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大川直也のこと7

『リストバンド』
文:大川直也

小学生の頃、野球チームに所属していた。鬼監督と、鬼コーチ率いるいわゆる強豪だった。野球自体の思い出はというと、地獄の50本ダッシュとか、遠く離れた試合会場から走って帰らされるとか地獄の罰とか、走って帰ったと思ったら始まる地獄の50本ダッシュとか、倒れるまで続くノック地獄とか、地獄の話ばかりになる。

6年生の先輩がチームメイトから誕生日プレゼントとしてリストバンドを受け取っていた。先輩はコーチが来るまでの自主練習に、そのリストバンドを装着してグラウンドに立った。その姿、まるでプロ。バットを握る時も、グローブをはめた時も、自慢気に手首で輝くNIKEのロゴは、いつも以上に鋭く見えた。一言で言う、激シブだった。

猛烈にあれが欲しい。あの激シブのリストバンドが。野球の上手くない、応援歌を作るのがポジションの僕も、リストバンドがあれば上級生に混ざってレギュラー入り、そして四番。リストバンドがどうしても必要だった。

スポーツ用品店に行って品定めをした。意外と高い、1,000円くらいする。小学生の経済力ではとても手が出ない。親には言えない。「リストバンドなんているの?」とか聞かれたら僕の全てのプライドは一瞬で灰燼に帰すだろう。苦悩した。スポーツ用品店の軒先で頭を抱えて。

ひらめき。近所に出来た100円ショップにハチマキが売っているのを見た。メーカーなんてどうでもいい。あのタオル地を、手首に装着することさえできれば。

売っていた。リストバンドが。ハチマキと同じコーナーに。僕は不敵な笑みでつぶやいた。「ビンゴ…!」これは嘘。リストバンドはもちろん100円。財布には300円くらいある。ラベルにはまさに、野球をする男の絵が描かれている。レジを通す時の記憶はない。店の駐輪場で、思い切り袋を破いてリストバンドを取り出し装着する。

まさかの出来事だった。その頃、すごく痩せていたもやしっ子の細い腕にはリストバンドがぶかぶか。こんなことってあるかい。試しに腕を上げてみる。肘の方まで落ちてくる。燃え上がっていた僕のリストバンドへの憧れは一気に冷え切った。

遠くに落ちていく夕陽を見ながら、均一な速度でペダルを漕いで家に帰り、なにごともなかったように、ドラゴンボールのカレンダーのついた机にリストバンドを置いた。あ、悟空もリストバンドみたいなのしてる。

あの時、ぴったりのリストバンドを手に入れていたら、ライパチもやし野球少年の未来は何か変わっただろうか。いや、変わらないか。

3日ほど一生懸命になって、素振りに汗を流すくらいか。


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