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「夜天一族」第五章

第五章 「月の女神の唄う場処」 ツキノメガミガウタウバショ


刻は少し遡る。
双子達はコザル兄妹に連れられて次元トンネルを通り抜け、月の裏側の「人魚の国」へと辿り着いていた。
そこは不思議な世界が広がっていた。
緑深い森の中なのに宙を漂う海月のような半透明の生物が揺らいでいる。
「コザル王女。ここはどうなっているの?」
水の中の生物なら陸上で生きられない。
ここが水中なら自分達は呼吸していられないはず。
だけど、ここに立って呼吸して、周りの状況判断が出来るほど思考は歪んではいない。
「ここは自分の考えていることが具現化するところですの。キンちゃんの視えている世界と、アタシが視ている世界は違うですの。キンちゃんにはどのように視えますの?」
思念の世界が「人魚の国」だと云うのだろうか。
「アタシに視えるのは森の中をクラゲがユラユラ踊ってるわ」
自分が視ている世界と、コザル王女が視ている世界が違うとなれば、星葉とコザル王子共に相違があるのだろうか。
「そうですの、それがキンちゃんの「人魚の国」ですのね」
「それじゃあ、王女の「人魚の国」はどんな感じ?」
人の思考はそれぞれ違う。
コザル兄妹を人と呼ぶには妙だが、この際、人としてカウントしておこう。
王女が視えている「人魚の国」はどんな風に映っているのか興味深い。
「アタシにはピンクのハート型の雲がフワフワ浮かんでいるのが視えますの。その中を浮かんでいるような感覚ですの」
「ふふ、やっぱりピンクなのね」
ほぼ、想像通りの返答に苦笑する。
「はい。大好きなものが視えますの」
「へぇ~、セイとコザル王子はどんな風に視えてるの?」
個々に違うものが視えるなら、二人が視る世界はどんな彩りに覆われているのだろうか。
「あっ僕?青い海の中にサーターアンダギーが泳いでる?浮いている?漂っている?そんな感じ?ここはユカイな世界だよね」
思った通り呑気な回答が返って来た。
「あっそ、王子はどんな風に視えてるの?」
「ボクはおホシさま、ニョロニョロ、キラキラしてるニョロよ」
おホシさまがニョロニョロ?キラキラは分かるとして、さすが宇宙人?の思考回路は異次元が過ぎる。
「アタシの脳では理解不能だわ。コザル王女には二人の云ってること分かる?」
隣りを見れば王女は楽しそうに彼等を眺めている。
「さすが、お兄さまですの」
ウットリ見惚れていた。
「・・・・・」
あの兄にしてこの妹ありなのかと思わずにはいられない。
菫青はすっかり言葉を失ってしまう。
だが、いつまでもこうしてはいられない。
「王女でも王子でも構わないけど、月の塔は何処にあるの?」
肝心の目的がズレそうになるのを修正せねば一向に辿り着けなくなる。
「それでしたら人魚達に教えて貰うですの」
「人魚はどこにいるの?でも、ここにいる四人が別の世界を視ているのに人魚達に本当に逢えるのかしら?」
まるで異世界な月の裏側は想像以上のキテレツな世界なだけに不安にもなって来る。
「大丈夫ですの、心配はいらないですの」
何度も「人魚の国」へ来ているらしい王女の云うことなら、本当に大丈夫そうな気がして不安感が消えてゆく。
「王女がそう云うなら信じるわ」
「コザルおうじょ~~~!」
何処からか、自分達以外の声が聞こえて来る。
「レアルガー!お久しぶりですの~~~!」
「えっあ?王女?どうしたの!?」
急にコザル王女が声のした方へと空中移動して往く。
「ナニナニ、どしたの、王女の知り合い?」
猛ダッシュで飛び出したコザル王女に何事かと星葉が菫青に訊ねるが、当の菫青も呆気に取られている。
「多分、王女の知り合いなんでしょうね。名前を呼んですっ飛んでったもの」
「ボク達がここに来ると最初に逢いに来てくれるのがレアルガーニョロね。彼女は「人魚の国」の住人ニョロ」
きっと、この兄妹が現れれば気が付くのだろう。
どんなセンサーが働いているのやら。
不思議だが想像を絶する宇宙兄妹のことなら、納得出来ないことはないのもまた事実なのである。
「コザル王女、久しぶりね。すぐ分かったわ」
「レアルガー、逢いたかったですの。今日は紹介したい人達をお連れしましたの」
どうやら迎えに現れた人魚はレアルガーと云うのが名前らしい。
彼女は地球上で表現されている上半身が人間の女性で下半身が魚の尾ビレを持っている。
なんと云うのか、月の住人であることの特徴である銀色の長い髪がとても美しい。
そして、色白な肌の透明感と銀色に煌めく鱗の胴体は、月世界に揺らめく幻想風景そのものだ。
「あれ?あらら、景色がピンクのハートに換わってしまったわ。コザル王女の影響かしら?セイは相変わらずサーターアンダギー祭なの?」
「んー、僕もピンクなハート祭になってる。王子は?」
一瞬にして、それぞれの世界がコザル王女と同調したようだ。
「ボクもみんなとおんなじニョロよ。ハート祭ニョロね。人魚といっしょだとみんなおんなじになるニョロよ。でも今はレアルガーが王女に合わせてるニョロね」
「へぇ、面白いとこだね「人魚の国」ってとこは」
「そうニョロね」
月の裏側の主導権は人魚にあると云うことのようだ。
初めて体験することに戸惑いと興奮がない交ぜになる。
しかし、
「いつまで再会を楽しんでるのかしらね」
仲の好い人魚が現れたのは分かるけれど、自分のことを忘れているような状況に少しばかり嫉妬心も芽生える。
「むーんだ」
思わずふくれっツラとなる。
「ああ、月だけに「ムーン?」上手いね」
何気ない呟きを星葉が拾った。
「上手くない!つまんない冗談云わないで、そんなことより、月の塔へ往くにはどうしたらいいの?コザル王子はどこにあるのか知らないの」
本来の目的は月の塔に閉じ込められているイーシャの救出なのだ。
こんなしょっぱなから足止めを喰らう訳にはいかない。
「月の塔は移動してるニョロね。ボクには視付けられないニョロよ」
「王子のピコピコアンテナでもキャッチ出来ないの」
これはちょっと意外な返答だ。
「人魚達なら分かるニョロね。心配しなくても大丈夫ニョロよ、キンちゃん」
何度も訪れているからなのだろうコザル王子に焦りの様子はない。
「そうなの。ん?何か聴こえて来ない?唄みたいな?」
ピンクのハート世界に唄声が届く。
最初は気付かぬほどの囁くような唄声だったものが、徐々に音量が上がってゆく。
透明感のある唄声が響き渡る。
「この声は聴いたことがあるわ。イーシャの声だわ。もしかして、月の塔が近いのかしら?」
しかし、声は聴こえても肝心の月の塔の姿を目に映すことは出来なかった。
まずは、月の塔を本気で探さねばならないらしい。
「キンちゃん、レアルガーが人魚達のところに案内してくれるですの」
友人人魚との話が終わったらしいコザル王女が意気揚々と菫青の下へ飛んで来た。
「コザル王女。イーシャの唄声が聴こえて来たの。早く月の塔を視付けないと、人魚達のところに往けば分かるのかしら?」
「大丈夫ですの、月の塔は「人魚の国」にありますの。だから、絶対に到着出来ますの。キンちゃん、焦らないで」
菫青の焦りを感じ取ってか、コザル王女が宥める。
「分かった。ありがとう王女。それより、そちらの方を紹介してもらえるかしら」
さっきは二人の仲に嫉妬心も沸いたが、それもだいぶ落ち着いた。
「そうですの、キンちゃんに紹介したかった「人魚の国」のお友達ですの。一番仲好しのレアルガーですの」
コザル王女に紹介された人魚に視線を移す。
「初めましてレアルガー?アタシは星葉と双子の兄弟の菫青、よろしくね」
コザル王女に紹介されたレアルガーは、近よれば尚一層、神々しい銀色の長いストレートヘアーと白い肌が美しい人魚だった。
「こんにちは、キンセイ。アナタのことはコザル王女からいつも聞いてるわ。双子であることも、セイヨウのことはコザル王子からも聞いてるので初めて逢う気がしないわ」
スィ~と泳ぐように菫青の目の前に映り込む。
「そうなの・・・コザル王女とは仲が好いのね。ちょっと嫉妬しちゃったもの。それと、月の裏側は立入禁止区域だから、今回初めてこちら側に来たの。分からないことばかりなので色々と教えてね」
片手を出して握手を求めると、レアルガーはそれに応えて菫青の手を握った。
「もちろん、お役に立てること沢山あると嬉しい。「人魚の国」へようこそ。あら?今日は他にも訪問者がいるのね」
菫青の背後にいた星葉と、従者として共に同行していたアルクとアルムに気付く。
「ええ、うちの「夜天家」月の邸宅の従業員のアルムとアルクの兄弟よ。もう一人ミンタカと云う兄弟がいてオリオンの三兄弟なの。彼等のこともよろしくね」
菫青の紹介を受けてアルムとアルクの二人はレアルガーに向かって丁寧に一礼する。
「そうなのね。よろしくね」
菫青の手を握ったままレアルガーが優美に微笑んだ。
「「はい。こちらこそ、よろしくお願い致します」」
二人同時にハモる。
「レアルガー、皆んなのところに飛んでも好い頃合いですの」
「そうね。それじゃあ、皆さん、我々の仲間のところにご招待しますね」
パンッと一つレアルガーが手を打った。
その一瞬で景色が、否、空間が変わった。
今までいたピンクのハート祭から、緑の草原へと一気にさわやかな風景へと変化していた。
「うわーい!ここはどこー?」
変わり過ぎた景色に菫青の喚声が響き渡る。
「ここは「人魚の国」ですの。レアルガーの仲間達に逢えますの」
空中を浮きながらコザル王女が草原の彼方を見詰めていた。
草原に漂う熱帯魚とコザル兄妹のような生物も見受けられた。
「地球の魚達みたいなものもいるねぇ。「人魚の国」は初めてだけど、こんな風なところなのか」
月の裏側の「人魚の国」はは月の表側の次元とは別次元なのだろうと思われる。
なぜなら、月面ドームと思しき光の天井がないのである。
地球の青い空とも違う「天」の部分が光り輝いていた。
「こんなところでピクニックしたいわね」
天井の眩しさに目を細める菫青が呟く。
「では、こちらでお食事になさいますか?」
菫青の呟きを耳聡く聞き取ったアルムが訊ねる。
「おっいいね。いいね。ちょうど腹ペコリーノだよ。コザル王子も食べるよね?」
問い掛けるアルムに反応したのは星葉であった。
「うん、ボクもおなかすいたニョロね」
「ほらね、王子も食べたいってさ」
一人でも味方を得ればこちらのものとばかりに、星葉は勝ち誇ったように菫青を視る。
「別に好いけど、アタシは早くイーシャを視付けたいわ」
同意の返事をする間もなく、アルムとアルクのオリオンの兄弟は手際好くシートを敷き詰め、食事の準備を始めていた。
「・・・花より団子って・ことわざ・あったわね・・・」
呟きは彼等には届かず菫青の耳を掠める。
「あっ、また聴こえる。イーシャの唄声だわ」
光り輝く草原を見渡す菫青の睛が右目だけ赤色に変化する。
睛の中に金色の星型が現れている。
チャネリング状態に入った証拠だ。
『イーシャ、アナタは何処にいるの。アタシ達は「人魚の国」まで来ることが出来たわ。月の塔にいるのなら、アナタが塔ごと現れて!』
『やっと、この地へ来て下さいましたのね。アリガトウ。月の塔はアナタの目の前にありますよ。心の目で視て、アナタになら視えるはず』
『えっ、どこに!あっこれ?ええ?これが月の塔?』
『はい、アナタには視えていますね。ワタシはここにおります。でも、外に出ようとするには外さなければならないブロックがあります。このブロックはワタシには外せません。ですから、アナタタチに来て欲しいのです』
『分かったわ。その搭の入口から入れば好いのね』
『いいえ、入口からではなくても入れますから大丈夫ですよ』
『??ありがとう、すぐに往くわ。それじゃあね』
『はい。お待ちしています。でも、くれぐれも気を付けていらして下さい。この塔には色々と仕掛けがあるようですから』
「えっ、仕掛け?って、ええ?」
思わず目を見開くと、月の塔が目と鼻の先ほどにそびえ立っていた。
「今だわ、王女!一緒に来て!セイ達も来るなら今よ!」
菫青の隣りで月の塔の出現にビックリしてフリーズしているコザル王女の手を掴んで引きよせる。
そして、月の塔へ向かって走り込む。
「えっ、キンちゃん?どうしましたの~~~!」
突然引きずり込まれた状態のコザル王女が雄叫びを上げている。
「イーシャを助けに往くのよ!月の塔へGO!」
顕われた月の塔は光り輝く円柱だった。
角度によって金色だったり銀色だったり、虹のプリズム効果でメタリックな彩合いも視て取れる。
「えっ、もういきなりですの!?どこから入りますの?」
菫青に引っぱられているコザル王女が、勢いの強さにパニックを起こし掛けている。
「分かんない!けど突っ込むしかないみたい!せーのっ!!」
「うひゃーぁぁ!」
コザル王女もろとも光り輝く月の塔へと飛び込んだ。
菫青とコザル王女が突如出現した光の円柱に向かったかと思った途端に、吸い込まれるように円柱の中へと消えた。
「ええ?キンギョと王女が消えたけど、どゆこと!?王子は何か知ってる?」
目の前で突如消えた二人の行方が気になる。
「ボクにも訳わからないニョロよ。でも、キンちゃんが探していた月の塔だと思うニョロね。ボク達もいくニョロね」
月の塔へ向かうべくコザル王子が浮き上がる。
「往く!キンギョ達の跡を追う!いそげー!!」
先ほどの菫青と同じように、コザル王子の腕を取って月の塔を目掛けて走り出す。
「星葉様⁉」
ランチの準備を設置中のアルムが慌てて彼等の姿を目で追うが、あっと云う間に塔の中へと消えてしまった。
「菫青様も星葉様もあの光の建物に消えてしまった。我々は如何しましょうか」
今の状況に途方に暮れているアルムは、虹彩を放つ塔から目が放せないでいる。
「そうですね、あの美しい塔へ向かうのも好いですが、このまま塔を鑑賞しつつ主をお待ちするのも有かと思います」
アルクはこの場に留まるようだ。
「そうですね、では主達のお戻りをお待ちしておりましょうか」
意を決した二人は止めていた手を再び動かし、ランチの準備を再開する。
「それはナニをしていますの?」
作業するアルムを不思議そうにレアルガーが眺めている。
「ランチと申しまして昼食のご用意をしております。星葉様達がお戻りになられた頃、空腹になられていることと思われますので、ですが、よろしければレアルガー様も先にお食事になさいますか?」
物珍しそうにアルムの手許を視ているレアルガーに訊ねる。
「えっ、好いのですか?コザル王女達を追わなくても?」
搭に消えた彼等を差し置いて自分が口にしても好いものなのだろうかと心配になる。
人魚達は月の塔までを案内するのは可能ではあるが、塔内に立ち入ることは出来ないのである。
立ち入ろうとすれば、すぐ様その身を焼かれる。
まるでバリヤーでも張られているかのようなのだ。
「ええ、構いません。人魚のお仲間もいらしたようですので、皆様でどうぞお召し上がり下さい」
アルムと同様にランチの準備に取り掛かっていたアルクが、レアルガーの背後に現れた人魚の姿をした仲間達に気付く。
「オーピメント、サルファー、シンシャ」
レアルガーに名前を呼ばれた三名が目の前に、そのものずばり泳ぎ着く。
「レアルガー、コザル王女とコザル王子が来ているのでしょ?彼等は何処にいるの?早く逢いたいわ」
鮮やかな山吹色の頭髪のオーピメントも姿形は人魚族だけあって、レアルガーと同様尾ヒレを有している。
頭髪の色と連動しているのか、下半身の尾ヒレはそれぞれの髪の色と同系色をしていた。
サルファーは頭髪と尾ヒレがレモンイエローに輝いている。
シンシャは頭髪も尾ヒレも燃えるような赤色が特徴的だ。
人魚達はとても個性豊かな容姿をしているようだ。
それはオリオン三兄弟にも云えることではあるのだが・・・。
アルム(アルニラム)は桃色の頭髪と睛の色をしていて、アルク(アルニタク)は淡い緑色の頭髪を持ち、ミンタカは水色の頭髪と睛の色を有している。
異星界ともなれば彩り豊かな個性の塊の人々が棲息している。
生命の源が存在しているのは、なにも地球だけとは限らないのである。
多次元宇宙には次元次元で、そこに生き吐く生命体がいるのだ。
かつての地球も三次元と云う下元方向の次元に位置していた。
しかし、一見、一つの次元のみが存在していると思われる世界ではあるが、実はあらゆる次元が隣り合わせに存在しているようなものが宇宙と云えようか。
混合次元と化しているのが現状だ。
「コザル王女もコザル王子もキンセイとセイヨウと一緒に月の塔へ入って往ったの」
ひと足、遅かったようだ。
「月の塔へ?キンセイ?セイヨウ?それは誰のこと?」
丁度、入れ違いにとなってしまったため、双子には逢えず仕舞いとなってしまった。
「菫青様と星葉様は「夜天家」の双子のご子息です。普段の生活の場は地球です。現在は「夜天家」の月の邸宅に滞在中でございます」
ランチの準備を完全に終えたアルムとアルクが人魚達のお世話係に転じている。
「そうなの、地球人なのね。それで、アナタタチはその双子とどんな関係ですの?」
滅多に遭わない人間達に興味津々の人魚達は睛をキラキラと輝かせている。
「私共は「夜天家」の従者にございます。出身星はオリオン座の三ツ星の「ゼータ」「イプシロン」「デルタ」の三兄弟です。月へは三千年ほど前に「夜天家」へ乞われて参りました。以後、お見知り置き下さい」
「どうぞ、お手拭きでございます」
アルムが自己紹介をしつつ、アルクが人魚達をティーマナーへと導く。
「それじゃあ、いつもは月の表の方にいるのね。表の住人は裏側には来ないものね。たまに来るのがコザル兄妹だから。あとは月神殿のユージンくらいかしら」
お手拭きを受け取りつつサルファーが応えている。
初めて視るアフタヌーンティーセットに興味をそそられた人魚達がアルムとアルクのお持て成しを受けている。
「左様でございますか。私共も月の裏側には初めて来訪致しました。こちらはとても明るい世界ですね」
全体的に光に満ちた空間が広がっているのが月の裏側の世界のようだ。
「人魚族は永年、表側とは次元が違うので通常では相対することが出来ませんから、ですが、今回のように表側の方々と交流出来るなんてとっても嬉しいのです」
表側の住人達は月の裏側への立入は禁止されているため、人魚達はコザル兄妹以外の真面な人らしき人々との交流は貴重な体験でもある。
「それはこちらも同様でございます。よろしくお願い申し上げます。あなた方は月の塔へは往かれませんのですか」
「アタシ達は月の塔へは立ち入れないのです。それがナゼなのかは分かりませんが、昔から人魚の掟としてあります」
どうやら、月の塔は人魚達に取っての禁断の場処のようだ。
「そうなのですね。それでは彼等がお戻りになられるまで、こちらでお待ちすると致しましょう」
本来の主人達の帰還を待つべくオリオンの兄弟は、一時的に従事する相手を代えて目の前の光り輝く世界を堪能するべく給仕に専念する。
「暫くは菫青様も星葉様もお戻りにはならないでしょう」
アルムが月の塔を眩しげに視上げる。
「多分・・・お戻りの頃合いに間に合いますように、お茶の準備をしておきましょう」
月の塔の虹彩に目を細めつつアルクが返答する。

月の塔から微かに唄声が聴こえたような気がした。

第五章「月の女神が唄う場処」了


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