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大川直也のこと2

『犬』
文:大川直也

ガチャガチャをしに出かけた。僕の住んでいる家のある路地から大通りに出て、山口さんちの前を通り、信号手前にある商店の軒先に並ぶ、ガンダムのガチャが目的だった。大胆にも一色で複雑なガンダムが表現された、塩ビ丸出しの人形に僕は夢中だった。何度もそのガチャの前に足を運び、毎回、祈るように手を合わせガチャを回した。運が良ければ、金パーツがついたガンダムが僕のものになる。府川君が持っている、憧れのあの金パーツつきガンダムが。今日こそはと鼻息荒く大通りに飛び出した。

大きな犬がいた。僕は山口さんちの門の前に隠れた。そして思った。
「オオカミがいたぞ」
ちらっとのぞくと、巨大な犬の、あざやかなエメラルドブルーの瞳と眼が合った。全速力で家に逃げ帰り、鍵をかけ、部屋の扉を閉め、ソファの上にあったタオルケットに隠れた。生まれて初めての逃走を経験した。母親にオオカミに追われている旨を伝えた。笑いながら玄関の外を見た母親が驚きの声を上げた。

大きな犬がいた。やはり僕は追われていた。母親も見たことのない犬だった。離れに住んでいるじいちゃんに母親が電話で協力要請を出す。じいちゃんはすぐさま犬を退治しようと虫取り網を手にとる。じいちゃんが立ち向う。そんな武器で大丈夫か。窓から見ていた僕の心臓が激しくうった。
「じいちゃんが食われる」
じいちゃんは怒鳴りつけるように犬を威嚇し、難なく家の外に犬を追い出した。心の底から安心した。全身の力が抜けた。そして勇敢なじいちゃんがかっこよかった。その日のうちは、家から出る勇気は出ず、ガチャを見送ることにした。金パーツつきガンダムを手に入れる意気込みは霧散し、悔しさと安心が入り交じる中、いつか大人になったら、勇敢な男になれるのだろうかと思った。

そのオオカミが犬だったと、シベリアン・ハスキーという犬だと僕が知るのは後になってからだった。

今の僕は犬くらいなら退治できるだろう、でもオオカミは無理かもしれない。いつか大人になったら、勇敢な男になれるのだろうか。


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