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大川直也のこと3

「縫い物」
文:大川直也

縫い物が好きだった。小学生1年の頃、近所の友だちはみんな女の子だった。彼女たちは、おままごとなんかとうの昔に「子供のおあそび」と嘲笑の対象にしたし、外で走り回ることもあまりなかった。通学路にあった手芸屋さんでファンシーでキュートなアイテムを見つけてきては、それに夢中になっていた。僕はそこにまぜてもらっていた。

カラフルなレーヨンを食虫植物のような特殊な装置に引っ掛けていき、ただただカラフルな長い紐をつくるメカ。女の子たちが信じられないくらい長い紐をつくる。僕はすぐに飽きてしまった。なんかいまいちうまくできないんだもの。

尖っていない剣山のようなものに、穴の空いたプラスチックを差し込みアイロンを押し当てる、剣山を外せば溶けたプラスチック同士がくっついて、平べったい何かができるアイテム。スーファミのドットを虫眼鏡で分析し完璧なカービィをつくり、ジェラシーに狂った女の子たちから猛烈な非難を浴びた。これもまたすぐに飽きてしまった。というかスネた。

いつかの午後、女の子たちが眼を血走らせながらいまだジュウジュウとアイロンを押し当てるさなか、一人で手芸屋さんに品定めに行くとフェルト人形が眼に入った。いや、フェルト人形と眼が合った。これはつくれるのか。手芸屋さんのおばちゃんに聞いた。僕はある答えを期待していた、願っていた。そしておばちゃんの答えは僕の念願そのものだった。おばちゃんは言った。

「つくれる」

いかづち。電撃が走った。その日のうちにフェルトを買ってもらった。基本的な縫い方を教えてもらいチクチクチクチク縫っていった。僕は縫い物に夢中になった。順調だった制作は壁にぶつかる。立体的な頭の部分がつくれない。丸、丸、丸、卵だ。卵のカラの底を丁寧に切り抜いて中身を取り出して顔にすることにした。そうやって第一号の人形「カウボーイ」は完成した。卵の顔が割れないように、丁度いい箱にわたを敷き詰め星条旗のチョッキを着たカウボーイをしまいこんだ。その男荒野のガンマン、孤独な旅人、面目はまるつぶれだった。しかし僕は満足だった。

何日か経って不思議なことが起きた。手書きの眼が、関節のない腕が、見当たらない馬が、なにもかもが気に入らなくなった。そして僕は「てづくり感」を嫌悪するようになった。てづくりが嫌で、本物、この場合売り物の人形が本物なのだろうか、それとも本物のカウボーイのことだろうか、僕は何体も人形を縫った。

カウボーイは、無限の荒野で馬を駆り、悪党を撃ち倒し、気障な台詞を吐いて、女を抱くもんだ。
あの時、フカフカのわたの上に寝かせられたカウボーイは、どんな眼をしていただろうか。

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