよ今日オープンやで!」

「おう任しとけ! お客さん、わんさか来るで! ちゃんとビラ配りもしたしな」

「ビラ配りって、チラシを上に放り投げて〝わーー! 誰か助けてーー! 拾ってくださーーい!〟って言ってた奴やろ? あんなんでホンマに来るんかよ」

そして、遂にお好み焼き屋オープンの時間になり、扉を開けると、そこには数十人の行列ができていた。

それを見たニトロが張り切っていう。

「いらっしゃいませーー! さぁどうぞどうぞ! 中へお入りくださーーい!」

それに続き太郎もいう。

「狭い店やけど、とりあえず入れるだけ入ってーー」


営業終了後──

「やっと終わったな。 しかしおっさん、もうちょい手際よく焼かんと、お客さん回れへんで」

「せやな。 まさか今日、あんだけ来るとはなぁ!…… 人数来てもそれをうまくサバかな意味あらへんなぁ。 実際、今日、並んでる客何人か帰ったしな。 タロウもお好み焼くん覚えろ」

「うん、わかった。 俺もお好み焼き焼くの練習するわ」


オープン二日目

「いらっしゃいませーー!」

「お兄ちゃん、あの壁に貼ってる豚玉とビール以外メニュー無いん?」

「ウチは豚玉とビールだけしかやってないんです」

「えぇ、焼きそばないの? もうちょっとメニュー増やしたほうがええで」

「すいませーーん」


営業終了後──

「おっさん、メニュー増やそか」

「せやな。 でもメニュー増やすのって超めんどくさない?」

「うん。 超めんどくさい。 でも今日子供とかも結構来てたからなぁ。 ジュースとかも置いたほうがええんかな?」

「明日、子供きたら聞いてみよか」


オープン三日目──

「なぁなぁ、メニューにジュースとかあったら飲む?」

「うん飲みたい」

「他にどんなメニューあったら頼む?」

「えっ、お菓子かなぁ」

「ちょ、なんかもう面倒くさいから、このノートに食べたいメニュー書いてくれへん?」

「うん。 わかった」

「あっ、そこの子たちもなんか食べたいもんあったら書いて」


営業終了後──

「よーし。 とりあえず、増やすメニューは決まったなぁ。 タロウでかしたぞ」

「でも、こんだけメニュー増やしたら、メニュー表とか作らなアカンのちゃう?」

「もうそんなんかったるいから、そのノートをそのままメニュー表ってことにしたらええんとちゃうか?」

「確かにめんどっちーからこれをメニュー表にしてしまおか。  まぁメニュー表って言っても子供がノートに好き勝手書いただけやけどな。 ねりけしとか、くじ引きとか書いてるし。 それにセーラームーンの絵とかも書いてるわ」

「ほな、このメニュー表に書いてるもん全部出せるようにせなアカンなぁ」

「せやな。 買い物行ってくるわ」


オープン四日目──

「なぁ、お兄ちゃん、このメニューの〝焼きるどん〟ってなに?」

「えっ、焼きるどん知らないんすか? 今流行ってるヤツですよ」

「聞いたことないなぁ。 どの辺で流行ってるん?」

「そうですねぇ、ミャンマーあたりとかで」

「この、〝オギリギ〟ってなに?」

「えっ、オギリギ知らないんすか? 今、女子高生はみんなカバンに入れてますよ」


営業終了後──

「おい、タロウ…… なんやねん、今日のあのミャンマーとか女子高生のくだりは……」

「えっ、だって子供たちが純粋な心で書いたメニューやから、それを否定したくなくて……」

「まぁそれもそうやな…… 大体、焼うどんとオニギリってことくらいニュアンスでわかるしなぁ。 わからん客が悪い。 よしオッケー、そのままで続行!」


オープン五日目──

「おい! ちょっと! おっちゃん! これ、豚玉の中に髪の毛が入ってるで!?」

「あれ? お客さん、〝豚玉にトッピング髪の毛〟って注文しませんでした?」

「するかーー! ふざけんなーー」


営業終了後──

「おい、おっさん…… なんやねん…… トッピング髪の毛て……」

「えっ、だって…… なんかそういうノリでいったらイケるかなと思って……」

「イケるかーー!! ちゃんとしろーー!!」


オープン六日目──

「なんか…… 客減ってきたな……」

「おう。 まぁええやんけ。 たまにはこんな日がないと体が持たんわ。 ぼちぼちいこや」


営業終了後──

「結局、今日は五人しか来えへんかったな」

「今日はあの日とちゃうかったっけ? 光化学スモッグ」

「えっ、ホンマ? だから、みんな外に出てないんや。 なんや、おっさんそれを先言わんと」


オープン七日目──

「おっさん…… 今日も光化学スモッグか?……」

「今日はあれとちゃうか? マイケル・ジャクソンが来日してるんとちゃうか?」


営業終了後──

「おっさん…… 結局今日は客一人もけえへんかったな」

「マイケル・ジャクソンはアンコールを七十回するっていう噂やからなぁ」

「えっ、そうなん? なんや、コンサートが長引いてんのかぁ」


オープン八日目──

「あの、こういう者ですが、ちょっといいですか?」

「はい? どうしました?」

「ここってちゃんと営業許可取ってます?」

「えっ? 別に商売なんてしてないですよ?」

「でも看板にはお好み焼きって」

「あぁ、これね、まぁ実際にお好み焼きは作ってるんですけどね。 ボランティアで」

「えっ、ボランティア?」

「はい。 恵まれない人たちにプレゼントしてるんです」

「でも、あそこの壁に〝豚玉 六百五十円〟〝ビール 五百円〟って書いてますよね?」

「あぁ、それね。 実は、募金箱を設置しておりまして、その参考価格として書いてあるだけです」

「例えば豚玉を食べた人は、よかったらこれくらい募金してくださいってこと?」

「そうです。 ほら、ちゃんと募金箱もあるでしょ?」

「募金箱って、あれはただのくじ引きの箱じゃないの?」


営業終了後──

「やばかったーーー! ビビったーー! フゥーーー!」

「なんとか乗りきったなおっさん!」

「偶然くじ引きの箱あってよかったーー! マジ子供に感謝! リスペクトチルドレンっ!」

「ちょっと明日は店閉めて作戦タイムしよや」

「せやな」


翌日──


「なんかこうしてゆっくり休むんも久々やな」

「せやなぁ。 今日はおっちゃん一日中呑んだくれたろ」

「それはいつものことやんけ」

二人が談笑していると、外から扉を叩く音がした。

「おっちゃーーん! 今日はお店やすみぃーー?」 

ニトロが扉を開けると三人の子供たちがいた。

「おぉ、こないだメニュー書いてくれたお嬢ちゃんたちやんかぁ。 さぁ入り入り」

子供たちがテーブルに座ると太郎がいう。

「今日は店休みやけど、ジュースでも飲んでいくか?」

「うん。 のむーー」

太郎はジュースをテーブルに置く。

「この間はありがとうな。 君らがメニュー書いてくれたおかげで店は大繁盛や」

「お兄ちゃん、ウルトラマンごっこしよ」

男の子がいう。

「おっええで! ほんじゃあお兄ちゃんはウルトラマンタロウや」

それを聞いたニトロがぼそっと呟く。

「そのままやんけ」

テーブルに置かれたメニューを見ている女の子がニトロに、

「なぁなぁ、おっちゃん、ホンマにこれあんのーー?」

「どれどれ? おう。 もちろんや」

「ウチ、これは書いてないよ」

「あぁ、それは、これがあったらお嬢ちゃんたち喜ぶんちゃうかなぁと思っておっちゃんが考えたんや」

「ウチ、これだいすきーー」

「おっ、ホンマか? お嬢ちゃんのハートにビンゴしたか?」

「なんかおっちゃんのお店ってまごのてみたい」

「えっ、孫の手? なんでや?」

「かゆいところにてがとどいてるもーーん」

「ようそんなこと知ってんなぁ。 お嬢ちゃんまだ幼稚園くらいやろ?」

「うん。 もうすぐしたら小学校いくねん」

その夜──

「よし、タロウ! 決めたで!」

「えっ、決めたって何を?」

「店の名前や! 〝まごのて〟にする!」

「まごのてってあの孫の手? また何で?」

「今日来たお嬢ちゃんに言われたんや。 〝この店は孫の手みたい〟って」

「へぇ、ええやん。 それやったら今風に英語で〝MAGONOTE〟にしたら?」

「それいただき! よし、タロウ、久しぶりにスカイビル行こか」

「えっ、何しに行くん?」

「唄いに行くんやんけ」

梅田スカイビル──

「ちょっと、おっちゃんションベンいくから、お前、適当に歌っとけ」

「えっ、ちょマジかよ」

太郎は置かれたギターを手に取り適当に弾いて知ってる曲を唄った。

すると道行く人が次々と足を止めた。

ニトロがトイレから帰ってくると、人集りができていた。

「えぇぇ! なにこれ! なんでこんな人がおんの?」

そして唄い終わると拍手が起きた。

太郎が弾いてたギターをケースに置くと、ニトロが近づいてきていう。

「タロウ…… お前…… ええ声してるやんけ!! おっちゃんがマネージャーやったるからミュージシャンになれ!!」

「えっ、そうかな? 自分ではわからへんわ」

「絶対売れる!! てか、お前なんでギター弾けんねん!?」

「俺、幼稚園中退してから、ロクに学校も行かんと家にある楽器弾いたり、本読んだりしかしてなかったからなぁ。 ノリで覚えたって感じやわ」

「ノリて、お前、おっちゃんなんか三年前にこのギター拾ってから、まともに弾けるようなったん最近やで? しかも図書館行って本読んでコード覚えたんや! ホンマ苦労したで」

「おっちゃんは何でまたギター拾ってまでやろうと思ったん?」

「そんなもんモテるために決まってるやないか! それ以外にあるかい!」

「ベタやなぁ」


それから三年が経ち──


「いよいよタロウが東京に行くんも明日かぁ。 早いなぁ」

「ホンマや。 大阪とはしばらくオサラバやな」

「まさかお前が、客の紹介で東京の広告代理店に就職することになるなんて夢にも思わんかったで」

「俺もやわ。 ロクに学校も行ってへんのによく雇ってくれたわ」

「このチャンスを無駄にすんなよ」

「うん。 てかおっさん…… 酒ばっか飲んで、お好み焼き全然食ってへんやんか」

「今日くらいは呑ませろ。 うぅ」

「そんな、泣かんでも」

「明日は見送らへんからなぁ。 勝手に行けよ」


それから五年の月日が流れた──


スーツにコートを羽織った太郎は五年ぶりに大阪に帰ってきた。

梅田スカイビルの下を通って小屋へと向かう。

そして、店の前に着いた太郎は扉をノックしながらいう。

「ちょっとーー! 警察の者ですけどーー!」

返事がないのでもう一度扉をノックしながらいう。

「ちょっとーー! 東京からお好み焼き食べに来たんですけどーー!」

その瞬間扉が勢いよく開いた。

「おぉーー!! なんやぁタローーかぁーー!! びっくりするやんけーー! よーー帰ってきたなぁーー!!」

「おっさんも元気しとった? はい、コレ、東京ばなな。 色々お土産買ってきたで」

「そんなんええから早よこっち座れ! しかし久しぶりやなぁ。 五年ぶりかぁ。 もう東京に染まっておっちゃんのことなんてとっくに忘れてもうてると思ってたわ」

「こんなクセの強いおっさん忘れたくても忘れへんわ! でも、おっさん、ちょっと痩せた?」

「おぉ、そうか? 相変わらずストリートライブもやってるし めっちゃ元気やけどなぁ」

「元気やったらええねんけど」

「そういや、あれ、お前の仕業やろ?」

「えっ、あれって?……」

「ストリートライブしとったら、毎月一回必ずギターケースに五万円入った封筒を入れてくれる人がおったんや。 しかもこの五年間毎月な」

「いやっ、俺は知らんで。 おっさんの熱烈なファンなんとちゃうか?」

「それより、しばらく大阪に滞在していくんか?」

「うん。 一週間、有給休暇もらったから」

「ホンマか! ほんじゃ、お好み焼き作ったるから、地元のソウルフードを食べて、東京の排ガスにまみれたその心を洗い流せ!」

「お腹ペコペコやからダッシュで作ってや!」

数分後──

「できたぞーー」

「いただきまーーす」

「おーーう。食え食え」

「やっぱここのお好み焼きは世界一やわ」

「それより、どうや? 仕事は? 頑張っとるか?」

「うん。 まぁ、ぼちぼちな。 いうても、もう五年目やからな」

「おっさんはどう? 店繁盛してるん?」

「まぁ、常連客ばっかやけどな。 なんとか楽しくやってるで」

「それより、おっさん、あそこの脇の柱に書いてる相合傘はなんなん? 片方だけに〝ニトロ〟って書いてるやつ」

「あぁあれは〝ワキの大三角〟や」

「なんやねん、その冬の大三角みたいなん」

「相合傘って三角書くやろ? それを脇の柱に書いてるからワキの大三角。 おっちゃん今、恋してんねん」

「ウソーー!? マジで!? もし、その恋が実ったらもう片方にその人の名前も書くっていうノリ? 政治家のだるま的なヤツ?」

「それそれーー! たまにパートの帰りに店に来てくれる、としこさんっていう人やねんけどなぁ。 もうごっつタイプやねん! ほんで来月一緒に花見行く約束してん! おっちゃん、今はそのためだけに頑張ってねん!」

「めっちゃ好きなんやな」

「もうとしこさんのためやったら全てを失ってもええわ。 スカイビルの下で尻字しろって言われても余裕でやっちゃう。 字どころか絵描いちゃう。 尻絵や尻絵」

「尻絵て……」

「おっちゃん、この年になってからやっと気づいたんやけどなぁ、自分が全てを失ってもいいほど、守りたい人に出会うってことが人生で一番幸せなことかもしれん」

「まぁ、今のおっさん超幸せそうやもんなぁ」

「それ以外は全部人生のおまけやな」

「おまけかぁ」

「だからお前も早く、ワキの大三角を探せ」

「まぁぼちぼち頑張るわ」

「おい、タロウ! ちょっとあそこの柱の前に立ってみ」

「えっ、なんで急に?」

「ええからええから」

太郎は嫌々ながらも柱の前に立った。

ニトロはテーブルの椅子を柱の前に置き、その上に登ってから水平にした左手で太郎の頭を押さえ、そこにマジックで線を引いた。

「お前、デカいなぁ」

「俺がデカいんじゃなくて、おっさんがチビなんやで」

「誰がチビじゃ! この天パツ金!」

「今はもう金髪じゃありませーーん! 残念でしたーー!」


そして翌日──


昨日はホテルに泊まった太郎は、渡しきれなかった東京土産を持って小屋へ向う。

到着すると、普段は営業してるはずの店が閉まっていた。

太郎が店前で右往左往してると、近隣の住人が話しかけてきた。

「そのお店のご主人なら、今朝、救急車で運ばれて行ったよ。 前々から何度か入退院を繰り返してたからね。 相当悪かったんじゃないかしら」

「えっ、それホンマですか!? おっさんはどの病院に運ばれたんですか!?」

「この辺だったら〇〇病院じゃないかしら」

それを聞いた太郎は直ぐにタクシーを捕まえた。

病院──

太郎は受付に尋ねる。

「あの、今朝救急車でニトロ、あっ違う、小太りで白いパーカー着て無精髭の生えたおっさんが運ばれてきたと思うんですけど、その人が入院してる部屋はどこですか?」

「あぁ、今朝入院された男性の方でしたら◯階の◯◯◯号室になります」

太郎は大急ぎで案内を受けた部屋に行った。


「お……おっさん…… 嘘やろ……」


ニトロの顔には白い布が被さってあった。

太郎が来たのを確認した看護師が部屋に入り声をかけた。

「ご家族の方ですか? つい先ほど永眠されましたのでこれから霊安室へ行かれるところです」

「僕も一緒に行きます」

霊安室に移されると、看護師が口を開いた。

「私はずっと新山さんの担当をしておりまして、いつも息子さんの自慢話をしてました」

「そうですか」

「お仕事で東京に行かれたんですよね? 息子さんが東京に行かれた後、無理な飲酒が祟ってそれで入退院を繰り返してたんです」 

「そうだったんですね」

「後、これ、もし息子さんが来たら渡して欲しいと預かっていたものです」

といい一通の封筒を手渡した。

「唯一のご家族なのだから、最後まで見送ってあげてくださいね」

看護師が霊安室から出ると、太郎は白い布を剥がした。

「おっさん、こんな顔しとったんやな。 三年も一緒に暮らしてたのに、顔なんてまともに見た事なかったわ」

それから一分程すると布を元に戻し、霊安室を出た。

太郎は死後手続きの混乱を避けるため親族ではない事を告げるため受付へ向うと、番号札を渡された。

待合室に座ると、上から吊り下げられたテレビには、

〝波乱万丈社長〜成功までの道のり〜〟という番組が流れていた。

太郎はその画面に目を配った。

アナウンサーが対面のソファーに座った経営者に質問する。

「本日は、西本建設の代表取締役、西本次郎さんにお話を伺いたいと思います」

「当初はパートナーと共同経営で会社を立ち上げたんですけど、会社が軌道に乗ったときに急にその相方が去っていきましてねぇ。

それが初めの試練でしたよ」

画面にその当時の共同経営者との写真が映し出される。

(えっ…… あれって…… おっさん……)

その瞬間太郎は居ても立っても居られなくなり自然と受け取った封筒から紙を取り出しそれを開いた。


 拝啓 天パツ金小僧

 これを読んでるということは、俺はもう天国へフライアウェイしてるということやな。

 まぁ、そう焦るな。

 ここで一回 深呼吸でもしとけ。

 したか? よし、ほなすすむで。

 手紙を書いたのはお前に伝えないとアカンことが三つあるからや。

 まず、一つ目。

 おっちゃんの本名は新山俊郎(にいやまとしろう)という。

 ニトロというのはそれを略したステージネームや。

 なかなかシブいやろ?(笑)

 あと、これは本名を知ったら後々バレることやから先に言っとくけど、

 おっちゃんが昔、共同経営した相棒というのはお前の親父や。

 どう? びっくりした? ちょっとチビった?

 おっちゃんと次郎(お前の親父な)は幼馴染やってん。

 実は、初めてスカイビルでお前を見かけたときから次郎の息子というのはわかってたんや。

 お前はホンマ親父の若い頃にソックリやったから。

 ほんで、おっちゃんが住んでたあの小屋あるやろ?

 おっちゃんと次郎の会社は、あの小屋から始まったんや。

 お前が生まれたときも、しょっちゅうあの小屋に連れて来ててなぁ。

 ホンマ可愛がってたわ。

 おっちゃんもオシメ換えたりしたんやで?

 あの柱の線あったやろ? あれはお前のや。

 大体一緒に会社立ち上げたんも、お前の親父がほぼ強引に誘ってきたからや

 お前がお好み焼き屋を強引にオープンさせたようにな。

 そんなとこもよう似とるわ。

 立ち上げた会社は、お前の親父が設計して、それをおっちゃんが形にするというスタイルや。

 でも会社が軌道に乗るに連れて徐々に二人の仲に溝ができてきた。

 利害が絡むようになるとどうしてもな。

 まぁおっちゃんが会社を離れた理由は親父にでも聞いてくれ。

 それから何年か全国を放浪して帰ってきたんがあの小屋や。

 戻ってきたときは誰も借り手が無くてボロボロになってたんをおっちゃんが持ち前の大工テクでリフォームしたんや。

 まぁここまで言ったらわかると思うけど、小屋の持ち主は西本建設やねん。 

 多分、お前の親父はおっちゃんが勝手に住んでるのわかってたんやろうけど、敢えてなんも言ってこうへんかったんやろなぁ。

 そういうとこあるからなぁ。

 まぁこの話はこれで終わり。

 そして二つ目。

 最近なぁ、おっちゃんの長年の夢を実現するための設計図がやっと完成した。

 あとはコレをカタチにして世の中に拡めるだけや!と思ってたらこのザマや。

 ホンマ人間、健康が一番やで。

 おっちゃんの夢はなぁ、ヘソのゴマが溜まった人間の背中を一人でも多く掻いてあげること。

 だから、「へそのゴマ取り付き孫の手」というのを考案した。

 その設計図を書いたからそれをお前がカタチにして欲しい。

 ほんでお前なりのやり方で拡めて欲しい。

 カタチよりキモチということを忘れんようにな。

 その設計図と資金は小屋の鉄板の下に入れてある。

 資金は三百万円ある。

 小屋の鍵を隠してある場所は知ってると思うからよろしく頼む。

 おっちゃんが達成できひんかった夢をお前に託す。

 そして三つ目。

 相棒ギターとスキットルはお前にやる。

 

 最後に……

 もしあのときスカイビルでお前に出会ってなかったらおっちゃんはもう死のうと思ってた。

 寂しくて寂しくて孤独に耐え切られへんかった。

 生きる価値も意味もなかった。

 でも、そんなとき、一人のクソガキに出会った。

 だからもうちょっと生きようと思った。

 色々あったけど楽しい人生やった。

 また一緒にお好み焼き食べよな。

 おおきに。


最愛の息子へ

ナニワのジョージ・クルーニーこと、にとろんより〟



 太郎は手紙を読み終わった後、涙が溢れて止まらなくなった。

 

 番号を呼ぶ受付の声は涙でかき消された。 





画像3


大型LEDビジョンや看板に目を奪われ、足元に留意する間もなく群衆の波が交互に押し寄せる渋谷のスクランブル交差点。

都会を象徴するこの場所では青信号に変わるたびに約三千人が交差し1日あたりの通過人数は約五十万人といわれている。

スクランブルという言葉には〝繁華街の交差点で、信号の一種として、車をすべて止め人間に自由な方向に歩くことを許すもの〟又は〝ひっかきまわす〟という意味合いがあるらしい。

物事が時間通り滞りなく行われるのがあたりまえで、効率良く過ごすのが都会で生きる社会人の基本である。

最小限の労力と時間で最大限の結果を出さなければ、世の中のペースに乗り遅れてしまうのだ。 

多種多様な人々はそれぞれが目的の為に足早に歩いていく。

そんな交差点の沿道の広場で、信号が点滅するリズムと同調するかのように体を揺らす人集りができていた。

その導因は、ポップロックチューンのバラード曲を披露している一人のストリートミュージシャンだ。

信号の点滅が終わると、奏でているチェリーサンバースト色のアコースティックギターをストローク弾きからアルペジオに変えた。

すると曲がスローバラードへと変わり、ストローク弾きのときには姿が見え隠れしていたボディのハチドリがよく確認できた。

ネイティブ・アメリカンの間では、ハチドリは愛と美と幸せの象徴であるといわれている。

平和のメッセンジャーとして、人生の困難に際して、導きを与えてくれているといい伝えられており、大きな出来事の前にハチドリを見ることは、吉兆であると考えられていた。

広場に咲く桜の木の下では、日本の平和のシンボルが首を前後に振りながら曲のリズムに乗っている。

ひらひらと舞う桜の花びらのように滑らかに動く指から鳴るメロディに、甘く澄み透った歌声が重なる。

交差点では速やかに動いていた足を微動だにさせなくなった観覧客の頭上には花びらが心地よく何枚も着地していた。

そしてアルペジオの指が柔和に止むと、鳥の囀(さえず)りは終わった。

「おおきに」


TORABARD Season1 END

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