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美しい嘘 第三章

大学一年の終わり、私は一人暮らしを始めた。今まで実家から通っていたが、一時限目の通勤ラッシュと重なる1時間半は苦痛でしかなかったからだ。

それに伴いビデオ屋のバイトも辞めた。もう少し時給の良いアパートの近くのアルバイト先を選んだ。

あの展望レストランの夜以来、ハワイ旅行の話は出なかった。私がバイトを辞める日、彼はいつも通り家まで送ってくれた。

「そういえば、あの話はどうなったの?」
思いきって聞いてみた。心臓がバクバクと音を立てて鳴り、胃の辺りがキュッと痛んだ。

もう彼に会えない寂しさで、この夢物語だけが私の心の支えだった。
あれは冗談だよと笑い飛ばされたら、そのまま彼を諦めよう。
私はそう心に誓った。

「今、色々計画練っているところ。春になる前には連れて行くよ」

忘れていなかったんだと、安堵で胸をなで下ろす。でも悔しいから、そんな思いは露ほども顔に出さない。

バイトを辞めた2週間後、彼から電話がかかってきた。夜の11時だった。

「今、お金を盗んで来た」
「え!?」

まさか本当にそんなことをするとは思わなかった。彼の話によると、彼が店長を勤めるビデオ屋の2店舗のうちの1店舗の金庫からその週の売り上げを頂戴したらしい。

「捕まるよ」
「まさか俺が犯人とは思わないよ。オーナーから信頼されているから」

その1週間後、私たちはハワイに飛び立った。
尋常でないのは分かっている。でも私は彼に言われるがままだった。
彼の話によると、彼の子分のような店員が警察の事情聴取を受けたが、証拠不十分で起訴されなかったらしい。

悪いことをしているという罪悪感は、確かにあった。でもそれにも増して、彼と8日間一緒に初めての海外で過ごすことに、高まる期待で胸を膨らませていた。

ハワイでの生活は、毎日美味しいものを食べて、ビーチで昼寝をしたり、プールでカクテルを飲みながら読書をしたり、サンセットディナークルーズでの美しい夕日や、タンタラスの丘で夜景を見たりと夢のような一週間だった。

ただひとつ、私には理解できないことがあった。
ホテルは同じ部屋だったのに、彼が一度も手を出してこないのだ。
それなりの覚悟をしてきたのに、これには拍子抜けだった。

もちろん私は彼に理由を聞かなかった。
いや、聞けなかった。

私に魅力がないのか、彼女に悪いと思っているのか、私が未成年だからなのか、ハワイにいる間中その疑問は私の頭を駆け巡っていた。

私はその時、当時付き合っていた人とは別れていた。同時に2人を好きになるような器用な真似はできなかったからだ。
多分、彼にとって私は子供で恋愛対象ではないんだろう...どちらかと言うと「妹」みたいなもの?

悲しいけれど、そう自分を納得させた。彼の彼女が私より年下だったことは、考えないふりをした。

結局、私たちの間には何の事件も起こらずに帰国した。
そして私は、何事もなかったかのように単調な日常生活に戻った。がっかりしたのは確かだったが、これで諦めもついた。

それ以来、彼との連絡は途絶えた。いく日も電話を待ったが、自分からかけることはしなかった。
私のかすかな恋心もそのまま闇に葬られた。何ヶ月か時間をかけて。

あの旅行も、あの事件も、彼の存在自体も夢か幻のように思い出の中だけの出来事となった。

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