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笑わせるより笑いたい

 おもしろいことを言って人を笑わせる能力が、私にはまるでない。誰かが放った一言が、爆笑の渦を巻き起こしているのを目の当たりにすると、まるで全世界が認めるほどの偉業を成し遂げた人でも見るかのような尊敬の眼差しを向けずにはいられない。

 それと同時に、「自分はなんてつまらない人間なのだろう」と、自分を責めてしまう。ユーモアの一つでも言うことができればいいのだが、真面目な返ししかできずに、場の雰囲気を静めてしまったことも少なくない。だから、おもしろいことを言える人が羨ましくて仕方ない。


 「配属先の課はどうだ?」

 「日々勉強の毎日です。周りの方々が親切にしてくださるので、その分私も頑張らなければならないと思っています」


 これは、公務員として働いていた頃、人事部のお偉いさんと私が「新人研修合宿」と言う名の飲み会の席で交わした会話だ。すると、人事部のお偉いさんは、私にこう言い放った。

 

 「君は真面目だな。真面目すぎるよ」


 そう言われた瞬間、心が大きく沈んだ。鉛が付けられてしまったと思うくらいに。「真面目」は私にとって、コンプレックスだ。「真面目」とは、「ひたむきで誠実」という意味を持っているが、裏を返せば「遊び心がなくつまらない」という意味である。しかも、真面目なイメージがある公務員にまで「真面目」と言われてしまったのだから、救いようもないつまらない人間なのだろう。

 私は、人とコミュニケーションをとるべき人間ではないのかもしれないと思った。こんなにも自分の真面目さを恨んだことはない。でも、どうしたらそれを直せるのかもわからない。惨めだった。その夜は、誰にも気付かれないように、ひっそりと枕を濡らした。


 「肩の力を抜かないと、やっていけないよ」


 人事部のお偉いさんに、こんなことも言われた。私はその言葉の通り、メンタルがやられて二ヶ月で仕事を辞めてしまった。あの言葉に従って、肩の力を抜いて仕事をしていれば、辞めなくて済んだのだろうかと今でも思うことがある。だけど、その方法がわからなかったのだから仕方がない。そして、今でもわからない。きっと、今の状態であの頃に戻ったとしても、また同じことを繰り返す気がする。


 あれから、私は正職の仕事を探さずに、フリーターになった。立場上、少し気が楽になった。運良く周りの人たちにも恵まれて、そのおかげか、笑顔になることが増えた気がする。楽しいと思えることが増えた。

 相変わらず、ユーモアを交えた話なんてできないし、気の利いた返しだってできないが、私は人の話を聞くのが好きだ。大好きな人たちの話を聞いた日には、心が飛び跳ねてたくさん笑ってしまう。声をあげて、顔をしわくちゃにして。もともとは笑い上戸なのだ。

 私のそんな様子を見ていた人たちが、気付くとつられて笑っている。いつの間にか、周りが笑い声で満たされている。それがたまらなく嬉しかった。おもしろいことが言えなくても、人を笑顔にすることができることを知って、自分は存在してもいい人間なんだと思えた。

 笑顔の届け方は、人それぞれ違うのだと思う。おもしろい話ができなければ、人を笑顔にすることはできないと思っていたが、それは間違った思い込みだった。笑わせてやろうとして空振るよりも、自然に笑って周りへ笑顔を広げたい。それが、私にできる笑顔の届け方だ。だから、明日も明後日も、その先もずっと、いつまでも笑っていたい。大好きな人たちとともに。

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