ミーコと物語 5-A:みんな悲しみを連れていこう

第5章 ネギ・グレイテストヒッツ(全10節)

5-A

 やわらかい落葉の上に身を横たえ、木々の隙間から差し込む暖かな光に包まれて眠り続ける――。そういう道だってあり得たのだ。そうしていれば、心地よい悲しみに浸り込んでいるうちに、忘却の精霊たちの息吹が傷を癒してくれたことだろう。あの深くて暗い〈記憶の森〉のなかで、私は何度もその誘惑に負けそうになったものだった。しかしそれをすべて払い除けて精霊たちを皆殺しにできたのは、Sのことが頭の内側にずっとへばりついていたから。つまり敵の作戦は裏目に出たということになる。もし、大河に小石を放り込んでさざ波をたてることにも何らかの意味があるはずだと、楽観的に考えるならだけど。

 Sが私の前に現れたのは二回。最初は兄の葬儀のときだった。黒にもいろいろな種類があるのだなと感心してしまうほど、他の弔問客の列から浮き上がって見える漆黒の礼服をまとった長身の男は、後から聞けばかなり目立つ存在だったらしい。あれがいったい誰だったのかという話題は、その後法要が催されるたびに持ち上がる定番となったほどだが、当日の私は乱気流のような感情を体の内側に抑え込むのに精一杯で、またそれが外側に迸ってしまってからはわんわん泣きじゃくるのに忙しく、声をかけられるまでその人間の形をした「なにか」にはまったく気づかなかった。
 私はそのとき、火葬の間にどこかへいなくなってしまった娘を探して歩き回っているところだった。斎場のだだっ広い駐車場の隅っこに、Sは立っていた。他にひと気はなかった。

「お悔やみ申し上げます」
「ああどうも、ご丁寧に」
 反射的に答えたものの、見覚えのない顔だし、こんなところに突っ立っているのも不自然だとすぐに気づいた。何より、まるでガラス玉みたいに生気のないその眼が私を警戒させた。
「急いでおりますので、これで」
「大丈夫、道子ちゃんはすぐに戻ってきますよ」
どう引き留められても無視して立ち去るつもりだったのに、私はあっさり歩を止めて振り返った――どうして、私が道子を探していることを知っているの。
「あの年頃の子どもって、好奇心旺盛だからたいへんですよね。女の子の方がよけいにやんちゃだったりしてね」
 もう自己紹介は避けられないだろうと思い、こちらから訊いた。
「あの、失礼ですが、どなたですか?兄とはどういう」
「ああこちらこそ名乗りもせず、失礼いたしました。S、と申します。Dさんは、生前私のお客様だったのです。えーと、あれ?名刺、は忘れてしまったようだ、すみません。私、占い、の真似事のようなことをしておりまして」
「占い?兄さんが占い師のところへ?まさか」
「事実です。お会いしたのは二度だけですが、言伝てを預かっておりますのでこうして参りました」
「私に、ですか」
「そうです。Dさんが最初に私のところへいらしたのは一ヶ月ほど前のことでした。その際、占いは凶と出ました。死に至る災厄がDさんに降りかかるだろう、と。はっきりいって最悪です。彼はそれを信じなかった。怒って帰りました。しかし一週間前、彼はもう一度やってきて、自分にもしものことがあった時、妹に伝えてほしいことがある、と言うのです。もちろん私は断りました。そんなのは生きている内に自分で伝えるに越したことはありませんからね。それに私は自分が占った方の人生に深く関わることを自分に厳しく禁じております。そう説明しても彼は引きませんでした。そして最後には投げ捨てるように無理やり言葉を私に押しつけて、逃げたのです」
「彼はなんて」
「A、死人のことはさっぱり忘れてくれ、ミーコを頼む――それだけです。聞いてしまったからには、あなたに伝えないわけにはまいりませんでした」

 嘘だ。たぶんこいつの言っていることは全部嘘だ。わざとらしいほどにできの悪い物語。なぜだかわからないが、私はSが狂人なのではと疑いもせず、突飛な話に面喰らいもせず、ただ「こいつは嘘をついて私をどこかへ誘導しようとしている」と確信したのだった。私は兄を失った直後の悲しみをしばし忘れ、怒りに身をまかせた。兄さんが占い?ばかばかしい。忘れてくれですって?ばかばかしい。
「それで?私が道子を探していることもその占いで当てたってわけ?」
「いいえ。斎場で、喪服の女性が赤く腫れた目で何かを探している。周囲を見回すたびに苛立ちと焦りが飛び散るようだ。小走りに駆ける後ろ姿は、絶望的に緩みきって今にも崩れ落ちてしまいそうで危なっかしいが、その歩調は力強くもある。探しものを放っておく気はないという意志の力が一歩一歩にこもっている。それは見るからに、近親者を失った悲しみにうちひしがれながらも、法要に飽いて遊びにいった子どもを辛抱強く探す母の図ですよ」

 ママー、と、どこかからタイミングよく道子の声が聞こえてきた。道子はいつだってタイミングがよい。
「ほらね。まあ待って、Aさん。ここまではたんなる報告で、ここから先がアドヴァイスです、私の、Dさんの死を予言したエセ占い師としてのね。いいですか、Dさんの遺言どおり、彼のことはもう忘れるよう努めなさい。彼は死にました。この世から完全に消えてなくなりました。あなたは道子ちゃんを立派に育てあげることに全力を注ぐべきです。彼女から目を離さない方がいい。いつ何が起きるかわからないのだから」
 Sはそれだけ喋り終えるとあっさり立ち去った。
「つまり、警告なのね、でもなんの」
「ママ、今の誰」

 半年後に再び現れた時、その日は生前兄が住んでいた部屋を引き払うため、遺品の整理をしているところだった。
「お久しぶりです」
 戸口に立ったSは半年前と何一つ変わっていなかった。漆黒の礼服、ガラスのような目玉。エセ占い師と悲しみの狂女が繰り広げるいかにも嘘臭い嘘にまみれた冗長な会話はもう省くことにする。要は、Sは「Dはもう死んだのだ、終わったのだ、と私が納得しないと彼は永遠に成仏できず亡霊となってそのへんをふらふら彷徨うことになってしまう、だから忘れなさい、彼の魂を救ってやりなさい」というようなことを言って、思い出にしがみつく狂女を慰め激励するふりをしつつ、私にDの魂を捜す気がまったくないということを確認しに来たのだ。私は愚かしい狂女の役を、Sのくだらないアドヴァイスをなぞろうとしてなぞりきれず、思い出に浸り込みつつそれを改変し続ける悲しい存在を演じた。実際にはDの魂を捜索する旅路をひそかに歩み始めていた。私の旅立ちを阻むのに、彼がひたすら穏便にスピリチュアルな論旨を貫いたのは、私のことをナメきっていたからだろう。
 本当にそうか。まあたぶんそうなんだろう。しかし。いつかミーコが口にした疑問を思い出す――ミーコたちを邪魔だと思う誰かがいて、その誰かが万能だとして、どうしてミーコたちはあっさり殺されないの。どうしてミーコたちは試みることができるの。どうしてDおじちゃんに会えたの。
 何事にもルールというものがある。限界というものがある。かつて私はそんな説明でこの素朴な疑問にケリをつけた。が、やはりそれでは収まらないのか。ここにきて、どうやら私は私の心の隅にずっと蹲っていた愉しいとはいえない仮説とついに向き合わなくてはならないようだ。すなわち――私の旅は、阻まれていたのではなく、実は奨励されていたのではないか。いや、阻まれながらも旅を続ける、という展開自体が仕組まれた茶番なのではないか。
 いくらSを煙に巻いたところで、何一つ変わらない。彼とて「阻む者」として遣わされたに過ぎないのだ。遣わされた?いったいなにに。「なにか」に、としか言いようがない。
 ここがギリギリだ。私はここで考えるのをやめる。想像するのをやめる。より正確に言えば、私はこれ以上考えられなくなる、想像できなくなる。ギリギリ、というのは越えてはならない一線の淵ではなく、あらゆる行動と思考のどん詰まりとしての絶対的絶望的な壁の一歩手前を指す。つまり、たとえ命をかけたとしても、私にはこれ以上先はない。敵が何者なのかすらわからない。何のために闘っているのかもわからない。考える、ということがどういうことなのかすらもうわからない。
 私は、それでもしゃがみこんで小石を拾う。河原には無数の小石が転がっている。大河の流れを変えたり、堰き止めたり、小石で埋め尽くしたり、そのような目論見はもとよりない。私にできるのは、ただひたすら小石を拾っては投げ、拾っては投げするだけなのだ。そのことは分かっている。終わらせないこと、長引かせること、続けること、あわよくば繋げること。それがこの私に可能な唯一の反抗。

 そしてある朝、私は六十歳になった。
「孔子は六十歳にして、ようやく耳順の境地に達したと言ったそうだ。耳順てのは、他人の言に素直に耳を傾けるって意味らしいよ」
 朝刊の向こうでBはそんなことを言った。それはつまり皮肉だった、心のなかでは夫のことを放ったらかして長い旅に出ていた妻に対する。私はでも気づかぬふりをして、「そう、あなたは二十代からこっち、ずっと耳順ね」と返した。するとBは朝刊をテーブルに置いて、私の目を見た。不思議そうな表情は「いまのは、いまの会話はいったいなんだろう?」と言いたげだった。皮肉、よ、B。これが皮肉というものなのよ。しかし、彼が口を開けて何か言いかけた瞬間、実物のクワガタに初めて触った少年のような表情と目の光はすうっと消えてしまった。すぼめられつつあった口は、「D」と発音するのにちょうどよい形をしているように見えたが、言葉はでてこなかった。
 私は、あのHの別荘での兄との邂逅以来七年間、この夫のこういうところをずっと注意深く観察してきた。わかったのは、彼もまた彼の闘いを闘っているということ。それは静かな、内なる闘いだった。彼のなかには「なにか」がいる。いや、もっとたちの悪いことに、その「なにか」は彼の体を出たり入ったり、行ったり来たりしているらしい。「なにか」が、彼が自分の言葉を口にすることを、自分の頭で考えることを、阻んでいる。
 というわけでいつの間にかまた何事もなかったかのように朝刊に顔を埋め、次の豆知識を探している夫に、私はとてつもない愛を感じた。そして「なにか」に反抗するもっとも具体的な術を実行に移すことにした。つまり、私は彼を救うため、自ら死ぬことを決意した。彼の内側に、何者にも消せない、流せない、「なにか」にも抜くことができない永遠の楔を打ち込めばいい。かつて多くの者を旅立たせてきたひとつの問いを、そこに響かせてやればいい。終わらせないこと、長引かせること、続けること、あわよくば繋げること。そうでしょう、兄さん、ミーコ。

* 見出しの出典:ゆらゆら帝国「次の夜へ」

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松本トリ

『ミーコと物語』第5章 ネギ・グレイテストヒッツ

細切れの終章、「私」は誰にでもなれる。全10節、10人分のエピローグ。
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