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4月10日の電気工事

文:大川直也

前回の電気工事から10日が経った。水野さんは大量の資材を持って牛乳ビルに現れた。僕と梅ちゃんはどこをどうやって手伝うかをなんとなく掴み、脚立や電線を3階にあげた。

前回と同じような作業をする。天井に穴をあけたり、壁をつらぬいたり。水野さんは、今日中に終わるよと言った。穴をあける、水野さんが電線を通す。穴をあける、水野さんが照明器具を取り付けるための「角型引掛シーリング」というパーツを天井にビスで留める。見たことはあるけど、そんな名前がついていることを知らなかった。

ほとんど休憩もしないまま、どんどん作業を進めていった。社長室と呼んでいる奥の部屋の天井は、最初に希望を伝えた全ての箇所に例の角型引掛シーリングがついた。他の部屋の取り付けも全て済んだところで、休憩をすることにした。

座り込んだ水野さんは、資材の入っていた箱を千切り、ボールペンでなにかを書き込んでいた。ブツブツ言いながら。時折、天井やスイッチやブレーカーの基盤を指差し、その指を滑らせ、しばらく黙ると、なにかを書き込む。水野さんの目には、天井裏が透けてなにかが見えているように思えた。

休憩が終わると、僕と梅ちゃんができることはほとんど無かった。さっき書き込んだ紙を見ながら、水野さんが天井の裏の電線をつないでいく。あっという間にエアコンのランプが点いた。あっという間に工具の充電ができるようになった。電気が通ったことに震えるほど感動しながら、脚立を押さえたり、工具を手渡したり、子供でもできるようなことをするので精一杯だった。

最後にブレーカーの周辺の工事を終えた水野さんが「よし。」とつぶやいた。

水野さんの指示で照明器具を取り付ける。ブレーカーをあげる。壁に取り付けられた真新しい電気のスイッチを押す。

照明器具に灯りがともった。

僕と梅ちゃんは叫んだ。あまりに嬉しかったから。大げさに思われるかも知れないけど、電気が使い物にならない空間は異様に静かで、寂しくて、心細い。やっと牛乳ビルに灯りがともった。歓喜する僕らを見て水野さんは「なんだこいつら。」と笑っていた。思い返すと、恥ずかしいほどに嬉しかった。

全ての箇所に電気が通っていることをチェックした。3つあるスイッチは、3列ある照明の順になっていた。水野さんが書き込んでいたのは、この回路図だったらしい。スイッチと、照明の順番が揃っているのは当たり前のことだけど、最初のぐちゃぐちゃな状態からすれば当たり前のことではなかった。魔法としか思えなかった。

片付けを終えると、部屋の中は薄暗くなっていた。灯りをつけて、工賃の話や、お礼や、世間話をした。ただスイッチを押して灯りをつける作業に、ずいぶん得意な気持ちがした。嬉しい。

水野さんを見送った後も、僕と梅ちゃんは灯りのともった部屋で、しばらく話し込んでいた。



※電気工事には資格が必要です。
※この記事は全文無料の投げ銭コンテンツです。投げ銭はまだまだ完成していない牛乳ビルのリノベーション資金となります。

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