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鳥のきもち「本音で通じあう鳥と人」

私を信じてください─それが私の幸せにとって重要なのです。
 (「鳥の飼い主への十戒」より・著者改訳)
 
長年、私は「勘違い」に気づかずにいました。
そのため、今まで数えきれないくらいの飼い主さんや、ペットショップを転々としてきたのです。
どんな勘違いかと言うと、鳴き声、かみつき、毛引きです。
この3つが揃うと、飼い主さんが代わる可能性が高いということを、今になって気づきました。
たとえば、私の友だちに丸裸のインコがいます。
彼女は飼い主さんの目の前で羽根を抜きます。生えている羽根を抜くわけですから痛いです。
彼女は痛みで悲鳴をあげながらも、羽根を抜いて飼い主さんに見せます。
目の前にいる飼い主さんは、もうそれはそれは大喜び。飼い主さんも大きな声を出し、涙まで流して喜んでくれるそうです。
こんなに喜んでくれるのならと彼女の行為はエスカレートし、クチバシが届かない頭以外はすべて抜いてしまいました。
私も彼女も飼い主さんは喜んでいると思っていました。ウケたと思っていました。またやってほしいと思っていました。
これが勘違いなのです。
実は飼い主さんは、やってはいけないときや不快なときに、オーバーなくらい反応します。
ふだん見ないような表情をしたり、大きな声を出したり、身体を大きく動かしたり、そして涙を流したりします。
目の前で羽根を抜くなんて、飼い主さんは顔を覆いたくなるくらいショックを受けています。悲しくて涙を流す飼い主さんもいるでしょう。
喜んでもらえると思って飼い主さんの手をかむと、大きな声を出します。
これは痛いです。痛みに耐えれないから声が出てしまうのです。
あなたも痛いと大声を出しますよね。同じなんですよ。私たちと。
つまり「大きな声を出すこと=喜んでいるとは限らない」のです。
もちろん痛みのために、表情も大きく変化するでしょう。
大きな声で鳴いていると、飼い主さんも負けないくらい大きな声で返事します。
これは返事ではありません。あなたの声がうるさいので、静かにしてほしいという命令なのです。
でも、私たちは大きな声で返事してくれればうれしいです。
これも勘違いだったんですね。
ということは、そうです。わかってきましたね。
つまり、私たちが、よかれと思ってしたことが、人にとって不快なため、人は大きなリアクションを起こすということです。
反対に考えると、不快なことをしたら、ノーリアクション、つまり何もしなければ私たちはそれが意味がないことに気づくというわけです。
私たちは飼い主さんに喜んでもらいたい一心なので、喜ばれることと喜ばれないことをはっきりわかるようにしてほしいのです。
不快なことと思われたらノーリアクション、喜ばれることをしたときはオーバーアクションでわかるようにしてほしいですね。

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