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これを恋と呼ぶのだろう⑧

 陽菜ちゃんに声を掛けられて、ちょうど一週間が経とうとしていた。まだ、彼女達との会話には少々ぎこちなさが残っていたが、もうすっかり、彼女達の輪に躊躇なく溶け込むことができるようになっていた。姿が見えれば、自分から近寄って挨拶をし、昼休みになれば、積極的に「お昼食べよう」と言いに行く。傍から見れば、大したことではないだろうが、私にとっては大いに意味のあることである。

 「そういえばさ、いわちゃんと美波ちゃんは世界史選択だから知らないと思うけどさ、あそこにいる子、日本史で一緒になって、仲良くなったんだ。早馬凛ちゃんっていうんだけど、いつも一人だし、明日ごはん誘ってみてもいいかな~?」

 そう話を切り出してきたのは、陽菜ちゃんだった。

 「うん!いいよ」

 私達は声をそろえて即答した。その場の空気を乱さないようにする答えはそれしかなかったからだ。他の二人はどう思っているのか分からないが、正直に言えば、新しい仲間が増えることに関して、私はあまり快くは思っていなかった。やっとの思いで輪に溶け込むことができた矢先、新しい人間が、この平和で居心地のいい空間を荒らしに来るのかと思うと、拒絶したくて仕方なかった。だが、私を仲間に入れてくれたときも、こんな感じだったのだろうか――。そう思うと、私に拒否権なんてあるはずがない。せっかくできた友達を失いたくないのであれば、彼女の提案を丸呑みするしかないのだ。

 こんなふうに言うと、まるで彼女が悪者であるかのようだが、彼女が間違ったことをしているわけではないことは理解している。むしろ、人として褒められるべき善行だろう。実際、私は彼女のその無邪気で優しさ溢れる行動に救われた人間のうちの一人だ。道徳の教科書に従うのであれば、皆が私を受け入れてくれたように、喜んで新しい仲間を受け入れるべきなのだろうが、どうやら私は、自分で思っているよりもわがままな人間らしい。自分が間違っていると思いながらも、どす黒いものが心から溢れ出てきて、止まる気配を見せない。

 「もうすぐ昼休み終わりだ!次の授業の準備しないと」

 「そうだね~次は何の授業だっけ?」

 「次は漢文だよ!」

 「あ~そうだった~」

 私は、彼女達の会話を耳にして微笑んでいたが、心の中は穏やかではなかった。

 「漢文の先生怖いから、毎回緊張するっ~!」

 私は、自分の中に漂う不穏な空気を封じ込めるために、彼女達の会話に無理矢理参加した。自分への苛立ちがこもっていたせいで、妙に上ずった声が出てしまって、恥をかいた気分だ。この恥に免じて、どうか、私の邪悪な心よ、鎮まってくれ――。


 今日の復習も明日の予習も終わり、気づけば、時計の針が23時30分を指そうとしていた。私は明日持っていく参考書をかばんに詰めながら、今日の出来事を振り返った。やはり、今考えてみても、心のもやが晴れる様子はない。だが、なぜ新しい仲間が増えることが嫌だと感じるのだろうか――。

 ――私は、元々人が苦手な人間だ。人見知りが過ぎて、自分から友達を作りに行ったことがないほどである。常に、現状の人間関係で満足してしまうのだ。慣れ親しんだ仲間に囲まれて、安心していたいという願望が強い。そのため、見知らぬ侵入者にその安全地帯を荒らされることは、自分の住居を燃やされるのと同じくらいに恐ろしく感じる。だから、私は新しい仲間を受け入れることに抵抗を感じるのだ。

 最初はそれだけが原因だと思っていた。だが、違うのかもしれない。新しい仲間がやって来ることについて考えていると、いつの間にか陽菜ちゃんの顔が頭の中に浮かび上がるのだ。

 私の頭の中の彼女は、いつも決まって新しい仲間と楽しそうに話している。そして、私に見向きもしないのだ。その光景がだんだんと遠ざかっていき、やがて私は真っ暗闇に包まれる――。

 本当に私が恐れているのは、新しい仲間に安心できる空間を荒らされることではないのかもしれない。人見知りだから新しい仲間を受け入れられないと思っているのも、自分の本音を隠すための建前なのかもしれない。私は気付いてしまったのだ。自分がいかに強欲で嫉妬深い人間であるかを。

 私が新しい仲間を受け入れたくない本当の理由は――。

 ――彼女の一番になりたい。彼女にとって特別な存在になりたい。


―続く―


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