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大川直也のこと8

『豚足』
文:大川直也

豚足って食えない。子供の頃から偏食が多く多方面関係各位に心配をかけていたように思う。海老フライも食えない、野菜は全部やだ、カニさえいまいち、きのこ、魚介類、よくわからない煮こごりだかテリーヌなんてもってのほか、和食の小鉢なんて完全に無視。そんな子供だった。今思うとなにを食っていたのか。ハンバーグとコロッケとかかしら。グミとかラムネかしら。

いつのまにか偏食はかなり軽度になった。食えないものはほとんどなくなった。僕くらい偏食家を長くやっていると不思議なもので、ある日突然、苦手だったものを食いたいと思うことがある。そして食べてみる。たった1日で苦手だったものが好物になる。

今までに何度もこんなことがあった。ネギマ、生魚、うに、サラダ、トマト、きのこ、ホルモン。他にも数えられないくらいのものが、この「突然食べたい現象」によって好物に変わった。そういう日はとても気分がいい、大人になったようで。

なんとなく、自分が食べられないものを美味そうに食べているやつには人間としての負けを認めざるを得ない。4年程前、仕事関係の会食で焼き魚を食べている時、斜め向かいに座っていた年長者の40歳過ぎのおっさんが魚の皮はもちろん、骨を、むしゃむしゃと食べ出した。「ここがうまいんだよ、このうまさがわかんねぇのかいおめぇさんには。へぇ、まだまだボンだねぃ」といった嫌みは一切なく。骨をパリパリやって食べ終えると、おちょこの日本酒をクイッとやった。盛り上がっていた会食は水を打ったように静まる。多分、全員が僕と同じことを思っていた。やべぇこいつ超しびぃな。

その後、会食は大人合戦の様相を呈した。はじかみを美味そうに食べる人、しめのせいろをつゆにつけずに食う人、突如塩をぺろっとやる人。最年少だった僕は、大人合戦への参戦を放棄していたので、無理してるなぁと思いながら弓槍飛び交う戦いを眺めていた。

この合戦に終止符を打ったのも、例の40歳過ぎのおっさんだった。誰もがおっさんの動向を見守る中、だし巻きかなにかの付け合わせの大根おろしを、下に敷かれた大葉でくるっとやると、醤油にちょんっとつけてそのまま食べた。こいつには勝てない、こんな豪傑がいたんじゃあ勝ち目はない。大人達は静かに負けを認め明太マヨネーズポテトをつつき、健闘を称え合っていたように思う。無理してるなと思っていた僕は、この落ち武者たちに無音の拍手を贈った。男はいつも、恥ずかしい程の無理に無理を上塗りしながら大人になるものらしい。

少なくとも僕は、豚足と、サザエの緑色のとこを食えるようになってから、あの合戦場に乗り込もうと思う。

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