見出し画像

注文の多い果実店

その店は鄙(ひな)びた漁村にある。
僅か3畳ほどのスペースで果物だけを
扱っている店だ。

あれは、今から8年程前の冬だった。

一人暮らしを始めた娘を案じた私は
「飢え死にってないか?」と便りを出した。

いくつかのやり取りの最中に娘から
こんな返信が来た。

「みかん、食べたい!(けど、買えない)」

そりゃそうだ。仕送り額はスズメの涙。
家賃負担も、もちろん学費もあるので
そんなには送金してあげられなかったのだ。

365日、娘の顔を見ていた暮らしが一転し
年に数回、顔を拝めれば良い方という
現実に慣れていなかった私は、脳をフル回転
させて、この世で一番、美味しいみかんを
送ってあげようとした。

そして、一軒の果実店に行き着いた。

「この店が持つ一番おいしいみかんを
くださいな」

店主は満面の笑みで「もちろん!
この【秀】印のみかんなら、みんなが
腰を抜かすほど、美味いですよ!」

「では、それで」と言おうとした私に
店主は言った。

「誰への贈り物なのか?」と。

私が一人暮らしをしている大学生の娘用に
送りたいと言うと、今度は店主がこう
言ったのだ。

「それならば【秀】は売れない」

どうも、みかんには秀→優→良っていう
ランクがあるみたいなのだ。

店主はこう言った。
「学生なら、親が汗水流して稼いだ
金で【秀】が付くみかんを食うべき
じゃない。
【優】だって、もったいないくらい。
【良】で十分ですよ。

【秀】は自分で稼いだ金で食べるのがいい。

娘さんが【秀】を食べるのは今じゃないです。
だから、売りません

私は驚きながらも【優】(それでもスーパー
値段からしたら相当高い)を買い求め
送った。

娘からは「今まで食べたみかんの中で一番
美味しかった」と返信があった。

そして、時は流れ、再び、果物を求める
チャンスが私に訪れた。

とてもお世話になっている方に
「りんご」を送ろうとしたのだ。

もちろん、りんごは冬の果実ということは
承知であるが、訳ありで「りんご」を求める
ために、例の果実店を訪れた。

店主は相変わらず元気な様子だった。

「何をお探しですか?」と声を掛けてくれる。

私は棚にあった小ぶりだが艶々したりんごを
指さした。

「ご自宅用ですか?誰が召し上がるの?」とは
店主である。

私は正直に、世話になりっぱなしの方に
送りたいと申し出た。

そしたら、店主がこう言ったのだ。

じゃあ、売れない

はいーーー!?
またかい!? 8年前と変わらね~やり取り!

店主は申し訳なさそうではあったが
きっぱりとこんなようなことを言ったのだ。

店先にあるりんごは自宅で、どうしても
今、食べたいって場合のみ用である。

ウチの店がりんごを贈答品として売るならば
今シーズンの開始は8月の終わり。

早生が出てくるシーズンがその頃。

本当は11月まで待って欲しい。
りんごの気持ちになったら、その頃からが
一番、美味しくなるから。

大切な人に贈るなら、余計に一番、美味しい
ものを食べて欲しいじゃない?

結論!・・・今は売れない

ああ、やっぱりね。
そういうオチだと思ったよ。

そこで、私は4週間ほど日を置いて再訪した。

店主は今度はニッコリ笑って、私に言った。

「すごく美味しいりんごが入荷してますよ。
きっと、もらった人は笑顔になる!」

鄙びた海街にある、注文の多い果実店。

私は、この店が好きだ。

ご高覧いただきまして、ありがとうございます。 よろしければ、応援、よろしくお願いします<(_ _)>