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1月10日のリノベーション・大川直也編

文:大川直也

2015年1月10日(土)

2015年。別段、立派な決意も伴うことなく、なんとなく元旦から仕事をした。午前中に仕事をして、午後は酒を飲んだり考え事をして5日間を過ごした。その午後のいくらかを、リノベーションの計画に使った。ゴミが消え去った興奮のまま、夢想に過ぎなかったリノベーションのあれこれを紙に書き起こし、理想の完成図を描いていった。壁はこうしようとか、照明はこれがいいとか、あれをあそこに置こうとか。

10日の正午、牛乳ビルに乗り込んでまっさらになった部屋を歩き回りながら「広い広い」とくいしんと話した。経過を伝えて、今日の作業は「床剥がし」とくいしんに伝えた。くいしんは笑っていた。どんな作業か想像がつかなかったんだろう。
肩たたき、庭いじり、島流し、のど自慢、そんな感じで、床剥がしと言われても困る。肩をたたいたり、庭をいじったり、島に流したり、のどを自慢するみたいに、床剥がしは、床を剥がす。意味を考えれば当然の作業も、口にした僕自身言い慣れない響きの言葉がおかしかった。グローブとコテを渡されたくいしんはバイトの初日みたいな顔をした。

しばらく無言で床のタイルを剥がす。ちなみに梅ちゃんと一緒にこの作業をすると「いたっ!」「ぐわぁ!」「クソ…!」「目に入った!」とかうるさい。しばらくしてコツを掴んだ様子のくいしんを見て、僕はとなりの部屋で他の作業にうつった。

鬼の歯ブラシと呼んでいる、毛の部分が金属でできたでっかい歯ブラシのような道具。それと、からまった針金をガチガチに固めて、キッチンスポンジのような形にした道具、これは鬼のスポンジと呼んでいる。人間が使うとは到底思えないふたつの道具を持ってサッシやクレセント錠にまとわりついた青サビに挑んだ。

嫌な音を立てながら、青サビは剥がれていった。ピカピカにはならなかった。それでも長い時間をこの場所で過ごしたステンレスは、鈍く輝いた。とても好きな輝きだった。使い込まれた小さい傷と、年月を経た深い色は力強くかっこよくて、美しい。この時、描いていた理想図は、そのままの色と形を保ったまま予想図に変わった。

隣の部屋のくいしんを呼んで、磨いた箇所を見せると「おお」と言った。
煙草を吸って、また別々の作業に戻った。

綺麗になっていく金属に感動しつつも、入念に磨くには数が多すぎる窓に辟易しながら、一部屋全てのサッシを磨き終えた。隣の部屋もある。トイレも、給仕場も。これが終わればと思いながら、同じ作業を繰り返して、それが終わればまた繰り返しの別の作業。こんなことを続けながら、リノベーションは少しづつ、確実に進んでいく。

ひたすら床を剥がしたくいしんも、サビを落とした僕も、心身ともに疲れきった。お腹が空いた。隣の部屋は後日やることにして、僕たちは工具を丁寧に並べ、暗くなった電気の通っていない部屋を後にした。


※この記事は全文無料の投げ銭コンテンツです。投げ銭はまだまだ完成していない牛乳ビルのリノベーション資金となります。

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