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大河「いだてん」の分析 【第27話の感想】 落語演目“替り目”と、時代の“変わり目”

いだてん全話の感想を書いています。第26話は、サブタイトルが『替り目』。これはどういう意味なのか。ふたつの意味が込められていると読みとれます。分析と感想を書き留めます。

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1、落語演目“替り目”とは

第2部昭和編になってから今回が3話目となるが、ここまでのサブタイトルは、25話が『時代は変る』(The Times They Are a-Changin’ ボブ・ディラン)、26話が『明日なき暴走』(Born To Run ブルース・スプリングスティーン)と続いたので、第2部は“洋楽タイトル縛り”でいくのかなと思いきや、今回の第27話は『替り目』。

『替り目』とは、落語演目のタイトルである。特に洋楽にこだわりはないみたいだ。
もしかしてだけどたとえば『Change The World 』(クラプトン)の邦題の可能性とかあるのかしら、と思って調べてみたけど、見当たらないのでまあ違うみたいだ。

さて、『替り目』という落語は、古今亭志ん生の得意演目のひとつ。
いだてんのドラマ劇中にも『替り目』のシーンが差し込まれるが、その落語の中身とは、ざっくりいうとこういう話しだ。

飲んだくれの亭主が深夜にへべれけで家に帰ってきて、女房は寝かしつけようとするが、悪酔いして、寝酒と摘まみがないと寝ないとごねるので、しかたなく女房は、夜通しやってるおでん屋にいって、酒や摘まみを準備しようと外に出かける。

志ん生が得意とした『替り目』は、ここからが“志ん生特有のアレンジ版”のストーリーになっていて、

女房が外に出て行ったと思いこんだ亭主は、酔いに任せて独り言で、「こんな飲んだくれでどうしようもない亭主の面倒を見てくれるのは、あの女房しかいない、器量もいいし、いいやつだ」などと普段まったく口にしない女房への感謝を語るのだが、実は女房はまだ外へ出発しておらず、隣で聞いているのに気づき「あれっ、まだ出て行ってなかったのか!」がサゲ(落ち)。

ここの “出て行ったと思い込んで隣にいるのに気づかずに、普段いわない本音を本人の前で漏らしてしまう” という志ん生オリジナル部分が、いだてんのシナリオにも取り入れられていた。
女房のおりん(夏帆)が玄関先で志ん生の独り言を聞いている。初めて感謝しているのをおりんに伝えてしまう。
あそこのシーンが落語『替り目』とシンクしているのである。

名人志ん生が得意としたアレンジ版の『替り目』を、ドラマの中の若い頃の志ん生が実生活として実演してみせる。
“こうして後年に志ん生流の『替り目』が生まれたのだ”
とでもいうように。
実世界と落語世界とを行き来してみせる、よくできたシナリオライティングである。


2、第1部と第2部の主人公が“ふたりきり”に

この、“出て行ったと思い込んで隣にいるのに気づかずに” というシーンは、第27話の終盤でももう一度登場する。
嘉納治五郎に呼び出された田畑政治は、体協の部屋で偶然、金栗四三とふたりきりになる。
ふたりきりになるのは初めてである。
大河ドラマいだてんからすると、“第1部と第2部の主人公”がふたりきりになる唯一のシーンとも言える。

ここまでのあいだ、田畑政治は、自分が推進する水泳競技を盛り上げるためもあり、種目として歴史の先行する陸上競技に対して辛辣な態度をとってきた。「成果がでない」「参加するだけのオリンピックは終わった」「陸上選手を多くオリンピックに連れて行く理由がない」などと口悪く陸上の課題提起をし続けてきた。
それはすなわち金栗四三への批判ともとれる。
ここ20年ほどの日本のオリンピック出場を全身全霊ひっぱってきたのは、金栗四三だったからである。

ふたりきりの部屋から “四三が出て行ったと思い込んだ” 田畑政治は、胸の内に秘めている“金栗四三への尊敬”を独り言で口にする。

「金栗四三が日本人初のオリンピック出場を切り開いてくれていかったら、まだ日本にはオリンピック選手はいなかったかもれない」。金栗四三がいかにすごいかを、独り言で語るのである。
そしたらまだ実は四三は部屋に残って居て、「あれっ、まだ出て行ってなかったのか!」。

“出て行ったと思い込んで隣にいるのに気づかずに、普段いわない本音を本人の前で漏らしてしまう”。
つまりここでも『替り目』が繰り返される。


3、本来の“替り目”の意味

大名人古今亭志ん生が得意にした『替り目』だけ聞くと、なぜこの演目に『替り目』というタイトルがついているのかがわからない。なぜなら志ん生がバッサリ切った元ネタの後半部分にしか“替り目”のシーンが出てこないからである。
本来の元ネタでは、女房は実際におでんを買いに出かけるのである。簡単に筋書きを書こう。

女房が出て行ったあと、主人は、家の前を通りかかった屋台のうどん屋を呼びとめて、うどん屋に酒をつけさせるが、お願いしてもうどんを注文してくれないので、うどん屋は逃げ出す。
帰ってきた女房が「どうしたんだいその酒」と尋ねると主人は「うどん屋につけさせた」と言うので、女房がうどん屋に悪い事をしたと「うどん屋さんうどん屋さん」と探し回る。
うどん屋が屋台を引いてると道すがら「うどん屋を探してる女がいたよ」と声をかけられる。「どちらの家ですかい?」「アソコだよ」「アソコはダメだ、今行ったら、お燗の“替り目”に当たっちまう(お替わりだけさせられちまう)」がサゲ(落ち)。

つまり、『替り目』とは、お酒とお酒の継ぎ目
空っぽになりそうなので次のお酒を注ぐ、“代わり目=変わり目(変化点)”のことである。

4、1930年前後の時代の変化点

『替り目』をタイトルにしたのには、もちろん、この“変わり目(変化点)”の意味も込められているだろう。

この第27話でついに “第1部と第2部の主人公”がバトンタッチをする。

金栗四三は、実兄の死を受けて、熊本へ帰郷することを決める。
田畑政治は、実兄に続き自分も若くして死ぬという占いの預言を乗り越えて、東京でまい進する道を進み始める。
主人公の『替り目(変わり目)』である。

“明治大正から昭和へ”と時代が移り変わる。
これまで“日本スポーツ界”を牽引してきた競技が “陸上から水泳へ”と変化を起こしはじめる。
1928年アムステルダム五輪で活躍した日本人女子初のメダリスト“人見絹江”から、1932年ロサンゼルス五輪の水泳女子選手“前畑秀子”へと、意志が受け継がれる。
ずっと欧米へと渡航するものだったオリンピックに、日本開催の可能性が浮上する。
そして、日本を取り巻く政局も。

1930年前後。
日本がむかえる大きな変化点、“替り目”が描かれた第27話であった。

(おわり)
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