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Lesson 3

その日から2週間、私はケンと一緒に24時間を過ごした。私の運転で南島を周遊し、素敵な場所を見つけるとテントを張り、焚き火をたいて夜を過ごした。

森で狩りをしたり、ミルフォートサウンドでクルーズをしたり、馬で海岸を長距離ライドをしたり、トランツアルバインでは列車の旅をしたり、テカポ湖で温泉に入ったり、マウントクックでヘリコプターに乗ったりと充実の毎日を過ごした。
落馬したり、スズメバチに刺されたりとアクシデントもあるにはあったが、それはとても穏やかで平和な日々だった。

私たちは旅の間、たくさん話をした。ケンはいつも聞き役だった。苦しんでいた既婚者クリスとの恋愛についても語った。

「カナ、問題なのは彼に奥さんがいるかどうかではないよ」

ケンは、静かに諭すように言った。

「問題なのはね、彼が君の事を少しも大切に思っていない事だよ」

「どうして、そんなこと分かるの?」

私は傷を負った兎のようにその場から逃げたくなった。薄々と感じてはいたが、信じたくない真実を冷静に聞くには、まだ時期早尚だった。

「君があの事故にあった時、彼はなにかしてくれたかい? 優しい言葉をかけてくれたかい?」

私は事故にあったことをクリスにすぐには伝えなかった。私が学校を卒業してから連絡は途絶えがちになっていたし、会ったとしても昼間の一時間軽いランチをするだけになっていた。その間も彼は視線の定まらないつまらなそうな表情をすることがあった。

「もう、行くよ。仕事に戻るね」

1時間も経たずそう言いだすのはいつも彼だった。
見送り過ぎて目に焼き付いた去って行く後ろ姿は、彼の事を思い出す時に真っ先に目に浮かぶ光景だった。

事故から1週間経ってクリスから電話がかかってきた。

「元気?最近、どう?」

「車の事故にあったの。ノースへの旅行中、私の運転で。車も横転して本当にひどい事故だった」

「Oh! ....That’s too bad.」

彼はそう言った。それは、事故に関して彼が発した唯一の言葉だった。
きっといつものように右の眉毛がくっと上がる以外、特に表情の変化もないんだろうな。

私はそれでも次の言葉を少し待った。沈黙が続いた。絶望感を隠して、私は努めて明るい口調で言った。

「大丈夫。友達がなんとかしてくれた」

クリスはそれが男友達なのか、女友達なのか、自分が知っている人なのか、知らない人なのかすら聞かなかった。
そもそも誰との旅行だったのか、聞かれたら正直に言おうと思っていたけど、その必要すらなかった。

「君はラッキーだね。良い友達がいて良かった」

キミハラッキーダネ。ヨイトモダチガイテヨカッタ。

感情の見えない薄っぺらな言葉が、私の頭でそのままリフレインする。

電話を切った時、私は心に決めていた。

私からこの恋を終わらせようと。
この恋は、もうとうに潮時を迎えていた。

夕食後、ケンが沸かしてくれたコーヒーを飲みながらその苦い思い出話をすると、ケンは深く頷いた。

「人の気持ちは変わるものだから、彼のことは責めないよ。カナが好きになった人だしね」

ケンは深呼吸して、続けた。

「でもね、世の中にはカナの心にはまるで興味がない男が沢山いるという事も覚えておいた方がいいよ。
その見分け方を知ってるかい?」

私は首を横に振った。

「言葉ではない、行動だよ。君のために実際にどんなことをしてくれるか。
あとはね、目線だよ。どうやって君のことを見つめるか。
目をじっと見つめるとね、その瞳の奥で何を思っているか大体わかるようになるんだよ。私のように長く生きていると」

そう言った瞬間、ケンはいつもより更に年老いて見えた。
でもその緑の瞳はどこまでも深く優しく、私は彼の言葉の意味を瞬時に理解した。

Lesson2はこちら。


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