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EVERBLUE


Omoinotakeというバンドが好きだ。
島根県松江市出身の三人組ピアノ・トリオバンドである。とても素敵な三人だ。
本日満を持してのメジャーデビューとなるOmoinotake。まだメジャーじゃなかったことに驚き、メジャー側に「いやなにしとん」などと言いたくなってしまうが、目に見える成長に立ち会えた事は嬉しく思う。何か記念に残したくて、勝手に他己紹介して思い出を語ろうと思う。


ボーカル・キーボード担当の藤井レオさん。
果てしない高音と伸びやか過ぎる歌声が圧倒的。
いや、本当にえげつない。
カラオケで私なんぞが歌おうもんなら、突如耳障りな迷惑音へと化す。それを全く無理を感じさせずに響かせるのだから、しかもピアノを弾きながらやってのけるのだから、もう超人だ。
そして個人的に、レオさんの歌声には、綺麗な高音を包むような微かな湿度があるように思う。絶対的な透き通った伸びやかな高音なのに、どこかくぐもった印象を受ける事がある。
その歌声が、最高にエモい。
伸びやかに響く中に、内包的な抱えるもの、切なさやもどかしさがちゃんとそこにある。心地よく響くだけでは終わらない、言い表せない切実さを、歌声一つで表現し、「これが歌うということやっ」と見せつけられた気持ちになる。なのに、そんな押し付けを全く感じない有り余るほどの心地よさ。
是非「夏の幻」を聞いて欲しい。言ってる事、分かってもらえると思います。
あとシンプルにビジュが良い。急に頭悪い感じになるが、まじでビジュアルが良い。
カッコいいとか、そういう次元の話ではない。
ピアノを弾きながらマイクに語る、少し目をつぶるように歌う時、本当に尊い。
初めて行ったライブでの衝撃は今でも忘れない。二列目という激近で拝んだ、ライトに照らされたレオさんは、控えめに言って後光がさした神様だった。
その神様が紡ぐ歌声は、CD音源かと思うほどの安定感で、CD音源では伝えられないほどの熱量と高揚感、とにかく綺麗で、その姿はいつまでも涙で霞んでいた。
このライブについてもいつか書きたい。本当に人生変わったから。
あとレオさんはタートルネックが似合う。でも、歌ってらっしゃる時の喉元が好きなので、Tシャツを着て欲しい気持ちもある。まじで悩みどころ。(知らん)

ドラムス担当の冨田 洋之進、通称ドラゲさん。
私は人生、楽器とは無縁の世界で生きてきた為、正直ドラムの良し悪しは分からない。
すごい技術的な事をしていても、私には「わあぁ、リズム刻んでるぅ」にしかならないのだ。
本当に申し訳ないことに。
だから、ドラゲさんのドラムの音楽的凄さは残念ながら私には分からない。
でも、私はドラゲさんのドラムがとても好きだ。
私は彼がドラムを叩いている時に笑っているイメージがあまりない。いつでも、どちらかというと仏頂面めだ。
その仏頂面のまま、頭でリズムを刻む様子が、どうしようもなく気持ち良さそうに見えるのだ。
二人の奏でる音楽に刻み込んでいくように、とても楽しそうに。
なので、ライブや映像を見る度に、ドラゲさんを見る度に、私は「ああ、なんで音楽やってこなかったんだろう」と、なぜか無性に悔しい気持ちになるのだ。
羨ましいを越えて悔しい、そんなおこがましいことこの上ない気持ちになってしまう。それくらい、本当に楽しんでいるように見えるのだ。
本当に最高のドラマーだと思っている。
そして人柄も絶妙にツボだ。
メンバーからみた性格「お調子者」とあるように、憎めない可愛らしさがある。
レオさんの初ワンマンライブ後には、「楽しかったなぁリハの時から神々し過ぎたよ」とレオさんの写真と共にツイートしていた。ただのファンじゃないか。同士じゃないか。
そんな彼の愛嬌はOmoinotakeの武器であると思う。可愛い。
そして最後はベースコーラス担当、名曲達の作詞家でもある福島智朗、通称エモアキさんだ。
私はとにかく彼が紡ぐ文章、日常で得る感覚、表現の言葉選び、全てが好きで仕方がない。
どれくらい好きかというと、彼がインスタやnoteに掲載したエッセイなどを印刷し紐で束ね、勝手に書籍化し寝室に置き、毎晩読んでから眠る為、ほぼ全て暗記しているくらいには好きだ。優しい友人が初めて「少し気持ち悪いね」と控えめに言ってきた。私もそう思う。
日常のふとした一瞬、その空気や質感、その時の見落としてしまいそうな程の小さな感情。それらを落ちる寸前でポンと片手でレシーブして拾い上げるような、そんな過ぎ行く日々への優しい眼差しが感じられる。格言や素敵な思い出ばかりを語るのではない。なんでもないかもしれない日々や自分や周りに生きるもの、それらを「何か」として言葉で存在させる。それがどれだけ穏やかな優しさか。そしてそんな文章や歌詞にどれだけ救われるか。彼の言葉に触れるたびに、私はどうしたって泣いてしまうのだ。
あとエモアキさんは手拍子のクラップが上手い。顔の近くで少し斜めに頭を揺らしながらのクラップのお洒落さはすごい。「トニカ」の時のエモアキさんの写真を、是非とも音楽の教科書にのせて欲しい。

そんな三人の個性が煌めきつつ、合わさった時の安定感、チームとしての出で立ちの魅力がより募るのがまた素敵だ。
そんな三人が織り成し奏でる楽曲は、いつだって私を震わせ、踊らせる。
今回のデビュー曲「EVERBLUE」。
サビが最高だ。

「My life いつの日にかカラフル
 色のない雨がいつか虹を描くように
 My life どんな色のエンドロール
 涙さえも塗り重ねて 描くキャンパス」

色もなく降りしきる雨は、視界を眩ませ前が見えなくなる。体温を奪われ縮こまり動けなくなる。そんな絶望を叩き込むような雨に挫けそうになることがある。
しかし、雨が降りしきる中に光が反射したとき、みたこともないほど様々な綺麗な色が現れる時がある。大きな虹が空に輝くことがある。それは、雨がなければ見れなかったカラフルな世界なのだ。
そんな光が差すかは分からない。降りしきる雨が永遠に続き、いつか錆びきって動かなくなってしまうかもしれない。それでも、どうしてもその光が差す未来を思い描き、何度だって雨が降りしきる日々に身を投じてしまうのだ。青空が見えたとき、雨音が心地よい夜、そんな喜びだってある。
自分だけでは雨の日々も、努力や誰かからの言葉、きっかけ、そんな少しの光が、小さな虹を描く事もある。そんな事を願いながら今日も自分の目の前にある大好きな事に向かっていくのだ。

このMVの撮影時、美大の予備校生の卒業製作の絵の中で歌ったレオさんが「生徒達の怨念を感じる」と言っていた。
そうなのだ。夢を追うのはもはや呪縛のようなものだったりする。
夢を見るのは、自由で明るく綺麗だ。でも、夢を追うのは挫折や後悔、執着や嫉妬、苦しみや怒り、そんなどす黒い感情に支配されたものなのだ。だからこそ熱烈なパワーを持つ原動力にもなる。それらの中でもがきながら歩む彼らだからこそ、卒業生達のその痛いほどの強い思いを感じたのだろう。そんな彼らを本当に好きだと思った。
夢を持った時に、初めに抱いた未熟で拙い思い。それはまだまだ浅く、もしかしたら「好き」というだけのシンプルなものかもしれない。いつまででも出来る、その為だったら何だって出来る。本気でそう思うのだ。それは透き通るような青い色だ。青空のように広大で永遠のように広がる青色なのだ。夢の始まりはいつだって青いのだ。
夢を追う中で黒く濁るような日々も、一つ突き抜けた一番初めの夢への思いを大切にしたい。
そんなOmoinotakeの青い願いが、強く強く響く。
そんな青い思いの丈が、誰かの背中を押している。
この歌の前に立ち、堂々と背中を押して貰えるような、そんな青い人でありたいと強く思った。
Omoinotakeの門出と共に、私も人知れず一歩踏み出してみようと思う。

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