サイレン

朝、駅に向かう途中、横断歩道で信号が変わるのを待っていると、聞き慣れないサイレンの音が鳴りはじめた。

パトカーでも消防車の音でもないその音は単調なトーンのまま鳴り続ける。

周囲を見回してもどこから鳴っているのかよくわからない。ただ広範囲で鳴っていることだけはなんとなくわかった。

僕はふと、左後ろをふりかえり、視線を上の方に向けた。

その方角には地上52階まであるタワーマンションがあって(下の方は商業施設)、自分の立ち位置からは視界が遮られていたが、空は確かに建物の向こうのこの方角にあった。

(あっ、相生橋はあっちの方だ)

サイレンが何を意味しているのか、既に理解していた。


サイレンは鳴り続けた。

その間、自分の向いた方角の空で爆弾が爆発するところを想像した。

(これはダメだな…。)

直感的にそう思った。

自分は比較的広い道路の前に立っていて、ふりかえった左側は路面電車の線路が通る広い道路の前で、開けた場所だった。自分を爆風や熱線から守ってくれるようなものは、何もないことに気づいた。

(運が悪かったということか。残念だな…。)

再び、正面の横断歩道へ顔を向ける。信号はまだ赤のままだ。


鳴り続けるサイレンの音は、周囲の日常の風景に不釣り合いなくらい騒々しい。そのせいで、目の前の日常の風景の、その先にある想像の世界の中に、僕はとどまり続けることになった。

サイレンの音を聞きながら、自分が爆風で吹き飛ばされて目の前の道路に投げ出されるのを想像した。ほんの10秒くらいの間に周囲の全ての建物が崩壊し、吹き飛ばされ、綺麗に無くなってしまう。自分の体は道路に横たわり、動かない…。


サイレンは1分ほど鳴っていた。

ちょうど鳴り終わったくらいのタイミングで信号が青に変わった。僕は横断歩道を渡りはじめた。湿度が高く、空気が湿っている。傘を差すか差さないか、迷うくらいの小雨が降っている。

(この後、黒い雨が降るのか….。)

と思った。


駅へ向かって歩く数分の間、朝、出勤の準備をしていた時間を思い出していた。

準備の合間に週末の電車の時刻を調べたり、昨晩考えていた買い物案件をどうするのかをぼんやり考えたり、そんなことをしていたな…。

サイレンが鳴っていた時間は1分くらいだったけれど、全てが終わるのにはきっと10秒もかからなかっただろう。誰に会いたいとか、何をしたいとか、そういったことを考える時間はきっと無い。

ある日突然、日常が崩れ、途切れる。それはたぶん、こういうことなのだろうと理解した。

自分の皮膚が熱く焼かれたような気がして、自分の知るヤケドの何千倍もの痛みを想像してみたけれど、皮膚が内側から火照るあの感覚が全身に広がるところを想像するのは難しかった。

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何かの縁で、去年から広島に来ていて、今年、初めての夏を過ごしています。

広島駅は新幹線も停車する駅でして、大きいとは言えないまでも、地方都市にしてはなかなか立派な駅です。新幹線の駅もリニューアルしたばかりだそうで、ちょっと品川駅に雰囲気が似ている部分があるなと個人的には思っています。

このサイレンは追悼サイレンというそうで(正式名称なのかどうかわかりませんが)、昨日、8月6日の朝8時15分から1分間、鳴っていました。

上記の横断歩道は広島駅の改札からは歩いて3分くらい(?)の場所でして、駅前の蔦屋家電のそばにあります(自分のいた位置からは、蔦屋家電の2階にあるスターバックスの窓際席が正面に見えます)。爆心地からの距離でいうと2kmちょっとのところだと思います。

サイレンの意味に気づいたとき、74年前、この場所にいた人はどうなったのだろうと考えました。

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昨日、仕事から帰ってから、原爆ドームの方に行ってみました(19時30分くらい?)。

ほんとうにびっくりするくらいたくさんの人がいて、側を流れる川に、ぼんやりと淡いオレンジ色の光を放つ灯篭流しが静かに流れていくのをみなさん見物していました。お祭りでよく見かけるような人混みの中に、人が生きていることの意味を強く感じました。

#広島 #サイレン

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トロ@日記の人

主に音楽、写真、アート、本のことを書こうかと思ってます...。週2くらいで何か書きます。(カテゴリー:ギター/アナログシンセ/レコード/フィルムカメラ/モノクロ写真/現代アート/ラジオ/夏目漱石/散歩/etc...)

その他

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